7.歩いていればいつか辿り着くのです
夏季休暇前の終業式が終わった。
夏休みはおよそ40日。
この辺りも、なんとなく前世・日本のニオイがする気がするんだけど。
どこぞの物語だろうが、長い休みには罪はないのだ。前世・大学卒業から数えて、夏休みなど無くなって十◯年。ありがたく頂きましょう。
ただ、その前に。
王子様と会わなくちゃならない。
あの波乱のお茶会が、3日前。
その後の2日は、夏季休暇中の課題を準備・説明の為に講義は長引き、領地に帰る準備も進めないとならないと、時間が取れなかった。
そんな忙しい中、王子様側とも確認し合い。
終業式後の領地に帰還する、少しの前の時間を使うことになったのだった。
てくてくてく。
足取り重く、ベリルと王子様が指定してきた場所まで歩く。
「それにしても、図書館隣接の広場で行うとは……終業式が終わり領地に帰還する者ばかりで、図書館に行く者は少数のみと、場所としては最適かと思いますが」
「はぁ……深く考えたくない……」
──なんで、因縁の場所を指定してくるの。
ため息が隠せない。
忘れたい失敗なのに、なぜ蒸し返すのか。
「クラリッサ様、嫌なことを後回しにしても、良いことはないのです。早く行って、すっぱり終わりにしてきましょう。ただでさえ先程、ご友人の皆様との挨拶に時間を費やしてしまっているのです。急ぎますよ」
「はぁ〜い……」
そう返事しても、ほんの少し歩く速度を早めただけである。
しかし無情。少し遠いとはいえ、同じ魔学内。歩いてれば着いてしまう。
図書館は、図書館と広場を囲むように広い林がある。今回は近道せず、整備された広場の入り口へ向かおうとした時だった。
「クラリッサ・アルドン侯爵令嬢と、その侍従ベリルですね」
先日、近道をしようと林に入って行った辺りで、急に声を掛けられた。
王子様ではない男性の声。
「はい、そうです。こちらはクラリッサ・アルドン侯爵令嬢でございます。わたくしは専属メイドのベリルで間違いございません。太陽と銀なる聖盾にかけて誓います」
「私はアレクシス第一王子の侍従、エドワード・G・ナバルと申します。殿下より本日の会の案内を申しつかりました。こちらへどうぞ」
太陽と銀なる聖盾と言うのは、太陽は王様。銀なる聖盾は、この国全体を覆う大結界、ということを意味している。
大結界は銀色で、一定の条件がそろえば目視できるらしい。見たことないけどね。
なのでベリルの言った言葉は、どっちも国にとって一番重要なものに嘘偽りは言えません!って感じかな。
──しかし、どうぞ、って言われても。
目の前、林なんですけど。
私が使おうとした近道の、すごい近いところの。
侍従さんは真っすぐ林に歩いて行くので、仕方なく付いていく。
ほとんど歩いてないくらいの所、林に立ち入って3メートルくらい進んだところで、立ち止まられる。
「失礼、少しの間、待って頂けますか」
「はい。畏まりました」
ベリルが護衛も兼ねてるので、わたしの前を歩いて貰っている。なので返事もしているけど、わたしが大きくないせいで、ベリルの真後ろでは見えない。
少し横に移動して、前方を見る。
様子を見ていると、侍従さんが右手を前に差し出し、左手でペン型の魔道具を持ち、魔力を込めだした。
ザザザザザザザザッ!
木が揺れだし、両側に避けていく。
道幅は1メートルないくらいだけど、十分歩けるくらい。
──魔法と魔道具の合成術だ!珍しい!
土と風と、闇、かな。
領地では使える人いるけど、魔学では初めて見た。
って、あれ?侍従って魔法使えなくされるんじゃなかったっけ。
合成術が発動した方向と、侍従さんを交互に見ると、バツが悪そうな顔になって少しだけ話してくれた。
「申し訳ございません。今の件は内密に願います。王家の者の筆頭侍従のみ、楔の魔道具は付けないという事になっておりまして。実はその件への反発もございまして……」
「畏まりました」
──出来るメイド、ベリルはちょびっとの説明で事情まで察せるみたいだけどさ。
あとでその辺の事聞いてみないと。
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──あ、もうちょっとで林抜けるね。
しかし今度は失敗しない。
ちゃんと上下左右、自分の目でみる。
うん、何も足元にない。大丈夫。
でも、視線の先に、アンネリゼ様とナッティが張った結界より、更に分厚そうな結界が張ってあるのは頂けない。思わず眉間にシワが寄る。
──入ったら、何する気なの。あれは。
結界の手前で立ち止まって眉間にシワを寄せていると、慌てて侍従さんが説明をしに近寄ってきてくれた。
「……申し訳ございません。強力な遮音と視界阻害の結界内に異性を招くなど、本来は避けるべきなのですが。殿下は、先日のお嬢様達の見事な結界に嫉妬を覚えておりまして……アンネリゼ嬢だけでなく、ナターリエ嬢も一緒に張ったのだと進言したのですが、聞いてくださらず。ご令嬢と2人きりになど絶対にさせませんので、どうかご容赦を」
──侍従さん、苦労してそう。
こうなってくると、王子様を止めるのに魔法が必要なのかも、とか考えてしまう。
まさか、ね。
意を決して、結界の中にベリルと入っていく。
「クラリス!!!よく来てくれた!」
ぱぁぁぁぁぁ!と効果音がついた様な顔で、両手を広げたキラキラと輝く王子様が、こちらに歩いて来る。
──やば!抱きつかれる!?
