8.食べにくいものって美味しいですよね
ベリルから侍従さんにお菓子を渡して、用意してもらう。
王子様だからね。毒味も必要なのだ。
今日持ってきたのは、前世・日本のお菓子ではなく、この王国に元々あるケーキを改良したもの。
ベイクドチーズケーキだ。
この世界のケーキ、あるにはあるんだけど。
やっぱりカロリー重視。
せっかくフワフワなケーキを作る技術はあるのに、これでもか!と上下真ん中に甘すぎかクドすぎかのフィリングをたっぷり。
前世・日本人の感覚からすると、素材の良いところを殺してるとしか思えなかった。
王子様に献上、って字面から大変な事であると分かると思う。なので、さすがに自分で作ったものを持っていく勇気はなかった。
色々と考えた末、今回は普段ベリルが気に入って、よく作っている物にしたのだ。
今世でありふれている、甘くてクドい味に慣れちゃってると、あまりあっさりしすぎると味が足りない、なんて思われても困る。
それで、ねっとりとした口当たりで濃い味に感じるベイクドチーズケーキにしたのだ。
わたしはスフレチーズケーキの方が好きなんだけどね。
そのベイクドチーズケーキを用意するのを見ていると、王子様も侍従さんをウキウキが隠せないように見ていた。
毒味をする侍従さんが、どういう反応をするのか、ベリルも気になるようで。
盛り付けの仕方を伝えながら、様子を見ている。
ひとくち分を慎重に確認し、ついに口に入れる侍従さん。
次の瞬間、目が輝いた!
──良かった!美味しかったみたい!
ベリルも、ホッとしているようだ。
わたししか分からないだろうけど、少しだけ身体が揺れたからね。
侍従さんが、新しく切り分けたチーズケーキを王子様の前に用意する。
さすが、早業である。
「本当は、わたくしも一緒に食べるべきかと思いますが、殿下のお菓子の方を頂きたいと思います。わたくし、そちらはいつでも食べられますので」
正規のお作法だと、一緒のものを食べるべきなのだけど。
互いに持ち寄ったお菓子だと、食べる量も倍になってしまうので、最近は緩和されてるのだとか。
そりゃ、似たような甘クドお菓子を倍食べるのは難しいって!
「そうか、では頂こう」
「はい。おくちに合うと良いのですが」
待ってました!と言わんばかりに、大きめに、ひとくち分をナイフできり分けて、口に運んでいる。そうだよね、侍従さんの様子見てたんだから、味への警戒はゼロだよね。
口にいれて、顔がぱぁぁぁっ!と輝き、その後は、ゆっくりと味わっている。
顔がゆるゆるになって、とても美味しそうだ。
「いかがですか?
そちらは、ベイクドチーズケーキと申しまして、アルドン領で考案した、特別なチーズをふんだんに使ったものなのです」
「これは、とてつもなく美味しい。色が濃いところは少し硬いが味と香ばしさが強い。それ以外のところは、舌にいつまでも美味しい味が残るような、なんとも形容しがたい感触」
「ねっとり、というのですわ。このケーキのように舌においしさが長く残ること、ですわね」
「ねっとり……覚えたぞ。しかしこういった、とてつもなく美味しいものをアンネ達は食していたのか。これは自慢したくなるのも当然だな」
「……実は、こちらはアンネリゼ様たちには披露しておりませんの」
「なっ!なに!!!私が初めてか!?」
「いっ、いえいえ!
領地では皆、食べておりますわ!
殿下へは、お詫びという意味を込めまして、わたくしが用意できる物の中でも高級な物をと考えまして、そちらを用意したのでございます!
あと、アンネリゼ様たちは、指で摘んで食べられるという、ちょっとお行儀が悪いお菓子を好まれるのです!それだけの理由なのです!」
「そ、そうか。確かに行儀が悪い菓子は、初めての茶会の相手の手土産には難しいかもしれないな」
「そ、そうなのです。あ、わたくしも殿下がご用意して下さったお菓子、頂きますわね」
──はー、びっくりした。
初めて、とかそんなので喜ぶなんて、よっぽどアンネリゼ様の話が羨ましかったんだね。
気を取り直して、王子様が用意してくれたお菓子に目を向ける。
さっきから、でーん!とわたしの右前方に、前世の料理番組でよく見た、頂点に取っ手が付いた銀色のドームが鎮座しているのだ。
そういえば名前は知らないな。
「ああ、是非とも食べてみてくれ。エドワード」
「畏まりました」
そうして、侍従さんがパカリとドームを取って見せてくれたものに、かなり驚いた。
「えっ!!!こ、これは、大福ではありませんか!!!」
なんと、大福が9つ。
縦横に3つずつ間隔をあけて、外が黒で中が赤という、どうみても重箱な物に入って並べられていた。
「おお、クラリスはさすが博識だな。知っているのか。実は、このエドワードの祖母が遠い東の国の出身でな。その縁で私は昔から東洋の菓子が好きなのだ。特にこの大福が」
「まぁ……そうなのですね。わたくしも、知識はございましたが、食するのは初めてでございます」
──今世では、だけどね。
侍従さんが、トングを使ってお皿に盛り付けてくれるのを、わくわくしながら眺める。なんと、お皿も本格的だった。
笹の葉のような葉っぱがのった、赤くてキレイでかわいいサイズの丸いお皿だ。
──あれ、でも、お皿の隣に用意されたのはフォークとナイフだね。
「それは、本当は手づかみで口まで持っていって食べるものなのだ。私も普段はそうしているのだが、ご令嬢には食べづらかろうとカトラリーを用意した」
──あー、そりゃ、そうか。
粉も付いてるし、がぶっとしたら、歯の形くっきり残るし。ご令嬢向け食べ物じゃないね、これ。
でも色々考えて、これを用意してくれたわけだし、わたしも絶対食べたいもん!
