取引とデート
トルタサラータに合わせたのは、スザンナのところでつくっている白ワイン。この島でつくっているレモン酒もいいなと思ったものの、この島の出身ならば飲み慣れているかもしれないと思って、あえて白ワインにしておいた。
ワインだったら、神殿のある場所でだったらどこででも飲めるはずだし、故郷の味アピールと取られたらやだなあと思ったのはある。
ルーチョは私が切り分けて皿の載せたそれを、豪快に三等分して、大きめにパックリと食べた。貴族はもっとちまちまと切り分けて食べるから、これだけ豪快に食べるのは、多分地元だからだろうなあと思った。
「……美味いな。王都でもかなりトルタサラータは食べたと思うが。王都だったら生ハムやベーコンでつくるのを、小島に合わせて魚でつくったか……」
「この島だったら、レモンと魚が特産品ですし、その味で合わせたほうが馴染みやすいかなと思いました……まあ、必要とあらば、生ハムでもベーコンでも使いますけど」
「いや、なかなか」
本当においしくペロリと平らげたあと、グラスに注いだワインもぐいっと飲んでしまった。ワイン一杯で度数かなり高いはずなのに、この人全く顔に出ないなと、妙に感心してしまった。
「それで……俺とどんな取引をしたいと? ミーナ」
歯が光っている。目も輝いている。
うえーん、普段から貴族からは置物とか神殿にいたらしゃべる人形とか結婚式開いたらなんか祝福してくれる舞台装置とか思われてたから、こうも女を見てくる目で見られるの苦手だよー。なんだよ、この人。世の中のナンパ師のことは皆他人事だと思っていたから、どう対処したらいいかわからない。
私はまたしてもクローネを盾にして逃げると、クローネは困った顔で私とルーチョを見比べる。
「……どれだけ大きな漁師とも普通に話せるのに、まさかミーナさんがこんっなヒョロヒョロを苦手視するなんて思ってもいませんでしたけど」
「こらアントンの妹、本当にそこをどけ。彼女の美しい顔が見られない」
「すぐそんなペラッペラな言葉言うから嫌われるんでしょ」
途端にルーチョはショックを受けた顔をした……いや、出会ったばかりの人をいきなり嫌ったりはしないけど、距離の詰め方がおかしくって怖いのは事実。
私は困った顔でヒョコッと顔を覗かせる。
「……うちの店に出す材料の斡旋してほしいんです。ここだったら商人さんが来るのも月イチだから、新しく店を出したばかりの私だと、いきなり買い占めはよくないから、別のところで飼いたかったから。それに私が欲しいものは嗜好品が多めだから、普段小島に来ている船に頼んだら、重量制限に引っかかりそうで」
「ほーう、もっとこう、使いっ走りしたいとか言うのかと思ってたけど」
「使いっ走りとかさせないですよ」
「ほーう」
ルーチョは私のほうに距離をずいっと詰める。クローネを背にして逃げる。クローネはまたしてもルーチェをしばく。
「だから、距離感近い。嫌がってる子にグイグイいったら嫌われるに決まってるでしょ」
「ああ……失礼。君を怖がらせたかった訳じゃないんだ、ミーナ。うん、君の話はだいたいわかった。まあ、うちの叔父上を助けてくれたのはありがたいからね。なんとか都合しよう」
「ありがとう、嬉しい」
「ただし条件があるんだけれど」
「……なにかしら?」
なんだろ。ルーチョは私としゃべっている限り、私が王都でなにをやってたかまでは把握してなさそう。そこでなんかツッコまれて素性バレるのは嫌なんだけど。
聖女だからって、やれ加護ちょうだい、やれ祝福してと言われたら、魔力を必要以上に使ったら枯渇して、最悪私が死ぬ。庶民は基本的に魔力を使い過ぎたら死ぬってことすら知らないもんだから、使えるものは死ぬまで使い込んでしまう。小島はとてもいいところなんだから、まさかここで加護死なんて悲しい死に方はしたくはなかった。
私がダラダラと冷や汗を流していたら、ルーチョはにっこりと笑った。
「デートしないかい?」
「……はい?」
私は唐突な申し出に、目をぱちくりとさせた。
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「ルーチョねえ……あの子は王都で成功してからこっち、ときどき寡夫のラウロを様子見に帰ってくる以外だったら、もう小島に帰ってこないもんだとばかり思ってたけどねえ……」
「彼の両親はどうしたんですか?」
「うちだとよくあることさね。元々はオリーブ農園やってたんだけど、オリーブを王都まで売りに行った際に船が転覆しちまってそれっきりさね。小さ過ぎたルーチョは農園手放して叔父の家に身を寄せるしかなかったのさ」
