カンノーロを持って
神殿の台所は、基本的に信者さんにお菓子を配ったり、旅人を泊めたりする際の食事がつくれるよう、なんでも揃っている。
小麦粉に砂糖、塩。あと畑で獲れたブドウを干してレーズンとか、ドライフルーツがかなり多め。
私は「そういえばアダルジーザ様はお菓子はどれだけつくったことありますか?」と材料を確認しながら尋ねた。アダルジーザ様は困った顔をする。
「それが……わたくしもつくりますと何度申し上げても、恐れ多いと厨房に入れてもらえませんでした。見かねたのか掃除婦の方々が混ぜてくださいましたが、その方々も神官様に怒られてしまうので、わたくしからつくりたいと言わなかったらつくらせてもらえませんでした」
神殿。利権に媚び売る神殿。
私が農民出身だからなにさせてもいいと思ってたのに対して、アダルジーザ様の過保護っぷりは駄目だろ。この人、将来王族に嫁ぐんだったら、いろいろ覚えて帰ってもらわないと駄目なのに。
私がイラッとしている中、助け船を出すようにスザンナが口を挟んできた。
「まあ……掃除婦の方々とはなにをつくりましたの?」
「カンノーロならわたくしでもつくれるんじゃないかと、そこで粉をざるで振るったり粉砂糖を振るってたりしましたわ」
なるほど。私と一緒に働いていた掃除婦面々が頭に浮かぶ。
彼女たちもアダルジーザ様を気の毒に思ってお菓子づくりに混ぜてあげたんだろうけど、やったことない人に泡立て器を触らせたり、揚げ物をさせたりさせるのはできず、本当に無難なことしかさせなかったんだな。
そうだよな、少なくとも包丁すら触ったことない人に、切るだけ潰すだけっていうのも難しいから。
ちなみにカンノーロは揚げ菓子であり、小島でもたびたびつくられるお菓子だ。筒状に生地を巻いて揚げ、そこにチーズクリームを詰めるのが定番。地方によってはそこに果物を飾ったり粉砂糖をまぶしたりするけど、まずは生地を混ぜる、クリームを詰める、とかをさせればよさそう。
「だいたいわかりました。それじゃあ、カンノーロをつくって、皆に持って行きましょう。スザンナも手伝って」
「はい」
こうして、私たちは服の上にエプロンを巻くと、カンノーロづくりをはじめることにした。
「まずはアダルジーザ様、このボウルに粉と砂糖、塩を入れましたので、これを泡立て器でぐるぐるとかき混ぜてください」
「泡立て器で? ざるとかは使わなくてよろしいんですの?」
「うーんと、その方法もありますが。この方法だとだまが綺麗になくなる上に、粉がざるに引っ付いたりして量が減っちゃうっていうのも防げますし」
なによりもお菓子づくり初心者の人は、ざるで粉を振るうというだけでも緊張して明後日の方向に飛ばしてしまうから、この方が計った分の粉がそのまんま残るんだ。
アダルジーザ様は心底嬉しそうに泡立て器を使ってぐるぐるとかき混ぜはじめた……この人、本当にお菓子とかつくってみたかった人だなあ。私はそう思いながら、横で卵を器に割ってフォークでほぐし、ワインビネガーとオリーブオイルを計っておいた。
「それじゃあ、粉が混ざったところで、卵とワインビネガー、オリーブオイルを入れますので、木べらに持ち替えて、これでひとまとめになるまで混ぜちゃってください」
「泡立て器は使いませんの?」
「うーんと、液体や粉だけを混ぜるときには泡立て器で混ぜるんですけど、生地をつくるときは泡立て器にくっ付いて結構な生地がくっつきますし、重たくって回すことも困難になりますから、木べらで混ぜていきます」
「お菓子づくりって思ってるより地味ですわねえ……」
アダルジーザ様の言葉に、私たちは「そうですよねえ」と顔を見合わせた。食べたら感動するお菓子をつくるときの作業は、ひたすら地味なんだ。
彼女が木べらでせっせと混ぜ、ある程度生地がまとまったところで、布を被せて休ませる。
「この箱の中でしばらく休ませますから、アダルジーザ様、魔法で冷やしてもらえますか?」
「休ませる? 放っておくんですか?」
「はい、少しの間生地を休ませることで、生地に油分が行き届いて粉っぽさが消えます。凍らせない程度に、水を冷やすような感じで」
「それくらいならば」
アダルジーザ様は生地を入れたボウルごと、箱に触れると魔力を流し入れた……やっぱりさすが公爵令嬢。魔力の使い方は一流だわ。
「そういえば、アダルジーザ様の断った陳情の内、緊急の場所はおそらく土地に加護が欲しいってところですが。そちらどこの村からの陳情とかわかりますか?」
「はい……あそこはたしか、リコット村です」
私はそこを思い返した。
……思った通り、そこは山中でとてもややこしい場所に位置している。土地が肥え過ぎると育たないキノコと、土地が肥えないと育たないブドウ。どちらも育てているものだから、下手に肥料を使うとバランスが取れなくなってどちらかが育たなくなってしまうから、聖女の加護頼みのところだった。
「……はい、そこには是非とも、お菓子を持って謝りに行った上で、加護を使ったほうがいいです。皆が皆、杓子定規に育てたら育つものも育たなくなってしまいますから」
「育てられないものを育てるのをやめるというのは?」
「大体産業がない中で、収入源だけ減らすというのも困るかと思いますよ。それじゃあ、そろそろ休ませた生地を伸ばしていきましょうか」
麺棒を持ってきて、粉をふるった台の上に冷え冷えの生地を乗せて伸ばすと、ある程度生地を切っていき、スザンナが持ってきた鉄の筒に巻き付けていく。
「ここの筒に巻き付けてください」
「巻き付けたままでよろしいんですか?」
「はい。それを巻き付けたまんま、揚げますから」
鍋に油を張って、そこに筒ごと生地を揚げていく。色がきつね色になったら上げて、バットの上に載せて冷ましていく。冷めたら生地から筒を外し、空洞の中にクリームを詰めていくんだ。
アダルジーザ様が怖々と筒ごと生地を揚げている間に、スザンナがボウルにクリームチーズと砂糖を入れてよく混ぜてクリームをつくりはじめていた。
「これを……皆さん喜んでくださるでしょうか?」
アダルジーザ様は初めていろいろ頑張ってつくったお菓子を見ながら、ポツンと漏らした。
私はなにか言おうかと思っていたら、それより先に、今までこちらをずっと眺めていたジーノが口を挟んできた。
「聖女様が頑張ってくだされば、皆喜ぶと思いますよ。その上お菓子まで持ってきてくれたら。本当に」
そう握りこぶしを込めて言うのに、アダルジーザ様はふっと微笑んだ。彼女は本当に世間知らずで、世間知らずなまま正論パンチで人を殴りつけてしまう悪癖があるものの、基本は善良なんだなあと思わずにはいられなかった。
この人がちゃんと期限満了までに、聖女の名誉が回復できるといいんだけど。
スザンナがクリームを詰めるのを眺めながら、そう気を揉んだ。