と、思った瞬間。
目の前にベリルがザザっと現れた。
──えっ!?今、残像が見えた気が!
目をパチパチしている間に、ベリルは挨拶の姿勢になっていた。荷物を持っているから、浅く膝を曲げるだけど。
王子様の初手を止めてくれたので、もう大丈夫だろうと、ベリルの半歩だけ前に出て、挨拶をする。
「緑溢れるこの季節。我が国の太陽、その尊き御子さまであられる、アレクシス・フォン・エーデルベルク様に、アルドン侯爵家のクラリッサがご挨拶を申し上げます」
「本日は宜しく頼む。クラリス、楽にせよ」
「ありがとうございます」
姿勢を戻して、今度は王子様を見てお礼を言う。
──あ、ちょっと苦笑いしてる。
さっきのはマズかったとか思ってくれてそう。
ちらりと横を見ると、侍従さんが王子様の真横で圧をかけていた。
──わー、あれ、わたしがポカをやらかした時、ベリルも良くしてる笑顔だ。怖い怖い。
「そちらに掛けてくれ。
そなたが作った菓子には敵わないと思うが、私が気に入っている、食べやすい物を選んでみたのだ」
──なんで自作お菓子の事、知ってるの!?
王子様に案内された椅子に、ベリルに引いて貰って座って、すぐ驚愕。
──ほんと、エスパーなの?
心読めるタイプの。
座ってすぐピキーン!と固まって動けなくなる。
「ごほんっっっ!!!」
「っっっ!すまない!何か失言したようだ!」
「えっ」
てっきりベリルが、わたしが固まったのを解そうとして咳払いしたと思ってたら、違ったらしい。
身体は固まったまま、視線だけ上げると、侍従さんと王子様が、目だけで語り合って……いや、また侍従さんの怒りの視線を王子様が一方的に受けてるな。
王子様、目だけ挙動不審になってるもの。
そんな行動をみていたら、ふっと力が抜けた。
やり取りが、わたしとベリルに似てたから。
安心したのかも。
王子様対しては、わけのわからない事が多いけど。
まずは、さっき言われた事を聞いてみよう、と思うくらいに強張りが解けたのだ。
「あの。どうして殿下が、わたくしが菓子を自作している事をご存知なのでしょう。伺っても宜しいでしょうか?」
わたしが話を切り出したので、王子様も目が挙動不審じゃなくなった。安心。
「ああ、そのことか……。アンネが、しつこい程話しをしに来ていてな。そなたとの茶会の後は、必ず絡まれて『クラリスが作ったお菓子は大変美味しい』と、自慢ばかり話されていた。王城での教練に逃げていても必ず捕らえられ、自慢話を聞かさせれていたのだ」
「ひいっ!アンネリゼ様、そんな事を!?」
──美味しくて、皆に宣伝してくれるのは嬉しいけど!
なんで王子様を探し出してまで!?
「まあ、ここ一月は、貴重な情報源なのだと、待ち構えていたがな」
──だから、そういう!
反応に困って何も出来なくなる事、言わないで下さいって。
「ん"ん"ん"っっっ!!!」
「はっ!すまない、つい本音が!!」
「ん"ん"っ!!」
「む!……気を、つける」
王子様が変な事言い出すたびに、侍従さんが咳き込んでる。
──なるほど、侍従さん、ストッパーの役割なのね。ちょっと面白くなってきたんだけど。
それに、この人がいれば、変な事にはならなそうじゃない?
「あの、本日、わたくしからもお菓子を持参いたしましたの。先日のお詫びを兼ねまして……さすがに、手作りではないのですけれど」
ぱぁぁぁぁぁっっ!
王子様の顔が一瞬で輝きだした。
「それは嬉しい!ありがとう、クラリス!アンネの話を聞かされるだけというのが、どんなに羨ましく悩ましく妬ましかったか!アルドン領出身の者に聞いても知らぬと言うし、困っていたのだ!」
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"っっっっっ」
──王子様。
そろそろ侍従さん、ノド痛めちゃうから。
大人しくしてあげた方がいいんじゃないかな。
魔道学院は全寮制ですが、王家の者と一部の関係者は王城との行き来が許されています。
帝王学や執務の仕方を教わらないといけないからです。
アンネリゼ様も同時ではないですが、たまに通って教わっています。




