聖夜について思いを馳せる
店にルーチョを連れ帰ると、カーラさんは意外そうな顔をした。
「いらっしゃい。聖夜にはまだ早いよ」
「こんにちは。今日は彼女にプロポーズの答えを聞きに」
「あんまり世間知らずの子をからかうんじゃないよ。可哀想に」
「からかってはいないよ。本気だから」
「なおのことたちが悪いってもんだ」
カーラさんはあからさまにげんなりしながらも、クローネのように思いっきり悪意を持って口撃しないあたり、ルーチョを好きにさせているんだろう。
私は輝石を使って鍋のクラムチャウダーを温めると、それをお皿に入れてバケットを添えて持って行った。
「はい、クラムチャウダー」
「ありがとう。いただくとしようか」
それを音も立てずに飲む。
「カーラさんにも関係あるから、ここで言うけど」
「なによ」
「はいはい」
「彼女に返事を聞きに来たんだけど、考えたかい?」
ルーチョに言われ、私はどう答えるべきかと悩む。
正直、最初のなんか知らんが怖いという感覚はとっくの昔に薄れてはいるものの。本当にこの相手でいいのか? という疑問は自分の中でずっと付きまとっている。
嫌いじゃない。好きかどうかはまだわからないけれど。それで選んでしまっていいのかと、今思いっきり悩んでいるところだ。
そして……ルカ様が私のことをまだ諦めてないっていう点も、私の中では気がかりだった。
「……先に聞くけど、結局のところ、ルーチョは私のなにをそこまで気に入っているの?」
「君がボロボロになっていても、人に情けをかけるところがかなり気に入っているけれど。君はひと目惚れと言ってもわからないだろうし、君の料理が食べたいでも靡かないだろうし」
「……あの一番大変だった時期、あなたどこかで見てたの」
私の聖女時代の六年間のうち、数年ほど多忙が原因で記憶を飛んでいる箇所がある。もう肥料死する覚悟を決めなかったらいけなかったほど、私はズタボロだった。その時期の私はもう、体中からマナが抜け落ちてボロ雑巾状態だったはずだから、それを気に入っているルーチョは様子がおかしい。
私はうろんな目でルーチョを見た。ルーチョは綺麗な目でこちらをニコニコと見るばかりだった……ムカつくな、この人本当に。
「君は俺のこと全く覚えていなかったけどね。このときに君にプロポーズすることに決めていた。もっとも……聖女は次を見つけるまでは降りることはできないから、待つしかできなかったさ。まさか君が脱走するとは思ってなかったし、探し出せたのは運でしかなかったけどね」
「……そうだったの」
まさかルカ様との見合いの話前に、そんなこと考えていたなんて思わなかった。私は腕を組んで考える。
「聖夜まで待って。そこでちゃんと答えを出すから」
「本当?」
「私、くだらない嘘はつかない性分なのよ」
そう伝えると、ルーチョはニコッと笑ってクラムチャウダーを飲み干した。
「ごちそうさま。その言葉が聞けただけで、今日は充分満足さ」
「そっ。あなた本当にここにずっといてて大丈夫?」
「むしろ聖夜のためにここに来たからねえ」
「……プロポーズのためだけに来たの?」
「それができたらよかったんだけどね、仕事のためなんだよ。なら聖夜、できれば正装で来てほしいんだ。俺も正装で行くから」
「……わかったけど」
私は渋々と了承した。
****
聖夜の服ってなに着るものなんだろう。
農村では、一年に一度しか一張羅なんて用意しない。それを着回して過ごすのだから、それを着ていたけど。
一方神殿では、聖女や行儀見習いには普通に神官装束が配布されていた。聖女の場合だってそんな貴族じゃあるまいしドレスを着る訳もなく、それを聖夜で着ていた。
……思い返してみても、聖女やっていたときの聖夜の記憶がほとんど朧気だ。なんかもう、ずっと加護加護祝福加護で、このままだと加護死するなそれとも祝福死かなと、聖夜に死の危機感を覚えていたことしか思い出せない。
それでも、この日に結婚する夫婦を祝福するのは気持ちがよかったような気がする。それにくたくたに疲れた体に、サングリアとパネトーネはおいしかった覚えがある。
パネトーネかあ……多分聖夜に配るためのものを、スザンナがつくっている頃だろうな。私は外套を羽織ると、カーラさんに「ちょっと神殿に行ってきます」と言って、スザンナの手伝いに行くことにした。
