オリーブオイルのケーキを焼く
ジーノからひとつ試作としてもらってきた赤いオイル漬け。中に入っているものは全部バラバラにしてみたものの、だいたい赤めのドライフルーツを漬け込んでいるのはわかった。味わいは割とフルーティ。そのまま焼きたてのパンにかければ充分おいしいけれど、ルーチョ曰く「そのまんまだと売れない」と。
持って帰ったやつを、私はカーラさんにも試作してもらっていた。
「なるほどねえ……たしかに、美味いことには美味いけど、うちの島の特産品として売り出すには無理があると」
「そうなんですよぉ。ルーチョの言っていることはそこまで的外れとも思えないんで、どうしようかなと」
「そうだねえ……これだけ甘いと、レモン中心のオイル漬けだったらともかく、魚と合わせるのも難しい」
「はい」
「一応昔ながらの肉料理だったら使えるんだけどね」
「肉料理ですか……」
よくよく考えると、本当に古い肉料理では果物と肉を一緒に焼いたオーブン料理はそれなりに合った。小島だと肉はほとんどベーコンとかハムとかだから、それと焼くのはなかなかこの甘さを活かしきれないけど。
……うん?
「もうこれ、シンプルにケーキにして焼いてしまうのはどうでしょう?」
「おや、本当にシンプルだね?」
「まあ、この手の料理はもうシンプルに考えてしまったほうがいいかなと」
ひとまずは、どれと合わせるかを考えてみることにした。
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前にもレモンケーキをオリーブオイルでつくることがあったけれど。これも最初は同じようにつくってみてから、少しずつ替えてみることにした。
ひとまずは漬け込んである果物ごとオリーブオイルを卵黄、砂糖と混ぜる。隣で卵白は泡立ててメレンゲをつくり、卵液に少しずつ混ぜてメレンゲの泡を潰さないように膨らませていく。膨らんだ卵液に、振るった粉を加え、メレンゲの泡が潰れないうちにオーブンに入れて焼く。
「この辺りは普通だね」
「本当に普通なんで、ここからどうしようって考えてるところです。ドライフルーツをもうちょっと加えてみるとか、いっそお酒をひたひたにしてみるとか」
「ドライフルーツを足す足さないは、食べてみてから考えたほうがいいよ」
カーラさんに促され、私たちは焼けたパウンドケーキを冷ますと、それを切ってみる。うん、生地自体は普通に焼けた。あとは味。試食分をふたりで切ってみる。
うん。オリーブオイルでコーティングしてあるから、漬け込んである果物が全部新鮮。もっと油分でギトギトにならないかと心配していたけれど、全部生地の方に流れ込んでいる。そして生地だけれど。オリーブオイルでつくったケーキの生地はしっとりしながらも、バターよりもさっぱりとしている。だから果物のオイル漬け分の油を吸っても生地の食感がべたつかないんだ。はっきり言って、おいしい。
「なんか……出す分にはこのまんま出してもいい気がします。外に売りに出すとなったら難しいんですけど、店で出す分には」
「そうだねえ。ケーキとしては、見た目は素朴過ぎるけれど、そこはレモンケーキと同じくアイシングで上手くカバーできればいけるね。ここは無理に果物を増やすよりも、アイシングでまとめたほうがいいかも」
「やったー! これ、ルーチョとジーノにも食べてもらいますね!」
「うん。それがいいよ」
これに合わせるのは、ハーブティーだと華やかな味にするんだったらローズヒップティーかな。大麦コーヒーも美味しいと思うし、カプチーノと食べるのもおいしそう。
明日になったらそれをふたりに食べさせて感想を聞こうと、そう思ったんだ。
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次の日。私は店を開ける前に「ちょっとルーチョに会いに行ってきます!」とカーラさんに挨拶を済ませると、昨日焼いたケーキを持って、灯台へと向かった。ルーチョは小島に帰ってきているときは、ほとんどラウロさん家にいるから、多分灯台にそのままいるだろう。
いるとは思っていたけれど、私が灯台に近付くとルーチョがラウロさんを手伝って灯台の掃除をしているのが見えた。
「ルーチョ、おはよう。今お仕事中?」
「……ミーナ?」
彼はかなり驚いた顔をして、モップを動かしていた手を止めた。
