冬のお客様
ジーノにも食べてもらったら、そのまま喜んでもらえた。
「レモンのほうのオイル漬けはそのままルーチョさんに売ってもらえることになりまして」
「あら、それはよかったわね。こっちはティーサロンの新しいメニューにするつもり」
「はい。今年はお客さんが多いみたいで」
「でも、小島にどうして王都のご令嬢が遊びに来るのかしら? なにかあった?」
「そうですねえ。アダルジーザ様が、あちこちで頑張った結果、回り回って神殿で行儀見習いしていたご令嬢たちが結婚間際に聖地巡礼するのが流行りはじめているようで」
「あら……つまりはスザンヌのところの神殿も?」
「おそらくは」
私、大したことしてないんだけど、近くで見ていた行儀見習いの子たちが憧れるような言動をしてたんだとしたら、それはかなりいい方向に転がったんだなとほっとする。小島だけでなく、外も飢饉を免れたんだったら、それはそれでありがたいし。
「じゃあ、赤いオイル漬け、うちに売ってちょうだい。それでケーキ焼くから。あとアイシング付けた分も売るから、そのときも味見してちょうだい」
「はい、それは喜んで。今年も無事に保存食がつくれそうでよかったです」
「そうねえ……」
小島では冬もあまり雪は降らないらしいけど。でも野菜は途端に採れなくなるから、保存食はありがたいんだ。
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だんだんと朝と夜の冷え込みが厳しくなり、薪の準備が欠かせない。薪置き場に置いてある薪を運んできては、ストーブにくべている。
「すっかりと冷え込むようになったねえ」
「はあい。薪オーブンだけに薪を使えなくなったのは残念です」
「勘弁しとくれ。薪をケチって凍死だなんてなっさけない死に方はしたくはないさね」
「それはそうですね」
ルーチョがまたしても王都に出て行った中、入れ替わりに本当にご令嬢たちが遊びに来るようになった。私が知っている子がいたらどうしようと、気まずくてずっと厨房で作業をして、接客自体はクローネにしてもらっているけれど。どの子も可愛くて元気で、そして婚約が決まっているようだから、もしかすると聖女とあまり接点がなかった子かなと思う。
……まあ、私が聖女辞める直前なんて、結構ボロボロだったから、元聖女と私がイコールだと結びつかないのかもしれないし、アダルジーザ様の見目麗しさで私のことを記憶から忘却してしまった可能性だってある。
その辺はちょっとだけ複雑だ。
「おいしい、ここのお菓子」
「神殿のお菓子も嫌いじゃなかったけど、ここだったらレモンのお菓子が思いっきり食べられるから」
王都から来た子たちからは、オリーブオイルケーキもそうだけれど、軽い食感のレモンケーキやトルテが人気のようだった。
「あとセミフレッドがおいしくて」
「ええ。王都でも大きなカフェじゃなかったら食べられなかったのが、まさかここで食べられるだなんて」
それを聞きながら、私はガッツポーズを取っていた。
セミフレッドはアイスケーキの一種だ。ジェラートとも少し似ているけれど、ジェラートほど空気をたくさん入れてかき混ぜるものではないし、一度混ぜて冷やせばつくれるから、ジェラートマシンがない場合はこちらのほうがつくる分には楽かも。
ジェラートをつくるときにはどけがちな卵白をメレンゲにして生地に混ぜ、そのまんま魔法石の保管庫で冷やし固める。キャラメル味で思いっきり苦くした部分とセミフレッドのふわっとした食感を楽しむ、温かい場所で食べたくなる味にした。
本当に暑いときは逆に甘ったるいセミフレッドは人気が出ないから、ストーブをがんがんに焚いている室内でなかったら食べられない。「寒くない?」と反対されたのを押して新メニューに加えてよかったと、彼女たちが食べているのを見てほっとした。
ジーノからもらったレモンを砂糖漬けにしたものを溶かすホットレモネードは、彼女たちもかなり気に入ってくれたらしく、セミフレッドを食べて満足したあとに、ホットレモネードを飲んで口の中をさっぱりとさせていた。
「しかしお嬢さんたち、王都の人だろう? 巡礼が流行ってるって聞いたけど」
カーラさんが尋ねると、彼女たちは顔を合わせる。
「はい、神殿巡りをしているんです」
