聖夜で誓う
聖夜になったら、さすがにご令嬢みたいな観光みたいな巡礼は減ったものの、真面目な巡礼者は神殿に出入りするようになった。
でも漁師町の人たちは基本的に神殿で聖夜を祝うものではなく、家で穏やかに過ごすものだから、基本的にカーラさんものんびりとしている。精霊信仰の人たちは基本的に聖夜はパネトーネを焼いて食べるくらいしかしない。
でも私はルーチョにお呼ばれされているから行かない訳にはいかないけど、服だけは今日まで決めることができなかった。
「どうしよう……ほんっとうに考えてなかった」
私は手持ちのそこそこ綺麗なワンピースをベッドにかけて、考え込んでいた。
ただ神殿に行くだけだったら、普段着に外套引っ掛けるだけでいいけど、わざわざルーチョに呼ばれているのに、なんの服の用意もないのはなあ。
私がひとりで腕を組んで考え込んでいたら、扉が叩かれた。
「ミーナ、今大丈夫かい?」
「ああ、はい。どうぞー」
カーラさんが大きな箱を持ってやってきた。
「あのう、カーラさんそれは?」
「あんた宛に贈り物だってさ。ルーチョは先に神殿に向かうと。仕事だから」
「仕事……」
そもそもルーチョが小島の神殿で仕事ってなによ。私はわからないまま、箱を取る。
「これ開けたほうがいいんでしょうか?」
「いやねえ……あの子と来たら、『きっとミーナは着ていく服に困ってるから』ってさあ。贈る気あるなら当日に贈らないでもうちょっと前に贈ってあげればいいのにねえ」
バレてーら。私が服にさんざん迷ってるの。私はそれをおずおず引っ張り出した。
出てきたのは、ジャケットにワンピースを合わせたドレスだった。白い布地は分厚くて冬でも暖かく、金色の糸で唐草模様が縫い込まれている。
「綺麗……でもこんなドレス贈ってくれるなんて」
「まあ、呼んだ張本人だから服の用意くらいはしてくれないと、あんただって困っちまうだろうしねえ。ただねえ……」
「カーラさん?」
「……ルーチョも全然言わないもんだからねえ。騙す気はないんだろうけど、あの子と来たら」
「あのう、クローネからもだいぶルーチョの悪口吹き込まれてるし、まあお世辞にも素行がいいとは思えませんし、どうして私に対しては変なしゃべり方しかしないんだろうとは思いますけど」
思い返しても、この男がなにを考えているのか私にはさっぱりわからない。
嫌いじゃないからと言って、好きかと問われると「どうだろう……」から全く進まないけれど。プロポースに対しては、そろそろ答えを出してもいいんじゃないかなとは思っている。これはルカ様についてもいろいろ思い返した末に、だ。
「騙すなら真面目に騙してほしいんですよね。嘘をつくんだったらちゃんと夢を見せてほしい。中途半端なことばっかりするから、ルーチョを完全に好きになりきれないんです」
「それ、本人にちゃんと言っておあげ。あたしもこれじゃあミーナが可哀想だと思ってるからねえ」
「はい。だから、ちゃんと言ってきます」
さすがに呼ばれている以上は、このドレスは着させてもらうけれど。
プロポーズ自体はきっぱりと断らせてもらおう。そう思いながら、私は一旦カーラさんに帰ってもらって、ドレスの準備を済ませることにした。
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ドレスなんてほとんど着たことないしなあ。
聖女やっているときだって、ほぼほぼ神官装束だったから、わざわざドレスなんて着ないし、そもそも手持ちのお金で買えない。
私は姿見を見ながら、これで本当に大丈夫か確認し、最後に普段から背中に伸ばしっぱなしの髪を三つ編みの一本のおさげに結んで背中に流すことにした。
ドレスを着替えて部屋を出ると、今日はもう来ないと思っていたクローネが顔を見せに来て、少しばかり驚いた顔をしていた。
「ミーナさん……ちゃんとルーチョフレますか?」
「うーん、フるのとはちょっと違うけどねえ。さすがに答えを待たせ過ぎたと思うからちゃんとしてくるつもり」
「そうですそうです。あんな奴フッちゃってください」
クローネはふんすふんすとルーチョがフラれるのを待っている中、カーラさんは頬杖をついて私たちを見ていた。
「どうだろうねえ……あたしは、そうはならないと思うけど」
「あいつ嘘つきじゃないですか。いくらなんでもミーナさんが可哀想ですっ!」
「それにはあたしは同感なんだけどねえ。まあ、ちゃんと話し合ってきな。神官も見ている前で、あいつも不逞な真似はしないだろうさ」
「はい。カーラさんクローネありがとう。それじゃあちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてー」
私はふたりに見送られながら、丘を上がっていった。
