商人との出会い
こうして、灯台守のラウロさんに頼み、商人さんと当たりを付けてもらえるてはずとなった。
ラウロさんはうちのティーサロンにやってきて、すっかりと気に入ってくれたポセと今日用意したカモミールティーを飲みながら話をしてくれた。
「うちの甥御も王都で商売やって無事に成功したしねえ」
「へえ、ココアを扱ってるということは、輸入業で?」
「そうそう。南国の珍しいものを取り扱ってるんだと。紅茶、スパイス、ココア……」
やっぱりだ。この人かなりの掘り出し物が。
そうだよなあ、輸入であれこれやるとなったら、船乗りのノウハウ持ってる人じゃなかったらそこまでいろいろ指揮執れないし、輸入先の人とのやり取りもできない。小島が漁師とレモン農家の島と鷹を括っていたけれど、船乗りを出す島って発想はなかったわ。
私は「そうなんですかあ」と言いつつ、なにを取引できるかなと考える。料理はそこそこできるとは自負しているものの、料理レシピとかだとどうなるのかな。ラウロさん曰く、甥御さんは今度の本土からの船でやってくるらしいから、そのときに交渉することにした。
「ところで……甥御さん、なにか好きな食べ物とかお菓子とかございますか? できればそれでおもてなししたいんですけど……」
私がそわそわしながらラウロさんに言うと、ラウロさんは「んー……」と首を捻った。
「あれは酒のあては結構食べるんだけど、お菓子を食べたところは見たことなくってねえ。すまんねえ。いろいろデリバリー頼まれてくれたのに、参考にならないことしか言えなくって」
「い、いえ! そうですか……お菓子よりもお酒ですかあ……」
お酒かあ。このあたりだったらチーズは手に入る。レモンも手に入るし、魚はまあまあ手に入るし……酒のあて……。
うん、なんとかなりそうだ。
「ありがとうございます、ひとまずなんか考えてみますね」」
「そうかい? 薬に立たなくってすまんねえ」
「いえ、ちっとも!」
ラウロさんはお金を支払って去って行くのを、カーラさんとクローネは不思議そうな顔で眺めていた。
「いいのかい? 酒のあてが好きなのに、甘くないものって」
「まあ甘くないお菓子もありますし。その方向で攻めれば大丈夫かなあと」
「甘くないお菓子? 王都ではそういうのあるんですか?」
「王都も結構いろんなものが入るから、それっぽいものはつくれるんで」
そう言いながら、ひとまずは普段からお菓子用に準備しているパイ生地を引っ張り出してきた。それじゃあ、つくれるように頑張るか。
****
ラウロさんが件の甥御さんと連絡を取って、顔合わせをさせてくれることとなった。
これで安定した店のメニューの材料の入手経路ができるんだったら御の字。できなくっても、他の商人さんを紹介してもらえたらいいなと、もてなすためにこの間からいろいろ実験でつくってはクローネに食べてもらったものをつくることにした。
前々から用意しているパイ生地は、バターを塗ったタルト型にくっ付ける。
小島で獲れた魚のすり身とタマネギ、ドライトマト、レモンの皮、バジル。それらを卵と生クリーム、チーズを混ぜたフィリングの中に混ぜ込んでいく。それをパイ生地をくっ付けたタルト型に流し込んでいく。
甘くないパイ菓子、トルタサラータだ。
「ああ……トルタサラータか」
「あれ、カーラさんご存じですか?」
「この辺りだとあんまり食べないけどねえ。でも、神殿にお祈りに出かけたら、ときどき神官さんが出してくれるねえ」
まあ牧場があるのは神殿だし、白ワインとトルタサラータの相性は比較的いい。神殿でもワインをつくっているから、そのワインと一緒に出すお菓子として焼いているんだろう。私もこのレシピを知ったのは神殿だし、よく食べる時期もワインの解禁時期だもんなあ。
私はそう思いながら、薪オーブンの中に型を入れて焼きはじめた。生地とフィリングの香ばしい匂いが漂ってきた頃が、食べ頃だ。