「こら! 掃除くらい真面目にやれ!」
「叔父上、甥の恋路を少しくらいは応援してくれたらどうなんだ?」
「くだらない賭けなんかするから変に焦るんだろ。自業自得だ」
「もうちょっと手心くれないかな?」
ふたりはぐだぐだ言っている間に、私は灯台の真下に来た。掃除をどうにか終えたルーチョは慌てて降りてきた。
「やあ、ミーナ。まさか君のほうからひとりで来るなんて思ってなかったんだけど」
「やあね。まだクローネは出勤してきてないし、カーラさんだって料理の仕込みの時間なのに、私ひとりしかあなたに会いに来られないでしょうが。だから私ひとりで会いに来たのよ」
「君から来てくれたんだったら、それだけで光栄さ」
そうニコリとルーチョが言うのに、私は一歩下がった。
……普通にしてればいいのに、どうしていちいち私としゃべるときはそこまで仰々しいしゃべり方になるの。
「……普通にしてれば。普通にしてれば普通に格好いいから、女の子に引かれることもないでしょ」
「それは君が逃げないで話を聞いてくれると?」
「せ、世間一般的な話でしょ! クローネからも、なんだか人間関係整理してるとか聞いたし! そもそも人間関係整理してまで私を口説こうとするとか意味わからんし! とりあえず、ジーノからもらったオイル漬けの試作品でケーキ焼いたの。試食して感想聞かせて」
「おや」
ルーチョは私の持ってきた籠の中身を見る。
「てっきり生産元のジーノから感想を聞きに行くと思ったんだけどね」
「本当はジーノのところから行きたかったけど、でもあなたのところから行かないと、こう。すごく面倒臭いことになりそうな予感がしたから、先に来たのよ。それだけ」
「君に気に入られたのかどうかわからないところだね」
「い、いいから! 感想ちょうだい! 修正点があるなら改善するし、ジーノにも意見聞いてくるから!」
「ふむ。ケーキ自体はオーソドックスなものだね。神殿でも焼いてそうな素朴なものだ」
ようやく普通の会話をしてくれるようになった。私はそのことにほっとしながら、出来上がったケーキを裏表満遍なく見ているルーチョを見ていた。
「まあ、レモンケーキは普通にこの島でもつくられてるみたいだし。それと同じようにオリーブオイルと卵とケーキを混ぜて焼いただけ。今回はオイル漬けをそのまんま使ったから、追加の果物もお酒も入れてないの」
「なるほど。つくりかたのシンプルさも、神殿のお菓子と似たようなものか。ならいただくよ」
そう言いながらムシャリと食べはじめた。
甘い物は苦手だと言っていた割には、ケーキをまずそうに食べることもなく、普通に食べる。
「ルーチョ、あなた甘いもの苦手だって言ってた割には、ちゃんと食べるのね」
「苦手だよ。好きな方ではない。でも君から売り物としてどうかと言われたら食べないとわからないだろう? 食べてみたけど……これはたしかに外に特産品としては売れない。この島ならではのものがないからだ」
「それ、ジーノにオイル漬け売るときにも言ってたわね。ケーキのほうも同じと」
「うん。だけど君の店で出すというならば、令嬢たちに受けるだろうね。彼女たち、王都のキラキラしたお菓子に飽きているところだから、神殿の菓子のような素朴なもののほうが受けがいいんだよ」
「……それ、初めて聞いた。あなたが言ってた令嬢たちの旅行で受けそうなのね」
「うん。俺からは甘さはちょうどよかったけれど、甘いもの好きな子たちには、もう少しだけ甘いものを足す方向のほうがいいかと」
「これ、カーラさんと相談してアイシングかけようって方向で考えてたの。それで多分甘さは足せると思うわ。どうもありがとう、ルーチョ」
私が握手をすると、途端にルーチョは気まずそうにふいっと顔を逸らしてしまった。この人、私から行くと途端に避けるのなんでなんだよ。
「ルーチョ?」
「……君からはまだ好かれてないと思ってたけど。こう、君の距離は誤解を招くと思う」
「私、あなたのこと、ナンパで下手にキラキラしてたら正直怖いし関わりたくないと思うのよ」
「……そうかい」
「でも、普通にしゃべっているときはそこまで嫌いじゃないわ。好きかどうかは……まだ考えさせて」
「……そうかい」
私が手を振ると、ルーチョは少しだけ微笑んで振り返してくれた。
これで少しはなんとかなるといいなと思いながら、続いてジーノの農園へと向かっていった。