今日は聖夜で、この日一日は漁師たちも船を出さずに家で聖夜を祝っている。一方牧場や農家は神殿に行って祈りを捧げ、神官から贈られたパネトーネを持って帰って、パネトーネとレモン酒で聖夜を祝うのだ。
聖夜は基本的には、仕事らしい仕事をしちゃいけないって決まりがあるから……神殿はそんな決まりを無視して、ずっと働き通しなんだけどね。だからスザンナも私が三次発酵手前まで済ませたパネトーネを焼きまくって、今日も配りまくっている訳だけど。
なによりも、聖夜は神官が祝福を授ける夫婦が増える。婚約のための誓約書を書く人やら、成婚のための届けを出す人やらだ。
私は神殿に到着し、「ミーナ」と声をかけられる。
その姿を見て、一瞬呼吸を止めてしまった。
「……ルカ様?」
ルーチョを見ていたらどうしてもチラついていた姿が、そこにはあった。
彼が着ていたのはジャケットにスラックスと、貴族の正装だった。私の言葉に、ルカ様は困った顔をする。
「というよりね、ミーナ。本気でそう言っている?」
「……うん?」
「同じ顔だよね、同じ声、それで本当にルカとルーチョが同一人物だと思わなかった」
「……は、はい……?」
「……君がときどきものすごい世間知らずだから、まさかそうじゃないかとは思っていたけど、そのまさかとはね……」
「な、なんで……というか、皆知ってたの!? あなたが貴族だって!」
「そりゃ順序が違うから」
ルーチョ……というか、ルカ様は淡々と説明する。
「まず私はルカが本名だけれど、当時スペルを間違えてどう読んでもルーチョとしか読まれないから、周りからそう呼ばれていただけ」
「はあ……」
「そして、私が土地を買い取らなかったら、この小島は悪徳領主のせいでさんざんだったから、私が領主追い出すために商売で金を集めて爵位を買ってこの土地の所有権を獲得しただけ」
「……この小島の領主ってまさか」
「私だけれど」
パチンパチンとパズルが埋まっていくのがわかる。
クローネがルーチョに対して冷たかった理由も、カーラさんがフェアじゃないと言っていた理由も、全部これじゃない……。
私は頭がグルングルンと回るのを覚えながら「本当は……」と口を開いた。
「私、プロポーズを断るつもりでした」
「何故?」
「……私は元々、見合いを放棄して逃げてきた身。ルカ様との見合いの話を正式に放棄するまで、ルーチョには待ってもらうつもりでしたけど……」
何度も考えた。
嫌いじゃないんだったら別にいいんじゃないかと。ルーチョは私がティーサロンを開くことについて、特に反対もしていなかったし、むしろ珍しい食料やスパイスなどを勧めてくれて、それを使ってお菓子をつくるのが楽しかった。
私のことを好きにさせてくれるというのが絶対条件だった。さすがにもう、聖女のときのように記憶が飛ぶほどの疲労困憊はごめんだったし、縛られるのも嫌だったから。
ただ。ルカ様とルーチョが同一人物とわかった以上は。
「……断る理由がなくなってしまったので、どうしようと思っています」
「……ミーナ、私のことが好き?」
「……嫌いじゃないです。好きかどうかはわかりません。ただ」
「うん」
爵位を買ったというのは知らなかったし、悪徳領主から土地を買い取るためにもろもろやっていた……その苦労を思えば、彼も結婚くらいは自由にしたかったのかもしれない。
私はどこで彼に好かれたのか、本当に疲労困憊だったせいでなにも思い出せないのは残念だけれど。
「あなたと一緒にいた時間は、間違いなく楽しかったんです」
「ミーナ。私は君が元気でいてくれたら、それが一番嬉しい。この島は私の大事な場所だから、そこで元気に過ごしてくれていたらかまわない。私の妻になってくれますか?」
「……あのう。私、身分的には一応もう庶民なんで、爵位持ちと普通に結婚してかまわないんですかね?」
「聖女は望めば一代限りの爵位を授かるはずだから、それで身分的には釣り合うはずだけど」
……一応知ってはいたけど、いろいろ面倒臭そうだから触ったことはなかったルールだ。
そこまで知られてたら、もう本当に断る理由がなにもない。
「……甘いものをつくって食べてもかまわないなら」
「知ってる? 私は君がお菓子をつくっているのであれば、本当になんでもいいんだ。愛してる」
勝てないなあ……。そもそもこの人、自分は領主だからと命令することだってできただろうに、それすらしてなかったんだから、本当に無理強いする気がなかったんだ。
「一応尋ねるけど、あなたのキャラ、ルカとルーチョどっちなの?」
「ルカは仕事用だけど。それを知っているから、周りもルーチョと呼ぶしそう扱うんだけど」
「……もう、島の人たち公認なのね。降参」
多分きっと、このプロポーズは間違っている。
でも、本当に断る理由も嫌がる理由も潰されてしまった以上は、応じるしかなかった。
ただ本当に、彼のことは嫌いじゃないんだ。