「お気遣いありがとうございます。早速頂きますね」
木のお皿を傷つけないように、優しくナイフを入れて、またびっくりした。
「まぁ!中にクリームが入っております!」
「それが入っていなくても美味いのだが、これが入っている方が好みなんだ」
──すごい。
前世で好きだったクリーム入り。
しかも良く断面を見ると、これまた好きだった粒あん!最高!
ん、口に入れて分かる、餡とクリームの絶妙な甘さ!これまた最高っ!
「はぁ〜、とても美味しいですわ〜。最高です」
多分、顔、相当緩んでる。
丸メガネかけたまんまだけど、緩んでるの向こうにも分かっちゃうと思う。
「そうか、最高か。喜んで貰えて嬉しい。残りも是非、持ち帰ってくれ。領地への道中にでも食べるといい」
「ありがたく頂戴いたします!」
──食い気味に返事しちゃったけど、仕方がない!
だって、大福よ、大福!しかもクリーム入り!
わたしのチーズケーキもホールで持ってきちゃってるけど、侍従さんとベリルで、保存のアレコレは話し合ってくれるでしょう。
だって2人とも優秀だものね。
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お菓子をもう少しで食べ終えそう、というところで思い出す。
王子様には必ずアレを謝らないといけない。
お父様のトンデモ返信の事だ。
「あの、殿下。
わたくし、父が大変失礼な手紙を送っていたと、実は、先日のお茶会の時に初めて知りまして……。本日はその謝罪をさせて頂こうと、こちらに伺いました。大変、申し訳ございませんでした」
席から立ち上がり、王子様の前に出て、胸の前で腕を交差させる。
そして両ひざを地面に付けて、前屈みになり、目を閉じる。
これが本来のこの国の最大の謝罪の型だ。
──この間は、あんまりな突然だったから、素が出ちゃったの!
「……今日は、ドゲザではないのか」
ぴっくぅっ!
少し肩が揺れてしまった。
「せ、先日は申し訳ございません。急な事で妙な行動を取ってしまったのです」
「顔を上げろ」
謝ると間髪入れず言われたので、素直に顔を上げると、目の前に手が差し出されていた。
「そなたの父の謝罪を、そなたが行わなくて良い。立ち上がれ。……そなたが私の前で跪くなど、して欲しくない」
「……はい、ありがとう、ございます」
恐縮しながら、手を差し出そうと右手を少し上げた。すると、王子様は少しかがんで、わたしの右手を、自分の右手で掴んで引き上げた。
そして上手く立ち上がれるように、絶妙な加減で引き上げてくれる。
立ち上がって、びっくりした。
──ち、近いっ!
あ、そりゃそうだ!手を引いてくれたんだもん!
一気に顔に血が上るのが分かった。
「ひゃああっ!も、もうしわけございませんっ!」
すぐに後ろに身体を引いて、手を離そうとした。
でも、手が離れない!
なんで!?
「ん"ん"ん"っっっ!」
「はっ……!す、すまない!柔らかい手だなと思い、つい離せなかった!」
「ん"ん"ん"ん"ん"っっっっ!!」
「何度もすまない!また失礼したようだ!」
侍従さんの咳払いの合図で離してくれたけど。
──またかいっ!!!
そろそろツッコミ、声に出して言いたいよ!
その何とも言えない空気に、ベリルが入って来てくれた。
「失礼致します。ご歓談中、無礼をお許し下さいませ。クラリッサ様、そろそろ戻りませんと領地への帰路に差し障ります」
──良かった。色々あって限界近いもの。
一番の目的のお父様の呪いの手紙の件も、解決……はしてないとは思うけど、話せたし。
もう大丈夫でしょう。
「そうか、戻るのか……クラリス、また会ってくれるだろうか?まだ、その、ドゲザやギョイの話も詳しく聞けていないしな」
「…………」
──これは、ちょっと悩む。
ここで断るのが一番な気もするけど、そうなると、またアンネリゼ様たちと会っている時に突撃されそうな予感がするのだ。
いや、されるでしょ、一度やったんだもの……。
でも、王子様、悪い人じゃないんだよね。
──うん。決めた。
「はい、かしこまりました。また機会があれば是非お呼び下さいませ」
ぱぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!
「ありがとう、クラリス!私は今、とても嬉しい!!!」
さっき余り離れてなかったのが仇になった。
王子様は自分の両手で、わたしの両手をガシッと掴んで打ち震えている。
手が目の前じゃなくて、下の方で両手握手しているだけマシかとは思うけど。
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"っっっっ、ん"ん"っ!!??
ゲホッッ!ゲホゲホゲホッ………………」
「む!?エドワード、大事ないかっ!?」
ついに侍従さんのノドは潰れてしまったらしい。
混乱に乗じて、ささっとお暇の挨拶をし、結界を出る。
さすがに帰りは、咳が辛そうな侍従さんに近道したいなんて頼めない。
なので、普通の道をてくてく戻る。
「……クラリッサ様」
「ううううう〜〜〜……言いたい事は何となく分かるから、今は追い討ちかけないでぇぇぇ………」
──認める。もう、認めるから。
王子様に、何でかさっぱり分からないけど!
好かれてるのは間違いなさそうだって!!!
エドワードさんのお祖母様が、たまにあんこ系のものを食べたいと、領地で小豆を育てて貰っています。
農家の人にちょびっと手を貸して貰ってるだけなのと、ちょっと事情があって他の領地までは販売されてないのです。王都でも貴重品です。




