4―1.閑話:わたくしは一介のメイドでございます
わたくしはベリルと申します。
クラリッサ様の乳母であり、ついでに護衛も兼ねておりますが、いたって普通のメイドでございます。
クラリッサ様と共に魔導学院までやってきまして、早2ヶ月。
わたくし、現在、とてつもなく深遠なる悩みと、苦渋をこれでもかと飲み込んでおります。
わたくしのクラリッサ様は、現在学業もお友達関係も順調に過ごされております。
が、しかし。
毎日毎日毎日、代わり映えのしない、あの格好だけは頂けません。残念で無念でなりません。
毎日毎日毎日、クラリッサ様をお見送りしたあと、1人になってからのクソデカため息が止まりません。
本来のクラリッサ様は──。
奥様から受け継いだ、少しだけ赤みを帯びたふわふわと揺れる美しく輝く金髪。
旦那様から受け継いだ、銀色が時おり虹彩に揺らめく、青みを帯びた煌めく紫の瞳。
領地の教師陣ですら、もはや敵わないという言わせる比類なき知性。
それらを。
全 部 !
隠 し て い る の だ !!!
髪はひっつめ。
瞳どころか顔を、あのダサ眼鏡で隠し。
学業は真ん中の成績になるよう、わざと悪くしている様子。
クラリッサ様は、たまにうっかりやらかしてしまったりしますから、周囲には早々に色々とバレると思っていましたが。2ヶ月経った今でも継続中でございます。
本当に残念でなりません。
魔法や魔道具作成は、好きすぎるあまり、いつも以上の成果になってしまいまして、一部の生徒や教師からの評価は高いようですが……。
わたくしのクラリッサ様は、そんな程度のものではないのです!
本当は周囲に知らしめたい!!!
けど、主人の望みを叶えないわけには参りません。気持ちを抑え、今朝もダサダサの隠蔽工作を自ら施しました。
完璧な隠蔽令嬢となった後ろ姿を見送った私は、夕方お戻りになる主人の為に、いつも通りメイド業に勤しむのでありました。
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「……ベリル〜〜〜」
どこからか、クラリッサ様のお声がします。声がした方に向きますが、おりません。
…………これは。
「……クラリッサ様?認識阻害の魔道具の出力を、最大になさってますか?出力を下げるか、外すかして下さいませ」
本来のわたくしであれば、クラリッサ様の眼鏡程度の魔道具であれば無効とまではいかないですが、人や動物は認識出来たでしょう。
しかし、魔学内に同行している侍従たちは、学生たちの不正防止に、魔力属性を揺らがせる魔道具を付けられます。
魔力量があれば大抵の魔道具は動くので、生活に支障はございません。ですが、魔法は使えなくなります。
わたくしが無意識にしていた周囲探知も魔法の一種ですから、使えなくなっています。
眼鏡を外して下さったのでしょう、姿が現れたのですが、驚愕しました。
頭から膝の辺りまで広範囲に怪我をしているではありませんか!
「クラリッサ様!?そのお姿はいかがしたのです!?大丈夫でございますか!ああ、早く、怪我の手当てをいたしませんと!!!」
「え、怪我?あー!よく見たら服ボロボロ!血も付いてる!!!」
「何をのんきな!さぁ、早く浴室へ!傷を洗い流して、手当てをしましょう!」
そう言って、さっとクラリッサ様を抱き上げ脱衣所に駆け込みます。
「わぁっ!?もう子供じゃないんだから自分で歩けるよ!」
「なりません!!!ここまで服が擦りきれるなど、相当なはず……で、す……」
脱衣所はあっという間に着きますので、あらかじめ設置している椅子を少々乱暴ですが、足で向きを変え、さっとクラリッサ様を下ろし、一番血がついている箇所から確認しました。
ですが、血はそれなりについているものの、傷はありません。
まさか、と思いつつ次に次にと、血と汚れがついた場所を確認しますが、肌はキレイなものです。その確認と共に、後ろにも回ります。前側と比べると全く違いました。後ろ姿はキレイなままです。
髪も、前半分は何かに絡んで解けてしまった跡がありますが、多少引きつれている所はあっても後ろ側は解けていません。
「クラリッサ様…わたくし、もしや暴漢に襲われにでも……と内心、死んでお詫びをしなければと思っておりましたが……まさか、このお年になりましても、ここまで盛大に転けるなど……」
「ちょ、ちょ、死んでお詫び!?飛びすぎ!飛びすぎ!!あと、不注意は不注意でも、ちょっと事情があって!」
「……それに、在学中は、ご家族全員と、わたくしの目の前でなければ使わないとお約束しておられた、回復魔法を使いましたわね?」
「ひぇっ!で、でも聞いて!それにも深い事情があったの!!!」
わたくしの剣幕に慄きながらも、王子殿下との顛末を聞かされます。
