保存食づくり
秋になったら、大漁を祝ったり豊作を祝ったりするのと同時に、冬支度がはじまる。
たしかに魔法石のおかげで便利になり、冷蔵庫もつくれるようになったとはいえども、真冬の漁は大変過ぎるし、冬はさすがに野菜が採れない……温室がつくれるほどの魔法石や設備が用意できるのなんて、せいぜい王立薬草研究所くらいのもので、小島にそんな立派な設備は用意できない……から、この時期になったら、皆でこぞって保存食をつくる。
「すみません、うちの保存食づくりに手伝ってもらって」
「いいのいいの。ここの魚はいつもご相伴に預かってるし、おいしいしね」
小島ではレモンと同時にオリーブが採れるから、その分オリーブオイルもよく採れる。それを使ってオイル漬けをつくるのが、専ら小島での保存食づくりだった。
魚は捌いてよく洗ってから一度弱火で煮て火を通される。身に火が通ったところでハーブと唐辛子を入れたオリーブオイルの中に漬け込まれるのだ。
とにかく鍋の中に魚を入れる。取り出して漬け込むの繰り返しで、お湯はその都度替えないと臭くなる、魚は捌かないと駄目と、皆でやらないと腱鞘炎になりそうな作業だ。
作業が終わった頃にはすっかりと疲れてげっそりとしていたら、「お疲れ様!」と女将さんたちが賄いを持ってきてくれた。
去年漬け込まれた魚のオイル漬けをバケットに挟んだだけのサンドイッチなのに、これが異様においしい。アクセントにピクルスとレモンの薄切りも挟んでいて、そのコリコリとした食感と酸っぱさが魚のオイル漬けの癖を抜いてくれて、バケットが溶けるように消えてしまう。「ありがとうございます!」と勢いを付けて食べ終えてしまった。それをクローネは感心しながら見ていた。
「ミーナさん、お菓子以外もかなり好きですよね。お茶とお菓子でティーサロン開いている割には」
「うん、食べられるものはなんでも好き。そもそもここはなんでもおいしいから。レモンもオリーブオイルもおいしくって、魚がおいしいとなったら、もうそれって最強じゃない?」
「それはそうかもですね。王都だったらどうなんですか?」
「んんー……ハムとかベーコン、チーズみたいな保存食だったらおいしいものもあったし、小島みたいに魚もオイル漬けならあったけど……でも生の魚でおいしいものなんて、ここじゃなかったら食べたことなかったし。そもそもレモンとオリーブオイルをふんだんに使える環境ではなかったからなあ」
「なるほど。オリーブオイルはともかく、レモンがすぐ手に入る環境はたしかに貴重かもしれませんね」
「うん」
私はパン屑が付いた手を舐めつつ、港町を眺めた。
皆が皆、集まってオイル漬けをつくったり、酢漬けをつくったりしている。保存食は小島で消費されるものだけでなく、商人に出して外に売ってもらったり、売りに行ったりしている。ここではルーチョが売りに行っているみたいだった。
「おや、おいしいものを食べてたみたいだね」
「ルーチョ!」
「げぇ……」
私はちょうど考えていたところで、見慣れた銀髪がひょいっと顔を覗かせた。隣でクローネがあからさまにげんなりとした顔をしている。ルーチョは「はあい」とひらひらと手を振る。
「オイル漬けを買い付けに来たところだけれど、お邪魔だったかい?」
「邪魔邪魔邪魔邪魔、早く帰って」
「クローネ。今日はナンパじゃなくって仕事なんだったらそこまで意地悪言わないの」
「ミーナさん、最近こいつに甘くありません? こいつ調子に乗ったら付け上がりますよ?」
クローネはプリプリしながらそう言うのに、私は「んー……」と喉を鳴らした。たしかにクローネの要った通り私は若干ルーチョに甘くなっているのかもしれない。というか。
前よりも苦手意識が薄れたことに私も困っている。この人何者かなんも教えてくれないのに、危機感を覚えなくっていいんだろうかと、ずっと自問自答している。
私が眉を寄せたのに、ルーチョは私の眉間のくぼみを思いっきり突いてきた。
「ちょっ……なに!?」
「眉間の皺。放っておくと癖になるよ?」
「ひあっ!? それはちょっと嫌!」
「うん、気をつけて」
それはそれはもう、ルーチョは歌うように言う。
「それで、ミーナ。今日は漁師たちの手伝いをしていたみたいだけれど、今は手持ちの作業が終わったみたいだね。よかったらちょっと付き合ってくれないかい?」
「……今日は小島であっちこっち保存食づくりしてる中、サボる気はないんだけど」
「勤勉だねえ。そうじゃなくって。ちょっと買い付けに付き合って欲しいんだけど」
