再会とデート
本当だったら、アダルジーザ様の謝罪行脚には私も付き合おうかと思っていたけれど、アダルジーザ様にはきっぱりと「いいえ!」と断られてしまった。
「ただでさえ、あなたから役職を簒奪した上で就いたのです。あなたには本当に大事なことを教わりましたもの。あとはわたくしの仕事ですわ」
「あまり無理なさらないでくださいね。農民、神殿側が横着したら怒りますし、話を聞いてくれるとわかったらなんでもかんでも調子乗りますから。ほどほどに、ほどほどに」
私の前任のボロッボロ具合を思い返しながらそう伝えると、彼女はニコリと笑った。
「ありがとうございます。出来上がったカンノーロ、たしかに皆様にお配りしますから」
私たち三人分を置いて、彼女はそのまま船へと戻ってしまった。
本当に、嵐のような人だったなあ。私たちはしばらく見送ったあと、スザンナが大麦コーヒーを淹れてくれ、それを三人で食べる。
「上手くいくといいですね、聖女様の行脚。これで飢饉は回避できるとは思いますけど」
「まあ上手くいくんじゃないかな。あの人、貴族出身の聖女にしては本当にやる気ある人だから、あの人だったら引き継ぎまで完璧にやり遂げてくれるだろうから、次の聖女もそこまでひどい目に合わないんじゃないかな」
「そうだと嬉しいですわね」
揚げた生地は冷めてもサックサクしているし、中に詰めたチーズクリームがいい具合に甘酸っぱくって何個でも手を伸ばせてしまう。多分このチーズクリームに合うようにレモンピールを刻んでクリームに混ぜてもよかったかも。
そう思いながらモリモリと食べている中、カサカサとこちらに向かってくる足音が聞こえて顔を上げた。
「やあ、ミーナ。今日はここにいたのかい?」
「あらルーチョ。お久しぶり。今日は欲しいものの注文してなかったと思うけど」
「気になる子の顔を見に来ちゃ駄目だったかい? いつもどうにも締まらないからねえ」
ルーチョはいつにも増して星をあちこちに飛ばしながらウィンクしてくるのに、私は思わずスザンナを盾にした。
「そういうの、よくないと思う!」
「相変わらず君は奥手だね。料理しているときはあれだけ強気なのに」
「そもそも年頃のときに距離感詰めてくる人いませんでした、躱し方わかりません知りませんごめんなさいね!」
「怒ってはいないのだけどね」
私がずっとスザンナを挟んでルーチョとしゃべっていると、見かねたジーノが「あの……」」と肥をかけてきた。
「聖女様、先程お帰りになられましたけど、すれ違いましたか?」
「ああ。そこで教えてもらったよ。ミーナの居場所を」
「……あら、ルーチョ。聖女様とお知り合いだったの?」
この人商人だったと思うけど。公爵令嬢と知り合える機会なんてあったっけ。私は聖女としてしばらく王都に滞在していたものの、貴族階級のことは最初から最後まで覚えきれなかったからよくわかんない。
私が顔をしかめると、ルーチョは「ハハハ」と笑った。
「まあ、いろいろあるということだよ。ところで、聖女様にお菓子の作り方を教えてくれてありがとう。彼女も身分的な問題のせいで、どうしても腫れ物に触るやり方以外されなくてね」
「まあ……王族と婚約してる公爵令嬢ってなったら、それらとまともにやり取りしたことある神官なんて限られてるしね。でも私、聖女やってただけで偉くもなんともないから、普通のことしか教えてないわ。そもそもなんでルーチョにお礼言われるのかよくわからないんだけど」
「孤独な彼女の相談役を少しだけしてただけさ」
……だから、この人どういうポジションなんだよ。
さすがに王族と婚約済みのアダルジーザ様にちょっかいかけるようなアホな真似はしないとは思うけど。
私がうろんなものを見る目で見ても、さらっと無視して「ところで」とルーチョが続ける。
「久しぶりに会えたことだし、デートでもしないかい?」
「ええ……本当に、それだけで来たの?」
「それだけだけれど?」
胡散臭いんだよなあ、こういうところが。
私は困った顔で、助けを求めるようにスザンナとジーノを見たものの。ジーノは小首を傾げた。
「まあ、大丈夫とは思いますが」
「ありがとう。それじゃあ、彼女はお借りするよ」
「デート終わったら、ちゃんと宿まで送って差し上げてください。下手な真似はしないでくださいね」
下手な真似ってなに!?
