結婚にはなにが必要か
私がルカ様……ルーチョと呼ぶことにした。本名はルカ様らしいけれど、この人と来たら「君が楽なほうがいいな」と言うのでそういうことにしておいた。
とにかく、彼にプロポーズされ、それを受けることを伝えたら、カーラさんは「あらまあ」とだけ言った。クローネは猛反発している。
「まあ、そうなるんじゃないかとは思ってたけどねえ」
「なんでですか!? あいつすっごいスケコマシですよ! 騙されてませんか、ミーナさん!?」
「いや、別に。というか、私のほうこそ、皆から誰ひとりとして、小島の領主がルーチョだと聞いてなかったんだけれど」
「それ、言う必要ありましたか?」
「一応尋ねるけど、曲がりなりにも貴族にその態度大丈夫?」
私が聞くと、カーラさんはホットレモネードを皆に配りながら答える。
「あたしたちも一応は敬ったほうがいいんじゃないかとは言ったんだけどねえ。本人が『前のままがいい』と言うから。何分、先々代の領主が亡くなって、先代が領主になった途端、とんでもない馬鹿たれのせいでさんざんひどい目にあったからね」
「小島で獲れた魚は全て安く買いたたかれて王都に売ろうとしたり……そんなことしたら、私たち食べるものなくなるじゃないですか……レモンもオリーブオイルも増産量無理矢理増やそうとしたり……下手に山弄ったら土砂崩れ起こるとか、そんな素人でもわかること、あの馬鹿たれはなにもわかってなかったんですよ!……このままじゃ近い内に死人が出るからって、この土地買い取るために、小島を出て商売成功させて、そのまま爵位と一緒にこの土地買い取ってきたんです」
「なるほど。そういう経緯ね。神殿にやけに詳しかったのは?」
「それは先々代の聖女様が、土地を買い取る際になにかしら書類書いてくれたり、爵位買い取るための推薦状を国王に書いてくれたりと、いろいろ世話になったから、今でもずっと寄付を続けていると」
なるほど……私が干涸らびてたから全然気付かなかっただけで、先々代がボロボロになりながらも仕事してたから、私が先々代を継いで先代聖女になった際、寄付に来て私を見つけたと……。
これでいったいどこでルーチョは私に惚れたのかとか、ルーチョが私にこだわっていた理由も説明がついた。
「いろいろと教えてくれてありがとう。式をするかどうかまでは考えてないけど、その辺りはおいおいルーチョと話をするわ」
「ミーナさあん……」
「しかしミーナ」
私はカーラさんに尋ねた。
「うちをやめて、ルーチョと本土のあいつの所領に引っ越すのかい?」
「話し合った結果、むしろここに住んでてほしいと」
「あらま。そりゃあたしとしても仕事手伝ってくれるんだったら助かるけど、でもなんで?」
「まあ、ルーチョ嫉妬深いんで」
まさか言えないよなあ……。
ここの神殿だったらスザンナが神官を務めているから、あまり大事にはならないはずだけど。元聖女が結婚するとなったら、利権問題がものすっごく絡んでくる。
元聖女には一代限りの爵位が与えられるし、その際に土地も渡されるけど。だいたい元聖女が渡される土地っていうのは「頑張って!」とマナがスッカラカンになった乾いた土地だ。そこを人が住めるように生活できるようにと加護や祝福を使ったら最後、一代限りだからといろいろ言いくるめて没収され、その聖女が肥やした土地を巡って貴族が揉める。
ヤァダア、無茶苦茶面倒臭い。私の前の聖女様、ただでさえボロッボロだったのに、その土地渡されたとき、目からハイライト消えてたもん。私たちは肥料かと。それを貴族令嬢出身の聖女には絶対しないだろうに、シンプルにいじめだ。聖女虐待だ。
だからもう神殿から身をくらますのが最善だから、もう本土に帰りたくない旨を必死で訴えてからの「ならここにいようか」だった。
「まあ式を挙げるのはここでいいとして。さすがに新婚生活自体は、俺の家に来て欲しいけれど……ティーサロンを営むこと自体も反対しないから」
「ルーチョの家って、灯台?」
「違う。あれは叔父上の家だ。俺用……というか領主のためのセカンドハウスが丘にあるから、そっちに住んでほしい」
「はあ……まあ、ティーサロンに通うのがちょっと億劫になるけど。まあいいわね」
そういうことで、私とルーチョの話し合いが済んでいたのだった。
****
私とルーチョが結婚するということで、なにやら漁師の奥様方やら、牧場やら農家やらがわらわらとティーサロンにやってくるようになった。
ドレスの準備をどうしようかと考えている中でも、人がたくさんで慌ただしい。
「クローネ、あちらの席にカンノーロとローズヒップティーお出しして」
「はあい」
「マリトッツォの生地焼けたよ」
「はあい、ならクリーム詰めます」
マリトッツォは菓子パン生地の中にクリームを詰めたお菓子。揚げ菓子のカンノーロよりも生地がふかふかしているせいか、若干食べづらいのが難点だけど、不思議と人気のお菓子だ。クリームをぎゅっと詰めて、こちらは紅茶と一緒にお出しする。
それにしても。お客さんたちがやけに多いのは、どういうことなのか。これじゃあ神殿まで行って、スザンナとも式の段取りの相談ができないんだけど。
その日もくたくたになるまで働き、店を終えたら食器を洗って夜の食堂時間までは暇をしているときだった。
「ミーナさん」
神殿からスザンナがやってきたのだ。私は慌てて大麦コーヒーを出す。
「いらっしゃい。どうしたの、急に」
「いえ。最近皆さんがお店に通い詰めで、ミーナさんてんてこ舞いだったでしょう?」
「そりゃまあ。お仕事忙しいのはありがたいけど、これじゃ式の準備どうしようと思ってね……」
「ですけど、服のサイズはミーナさん、以前に私がワンピースをあげてから変わってませんよね? そのサイズでルカ様もドレスをプレゼントしていたはずですし」
「……あー、ルーチョが私のドレスのサイズを知っていたの、スザンナ経由だった訳ね」
油断も隙もない。
私が思わず息を吐いていたら、「ですから」とスザンナが手持ちの包みを差しだした。
「ドレスがきちんとサイズに合っているか、試着して欲しいんです」
そう言って見せてくれたのは。
真っ白なレースはレモンの花にレモンの模様が入っている。そしてドレス。真っ白なマーメイドラインのドレスには、刺繍でレモンの花が縫い込まれている、かなりの力作だった。
「これ……」
「皆さんに足止めしてもらっている間に、頑張りました」
「スザンナ……あなたまた仕事を増やして!」
「私も、仕事してないと落ち着きませんから。でもそれはミーナさんもでしょう?」
「もう! でももう! ありがとう! 本当に素敵!」
私は慌てて自室に戻ると、そのドレスをいそいそと着た。
今の時期だとやや肌寒いとはいえ、式の時期にはもうちょっと温かくなるはずだ。ドレスを着たら、体のラインも本当に綺麗に出て、本当に素敵なドレスだったのだ。
この小島に来てから、本当にいろんなことがあった。
お菓子をつくって。ときどき人生相談に乗り。時には嵐を止めたり、ちょっとだけロマンスがあったり。
そして式まで皆で祝ってもらえるとは思ってもいなかった。
大事にしないとと、私はドレスごと抱き締めていた。




