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追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─  作者: 石田空


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豊穣の聖女

 その年、聖女の代替わりで、各地の領主や貴族たちは混沌としていた。

 今までの聖女は民間出身の者だったがため、多少の無茶な加護や祝福もごり押しすれば通ったのだが、今回の聖女はよりによって公爵令嬢。しかも王族への婚姻が内定している相手ということで、よほどのコネや伝手がない貴族以外は誰もなにも物を言えない存在だったのだが、そのことを当然ながら農家がわかるはずがなかった。

 農家からしてみれば、聖女に話を通してほしいというのは当然だった。肥料の値段が上がり過ぎて買えない村、水害が多い村、山間で獣害が多い村……神殿が力を持っているようなところならいざ知らず、強い力を持つ神官がいない村、魔力を持っている者を雇う金を支払えない村だとしたら、聖女を派遣してもらわなかったら死活問題になるのである。

 だが、聖女が力を使えば使うほど、魔力だけでは賄えなくなる。やがて命を削ることもあるため、平和になったご時世では、貴族令嬢を聖女にする場合は一年と決まっていた。そもそもいいところに縁談が決まっている娘にわざわざ命を削らせたがるような真似をさせたがる親がそこまでいないため、困った神殿が魔力の強い民間人を雇うようになった経緯は、この辺りにある。

 だが、民間出身の聖女も、そこまで馬鹿ではない。力を使い過ぎたら死ぬ。でも力を使わなかったが飢饉で人が死ぬ。賢い聖女は頭を使ってどうにか加護や祝福の数を減らすように動くようになったのである。

 そんな中、公爵令嬢だった聖女が覚醒したのである。


****


「ルカ様、ありがとうございます。おかげでどの村の皆様とも仲直りでき、無事に儀式が滞りなく済みましたわ」

「いえ、お役に立ててなによりです」


 今の聖女であるアダルジーザの向かいに座るのは、先代聖女と見合いをしたルカであった。貴族然とした笑みで薄く笑う。


「ですが、よろしいんですか? 彼女とは懇意だとお伺いしましたが、わたくしに構ってばかりで」

「いえ。自分は彼女が壮健だったらそれでいいのです。それに彼女は自分からそう簡単に逃げられませんから」

「……あの方、いい人だと思いますわ。実直で素直で優しい方。ですが殿方の腹の黒さを理解しているとは思えません。あなたがよかれと思ってやっていることでも深く傷付くこともあるかと思います。どうかあまり傷付けないでくださいましね」

「そんな、自分の懇意の彼女は人たらしですから。彼女は自分勝手に行動していると思うでしょう。それに魅了される方々も多いですし、気付けば彼女の味方になってしまいます。本人はそんな気はこれっぽっちもないんですけどね」


 ルカは薄く笑う。アダルジーザに向けた笑みは、ひどく冷たい。かつて見合いの席でミーナに見せた無表情よりもよほど温度がないように見える。


「自分はついつい妬いてしまいますが、それを彼女に知らせる気はこれっぽっちもないんですよ。彼女から溌剌さを奪う気はない。なにをしてくれていてもかまわない。ただ自分の手の届く範囲にいてほしい。本当にそれだけです」

「まあ……でも、彼女には身分があってないようなものです。彼女には恋する自由も愛する権利もありますのよ? あなたはちゃんと彼女に好いていると伝えましたか?」


 アダルジーザに尋ねられ、ルカはニコリと笑う。それはまるで「これ以上は詮索するな」というような笑みをつくっていた。


「自分は本当に彼女を愛していますよ。時間との勝負ですが、勝ちますから」

「……好きというものは、勝ち負けでどうにかなるものではないと思いますが」

「アダルジーザ様はお優しい方ですね。民も婚約者殿も、きっとあなたの優しさに心奪われることでしょう」


 その言葉ひとつひとつに温度がない。浮かべる笑みのように。

 彼の笑みには情がない。ミーナを見つめていたときの無表情な目は、雄弁に彼女への好意を語っていたというのに。

 ルカはミーナに対して語っていないことはたくさんあるが、そのうちのひとつは、逆にどうして気付かないのだろうとルカ自身も悩むものであった。

 アダルジーザを王都の神殿に送り届け、王都にあるセカンドハウスに戻る。彼の住まう本来の土地はまた別にあるのだが、仕事をする上では王都にいるほうがなにかと便利なため、セカンドハウスにいることが多かった。

