秋の訪れパン粉焼き
私の熱がどうにか引き、無事に店に立てるようになったときには、クローネには泣かれたし、スザンナやジーノにもお見舞いに来られた。
「もう! 心配しましたからね、ミーナさん!」
「ごめんねクローネ。ずっとひとりで店番してくれてて。なにも問題なかった?」
「ありませんでしたよぉ。さすがにミーナさんほど王都のお菓子に詳しくなかったんで、出してたのほとんど大麦コーヒーとか、つくり置いてたアマレッティでしたけど……」
「お茶請け出してたならそれで充分だって。スザンナとジーノのお見舞いありがとう」
「いえいえ」
そう言いながらスザンナはお見舞いに堅焼きクッキーを置きながら言う。
「でも、おひとりで津波を止めるのはさすがにやり過ぎですよ……神殿でやるんだったらともかく、ひとりでやるのは危険です」
神殿では基本的に魔力の補助装置が付いているから、大きな加護を使っても体力も魔力もそこまで消耗しないけど……さすがに神殿は漁師さんたちが避難してきていたから、そこで私が加護を使ったら私の正体がばれる気がして行けなかった。
私はその言葉を飲み込んで「心配かけてごめん……」とだけ言った。
ジーノはまだ青いレモンをくれた。青いレモンは瑞々しい上に、これの皮を削っても搾っても余すところなく使えておいしい。
「そうですよぉ……この島だと知られてないからって」
「だからごめんってば。私だってもうそこまで無茶はしないから」
じとぉーっと、スザンナとジーノには睨まれてしまった。
ふたりとも「まあ言っても聞かないだろうな」と言わんばかりの顔をしていた。
「だからもうそこまで無茶しないったら!」
「もう……わかってくれたらそれでいいんですが……」
「はいはい。そこまでにしときな。心配だからって。あと、立ち話だけでなくって、快気祝いならなんか注文していってあげな」
見かねたカーラさんが手をパンパン叩いて促してくれたら、慌ててスザンナとジーノも席に着いてくれた。
「それじゃあ、ふたりともなに食べる?」
「あのう、今は昼食は頼めますか? 今はお菓子とお茶というよりも、昼食なんですけれど……」
スザンナはこの間の高波で避難してきていた人たちが帰られるまでお世話をしていたから、ご飯を食いっぱぐれていたみたいだ。
でもそれは私の店の仕事ではないなあ。私はカーラさんに「なにか出せますか?」と尋ねたら、ニコッとカーラさんが笑った。
「今ちょうどねえ、秋魚を大漁に仕入れてきたところだよ。それのパン粉焼きならすぐ出せるけど、どうだい?」
「パン粉焼き! ならそれをお願いします。ジーノはどうなさいますか?」
「ええっと、なら自分もそれを」
「はい、パン粉焼きふたつだね。ミーナ、クローネ、手伝いな」
「はっ、はい!」
私たちは慌てて厨房に入ると、カーラさんが仕入れてきたという魚を捌きに出かけた。
「ほんっとうに結構な数ですねえ……」
沖で獲ってきた魚は、小ぶりだけれど身が引き締まっている。
「じゃあクローネは魚を三枚におろしてまな板に並べな。ミーナはレーズンと松の実をみじん切りにしてから、パン粉をフライパンで炒める」
「はあい!」
その間、カーラさんはレモンを薄切りにしてから、残ったレモンを搾ってレモン汁を出していた。
レーズンと松の実、炒めてこんがりとしたパン粉を準備したところで、カーラさんは「それを全部ボウルに入れて」と促し、全部加えたら、塩胡椒、オリーブオイル、搾りたてのレモン汁を混ぜはじめた。
三枚におろした魚の上に、パン粉の混ぜ物を乗せて、それを巻いていく。
器にそれぞれの魚を並べると、残ったパン粉の混ぜ物を上から被せ、薪オーブンでこんがりと焼くのだ。
