大家との引き合わせ
スザンナに書いてもらった紹介状と地図を片手に、私は坂を下っていく。だんだんと潮風の濃い場所に出てくることに気付いた。途中の道でジーノは手を振る。
「それではミーナさん。またなにかありましたらいつでも呼んでくださいー。農作業中以外だったらいつでも話を聞きますんでー」
「ありがとう、ジーノ。本当に助かったわ」
「はーい」
ジーノが去って行くのを見ながら、私はふと丘を見た。
丘からはこの小島をぐるっと一望できる。
港には漁師町。丘にはレモン畑。その近くに神殿があり、女神官のスザンナが面倒を見ている。たしか牛の農場もあるとは聞いていたけど、どこにあるのかまでは聞いていない。
ひとまず私は、坂を下って漁師町へと戻っていた。
だんだんとカラフルな建物が見えてきた。
「ああ、着いた」
私はその中でも真っ青な建物に近付くと、扉を叩いてから入った。
「いらっしゃい。宿は今日は全室空いているよ」
気怠げな女の人が、カウンターに座っていた。
色っぽい人で、ベルベットの髪をひとつにまとめている。ワンピース姿からは一見するとだらしのない肢体が露わになって見えるけれど、彼女の気怠げな雰囲気が彼女の体のふくよかさを逆に魅力的に見せていた。
私は頭を下げる。
「こんにちは! スザンナからの紹介で来ました!」
「スザンナさん? あれ、神官さんにあたし、なにかしたかねえ?」
「はい、これが紹介状です」
「はて」
スザンナが書いてくれた紹介状は概ねこんな内容だった。
【王都からいらっしゃった知人のミーナさんが、職を探しています。
ちょうど新しい店子を入れたがっていましたから、よろしかったら彼女に昼間の間だけでもスペースをお貸しくださらないでしょうか。
ティーサロンを開きたいそうです。】
その内容に、彼女は目をパチパチとさせていた。
「そりゃあ、あたしだって昼間の間はここも暇だから、使ってくれてかまわないけど。ただティーサロンだけで、宿賃払えるのかい?」
「一応王都から出てくるときになけなしの貯金はつくってきました。これ、前払いのです」
聖女やっていた頃、本当に雀の涙のお賃金はもらっていたものの、本当に雀の涙過ぎて王都での使い道が見当たらなかった。私の出した前金を数え、女将さんは「ぴゃっ!」と悲鳴を上げた。
「あんた、こんなに稼いでるのにどうして王都から退去したんだい?」
「そりゃもう、クビになったからですよぉ。上の人たちは勝手なんです。ですから、ここで働かせてください! お願いします!」
「……前金をもらっておいて、無理って追い返す訳にもいかないしねえ。いいよ。あたしはカーラってんだ。ここは元々亭主とやってた宿だったんだけどねえ。亭主は船ひっくり返って帰らぬ人になっちゃってねえ。だからここはあたしの城さね」
「なるほど……ご愁傷様です」
「いいよぉ、昔の話さね。で、あんたは?」
「はい、ミーナと申します!」
「うん、いい名だ。前にここにちょっとだけ加護に来てくれた聖女様とおんなじ名前なんだねえ」
それに私は内心ギクギクしていたものの、幸いにも日頃から宿屋にいるカーラさんは、わざわざ神殿に登って聖女を見物するような熱心な信者ではなかったようだ。
そのことに私はほっとしつつ、カーラさんがひとまず貸してくれた部屋に、私は荷物を並べはじめた。
ここを私の城にするんだから、頑張るぞー。最初は前金払っているから免除されているものの、宿賃稼げる程度には働かなきゃだし。
漁師さんたちが飲みに来るのは夕方からだから、それまでの昼の時間。昼の時間を漁師の女将さんたちが過ごせるようにしたい。
そうと決まったら、私はいい匂いのものをまずはつくって興味を持ってもらうことにした。
「カーラさん、ここで昼間の間だけティーサロンを開きたいんですけど、宣伝しても大丈夫ですか!?」
「そりゃかまわないけど。でもなにするんだい?」
「まずはいい匂いのものをつくって、宣伝したいなあと」
この小島、まず全体的な匂いは、とにかくなんとなくレモンの匂いがずっとしている。レモン農家があるっていうのはもちろんのこと、この島をぱっと歩いている限り、皆がなにかにつけてレモンを削った料理を食べているから、レモンに対してこの島だと親和性が高い。
だとしたら。レモンにプラスアルファしたおいしい匂いを充満させたら、宣伝になるだろう。私は持ってきたものとカーラさんから許可を取ってもらってきた材料を並べはじめた。
レモンひとつ、卵ひとつ、砂糖、あとオリーブオイル、小麦粉。
「よぉーっし、やるぞーっ」
まずはお近付きの印に、レモンケーキを焼くところからはじめたのだった。
私が卵と砂糖、オリーブオイルを図って割っているのを、カーラさんはのんびりと見ていた。
「なんだい、あんた王都でお菓子屋で働いてたのかい? 手際がいいねえ」
「アハハハハ、似たようなもんです」
まさか聖女も行儀見習いもこぞってお菓子を焼いては配ってたなんてこと、言える訳がない。




