第十三.五話 「嵐の前日」
「アル様、おはようございます。」
朝一番に、グレイスが優しく声をかけてくる。
(朝……か。)
「レイン領とは全然環境が違うので、時間の流れまで違うような気がします。」
「そ・う・だ・な」
毎朝、俺はあの五十音のおもちゃを使ってグレイスと会話をする。
「王都の生活にも慣れないと、ですね。」
グレイスは窓の外を見つめながら微笑んだ。
「この第七観測区画での観察が終われば、外にも出られるそうです。」
「もう少しの辛抱ですよ、アル様。」
「が・ん・ば・ろ」
「はい!」
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「右腕神経、問題なし。」
「次。」
白衣を着た研究員たちが、淡々と俺の身体を調べていく。
(身体を調べ尽くして……一体何が分かるというんだ。)
紙に文字を書き込む音だけが部屋に響く。
「経過観察、異常なし。」
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石畳の道を、一台の馬車が走っていた。
「オーグ様。」
女が静かに口を開く。
「なぜ、あの赤子をそこまで調べるのですか。」
オーグは窓の外へ目を向けたまま答える。
「アルは、ガウスが残した最後の”宝”じゃ。」
「だからこそ、この目で見極めねばならん。」
女は静かに頷く。
「……なるほど。」
「だから第七観測区画へ。」
馬車は王都の方角へ走り去っていった。
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夕方。
グレイスが少し嬉しそうな表情で部屋へ入ってきた。
「アル様!」
「明日、少しだけ外へ出られることになりました!」
「や・っ・た・な!」
「はい!」
「魔力測定が終わったら、一緒に王都を見て回りましょうね。」
「きっと、素敵な街ですよ。」
俺も小さく頷く。
「た・の・し・み」
「ふふっ。」
「今日は明日に備えて、早めに休みましょう。」
「お・や・す・み」
「はい、おやすみなさい。アル様。」
部屋の灯りが消える。
窓の外では、王都の夜景が静かに輝いていた。
――この時はまだ、誰も翌日に起こる悲劇を知らなかった。
〈十三.五話 嵐の前日・了〉




