冬のごちそう
その日は漁師さんたちは漁に出ているらしくあまり来なく、代わりにご令嬢たちが食堂時間を賑やかに過ごしていた。
特に人気があったのは、この時期になると多い冬魚のトマト煮込みに、ライスコロッケ。ひよこ豆のポタージュもなかなかの人気で、それらが飛ぶように売れていった。令嬢たちはあまりお酒を嗜まないせいで、代わりに私が安眠用のバラとシナモンでブレンドティーをつくり、それをカーラさんが運んでくれていた。
「やっぱりこの地方の料理はおいしいですわね」
「ええ……本当に。魚料理がおいしいとは聞きましたけど、他のものもなかなかで」
「明日は晴れてるから、神殿のほうに行ってみな。神官さんも料理上手だから、いろいろ美味いものを出してもてなしてくれるだろうさ」
「そうしまーす!」
彼女たちが楽しそうに食事を楽しんでから部屋に戻るとき、私も食器を片付けて洗いながら、やっと夕食にありついた。
冬魚は冬の海を泳ぐせいか脂がいい具合に乗っていて、トマトと煮ると途端にコクと旨味のバランスがたまらなくなる。私はそれを食べつつ、ライスコロッケにも手を出す。この辺りのライスコロッケは球体で、表面はサクサクしていて、ご飯の中にチーズをぎゅっと詰め込んで揚げている。これをクリームソースと一緒にいただくとえも知れぬ幸せな味になっていた。
私はこれらを大麦コーヒーと一緒にいただき、最後に大麦コーヒーを全部飲み干して、食事を終えた。
「ごちそうさまです。おいしかった……!」
「それはよかった。しかし、ミーナ。しばらくはご令嬢たちがずっと客として来るけど、大丈夫かい? あんたが店を回れない以上はあたしが出るから、その分あんたに料理をさせなきゃいけないけど」
「……やります。さすがにカーラさんに食事つくらせてホールもひとりでってさせられないんで」
「あんたがここに来るまではひとりで回してたから、あたしはなんの問題もないんだけどねえ。ならせめて、揚げ物料理くらいは仕込んでおこうか」
「よろしくお願いします!」
ライスコロッケのつくりかたを聞き、冬魚のトマト煮も聞いた。あと朝食用のミネストローネをふたりで仕込み、明日温めれば出せるようにしてから、やっと寝ることになった。
「ふう……」
ご令嬢の巡礼ブームは、いつまで続くんだろう。ご令嬢の結婚シーズンは夏だ。春になったらこの辺りもいろいろ忙しくなるだろうし、そうなったらここを行き来する船も減るだろうから、巡礼ブームも控えめになるかもしれない。
そういえば。あともうちょっとでルーチョとの勝負も決着つけないといけない訳で。
私は昼間に聞いたルカ様の話を、ずっとグダグダと考えていた。
ここでずっとぐちゃぐちゃ考えてしまうのは、相手が思っているよりも私との婚姻に乗り気だったこと。たとえ聖女の縁目当てだったとしても。
今ルーチョから結婚を前提に交際を申し込まれているのは、彼の縁目当てなんだろうか……あちらはそもそも私のなにがそこまでよかったのかはっきりしたことを教えてくれないんだから私も知らないんだ。
ご令嬢たちは今のところ、私が先代聖女だと気付いてない。カーラさんが気を遣って私を店に出してないから当然だけれど。もし気付かれて、ルカ様に私の居所を報告されてしまった場合、私はどうすればいいんだろう。
「……そもそも私、今ルーチョのことどう思ってるの?」
最初の印象は、まあ最悪だった。距離感が近過ぎて、意味わからん怖いというのが勝って、顔のよさとか言動のさわやかさとか、そんなのより先に「怖い」「無理」が出ていた。
今はどうだろう。そこまで嫌いではない。好きかどうかと聞かれても困るけど。そしてルカ様の話を聞いて、私が及び腰になっている。
……うーん、わかんない。
「次、ルーチョが来るのはいつだっけ」
明日日付を確認しておこう。
私は輝石を外して灯りを消した。ストーブの中の薪の爆ぜる音を聞きながら、私は眠りについた。頼むから、その眠りは朝まで目覚めないものであってほしいと、そう祈りながら。
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私が悶々としている間も、朝は来る。
その日の朝は昨日つくったミネストローネと、今日朝につくったクラムチャウダー。それに添えたバケット。甘いものが好きな人の場合は、ブリオッシュとカプチーノを頼むことも多いけれど、寒いときは温かいスープを飲んでからじゃないと体が動かない人も少なくない。
