第十四話 「八年前のあの日」〈後編〉
俺とグレイスの間は、完全に塞がれていた。
「グレイス……!」
声を張り上げても、九ヶ月の喉から漏れるのは弱々しい泣き声だけ。
必死に瓦礫へ手を伸ばす。
だが、小さな腕では石ころ一つ動かせない。
向こう側から悲鳴が聞こえる。
「結界を張れ!」
「時間を稼げ!」
金属がぶつかる音。
爆発音。
誰かが倒れる音。
そして――
静寂。
(頼む……無事でいてくれ。)
その願いとは裏腹に、瓦礫の隙間から伸びる影が見えた。
杖を構えた、一人の女性。
グレイスだった。
(アル様の方には行かせない。)
黒い布を深く被った者が刀を抜く。
(一つでも間違えたら……死ぬ。)
――ドォン!!
衝撃だけが地下を駆け抜けた。
(速い……!)
見えなかった。
刀を振ったのかさえ、分からない。
グレイスは反射的に振り返った。
(……あれ?)
グレイスの身体が、ゆっくりと揺れた。
一滴。
赤い雫が床へ落ちる。
ぽたり。
それだけの音が、地下の広間に妙に大きく響いた。
白い法衣が、少しずつ赤く染まっていく。
「……え?」
自分の身体を見下ろすグレイス。
理解するまで、ほんの一秒。
その一秒が、永遠のように長かった。
「グレイス!」
俺は叫ぶ。
九ヶ月の喉から漏れるのは、掠れた声だけだった。
グレイスは瓦礫の隙間越しに、ゆっくりと俺を見た。
苦しそうに微笑む。
「……アル様。」
「……申し訳ありません。」
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その頃――王都上空。
一人の老人が静かに空を歩いていた。
オーグ・ファレン。
「第二階級氷魔法――《グランド・アーツ》」
詠唱が終わった瞬間。
王都上空の気温が一瞬で下がる。
雲が凍り付き、空が白く染まる。
数千本もの氷剣が空中に現れた。
「落ちよ。」
次の瞬間、王都全域へ氷の雨が降り注いだ。
「地下にいた不穏な気配が……なくなった。逃げたか。……一体、何が目的じゃ?」
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その頃、地下では――
「グレイス……死ぬな……グレ……」
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王都は一日で、
死者 1680人。
行方不明者 258人。
犠牲者総数 1938人。
後にこの出来事は、「魔王の大災害」として語り継がれることとなる。
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――数日後。
「グレイス……」
俺の目の前には、グレイスの遺体があった。
「すまない……グレイス」
148年間と九ヶ月。
初めて味わう、強い悲しみと怒りだった。
そして――八年後。
俺は九歳になっていた。
あの日の続きを終わらせるために。
〈十四話 後編・了〉




