スフォリアテッラを食しながら
ルーチョに宣言されてからというもの、本当に求愛に来る回数が増えた。仕事大丈夫なんだろうか。
「やあ、ミーナ。来たよ」
「いらっしゃいませ。一番高い注文はスフォリアテッラになります」
「ならそれとカプチーノ、君の笑顔を」
「笑顔は現在品切れになっております」
「それは残念」
私たちのやり取りを、それはもうカーラさんとクローネは怪訝な顔で見ている。
「あの、ミーナさん。いったいなんの苦行を強いられてるんですか? あんまりしつこいとうちの兄呼んできますよ?」
「いやいやクローネ。お兄さん、今も漁に出てるでしょ? 忙しい人呼ぶのは悪いわよ。半年くらい我慢したら気が済むでしょうから、放っといてあげて」
「半年って……大丈夫です? ミーナさんがノイローゼになりません?」
「ならないならない」
半年くらい寝る間も惜しんで嵐対策に加護を極めまくってたときと比べたら、だいたいのことは「まあそこまでは」となるもんなあ。
カーラさんはカーラさんで、大人しく注文を待っているルーチョを見ていた。
「あれが半年も通うといいね。まあ、あれは一度もらった情にも恩義をずっと感じているし、情を持った相手はそこまで無碍には扱わないんだけどねえ」
「そうだったんですか」
「この間、ルーチョも今までに手を出した女の子たちに顔を出しては殴られ続けてるからねえ。一応は清算をするつもりらしいね。健気とはあんまり言いにくいけど」
カーラさんの言葉に、クローネは「言わなくっていいですよぉ、そんな健気って言葉、一番あれには似合わないんですから」と言う。
私はなんとも言えない顔でルーチョを見ながら、ひとまずはカプチーノを入れる前にスフォリアテッラを用意しはじめた。
ご多分に漏れず、これも神殿で最初につくられたお菓子で、貝殻の形に焼き上げた生地にアーモンドクリームを詰めて粉砂糖を振りかけたお菓子だ。前にもつくったカンノーロと似ているけれど、あちらは揚げ菓子で、こちらは薪オーブンで焼き上げた。
私はスフォリアテッラにレモンママレードを添え、カプチーノを淹れて持って行くことにした。それをルーチョは目を細めて食べている。
「うん、おいしい」
「それはどうも。今日は灯台に泊まる予定?」
「それがね、食べたあとにすぐに王都に戻らないといけなくってね」
「あら、お仕事?」
「そうさ。ちょっと神殿周りで聖女様関連でゴタゴタしててねえ」
それに私はギクリとした。
アダルジーザ様への助言、下手なことは言わなかったと思う。そもそもあの人は公爵令嬢であり、よほどへまをしない限りは、これ以上農民に嫌われることはないはずなんだけど。
私がギクギクしている中、神殿の事情も王都のこともあまり知らないクローネは不思議そうな顔をした。
「聖女様、この間替わったくらいしか知らないけど、なにかあったの?」
「そうだね。新しい聖女様は王族に嫁ぐための箔付けのために聖女の座に就いたんだけれど、本人のやる気に反して周りが過保護過ぎて、彼女は聖女としての使命を全うしたいのに上手くできなくて困っていたみたいなんだ」
そこまでは私も本人から聞いてたけど。お菓子持ってわざわざ神殿にまで出向いてきた人たちに謝ったほうがいいとは伝えたけれど、そこから先のことは私だって知らないんだ。
ルーチョはカプチーノをひと口含んでから続けた。
「そこで彼女、一度家出したことが原因で、ますます神殿から公式の儀式以外では外に出られなくなってねえ……これじゃまずいと、俺が足になって彼女の行きたい場所にまで連れて行ってるって寸法さ」
なるほど……。神殿側からしたら、公爵家からのお叱りを避けたい。でもこれ以上農村をいじめ抜いたら、本当に飢饉になってしまう。その手の口利きができるのが現状聖女のアダルジーザ様だけなんだから、彼女には外に出て領主にちゃんと訴えてくれないと困るから、ルーチョが足になっているのは、もはや見て見ぬふりしてるんだなあ……。
カーラさんは呆れた顔をした。