「そんな……」
カーラさんに教えられながら、私は手持ちの服を見ていた。
……スザンナがくれた小島風のワンピースとエプロンしかないから、デートらしい服なんてほんっとうにないぞ。
それにしても、ルーチョの過去は彼の軽薄な言動からは微塵にも感じられないものだったな。
ラウロさんの仕事が仕事だから、農園の面倒を見られる訳ないしなあ。やけにナンパな性格だったけど、寂しがりなのかも。私がそうしんみりしてたら、クローネは「駄目ですってば」とツッコんできた。
「あいつ、その手の過去話を開示するときは、大概女の子引っ掛けるためですから、その言葉を開示してきた時点でターゲットにされたとして、話を真に受けたら駄目ですってば」
「ええ……自分の悲しい過去まで使うの?」
「女ったらしは自分のウェットな部分を見せて、そこで同情してぐらついたところを付け入るんですからね。あれは無視無視」
「ええ……」
ナンパ怖い。ナンパテクニック怖い。自分の悲しい生い立ちまで削って女遊びして、なにがしたいんだよ。女の子と遊びたい意欲マジでわかんない。
私がブルブル震えている中、カーラさんは「それにしても」と尋ねてきた。
「そこまで嫌なんだったら、クローネか神官さんでも連れて行けばいいのに、いいのかい?」
「いやあ……デートひとつで取引してくれるならいいかなあと」
「ミーナさん、そんな隙を見せたら食われますよっ!?」
クローネに悲鳴を上げられ、私は肩を竦めた。
神殿暮らし六年。世間知らずになって、男の人と無縁の生活に慣れきってしまうには充分だもんなあ。聖女やってたら、ナンパ師みたいな図々しい人が寄ってこなかっただけだ。
カーラさんが「クローネ」と窘めた。
「たしかにルーチョもクソガキだけど、まさかうちで預かってる子をいきなり取って食おうなんて馬鹿な真似はしないだろうさ」
「でもー……」
「あのクソガキが馬鹿な真似したときは、小島の漁師どものさんざんぶん殴られただろ。それ忘れてる鳥頭で王都で成功するような商人にはなれないだろうさ。まあ、本当にミーナもどうしようもないと判断した場合はあたしに言いな」
「……言ったらどうなるんでしょうか?」
「顔が腫れ上がるまで張り手する」
「わあ……」
さすがに店の取引のためにルーチョの顔が腫れ上がるのもなあ。私はそう思いながら、島に合いそうな青いワンピースに白いエプロンを巻いて「それじゃあ出かけてきます」と出かけることにした。
そうは言っても。小島は聖女時代にも来たことあるけど、そこまでデートスポットはなかったと思うけど。ルーチョはどこに連れてくつもりなんだろう。
待ち合わせていたのは、灯台だった。灯台ではラウロさんが作業しているのが見受けられる。ぎっくり腰もちゃんと祝福が効いたらしく、元気そうだ。よかったとひとまずはほっとする。
「神官様に聞いたけど、叔父上最近はぎっくり腰で寝込んでたらしいけど。元気になったらしいね」
「ウギャッ……!?」
私は悲鳴を上げると、シャツにスラックス姿で、すっかりと劇団員みたいな佇まいになっているルーチョがいた。私はすごい勢いで仰け反る。
「そこまで嫌がらなくってもいいんじゃないかい?」
「なななな……だから、なんでぇ……」
「島の子たちって気が強いじゃないか。君はそうじゃなかったから」
「神官さんとかは別に気が強くないんじゃないかな!?」
「えー……神官さんにそんなんできないし」
なんだお前ぶっ飛ばすぞ。内心ではそう思うものの、慣れない距離感の男の人に、私はずっと変なポーズを取っていた。
「だから、そこまで嫌がらなくっても。その気がないのに取って食ったりはしないから」
「……クローネとかカーラさんとかが、クソガキでさんざんやらかした結果漁師さんたちにしばかれたとか聞いたけど」
「あー……若気の至りだし、もう反省してるから許して。あとアントンの妹いつか絶対に泣かす」
やっぱりやらかしてんじゃないかよ! というか、アントンとクローネ兄妹に嫌われるようななにをやったのよこの人は!?
私は変なポーズのまま、一応チラチラとルーチョを見た。
「……というか、私はここにはラウロさんの様子を見にときどき帰ってくるだけで、基本的にはここには帰ってこないと聞いていたけど」
「そりゃまあ。やりがいは外にあるから」
「……逆になんでここに帰ってきたんですか?」
「んー……君に会うため?」
この人やっぱり女の敵だ!?
私は変なポーズをやっぱり解かなかった。