「私あんまり神殿に行ったことないんですけど、こんなおいしそうなもん食べてたんですか?」
クローネはうっとりとした顔で、既に骨抜きになっている。私は思わず手を振った。
「神殿にお祈りって、よっぽどのことがない限りはわざわざ行かなくってもいいから!」
「そうですかあ……」
「しけとか不漁とかでもない限り、わざわざ神殿に出かけてもやることないし」
「いや、そのときなんか、船が流されないよう見たり、不漁のときは新しい漁のポイント探したりで、神殿にお祈りしてる暇とかないですけど」
「……まあ、そっか」
クローネは家出をもくろんでいた割には、かなり現実的な子だ。まあ、お兄さんが「うちの妹返せ」とか言って乗り込んでこないあたり、お兄さんとの仲はある程度修復されたんでしょう。そうだといいなあ……。
それはさておいて。私がオーブンでトルタサラータが焼き上がるのを待っている中、「なんで自分が……」という顔で、文句を言っている人を見かけた。
「ほら、ルーチョ。俺の恩人だからちゃんと挨拶を」
「おじさんはすぐ人を信用して。それで痛い目さんざん見てるだろうが。ちょっと湿布張り直してもらったからって、それですぐ信用するもんじゃないだろ……」
どうも、ラウロさんと揉めているみたいだ。私は心配になって外に出て、思わず目を見張ってしまった。
出てきたのは銀髪を脂で若干固めた男性だった。碧い瞳が麗しい。その顔を見た途端、私は思わずクローネを盾にしてしまった。
「あれ、どうしたんですかあ、ミーナさん」
「い、いや……ラウロさんの甥御さんって……ルカさん? えっ、やだぁ……」
「ええ、ルカ? ええっと……灯台守のラウロさんとこの甥御のルーチョじゃないですかあ」
「へあ、ルーチョ?」
「はい」
「おい、アントンのとこの妹、その名前で呼ぶな……」
私が神殿で食の趣味が合わないと捨ててきた婚約者に似た人は、私としゃべったときとは全然違う荒々しい口調でしゃべっている。
私がガタガタと震えているのを、クローネはやっぱり怪訝な顔をしていたものの。そのルカさんとそっくりな顔をしたルーチョは、私のほうを一瞬真顔で見たあと、すぐにニコリと笑った。
「どうも、ルーチョです」
「……聞きましたかカーラさん。こいつミーナさん見た途端に口調まで変わりましたよ?」
「やだねえ、王都かぶれは。相手によって態度を変える軽薄なのは、すぐ足下すくわれるってぇのにねえ」
「おい、うるさいぞ。お前たち!」
ルーチョは私のほうに歯を輝かせて微笑んだ。
なんなんだよ、ルカさんとは全然似ても似つかぬ態度だし。顔おんなじなのに。私は引き気味になっていたのを、ラウロさんは見かねたのか、ペチコンとルーチョを叩いた。
「こら、ミーナさんは神官さんの紹介でここで働いてんだからな。あんまり周りに迷惑かけるな」
「おじさ……違うって。ああ、どうも、先日はうちの叔父を助けてくださりありがとうございます」
怖いよー。世の中にはナンパな人がいるとは聞いていたけど、漁師さんたちは基本的に荒くれ者な上カカア天下な小島だと普通に尻に引かれて安全だったし、聖女やってるときは聖女の周りには普通に人がいたから、こんなの寄ってこなかった。そもそも故郷だと人は男女問わず働き手だったから、ナンパしてる暇あったら働けってとこだったし、やっぱりナンパ士が混ざり込む隙間なんてなかった。
私は未だかつて接触したことのない人に遭遇し、ずっとクローネを盾にしていた。
クローネは見かねて「ルーチョ」と声を上げた。
「ミーナさん、本当に苦手みたいだから、私が交渉の間に入ろうか?」
「アントンとこの妹どけ、彼女の紅顔が拝めない」
「張り倒すぞ」
小島の幼馴染、遠慮がなさ過ぎる。私はガクガク震えたまま、様子を伺っていたタイミングで、トルタサラータの香ばしい匂いが漂ってきて、少しだけ我に返った。
「よ、よろしかったら召し上がりませんか?」
なんとか食べ物越しなら、交渉できないかなとそう思いながら。