私はクローネに尋ねた。
「そう言ってるんだけど」
「ルーチョ! ミーナさんに変なことさせたら、ほんっとうに承知しないから! 怒るからね!?」
「こっちだって彼女を口説くのに必死なんだ。そんな彼女から失点を承って嫌われるような軽率なことは控えるさ」
「そんなことばっかり言って! ミーナさん、こいつ弱そうに見せるのは常套手段ですからね、油断したら絶対に駄目ですからね!」
「クローネ。ありがとう。まあ……手伝ってもいいけど。なにしたいのよ」
私はクローネに挨拶をし、女将さんたちにも「ちょっとお出かけしてきます」と挨拶を済ませてから、ルーチョに付き合う。
ふたりで丘を登っていく。ということは、行き先はレモン農家かオリーブ農家か。ルーチョは言う。
「うん、ちょっとレモン農家で面白いものをつくっているから、それを見てもらおうと思ってね。君も使いたがるかもしれないし」
「使いたがるものねえ……」
そうこうしていたら、レモン農家では丸々残ったレモンはそのまま大型冷蔵庫に保存しつつ、熟し過ぎたレモンは果汁を搾って皮をレモンピールにしたり、レモンはレモン酒に加工したりと慌ただしく作業をしていた。
「あれ、ミーナさんとルーチョさん! こんにちは!」
バタバタ作業をしている中には、ジーノもいた。私は「こんにちは」と挨拶をすると、首にタオルをかけたジーノが寄ってきた。
「普段うちはレモンは直接売りに行っているんで、ルーチョさんに買い取ってもらうようなものは特にないんですけど」
「最近君のところで面白いものをつくっているって聞いてね。興味を持って見に来たんだけど」
「はあ……知られてましたか?」
「ジーノはなにをつくってるの?」
ジーノが案内してくれた先には、皆でオイル漬けをつくっている作業だったけれど。これが漬け込んでいるものは全てドライフルーツやレモンピールという、かなり甘いオイル漬けをつくっていたのだ。
「はあ……これは……」
「はい、甘いオイル漬けですね。パンにオイルごとかけて食べるだけじゃなく、サラダやお菓子にも使えます。こちらが、ドライフルーツの配合をそれぞれ替えている試作品です」
「いただいても大丈夫?」
「それはもう、どうぞ」
まずは黄色っぽいものを食べる。レモンピールの甘くて苦い味を筆頭に、レーズンの甘酸っぱさ、ナツメやすぐりの甘さが際立つ。なによりも甘さを吸ったオリーブオイルがおいしい。これをパンにかけて食べたらものすごくおいしいだろう。
もうひとつは気のせいか赤っぽい。そちらも食べてみたけれど、こちらはさくらんぽにレーズン、オレンジピールの甘苦さで、黄色っぽいものよりも甘い。そしてオリーブオイルの後引く香りが際立つ。
「どっちもおいしい……多分朝ご飯には黄色いほうで、ドルチェとして使えるのは赤いほうかしら」
「うん。でも小島の特産品としてだったら、レモンとオリーブオイルの島で知られているから黄色いほうが受けるだろうね」
ルーチョはその辺を商売人気質として厳しくジャッジする。それにジーノは「そうですかあ」と少しだけ肩を落とす。
「自分としては、赤いほうが自信作だったんですけど」
「でもそれ、いっそのことミーナの店とコラボして売り出せば、話は変わるんじゃないかい?」
「えっ? 私?」
いきなり話を振ってこられたのに、私は目を白黒とさせる。ルーチョはにこやかに笑う。
「君だったら、これをおいしいドルチェに替えられるだろう? それでジーノと君で売ればいい」
「そりゃミーナさんはお菓子づくりが上手いですけど……そんな急に言われても困るんじゃ……ほら、それにそれだと保存食っていう方向にはなりませんし!」
「ああ、そうだ。この赤いのは元々ジーノの農園の保存食でしょ。なに勝手に話を進めてるの」
「いやねえ。今年の冬はちょっと暖かそうだから、令嬢とかがこの島に遊びに来るんじゃないかって予測が立っている。そのときに彼女たちが喜ぶようなものがあったらいいんじゃないかと思ってねえ」
なんだろうなあ。令嬢が遊びに来るというのが若干引っかかるものの、ジーノがつくったものをなんとかしてみたいとは思う。
「まあ、わかった。ジーノ。これでなにかお菓子つくっていい?」
「そりゃかまいませんけど。でもミーナさんの負担にはなりませんか?」
「ならないわ。うちの店も冬のことについては、ちょっと考えたほうがいいわねと思っただけで」
なにをつくるべきかな。私はそう考えた。




