そして小島に祝福の花
小島の神殿は、私が多忙で全然行けないうちに、すっかりと綺麗に結婚式の準備が整えられていた。
小島の結婚式らしく、レモンの花を思わせる造花があちこちに飾られている。これが春先だったら本当にレモンの花だったんだろうけど、レモンの花が咲いている時期なんてレモン農家が忙し過ぎて、ここまで結婚式の準備で躍起になんてなっていなかっただろう。
神殿ではスザンナの手伝いに来ていたジーノが、彼女のつくったコンフェッティが配られていた。アーモンドを砂糖でコーティングしたお菓子は結婚式に花嫁花婿にかけたり、こうして小さい子が食べたりするのが風習だ。
私がドレスを着て、控え室で待っていたら、いつもよりもよそ行きのワンピースを着たカーラさんがやってきた。
「ミーナ、すっかり綺麗になって」
「カーラさん……ほんっとうにありがとうございます」
「いいよいいよ。でも本当にいいのかい? 故郷には手紙だけで」
「いや、本当にいいんですよ。あちらも家族たくさんいて大変なんで、私が生きてることと結婚した旨さえ連絡できればそれで」
農家は子供をたくさんつくってたくさん育てて、そしてたくさん農作業に使うから大変なんてものじゃない。子育て真っ最中のうちに兄夫婦とその手伝いをしながら農作業している親夫婦、そしてまだ結婚してない弟妹のことを思ったら、とてもじゃないけど「式に来てね」と言える雰囲気じゃなかった。「それどころじゃない。まあ結婚おめでとう!」くらいのものだと思う。
それにカーラさんは「そうかい」と言った。
隣では同じくよそ行きのワンピースを着たクローネが兄のアントンにもたれかかって号泣していた。この子も泣くのが早い。まだ式がはじまってもいない。
「ほんっとうに、ほんっとうにルーチョと結婚っていうのは、納得できてないですが……でもミーナさん綺麗で……よ、かったと、言いたくなくってぇ……」
「あー、すんません。ミーナ、この数日ずっと『あのクソ男と結婚するくらいだったらうちに兄貴と結婚すればよかったのにぃ』とガン泣きで」
「うん、ごめんねクローネ心配かけて。まああいつが余計なことしたら、私もすぐ家出してクローネの家に泊まりに行くから、そのときはよろしく」
「本当ですか!? 絶対ですよ! サクッと離婚しましょう!」
「クローネ、いい加減におし。アントンもなんか言ったらどうなんだい?」
「いやあ、こいつが俺の話を聞いたこと、一度でもありましたか?」
「ないね」
「ないわね」
「でしょう?」
もう本当に全体的にボロボロな中、私は式へと出て行った。
一応格式張った式典だったら、もうちょっといろいろあるんだけれど、小島ではあくまで神官の元で誓いさえすればそれでよく、あとは皆でコンフェッティをかけたり食べたりしながら、無礼講で騒ぐ。
クローネが小島風のウェディングケーキをつくってくれたらしいから、それだけは楽しみだ。
私が神殿の祭壇に向かえば、この島の参列者たちが皆並んでいた。
うちのティーサロンにご贔屓の漁師の奥様方、普段からジェラートを卸してもらっている牧場の奥さん方、ジーノもそこで座ってくれていた。カーラさんやクローネ、アントンも私側の席に座ってくれていた。
一方ルーチョのほうには、小島の村長さんやらラウロさんやらと一緒に、うちの島によく訪れる商人さんたちと並んでいた。一応爵位は持っているものの、この島のために買い取ったようなものだから、貴族らしい人たちがいないのは比較的楽だった。
神官のスザンナが告げた。
「空より実りが落ち、芽吹くまで。おふたりは共に過ごすことをここに誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
私のベールを上げるルーチョは、白いドレススーツを着て、脂で髪を撫でつけていた。ルーチョにキスをされ、式は一旦終了。
神殿の庭で無礼講である。
私はドレス姿を気にせず、クローネのつくったウェディングケーキを食べに来ていた。
「すごい! おいしいクローネ! すごい!」
「本当に嫌だったんですけどぉ、本当に嫌だったんですけど、ミーナさんを思ってつくりましたぁ!」
クローネの焼いてくれたウェディングケーキは、二段重ねのケーキで、切ると三層に分かれている。レモンムースにフロマージュ、ふわふわのスポンジケーキを、ホワイトチョコでコーティングしていた。表面には花の形にしたマジパンも飾っていて、味もものすごくいい。
ルーチョも「美味いな、このケーキ」と暢気に食べるのを、クローネはプリプリと怒る。
「勘違いしないでよね! ルーチョのために焼いた訳じゃないから! ミーナさんにさっさとフラれちまえ」
「俺のほうが先に惚れていたのに、彼女にこれ以上逃げられるようにする訳ないだろ?」
「ふーんだ」
まあクローネはプリプリと怒ったままだった。
一方そのケーキを食べながら、スザンナとジーノもレモン酒を傾けている。
「スザンナ、式、なにもかもありがとうね。ドレスも、こうやって庭での披露宴も」
「いいえ。ミーナさんにはいろいろお世話になっていましたから。それに、漁師さんたちが神殿に来てくれたのは、割と嬉しいですから」
「まあ……漁師さんたちは宗教が違うからあんまりここまで上がってこないしねえ」
「はい。いつか、悪い領主がこの土地を継いだとき、漁師さんや農家さんが怒って神殿に篭もって出てこなくなったことがありまして。そのときから、皆でもっと仲良くして、なにかあったときに一致団結できたらと思いましたから、こうやって交流の場がたくさんつくれたほうがよかったんです。ミーナさんが小島に来てくれたからですよ。本当にありがとう」
「んー……私、本当になにもしてないわ? 好きなことしかしてないもの」
「そりゃなあ。君はいっつもそうだ」
私たちの会話に割り込んできたルーチョは、ケーキだけだとレモン酒に合わないと判断したのか、立食形式で牧場や農家の奥さん、漁師の奥さんたちが持ち込んできていたものをそれぞれ食べていた。スモークサーモンのサンドイッチは、たしかにレモン酒とも合いそうだった。
「君は多分、縛られないことを楽しむ一方で、人にお節介するのを諦めないだろう?」
「私、本当に好きなことしかしてないわ。感謝されるほどのことなんて、ちっとも」
「俺は君のそういうところが気に入ってるけどなあ」
それに私は、なんとも言えない顔になってしまった。
私は正体が元聖女だと言ったら、きっと面倒臭いことになると思って、ここでは本当に一切言わなかった。知っているのは本当にこの島でも限られた人にしか言ってないし、今後もわざわざ言うつもりはない。
でもできないことをできないと言う気もなくて、ときどき「自分がする必要あるのかな」と思っても、体が勝手に動いてしまうときがある。
それをルーチョは止めないし、周りの人たちも止めないでいてくれる。
多分それは結婚してもしなくっても、変わらないんじゃないかな。
「ああ、雪」
「天使の涙ですねえ……」
季節外れの雪……それも本当に一瞬だけで消えてしまうほどの柔らかい雪が降りはじめた。それを見ながら、私はルーチョと寄り添った。
私はこれからもこの島で生きていく。
甘いお菓子とお茶を用意して。この幸せが続けばいいと、今度はまた誰かが困っていたときに、お菓子とお茶と、ときどきこっそりと奇跡を差し出せるように。
<了>