案の定というべきか、スザンナは小島の外から巡礼に来た人たちの相手で、なかなかパネトーネづくりができなくなっていた。
「スザンナ、やっぱり……人が多過ぎて全然準備ができてないみたいだね」
「ミーナさん。いらっしゃい……はい。普段この時期に巡礼者はいらっしゃらないんですが……」
「うん、折角ルーチョが巡礼者増えるって教えてくれたのに、事前に準備できてたらよかったね」
「いえ。こんな小島でしたら王都の神殿に鳩を飛ばしたとしても、どれだけ応援を送ってくれたかわかりませんし……ですが」
「聖夜になんかするとかルーチョが言ってたけど」
私が尋ねると、スザンナは「そうですねえ」とだけ曖昧にお茶を濁した。ええ、なにするつもりだあの人は。
それはさておき、このままじゃ聖夜にやって来る人たちに配るパネトーネがない。
「私、パネトーネつくるのになんかしたほうがいい?」
「夜になったら、巡礼者の皆さんも宿泊室で眠りますから、時間が取れるんですけど」
「なるほど。なら生地だけ用意してたら、あとは焼ける?」
「それはもちろん」
「なら、生地だけはつくっておくよ」
「……お恥ずかしい話ですが、どうぞよろしくお願いします」
そりゃなあ。巡礼者を無碍に追い返す訳にもいかないし、空腹のまま寝かせる訳にもいかないから宿泊室と食事の世話もある。スザンナひとりで回している神殿だと、あまりにやることが多過ぎる。あれだけ人がいるんだから、神殿ももうちょっとここに人を寄越してくれたらいいのにと思う。もっとも、私がなんか言ったら最後、本当に大事になるから言うこともできないんだけど。
それにパネトーネは寝かせないと焼くこともできない。せめてスザンナがあとは焼くだけになるよう、生地だけつくっておこう。
神殿の厨房に入ると、私は材料を並べはじめた。
ちなみにパネトーネは聖夜に配られる菓子パンだ。聖夜で起こした聖女の奇跡の産物のひとつだとされている。
小麦粉に砂糖、塩、卵、あとワインからつくった酵母。
レーズンにレモンピール、オレンジピールを用意すると、それを白ワインに漬け込んでおく。
続けてボウルに小麦粉と砂糖、塩を加えると木べらでざっくりと混ぜてから、くぼみをつくって卵と牛乳、酵母を加え、よく混ぜる。生地に粘りが出てきたところで、木べらを置いて手でよく捏ねる。ここで弾力ができたら、一旦生地は出来上がり。白ワインに漬け込んでいたドライフルーツを白ワインと一緒に加えて生地に練り込む。
そこで輝石で温めたボウルに生地を移し、蒸しタオルを乗せて保温しておく。これで生地の発酵が進んで最初の二倍の大きさになる。同じような生地を十個ほどつくってから、発酵させた生地から順番にふたつに分け、更に発酵させていく。
本当なら発酵させた生地をカップに入れて、更に発酵させるんだけど……ここから先はスザンナに任せたほうがよさそうと、それぞれの発酵済みの生地を入れたボウルに【二次発酵済み】の紙を貼り付けていく。
思えば。どれだけめまぐるしく忙しかったときも、パネトーネを捏ねて発酵させて焼いていく作業のときは、いつも楽しかった気がする……いやあれだ。パネトーネの生地をボウルに叩き付けるようにして捏ねるのが楽しくって、それでストレス発散してただけだ。台無しだ。
「でも……楽しかったんだよなあ」
よかった、聖夜に死ぬかも加護死かな祝福死かなと考えていた以外の思い出もあった。まさかボロボロのボロ雑巾状態で神殿で加護や祝福をする訳にもいかず、前日は休みをもらって一日よく食べてよく寝られたっていうの大きいんだろう。
そんなことを思いながら生地を発酵させていたら、スザンナが夕食の大麦スープをつくるために、厨房に入ってきた。
「お帰り、お疲れ様。一応二次発酵までは済ませたから」
「まあ……本当にありがとうございます。これで焼けます。ただ夜は寒いですから、なるべく温かくしてから帰ってくださいね」
「それは平気。私も元聖女だったんだし」
「まあ……」
私はスザンナに厨房を任せてから、外套を羽織り直して帰ることにした。
冬の星が空に散らばっている。空気が澄んでいるせいか、王都よりも星がよく見える。
聖夜はどうなるだろう。私は少しだけ魔力を高めてマナの流れをよくして体を温めながら、カーラさんの宿屋に戻ることにした。
クリスマスにどうなるんだろう。そんなことは想像だってできなかった。