私はまたしても謎のポーズを取って、ルーチョから距離を取ろうとするものの、ルーチョは「ははは」と笑うだけだった。
「久々に顔を見に来たのに、いきなり嫌われるような真似はしないさ。一緒に出かけよう」
「……まあ、いいけど」
私はスザンナとジーノに「それじゃあ、ちょっと行ってくる」と手を振って、ルーチョについていくことにした。
この距離の詰め方、0か100しかないところが、胡散臭いんだよなあ……。
****
潮の匂いが心地いい。
港町の反対側。島の側面の干潮でできた道を、私たちはのんびりと歩いていた。干潮だと散歩した先でも魚が跳ねているのが見られて面白い。
「小島にもこんな場所があったのね」
「君は日頃からティーサロンを営んで楽しそうにしているけれど、本当にたまにはのんびりとした時間を過ごすべきだと思ったからね」
「あら、どうして?」
「さっきまでは聖女の心得を教えていたみたいだからねえ」
そういえば。ジーノがアダルジーザ様を連れ帰ってきたのだけれど、ジーノの性格を考えると、私の場所を彼女に教える訳がない。
私はじーっと、彼を見上げた。相変わらず顔はいい。銀色のつるんとした髪も、碧い澄んだ瞳も王子様然としている。
ラウロさんの甥御で、ラウロさん以外の家族はとっくの昔に亡くなっていて、今は島を出て商人をしている……そこまでは私は知っているけれど、何故か聖女と話をしていたり、神殿側とコネクションを持っていたり、いち商人にしては謎が多い。
「あなた、本当に誰?」
「俺は君への恋に迷い込んだだけのただの男で、君がはいと頷いてくれるまでは通うと決めただけだけど」
「そもそもね。ルーチョ。あなた」
先程からの会話で、なんかずっと変だと思っていたんだ。私はじいっと彼を見つめる。
「どうして私が聖女だったって知ってるのよ」
「あれ、そうだったかい?」
「とぼけないで。アダルジーザ様に聖女の居場所を教えたの、状況証拠から考えたらあなたしかいないし、この島で私の前職を知っているのは、スザンナとジーノくらいなのに。あなたに言った覚え、ひと言もないのにどうして知ってるの」
「アハハハハ……」
笑ってとぼけんな。でもこの人。
アダルジーザ様が煮詰まっていたのを見かねて、先代の私に会わせただけで、別に私に聖女に戻るような言動はしてない。なによりも神殿に通報もしてない。
だから目的がさっぱりとわからないんだ。
「過保護が原因で聖女らしく振る舞おうとしても、なかなか上手くいかないアダルジーザ様を見ていたらね、なんとか応援したいと思うはずさ」
「それで私のところに連れてきたの? というかどうして私のことを知っているの」
「君のことはなんでも知っていると思うけど? ミーナ。ミーナ・アウトーリ。農村生まれの六人兄妹の真ん中。実家に戻ったら農民に嫁がされるのをもっとも危惧して、実家に帰りたがらない子」
「あなた……そこまで知ってて……」
なんでそこまで知ってるの。どうして。
私はだんだんだんだん薄ら寒いものを覚えて、小さく尋ねた。
「ストーカーだったの?」
「違うよ」
肝心なことは教えてくれないのに、そこだけは即答ですか。そうなのですか。