「今の聖女様、豊穣の聖女ということで大々的に人気が出まして……今王都では時期王母じゃないかって、まだ婚約だけですのに持ちきりなんですよ!」
「はあ……そこまですごい聖女様なのかい?」
アダルジーザ様、やる気に満ち満ちたせいで、大変なことになってらっしゃる。
私は思わず口の端をヒクリと動かした。その中、彼女たちは頷きながらレモネードをすする。
「はい、既に辞められた聖女様は、厳格の聖女として知られていて」
「ゲホッ!?」
流れ弾が飛んできて、思わず私はむせた。それに食器を片付けていたクローネが慌てて飛んできた。
「ちょっとミーナさん大丈夫ですかあ」
「ゲホッ……いや、へーきへーき」
知らん。なにそれ。知らん。私がどうこう呼ばれていたとか、とんと記憶にございませんが。私がむせている中、令嬢たちは不思議そうに厨房に一瞬視線を向けつつも、すぐにカーラさんに視線を戻して話を続けた。
「はい、とにかく厳しい人だったと聞いてます」
「へえ……聖女様は加護や祝福を土地土地で使っているから、基本的に優しい人かと思っていたけれど」
「いいえ、理由なく使ったらマナが乱れるってことで、彼女を完全に理論武装で論破しないと使ってくれないという、それはそれは一番厳しい方だったと伺っています」
そーれーはー……。
私はがっくりとうな垂れながら、ひとまず暖房用の薪をポイポイと放り込み、火花が散るのを見守っていた。
「ミーナさん? ミーナさん? 大丈夫ですか?」
「ヘーキヘーキ……」
ちゃうねん。一部完全に利権問題で人に加護や祝福使わせようとしてたから、そんなんに使わんと本当に困ってる土地に使ってやれって、陳情に来る貴族を片っ端から追い返してただけなんだよ……誰だよ、人の風評被害垂れ流しまくってるのは。私はいじけた。いじけまくった。
私がいろいろ教えたアダルジーザ様は豊穣の聖女なのにさあ……なんかすっごくロマンティックな感じなのにさあ……私厳格、厳格かあ……。もうベコベコにへこみまくった。
私が勝手にへこんでいる中、カーラさんは「そうかい」と相槌を打った。
「まあ、あたしには貴族の事情はよくわからないけれど、それをそのまんま受け入れることができない事情があったんだろうね。聖女様も大変なもんさね」
そのカーラさんの優しい言葉に、私はジンと胸を打たれる。
そうだよぉ、いくら聖女が肥料扱いされてるとはいえど、そのまま受け入れていいことと悪いこととあるんだからさあ。
私はそう思っていたら、ご令嬢たちは頷く。
「それはそうでしょうね。だって聖女呼んだら結構いいことあるみたいで」
「いいこと?」
なにそれ知らん。カーラさんは首を捻っていたら、ご令嬢たちは言う。
「その土地に縁を運ぶとかで」
「そういえば、先代の聖女様、うちによく寄付にやってくる貴族様がずっと探してらしたわね」
うん? それって心当たりがひとつしかない。
ルカ様、てっきりもう次の縁談を進めたとばかり思っていたのに。私が続きを聞いていたら、彼女たちは言う。
「きっとその土地のご縁が欲しいんだわ!」
思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
え、困る。私は考え込んでしまう。
ルカ様は嫌いではない。好きではないだけで。でも、食の趣味が合わない上に、土地のために連れ帰ろうとされても困る。私、小島での生活気に入っているし、ここでずっと生活してたいもの。
なによりも。
頭にどうしてもチラチラとチラつくのは、ルーチョのことだった。
……あと三ヶ月ほど口説かれる予定なのに、それを無効にするのは、いくらなんでも仁義がなくない?
やぁだぁ……ルカ様、私のこと諦めてよぉ……。
「あの、本当にミーナさん大丈夫ですか?」
「クローネ、放っておきな。今日のミーナはそういう気分さね」
「そういう気分って……薪を延々折る作業がですか?」
そう言われて気付いた。薪、ちょっと足りないかも。
「すみませーん、薪ちょっと取りに行ってきまーす」
私はそりをズルズル引きずって、倉庫に薪を取りに逃げることにした。
外は寒い。肌を刺すほどに寒い。肌が乾いてピリピリとする。それでいて空はスキッとしていて雪が降る気配がない。
今はその肌を刺すほどの寒さが、私の頭を冷やしてくれるようだった。