「あんたそんな重大な話、ここでしちまってよかったのかい? 今はあたしたちだけだからよかったものの、これを他の連中に言ったら、聖女の加護や奇跡を見境なく搾取されちまうだろうに」
「そうなんですか?」
漁師家系のクローネは案の定、聖女のなんたるかをわかってない。カーラさんがまだこの手の話にかろうじてついて行けてるのは、宿屋として王都からの家出娘たちなり、農家の休憩中のご婦人たちなりとお話している関係だろう。
そしてルーチョがわざわざこの話をしてくれたのも、私が気にしてないかと心配してなんだろうなあ。
仕方なく。私は溜息をついた。
「大変ね、あなたも。まあ船での帰り用に追加であげるから持って行きなさいな」
私は籠にスロフィアテッラをおまけでふたつばかり入れて、ルーチョに手渡して見送った。
クローネはそれを見て、なんとも言えない顔をしていた。
「よかったんですか? あんなにたくさんおまけして」
「まあね。多分聖女様もストレス溜まってるんだろうし、聖女の儀式行脚中にでも食べてくれれば」
「ああ……てっきりミーナさん。聖女様に嫉妬してルーチョにアピールしたのだとばかり」
クローネの言葉に、私はむせた。
「ゲホッゲホッ……なんで!?」
「私だって、ミーナさんが無茶苦茶ルーチョのこと嫌がってたら、うちの兄呼んでティーサロン出禁にでもしてやろうと思ってましたけど」
「お兄さん今船の上でしょ、こちらの揉め事にわざわざ呼ばなくってもいいからね」
「でもそこまで嫌じゃないなら、まあ見守るかと一旦待ちの姿勢を取ろうかと。いや、私全然ルーチョのこと信用ならないですし、ほんっとうにそんな一朝一夕で女癖治るのかよとは思いますけどねっ!」
「うん……心配してくれてありがとね」
その日は比較的男手が漁に出ていたせいか、ルーチョがとんぼ返りしたあとも漁師の奥様方がやってきては、お菓子を食べてハーブティーやコーヒーを飲んで帰っていった。
うん、平和が一番だとそう思うけど。
(ルーチョ、変なことに巻き込まれてないといいんだけど)
いつも通りのはずなのに、なにかがどうにも据わりが悪かった。
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このところ天候が悪い。船に出ていた人たちは今日には帰ってくるはずなんだけれど。
その中で、カンカンカンカンと灯台から音が鳴った。
「高波だ! 高波! 海辺の連中はさっさと丘に上がれ! 農家はさっさと家に引っ込め! 早く!!」
この宿はちょうど海辺と丘の間くらいだ。
「うちってどうなんですか?」
「大丈夫だよ。これくらいの高波だったらうちは被害を受けやしないよ。クローネ。今日はここに泊まりな。さすがにこれで家まで帰らせるのは危ない」
「は、はい!」
「他大丈夫ですかね?」
「農民たちは基本的に丘の上住まいだからね、だから家から出なかったら問題ないはずだけれど。今は慌てて漁師連中が避難してるはずさ」
神殿からはスザンナが大声を上げていた。
「皆さん! うちに避難してください! 食事も寝床もうちにはありますから! 早く!」
なるほどなあ。この島だと漁師は精霊信仰でもそこまで神殿を嫌ってないのは、いざというときの避難先だからか。
あまりに大変そうだったら、またスザンナがひっくり返るかもしれないから、私も手伝わないといけないけれど。
ただ私はなにかがチリチリとするのを感じていた。
これは……私は一度、加護をかけるために半年ほどとある村でずっと聖書の内容を暗唱していたことを思い出した。
「すみません、ちょっと洗濯物が飛んだみたいなんで出ます!」
「ちょっと、ミーナ!?」
「ミーナさん、今日はもう宿にいときましょうよ!」
「大丈夫、本当に大丈夫だから!」
私は慌てて飛び出す。
ああ、聖女修行が憎い。わかってしまったのが億劫だ。でも。せっかくの安住の地が荒れるのはもっと嫌だ。
これ、高波だけじゃ済まなくなる。
このままだと、津波が来る。