「寒いー!」
「この島の寒さは、王都とは少し違いますわね」
今日は神殿にまで登る予定のご令嬢たちは、震えながら出てきた。
「いらっしゃい。朝はスープとバケットを出すけど。スープはミネストローネとクラムチャウダーだけどどうする? 甘い方がいいならブリオッシュと飲み物を出すけど」
「クラムチャウダー! この辺りのクラムチャウダーが飲みたいです!」
「私も!」
「はいはい」
漁師さんたちが朝に来るときは、ほぼほぼミネストローネを飲んで英気を養ってから船で出ていくから、ご令嬢たちがクラムチャウダーを頼むのは少しだけ意外だった。
彼女たちはそれをおいしく飲むと、「ごちそうさま!」と手を合わせる。
「神殿に参りたいのですけれど、道はこちらで合ってますか?」
「ああ、ちょっと待ちな」
私が厨房で食器を洗いつつ、ドキドキしながら見ていた。
カーラさんが道を教えたら、彼女たちは頭を下げてそのまま宿を出て行った。これなら昼には着くだろうし、スザンナも巡礼に来た子たちをもてなしてくれるだろう。
私は急いで空いた部屋のシーツと枕を交換すると、日が出ているうちに洗ってしまう。洗濯まで手でやれと言われたら真冬だったら大変だったけれど、幸いなことにここには洗濯機があった。
私はシーツを輝石を入れて洗濯機を回し、それを宿の裏に干す。枕も同じく洗って干していたところで、「ずいぶんと盛況みたいだね」と声をかけられた。
昨日寝る前に考え込んでいた張本人だった。
私は鼻が赤くなっているのを手で隠して、ルーチョを眺めた。ルーチョはいつもの格好に温かそうな外套を羽織っていた。襟巻きまでしっかり巻いているのは、船で移動したら、どうしても冷え込むせいだろう。
私は店を指差した。
「風邪引かれたら嫌だから、温かい飲み物ならすぐ出せるけど。スープ、ミネストローネとクラムチャウダーどっちがいい?」
「クラムチャウダー。ここだと家庭料理だけど、王都だったら海鮮全般がおいしくないから、ここでじゃないとおいしく飲めないんだよ」
「なるほど。いらっしゃい」
私は彼を連れて店に戻ると、カーラさんは少しだけ意外な顔をした。
まだティーサロンを開ける時間じゃないから、クローネはまだ出勤していない。
「いらっしゃい。あんたがわざわざルーチョを連れてくるとはね」
「洗濯物干してたらいたんで。風邪引かれたら嫌ですから、スープ飲ませてから帰らせます」
「おや連れない。そろそろ聖夜だというのに」
「まだ早いじゃない」
聖夜と言うのは、初代聖女が神殿で奇跡を起こした日だとされている。この辺りは説がいろいろあるけれど、今だったら聖女が全国各地で儀式を執り行い、聖女が奇跡で出した食べ物を食べる日とされている。
山だったら鹿料理、海だったら魚料理、王都だったらお菓子と、それぞれ地方により食べるものが変わる……というか、聖女の奇跡がご当地名物を食べる日になっているように思えてならない。多分神殿がいろいろ伝えた話が、ご当地料理と混ぜて結果的に食事の日になったんだと思うけど。
そして聖夜で起こした聖女の奇跡のひとつに、真冬に路銀が尽きてしまい結婚できなくなったカップルを、なんとか成婚させたというものがある。それが転じて、カップルや婚約がまとまる日とされている。
私は聖夜前後の記憶がほとんどない。
農村にいたときは、もう鹿料理を頑張ってつくっていた記憶しかないし……作物の敵討ちじゃと、それはそれは鹿を料理する腕に力が入ったもんだ……神殿で聖女をしていた日に至っては忙し過ぎてなにをしゃべったのか、なにを食べたのかの記憶すら飛んでいる。
だから私は、王都のようにカップルや成婚について思いを馳せるというのには無塩だった。むしろこちらがカップルや成婚を手伝う側だったから余計にだ。
私がそんなことを考えていたら、ルーチョは「君はまた余計なことを考えて」と窘めてくる。
「……で、聖夜までこちらにいるつもりなの? 仕事大丈夫なの?」
「というより、そろそろ君に答えを聞きたいと思って、合わせてきたのだけれど」
「……はあ」
「そろそろ俺と結婚するつもりになったかなと思って」
この人、本当に普通に話せばいいのに、どうしてこんなしゃべり方しかできないんだろうなあ。私は少し呆れ返った顔で、「クラムチャウダー出すから、ちょっと待って」と言った。




