第八話「黄金の芽と、最初の一手」
ドーゼルが来たのは、黄金芋の芽が出た翌日だった。
タイミングが良すぎる。
芽が出た”後”に来ている。
148年分の記憶が告げた。
この男は——見ている。ずっと、見ている。
玄関の声が、部屋まで聞こえた。
「前回の続きで、“見えるもの”を確認しに来ました」
愛想のいい声だった。でも圧力じゃない。
採点しに来た声だ。
グレイスが俺を抱いて、廊下の奥に引いた。
セルが廊下に出てきた。
「何人来た」
「三人です、セル様」
セルの目が細くなった。
俺はセルの袖を引いた。
板を出した。
お・れ・も・つ・れ・て・い・け
セルが目を丸くした。
「お前が? 応接室に?」
頷いた。
セルが少し考えた。
「……わかった」
応接室に、ドーゼルが座っていた。
前回と同じ笑顔。同じ目。
グレイスに抱かれた俺を見て、一瞬だけ目が動いた。
でも何も言わなかった。
父が対面に座った。セルがその隣に立った。
「先日はありがとうございました」父が言った。「今日は——少し、見ていただきたいものがあります」
「ほう」
セルが前に出た。
「担保として提示したいものがあります」
ドーゼルが、初めてセルをちゃんと見た。
「次男坊様が、担保の話を?」
「家の者として当然です」
ドーゼルが少し笑った。今度は目も笑っていた。
「聞きましょう」
セルが話した。
黄金芋の収穫権。この地域では誰も作っていない最初の収穫。グロムじいさんの保証。水路の修繕状況。秋の収穫予測。
全部、数字で。
俺が板で渡した情報を、セルが言葉に変えて並べた。
ドーゼルは黙って聞いていた。
途中で一度だけ口を開いた。
「その農夫——グロムというのは、信用できる人物ですか」
「六十年この土地の土を見てきた人間です」
「失敗例は?」
「三十年前に黄金芋を試みて全滅しています」
ドーゼルが少し眉を上げた。
「正直に言うんですね」
「隠しても調べればわかることです」
「——なるほど」
ドーゼルが静かに頷いた。
「実物を、見せていただけますか」
セルが父を見た。父が頷いた。
全員で、畑に向かった。
黄金芋の芽は、小さかった。
三センチほどの、頼りない緑色だった。
でも——確かに、そこにあった。
ドーゼルが芽の前にしゃがんだ。
しばらく、黙って見ていた。
グロムが腕を組んで横に立っていた。
「育ちますか」ドーゼルが聞いた。
「水さえ切らさなければ」グロムが答えた。「儂が保証する」
「秋には?」
「収穫できる」
ドーゼルが立ち上がった。
俺を、見た。
グレイスの腕の中の、赤ん坊を。
少し、目が細くなった。
——視線が、長い。
俺はドーゼルを見返した。
148年分の、落ち着いた目で。
ドーゼルが、小さく息を吐いた。
「……面白い」
それだけ言った。
応接室に戻った。
ドーゼルが書類を取り出した。
「秋の収穫を担保とした、返済期限の延長を検討します」
父が顔を上げた。
「……本当か」
「ただし条件があります」
ドーゼルが書類を父の前に置いた。
「秋の収穫量が予測を下回った場合、残額は年内に一括返済。これが飲めるなら、春の期限は猶予します」
父が書類を見た。
手が、震えていた。
セルが横から書類を確認した。目が素早く動いた。
「条件は飲めます」
父が顔を上げた。
「セル——」
「飲めます」セルが繰り返した。「秋に必ず出します」
ドーゼルが笑った。
「頼もしい次男坊様だ」
ドーゼルが帰り際、もう一度だけ振り返った。
「先代様の研究資料の件、まだ考えておいてください」
それから——俺を見た。
「芽は確認しました。——“収穫”も、見せていただけると助かります」
笑顔のまま、出て行った。
玄関が閉まった。
庭に、父とセルと俺が残った。
父がセルを見た。
「……お前が動いてくれるとは思わなかった」
「家の問題です」
「そうだな」
父が、少し笑った。
疲れた顔のまま、でも笑った。
それから——俺に向かって、ゆっくりしゃがんだ。
目線が同じ高さになった。
「アル」
俺は父を見た。
「お前も——動いていたのか」
俺は頷いた。
父が、少し黙った。
喉が動いた。
言葉を探すみたいに。
それから、大きな手を俺の頭に置いた。
前回より、長かった。
ずっと、長かった。
「……ありがとう」
父が、初めて言った。
俺は笑った。
畑の芽が、風に揺れていた。
夜。
俺は窓の外を見た。
春の期限が、遠ざかった。
でも——完全勝利じゃない。
秋の収穫が必要だ。ドーゼルはまだ「育てるか」の判断を保留している。
ノートの件も、まだ動いていない。
でも今日——父が、ありがとうと言った。
148年間、誰にも言われたことがなかった言葉だ。
一等賞への道は、まだ長い。
でも今日、確かに——必要とされた。
それで十分だ、今日は。
第八話 了




