小島に移住
船がどんどんと進んでいく。
水鳥がついーっと飛んでいく様が美しく、私はそれに「ほぉーっ」と息を吐いた。
「いいんですか? あんな家出みたいな出奔の仕方で」
それをジーノはずっと心配していたけれど、私は手をひらひらと動かす。
「いいのいいの。どうせ次の聖女様は公爵令嬢だし、私みたいなみそっかすに気を遣うどころじゃないのよ。あっちだって王族との縁談のための肩書きづくりなんだから、そこまで気を遣う必要ないから。あと、もう私には聖女なんて肩書きないんだから、ただのミーナよ」
「そんな聖女様……ミーナさん。ですけど、引継とかこう、いろいろあったんじゃないかと」
「その手のこと全部やるの、神官長様の仕事だしねえ。今や聖女なんて肩書きだけだから」
「謙遜し過ぎですよー。実際、レモン畑を祝福でどうにかしてくれたのは、ミーナさんじゃないですか」
「私、小島に行ったことがなかったから、行ってみたかっただけよ。そもそも他の聖女様たち皆貴族出身だから、貴族に有利な場所ばっかり行ってて、本当に困ってる人たちのところに行かなかったじゃない。それは仕事もらっておいて駄目だと思っただけよ」
「そこがよかったと思うんですけどねえ……ああ、見えてきましたよ」
「ああ、久しぶり! こんにちは今日から私の故郷!」
見えてきたのは、綺麗な港町だった。
岸辺は当然ながら漁師たちが営む町があり、その奥にはレモン農家が広がっている。この潮風を受けて育ったレモンは見事なもので、ここでつくられるレモンリキュールは名産品として知られている。
私はジーノに案内されて、ひとまずは丘にある神殿へと向かった。神殿とは言っても聖女を擁する王都にある神殿とは違いこじんまりとした大きさの建物であり、具体的に言うと真っ白な壁に真っ白な屋根、中身は礼拝堂と神官の寝泊まりする部屋があるだけである。その神官の寝泊まりスペースの扉を、ジーノがトントンと叩いた。
「スザンナさん、スザンナさん。王都の神殿から聖女様……だったミーナさんが来てくださいましたよー」
「ん……ミーナさ……ええっ!」
慌てて扉の奥から出てきたのは、寝間着姿で金髪碧眼の華奢な女の子が飛び出してきた。
久々に出会ったスザンナだった。
「ミーナさん、お久しぶりです! どうしたんですか……ゲホッゲホッ」
「ああ、ごめんなさいね、スザンナ。お久しぶり。食中毒で倒れたって聞いてたんだけれど、体調はどう?」
「はい……お腹の具合は治まったんですけど、まだ熱っぽくって」
「食べたものが悪かったのね。多分熱も食中毒の後遺症ねえ……ちょっと待ってね」
私は持ってきたハーブティーを淹れる準備をはじめた。
既に腹痛も治まっているみたいだし、熱が出てるってことは、あとは熱が治まったら治るだろうけど、早めに体の中から毒素を抜かないことにはいつまで経っても熱が引かない。食中毒だと聖女の持つ祝福を使うほどでもないから、ハーブティーで体の中から毒素を抜けるようにしたほうがよさげ。
持ってきた輝石を使ってポットのお湯を沸かすと、それでハーブティーを淹れるのだ。ハーブの内容はジュニパーにローズマリー、ダンデライオン。甘みは蜂蜜で付ける。
「それじゃあ、スザンナ。解毒作用のあるハーブティーを淹れたから、それ飲んで様子を見てね」
「なにからなにまでありがとうございます……でもどうなさったんですか? いきなり聖女のミーナさんがいらっしゃって」
「ううん、元よ。元。それがねえ」
私の話をイチからジュウまで聞き、スザンナは「あらあらまあ……」と呆れた声を上げた。
「貴族令嬢の婚約のためにクビって、それはいくらなんでも」
「お貴族様の横暴なんて今にはじまった話じゃないしねえ。一応お見合いの話も来てたけど、相性が悪過ぎて、これ無理だって思ってボイコットしちゃった」
「あらあ……そちらは大丈夫なんですか?」
「別に? 初めて会った人だし、あちらも元聖女だからって、いきなり身分違う女宛がわれかけて困ってたみたいだから、こちらから身を引いたんだし」
「まあ、ミーナさんに処罰とかくだらないんでしたらいいんですけど……ですけどこれからどうなさるおつもりですか?」
「そうねえ……」
私は自分の持ってきた鞄を見る。
持ってきたものなんて微々たるものだし、あとはハーブティーと、私の持つ祝福や加護を溜め込んだ輝石くらいだ。
「どうせなら、ここで働きたいけど。掃除も洗濯もできるし、料理もできる。そういう場所ないかしら? 人手不足な場所で働きたいの」
「そんな……聖女様だったミーナさんに紹介できるような場所なんて、なかなかありませんよ」
スザンナにそう言われ、ジーノに「ほれ見たことですか」という顔をされてしまう。
そう言われてもな。肩書きしかないし、お金もないんだから、働かないと食べていけない。だからと言って食の趣味の合わない人とは結婚できない。
……そこでふと思いついた。
「ねえスザンナ。どこかで部屋かなにか間借りできる場所はないかしら?」
「はい? 多分あるとは思いますけど。どうしましたか?」
「私、店を持ちたいの! お茶とお菓子のお店!」
それにスザンナとジーノは顔を見合わせてしまった。
「そりゃまあ……漁師の人やら農家の人やらが食事できる場所はあれども、茶飲み話できる場所はありませんから、需要はあるとは思いますけど……」
「そう! 前にここに来たときからそう思ってた! この手の場所、神殿にしかないから!」
神殿では基本的に中庭に畑を持って、そこで摘んだハーブティーを出したり、育てた鶏の産んだ卵でお菓子をつくったりして、信者さんに振る舞っているけれど。
漁師さんや農家さんが酒飲んで大声でしゃべってるところだと、女の人がお茶飲んでお菓子食べてゆっくりできない。お酒入った人はすぐ喧嘩するしなあ。
私の思い付きを、スザンナは「んーんーんーんー……」と腕組んで考えてくれた中、「あ」と声を上げた。
「スザンナ?」
「スザンナさん?」
「ひとり心当たりいました。その方を紹介しましょうか?」
「ひとりって……どんな人を?」
「大家さんです」
それに私はスザンナの手をブンブンと振り回した。
「ありがとう! ありがとう!」




