第三十六話 「あの日の続きを」
「グレイスを殺したのは――」
「お前だな?」
その瞬間。
アルの姿が消えた。
――ドォン!!
地面が爆ぜる。
次の瞬間には、ジゼルの目の前。
(刀を抜かれる前に仕留める。)
アルは拳を握り締め、一直線に踏み込む。
だが――
違和感。
ジゼルは動かない。
剣にも手を伸ばしていない。
(……何故、抜かない?)
アルは直感で後ろへ跳んだ。
その瞬間。
――ヒュッ。
空気が裂ける。
アルの服が切り裂かれた。
まるで、目の前に刃が存在していたかのように。
アルは距離を取る。
(刀は抜いていない。)
(なのに、斬られた。)
(近づくこと自体が危険……。)
ジゼルは静かに立っている。
表情は変わらない。
ただ、そこにいるだけ。
それなのに。
アルには分かった。
近づけば死ぬ。
そう思わせる何かが、彼女の周囲に存在していた。
「……。」
今度はジゼルが動く。
一歩。
たった一歩。
それだけで景色が歪む。
――ドンッ!!
激突。
拳と刃。
魔力と殺気。
二人の攻撃がぶつかるたび、地面が砕け、周囲の空気が震える。
アルは拳を振るう。
ジゼルは最小限の動きで避ける。
逆に放たれる斬撃。
アルは紙一重で回避する。
(まずい。)
(このまま続ければ……。)
アルは周囲を見る。
崩れかけたダンジョン。
仲間たち。
そして、自分たちの戦いによる余波。
(ここじゃ持たない。)
攻撃が止まる。
二人の間に、静寂が流れた。
アルはジゼルを睨みつける。
「……お前。」
その時だった。
先に口を開いたのは、ジゼルだった。
「本当に、人間?」
アルの眉が僅かに動く。
(……こいつが、俺を疑っている?)
ジゼルの視線は、アルの全身を見ていた。
魔力量。
傷の治り方。
そして、戦いの中で見せた異常な力。
普通の人間では説明できない。
「何なんだ……お前は。」
ジゼルが静かに呟く。
アルは答えない。
ただ、再び問い返す。
「もう一度聞く。」
「八年前、グレイスを斬ったのはお前だな?」
――
アルは、ジゼルを追及する側。
しかしこの瞬間。
ジゼルもまた、アルという存在を警戒し始めていた。
しばらく沈黙。
そして。
「……ごめん。」
「覚えてない。」
その瞬間。
アルの拳が強く握られる。
「……。」
「俺は、瓦礫の隙間からしか見ていない。」
「だが、忘れたことはない。」
「金色の髪飾り。」
「魔人の姿。」
アルはジゼルを睨みつける。
「お前だ。」
ジゼルは少しだけ首を傾げた。
「魔人で。」
「金色の髪飾りをつけているのは……。」
「僕だけだ。」
「そうか。」
アルの周囲の魔力が変わる。
空気が震える。
地面の小石が浮かび上がる。
「もういい。」
アルは指を前へ向ける。
パチン。
指を鳴らした。
瞬間。
空間がねじ曲がる。
「スキル再現――《テレポート》」
______
次の瞬間。
二人が立っていたのは、どこまでも続く平原。
風だけが吹いている。
ジゼルは周囲を見渡す。
「……ここは?」
アルは答える。
「148年間。」
「その中で出会った魔導士たち。」
「その力を、俺は再現できる。」
ジゼルは理解できないように目を細めた。
「……変な人。」
アルは構わない。
「第二階級氷魔法――」
「《グランド・アーツ》」
空が震える。
巨大な魔法陣。
その中心から――
無数の氷の剣が降り注ぐ。
――ズドドドドド!!
大地が凍る。
しかし。
ジゼルは歩く。
ただ歩くだけ。
迫る氷の刃が、彼女に触れる前に砕け散る。
アルの目が細まる。
(やはり。)
(刀を抜いていない。)
(一定距離に入った瞬間、自動的に斬撃が発生している。)
(自分を中心にした領域……。)
(これが、お前のスキルか。)
その瞬間。
ジゼルが踏み込む。
速い。
アルは氷の剣を作り、防御する。
――ガキィィィン!!
しかし。
「ッ!?」
次の瞬間。
アルの右腕が斬れていた。
防いだはずなのに。
斬られている。
(攻撃が一つじゃない……。)
斬撃が続く。
逃げ場がない。
「第三階級空間魔法――《テレプレペル》」
ジゼルの身体が吹き飛ぶ。
――ドォォォン!!
だが。
アルも無傷ではない。
「第二階級空間魔法――」
「《タイム・リバース》」
淡い光。
時間が巻き戻るように、右腕が修復される。
アルは立ち上がった。
「まだ終わりじゃないだろ?」
「魔人野郎。」
ジゼルはアルを見る。
そして、初めて人間をほんの僅かに警戒した。
(……おかしい。)
(魔力が減っていない。)
(むしろ……。)
(増えている。)
「何なんだ。」
「お前は……。」
アルはゆっくり拳を握る。
今まで使っていた力。
それは、アル・レインとして生きてきた時間だけ。
だが。
今は違う。
アンデッドとして過ごした148年。
その全てが、力として蘇る。
「俺から奪ったもの」
「全部返してもらうぞ。」
アルの目に怒りが宿る。
「クソ魔人が。」
風が吹き抜ける。
二人の魔力がぶつかり合う。
アルは静かに言った。
「始めるよ…グレイス」
「あの日の続きを。」
〈第三十六話・了〉