漂ってきた匂いは、レモンと魚の混ざったとてつもなくいい匂い。なによりもパン粉と松の実が加わったことで、香ばしさが加わって、その匂いだけでお腹が空く。
焼き上がったら、薄切りレモンを飾り、レモン汁とオリーブオイル、塩胡椒でつくったソースを回しがけした。
「はい、パン粉焼きふたつ、おまちどおさま。熱いから気をつけておあがり」
「いただきます……おいしい」
スザンナはフォークとナイフで切り分けたそれを、目を細めていただいた。隣でジーノも「んー……」と喉を鳴らしている。
「この時期じゃないと、脂の乗った魚はなかなか拝めませんしねえ。おいしいです」
「そりゃあよかったよかった。あんたたちも残ってる奴焼いて食っちまいな」
「ええ、いいんですか?」
「今日は夜は盛況だろうからね、今の内に食っちまわないと、夜まで食べ損ねるよ」
そう言われ、私たちも慌てて残っていたパン粉焼きを焼いて食べた。
こんがりとしたそれは、旬の魚の脂の旨味も相まって、いつまでも食べていられるおいしさだった。ほんっとうにおいしい。
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「カポナータ追加でひとつ! バケットも一緒に!」
「はあい!」
「ミーナちゃん、終わったらこっちにレモン酒追加!」
「はあい!」
漁師さんたちは、大漁だったことで飲みにやってきてはご機嫌だった。
酒のあてとして、秋野菜のカポナータや魚のソテー、昼間に出してもらったパン粉焼きはもちろんのこと、野菜をもりもり食べて酒のあてにするためにフリッターなんかも飛ぶように売れていく。
それを私とクローネはバタバタ走り回って、料理を出していた。カーラさんは厨房でずっと料理をつくり続けている。
「できたカポナータとバケット持って行って」
「はい!」
「ミーナ、レモン酒そっちのお客さんに」
「はあい!」
目の回るほどの忙しさだけれど、漁師さんたちが自棄酒ではなく、元気に大漁祝いをしているのはいいことだ。自棄酒のお客さんをなだめすかして店から追い出すことほどの重労働はそうそうないもんだから。
「それにしても、今年の魚おいしかったですね。昼間にいただきましたけどおいしかったです」
「ああ、ミーナちゃんも早速食べてくれたかあ! ああ、今年は本当によく獲れてよかったよ!」
「お疲れ様です」
「なによりもねえ、この間の津波、あれがいい具合に散ってくれたのがよかった」
私は内心ギクリとした。このままだと港が潰れると加護で津波を散らしてしまったの、あのときはあれが精一杯だったけど、あれが原因で不漁になったら元も子もないのだから。
「どういうことですか?」
「うん。津波もしけも、そりゃ漁師からしてみりゃたまったもんじゃねえが、悪いことばかりじゃねえからなあ。津波もしけも、続いたらそりゃ船に乗れやしないし、転覆する恐れだってある。実際、それでだいぶ死んでるからねえ」
「はい……」
「でも、海がいい具合にかき混ぜられる。餌場っていうのは、ひとつの場所だけ肥えてても、そこを全部食い尽くされてしまったら結局餌がなくなって、魚はいなくなっちまう。でも嵐が来たら、豊かな餌が海中に散らばる。結果として魚も散らばりよく獲れるようになるって寸法だ」
「はあ……なるほど」
全部を理解することはできなかったけれど、あの高い津波が来て、港が全部駄目になってしまったら駄目でも、高波自体は来てくれないと困ったらしい。その上、波自体はずっとぐちゃぐちゃと繰り返していたから、結果として漁師さんたちが言っている餌のかき混ぜがちゃんと発生してくれたらしい。
それで皆が喜んでくれて、大漁だったのなら、きっとそれが一番なんだろう。
漁師さんたちは本当に元気に酒を飲み、肩を組んで歌っている。きっとそれが私が守れたものなんだと思う。