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──よくもまあ、短時間で色々と起こった事です。
王子殿下の気持ちが、手に取るように分かってしまう心持ちです。
見知らぬ可愛い女の子に、いきなり踏まれて、とんちきりんな謝罪を披露され、王子という身分を知りながら、阿ることもせず、挙句に逃走。
わたくしが同じ立場だったら、逃げたら追います。しかも傷だらけだったのですから尚更です。
──回復魔法を使ったのは、十中八九、目撃されているでしょう。
クラリッサ様は踏みつけるまで殿下に気づかなかったのです。おそらく認識阻害どころか、姿も気配もほとんど消せるのではないでしょうか。
そんな魔法の使い手を、足などを負傷して注意力散漫だったクラリッサ様が見つけられたかどうか。
本人の洞察力が足りないと判断されたからこそ、回復魔法の練習はベリルの目の前のみ!と侯爵夫妻から限定されてしまったくらいなのです。
クラリッサ様の話を聞けば聞くほど、悩ましい声が漏れてしまいます。
「歩けないほど、痛かったのですか……クラリッサ様の魔法は、想像力がまず先行して発動してしまい、経過は後で考えるという、感覚頼りなところがあるのは分かりますか?今回も他の傷が全て癒えてしまっています。足だけを治そうとして"痛いのを何とかしたい"など一瞬でも思ってしまったのでは?」
「えっ?うーん、そうなのかな?」
クラリッサ様のいつもの魔法の癖を考えると、大体の失敗は思い浮かびますが、回復魔法だけは、わたくしは門外漢なので少々不安です。
そして、この魔法のやっかいな所は、再現が出来ないという事です。同じ箇所に同じ大きさで再度傷をつけるなど、できるわけがないからです。
「回復魔法の練度は、これから頑張って加減を覚えて頂くとして。問題は、殿下の方です」
「王子様?何で??
不敬だからとか、やっぱり訴えられるとか?でもあの人、わたしが何処の誰か知らなかったし。丸メガネは王子様の前では隠してたよ?名乗りもしてないし、あそこからの痕跡も、辿られないように寮に戻ったって言ったじゃない」
大丈夫大丈夫〜!とあっけらかんに手をパタパタするクラリッサ様。全く不安に感じていないようです。
「それより、ごめんねベリル。制服、これだと流石に直すの大変かも……」
この期に及んで心配が服。
確かに制服は擦り切れや、細くて硬い枝などで空いたであろう穴がいくつかありますが……。
普段あんなに目立たない事に執念を燃やしているのに、何故こういった危機に関しては鈍感になってしまうのでしょう。
「ご心配には及びません。こちらは同じ物があと9着ございますので」
「えっ!?そんなに!知らなかった……制服って一着だけっていうイメージ強いから…でも、それなら安心〜。
じゃ、土だらけだし、お風呂入るね〜!」
「……かしこまりました。ごゆるりと、お過ごしくださいませ」
──今後、ゆっくり出来なくなる予感しかしませんから。
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次の日の、お昼過ぎ。
一通の手紙が参りました。
案の定、王子殿下からでございます。
クラリッサ様は、ああ言っていましたが、やはり早々に個人も寮も領地も知れたようです。宛名に間違いがございません。
昨夜は、王家の影が動くかもしれないと警戒しておりましたが、探りは入りませんでした。
魔法が使えなくとも、粉を撒いたり音を出させたりと、手と頭を使えば不届き者が近寄ってきたかどうか、罠などを張り察知出来るようにしております。
その程度はメイドの基本なのでございます。
影が来なかったということは、やはりクラリッサ様が何かをうっかり失敗しているのでしょう。
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夕方。
昨日の反省からか、どこにも寄らず真っすぐ寮に戻ってきたクラリッサ様に、殿下からの手紙を差し出しました。
「ひぃっ、ななな、なんで!て、て、手紙???何で王子様から来るの!!??」
「だから言ったではありませんか……問題があると。読まないわけには参りませんよ。踏んづけた令嬢だとバレてるんですから」
クラリッサ様は、へっぴり腰でブルブルと縦に横に震えながら手紙にそろそろと手を伸ばします。震え過ぎると残像が出来るのですね。
また新しいクラリッサ様を発見いたしました。
「ま、まだわからない!わからないーーー!魔学の女子全員に出してるかもしれないーーーー!!!」
「いえ、宛名どころか寮も父親の爵位まで、全部合っています。確実に我が家のクラリッサ様宛てですよ」
「き、気絶したい!令嬢っぽく!!ベリル、どうやるの?あれ!」
「貴族令嬢っぽく気絶?お友達のご令嬢の方々は、いつでも出来るのですか?
