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第十三話「第七観測区画」

 王都は、綺麗だった。

 石畳が整っていた。建物が高かった。人が多かった。

 馬車の窓から、その景色を見ていた。

 九ヶ月の目で。

 でも——中身は変わっていない。

 148年分の記憶と、九ヶ月分の経験が積み上がった、俺のまま。

「アル様、もうすぐ到着です」

 グレイスが言った。

 隣に座っている。領地を出た朝と、同じように。


 馬車が止まった。

 王都の一角。他の建物より少しだけ奥まった場所に、石造りの施設があった。

 高い壁。重い門。入口に立つ魔法師が二人。


——王都魔法師協会・保護施設


 門の脇に、そう書かれた石板があった。

 保護施設。

 俺はその文字を見た。

 「保護」という言葉の裏に、何があるか。

 148年分の記憶が、静かに告げていた。


 中に入った。

 廊下が長かった。石の床。石の壁。窓は小さく、高い位置にある。

 案内役の魔法師が、無言で歩いていた。

 グレイスが俺を抱いて、その後をついていった。

「……静かですね」

 グレイスが小声で言った。

 静かだった。

 人がいるはずなのに、音がしない。

 足音だけが、廊下に響いていた。

 俺は周囲を観察した。

 扉の数。廊下の長さ。窓の位置。魔法的な結界の痕跡。

 148年分の観察眼が、静かに情報を処理していく。

 ここは——綺麗な檻だ。


 部屋に通された。

 清潔で、明るくて、必要なものが全部揃っていた。

 ベッド、机、棚。窓には白いカーテン。

 でも窓の外に、格子があった。

 細い、金属の格子。

 外からは気づかないくらい、細い。

 でも確かに、あった。

「こちらが、お部屋になります」

 案内役が丁寧に言った。

「快適にお過ごしいただけるよう、準備しております」

 笑顔だった。

 でも——目が、俺を測っていた。

 俺はその目を見返した。

 九ヶ月の体の目で。

 でも中身は——148年分の目で。

 案内役が、一瞬だけ視線を外した。


 夕方。

 施設の上層に、人の気配があった。

 足音が近づいてきた。

 他の魔法師と違う。重さがある。静かだけど、確実に存在を主張する足音。

 廊下の角で、足音が止まった。

 姿は見えなかった。

 でも——声だけが、届いた。

「到着したか」

 低い声だった。感情がなかった。でも——圧があった。

「はい、ヴァルト様。先ほど」

「記録は始めているか」

「本日の観察は明日から——」

「明日から、で結構。ただし一日も欠かすな」

 足音が、遠ざかっていった。

 廊下が、静かになった。

 グレイスが、小声で言った。

「……今の方が、ヴァルト様ですか」

 俺は頷いた。

 声だけで、わかった。

 この人は——怖い。

 暴力じゃない。怒鳴らない。

 その合理性が、怖い。


 夜。

 俺は窓の格子を見ていた。

 月明かりが、格子の影を床に落としていた。

 細い影が、等間隔に並んでいた。

 観察記録。第七観測区画。ヴァルトの声。

 全部が、静かに俺に告げていた。

 ここでは——俺は「子供」じゃない。

 「観察対象」だ。

 148年間、ダンジョンで隠れ続けた俺が、今度は——観られる側になった。

 立場が、逆になった。

 悪くない。

 見られているなら——見せてやる。

 何を見せるかは、俺が決める。


第十三話 了

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