 最低限の使用人がいる中、執事だけは金をかけて有力な者を雇った。彼は商売で金を稼ぎ、それで爵位を買った新興貴族なのだから、貴族の面子のためだけに金を浪費するのが馬鹿らしいと思う一方、人材にだけはきちんと金をかけないと大変なことになると、商売をしている内にきちんと理解し、金の使い道を選んでいる。

 シャワーを浴び、寝室に戻ると、銀色の髪をときながら、なんとも言えない顔をした。


「……彼女はたしかに世間知らずだとは思うが、愚かな人じゃないはずなのに」


 ルカはミーナの生き様を好いている。元々が農民ゆえのおおらかさ、一度懐に入れた人間は決して見捨てない人情深さ、喜怒哀楽がはっきりとしているのも、社交界の窮屈さや商売敵との交渉を思うと好ましかった。

 だが、彼女が神殿と農村以外をあまり知らない弊害か、ときどき信じられないほどポンコツになるところをルカも気にしていた。


「どうして彼女の中で、ルカとルーチョが同一人物だとわからないんだ?」


 彼の故郷の島民は、普通に彼の存在を理解している。彼が島から出るまでの間の素行の悪さも、今の出世した彼のことも。金を稼ぎ、爵位を買った後も全く敬われることもなく、昔のままに接しているのは、ルカがとっくの昔にラウロ以外の肉親を失っているから、ここで下手なことをしたら彼の故郷まで失いかねないから気を遣ってくれているだけだ。島民はたいがい彼の悪事も悲しい過去も知っている分だけ、情が強かった。

 ミーナに出会った際、彼女が甘いものが好きでお菓子をつくるのが好きならば、それは好きにしてくれてかまわなかったから、それを了承するつもりだったが。ただでさえ聖女としての鬱屈とした生活のせいで、彼女の魔力は使い過ぎて干涸らびかけ、あとちょっとで命を落とすところだった。神殿は辞めさせるならさっさと辞めさせるべきだったが、公爵令嬢の嫁入りが原因で誰も彼女に気を遣ってはくれなかったのだ。聖女を辞めたのだから、本当に自由にしてくれてかまわなかったのだが。

 彼女はルカを捨てて逃げ出した。まあ最初は慌てたが、それが地元だったがために、逆に好都合だった。彼の故郷の小島は、農民と漁師だと若干環境や習慣は違うものの、どちらも人情深いし、神官のスザンナ経由の紹介と言われたら誰も無碍なことはしないだろう。なによりも知り合いがたくさんいるのだから、その都度里帰りした際に話を聞いたら彼女の情報は入手できる。

 自分が商人のルーチョとして出会いに行くたびに、彼女は元気に健やかになっていく。かつての干涸らびかけていた彼女のことを思えば、ルカは彼女が元気でいてくれたほうがよかった。

 今の聖女であるアダルジーザを導き、彼女を豊穣の聖女と呼ばれるほどに成長させてくれた。そのことに、ルカは彼女に惚れ直していたが。

 アダルジーザに言われたことが少しだけ気がかりだった。


「彼女は好きな人がいるんだろうか」


 そうは言っても、今のミーナの周りにいるのは、漁師たちやジーノ、叔父のラウロくらいだ。

 漁師たちは皆カーラが睨みを利かせている以上、ミーナを変に扱わない。レモン農家のジーノはたしか神官のスザンナに片思いをしていたから、いくら同じ神殿出身とはいえどすぐにミーナに心変わりするとは思えない。叔父はそもそも亡くなった叔母に操を立てているため再婚はしないし、甥と年の変わらない女に惚れるとは考えにくい。

 だが、アダルジーザが言ったように。

 彼女の恋も愛も自由であり、誰も束縛する権利はない。

 もし彼女になんとか取り付けた機嫌までに彼女を惚れさせなかったらどうなるのか、彼にもその先はわからなかったのだ。

 彼女は理由や理屈だけでは心を動かさない。彼女の心を動かすのは、彼女の衝動だけなのだから。

 ルカの悩みは尽きることがない。

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