奥様に30年近く仕えておりますが、出産後に疲れ切り気絶したように眠る、というものしか無かったかと思いますが……。わたくしの同業の者ですと、働きすぎか急に意識を失って気絶した、と伝え聞いた話にはございますけど、令嬢どころか男性ですし」
「んがー!色々ツッコミどころばっかりぃぃ〜!とにかく気絶は一般的じゃなくて病気っぽいのは一緒とか!!!」
頭を抱えてしゃがみ込み、何やら早口で叫んでいます。
いつまでそうしていても先に進みませんので、ずいっと手紙を目の前に差し出しました。
「クラリッサ様、観念して下さいませ」
「はいぃぃぃ……、読みます……」
レタートレイと一緒に置いたペーパーナイフで封を開け、いざ開こうとして、まだ躊躇しています。
「……ベリル、一緒に読んで……」
「ふぅ……。
本当は、お行儀が悪い行為ですからね?王家からのお手紙を主人より先に、今は同時にですけれども、読むというのは」
とは言いつつも、王家の者が出す個人宛ての私信など、拝見する機会は中々ございません。本当は気になって仕方がなかったのも事実ですので、クラリッサ様の真横に連なり、覗き込みます。
わたくしが覗き込んだのを確認してから、クラリッサ様は手紙を広げました。
『 クラリッサ・アルドン嬢へ
先日のドゲザと言うものの件、もっと詳しく聞きたい
是非とも交流の機会を作りたいと思っている
時間はいつでも空けるので、放課後でも休日でも構わない
暇な時を教えて貰いたい
アレクシス・フォン・エーデルベルク 』
──あら、意外です。
もっと強引に誘う文面がみえるかと思っておりましたのに。高位貴族らしい傲慢さは少しも感じません。これならば最初のお誘いとしては及第点でしょう。
「わー、普通!」
「そうですね。ご令嬢への初めてのお誘いとしては、多少強引なところもありますけれども。それで、いかがするのですか?お会いになるのですか?」
「会わないよ。王子様だよ?気軽に知り合いになれる人じゃないし。異性が気になるなんて、向こうが一言でも発したら、一気にあれやこれやで結婚まで行っちゃう予感がするもの。王子妃なんて、目立たないの対極の位置だし、ブラックのニオイもプンプンするもの」
……お手紙が、貴族らしくない一般の誘い方だったせいか、だいぶ落ち着いていらっしゃるご様子です。
いつもの調子の目立たない方向に大舵をきるクラリッサ様です。
「かしこまりました。ここは、はっきりと脈無しの、貴族向けの返信をしましょう。そして、わたくしが代筆いたします」
「それでいいの?この手紙、貴族向けの文言全くないし、本人の自筆っぽいのに?」
「……クラリッサ様、実は仲を深めたいのですか?」
「えええ!!!???いやいや、さっきから無理って言っているでしょ!……ちょっとだけ失礼かな、と思っただけ!ちょっとだけ!」
──クラリッサ様、王子という地位には大変な忌避感はあるようですが、やはり殿下本人に対しては別なのですね。
地位や立場よりも人柄をみてくれる。かなりのお人好しなのです。そんなクラリッサ様だからこそ、家族も領地の皆もクラリッサ様の事が大好きなのですが。
「クラリッサ様は、文の確認だけして下さいませ。お断りだけですから、本日中に返信してしまいましょう」
「そうだよね、憂いは早く断つべし!」
うんうんと頷いていらっしゃいますが、多分、これで終わりとは思えないのですが。
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——そして予想通り。
翌日も翌々日も、そのまた次の日も。
王子殿下からの手紙は続きました。
『ギョイと言う言葉の意味を、もう一度聞いてみたい』
『ドゲザをする前の飛び込みは必ず必要なのか、会って聞いてみたい』
『東方の本を手に入れた。一緒に読みたいと思う』
『私の腹の様子は気にならないのか?一度確認してくれ』
──どんどんと、少しずつ圧が増える手紙が毎日届きました。
昨日に至っては、ついに。
『出会った翌日、そなたの足がすっかり良くなっていた件について直接会って聞かせてくれ』
大変でございます。
やはり聖属性である回復魔法は見られていたようです。
──ですが。
クラリッサ様はいつも通りでした。
最近恒例の縦横にブレる残像を起こしながら手紙を握りしめております。
「なんで、なんで、毎日おんなじ文章しか返信してないのに、こんなにいっぱい書いてくるのよーーーっっっっ!!!」
──クラリッサ様、一番気にしないといけないのは、そこじゃないです───。
とても有能なベリルさん。
もちろん戦闘力も高いですよ。




