番外編2:智慧の至宝を受け継ぐ者
ナターリエ視点で進みます。
番外編1と比べて、かなりシリアスです
誘拐事件の話です。
わたくしはナターリエ・エルライン。
アンネリゼ様、クラリッサ様、ステファニーと同級生であり、仲良くさせて頂いております。
本日は、クラリスが誘拐の実行犯である2人に会いに……多分ですが、何か報復したい事があるのでしょう。馬房に向かうとの事でした。先ほど、わたくしはそちらには同行しない事を伝えました。
皆が出ていくのを見送り、1人になると、屋敷のとある場所へ向かいます。
アルドン侯爵の執務室です。
皆が戻ってくる前には話を終えていないといけません。少し足早に向かう事にしました。
=============
「入れ」
扉をノックしますと、返事がございましたので、入室します。
わたくしが来る事が分かっていたのでしょう。
室内は、ジェサイア様とカトリーナ様がいらっしゃるのみで、正面の執務室机に隣あってかけておられます。
最初に口を開いたのは、カトリーナ様でした。
「来ると思っていたわ」
ニコリと淑女らしく、優しく笑っていらっしゃいます。
この笑みに、どれだけの人が操られたのでしょう。
苛烈に接してくるジェサイア様。
それを慰めるように、優しい笑顔で接するカトリーナ様。
正に、飴と鞭を体現しているかのようなお二人です。
先日の件で否応なく、わたくしの能力を引き出されてしまいました。
わたくしも、植物園研究所では焦り、能力の片鱗を見せてしまったのは悪かったのですが。
いえ、その件が無くとも、わたくしは引っ張りだされたでしよう。
このお二人は、二人で1つ。
お二人が持つ、知識力・見解力をお互いで合わせ、何倍にも引き上げていらっしゃいます。
今からの言葉一つ一つで、わたくしの将来は変わるでしょう。
しかし、わたくしが沈黙し何も話さなければ、自分の意思で動く事は、将来出来なくなるでしょう。
一度目を瞑り、もう一度覚悟を決めます。
「恐れ入ります。お時間を頂いた事を感謝いたします。用件は、先日の誘拐事件の事でございます」
わたくしの言葉に、ジェサイア様は口角を少し上げました。カトリーナ様は笑みを変えていません。
「話せ」
「恐れ入ります…………わたくし達の結束と能力はお気に召されましたでしょうか」
「ふーん……何故分かった」
ジェサイア様から、アンネリゼ様に向けていた魔力ほどではありませんが、少々圧力を感じます。
自分の推測通り、侯爵夫妻が誘拐事件を見逃したのは間違いないようです。
おそらく、クラリスの側にいる事が相応しいのか、否か。
殿下を含め、わたくし達を試験したのです。
今、ジェサイア様から放たれている魔力圧も、必要だから放っているのでしょう。
話を進めます。
「ベリルさんです」
「あら、ベリルの件はクラリッサが雇っていた男が話したでしょう?情報をダルク子爵に売ったと」
カトリーナ様が笑みをそのままに話します。でも、それだけではない筈です。
「ベリルさんの強さは並の者ではございません。クラリッサ様が話す以上に、肌で分かります。ステファニーが一番それを感じているでしょう」
「ふーん、それで?」
「あの強者を一時的にでも無効化出来るなど、簡単ではありません。植物園の、あの小物にそれが理解出来ていたかは、否でしょう。あの小物がベリルさんの情報を売った時に、他者が付け加えたとしか思えません」
「……………………」
ジェサイア様は口角を上げたまま、顎で先を促します。
「ベリルさんがわざと倒れたわけでは無いのは分かっております。ただ、ベリルさんに合わせて極限を見極めた薬と魔道具を使われたのではないかと。
こうした誘拐の場合、同行者は口封じに殺してしまうのが確実で、誘拐発覚まで長い時間を稼げたと考えられます。
ですが、ベリルさんは生かされ、尚且つ、30分以上意識を保ち、わたくし達に知らせました。結果、誘拐は早期に判明しました」
「ふふふ……貴女、最初から違和感を覚えていたのね。さ、続けて?」
カトリーナ様から、やんわりと肯定の言葉がでてきました。やはり、間違っていませんでした。
「確実におかしいと思ったのはクラリッサ様が、ほぼ無傷の状態で逃げ出していたからです。誘拐すると言うのに、あの改造された魔道具ひとつで他の拘束をしないなど、普通はありえません」
「ははは、ダルクの阿呆を丸め込むのは簡単だったのに、君は難しそうだね」
ついにジェサイア様は認めました。
やはり、誘拐計画に手を入れていた様子です。
「………………クラリッサ様の、聖属性魔法が発動した件だけは、予想外だったのではないかと思っております」
ジェサイア様とカトリーナ様が笑みを深めました。当たりだったようです。
「そうね。ダルク子爵があれほどの高輝度魔石に加え、トラップまで掛けていたのは予想外でした」
「あの虫王子が魔力の大半をクラリッサの防御結界に当てることも、な。あいつが油断しなければ、全員がほとんど無傷で終わる筈であった」
カトリーナ様とジェサイア様が、そう今回の反省をするように言葉を発しました。
「トラップ、ですか」
「意識を失うと、高輝度魔石から濁った魔力が強制的に、かつ過剰に供給されるものです」
わたくしは、目を見開きました。
ダルク子爵にそこまでの物を作る能力があった事に驚愕したからです。
「あれを作ったのは、ダルク子爵夫人です。聴取したところ、夫への意趣返し……いざという時に精神汚染を引き起こすように、と研究していたものを利用されたと言う事です」
カトリーナ様からダルク子爵、子爵夫人の聴取は終えていると伝わってきます。
それにしても、精神汚染を引き起こそうとするとは。夫婦関係も上手くいっていなかったのでしょう。研究を盗まれ、事件に巻きこまれる子爵夫人が気の毒です。
思わず眉間にシワが寄ってしまっていたのでしょう。それを見たジェサイア様が続けました。
「安心しろ。
今回はダルク子爵と直属の侍従、あの実行犯2人の馬鹿者のみで行われた事だ。ダルク夫人は事情聴取の後、解放されている。今後、ダルク領は夫人に任せる事になる」
──安心、ですか。
今のジェサイア様の言い分ですと、子爵位の継承すら、アルドン侯爵の思いのままだと言う事実しかありません。それも王家を通さずに、です。
やはり、この国で一番の地位にいるのは目の前のこの人たちなのです。
その事実を再確認してしまい、出来るだけ表情に出ないように、息を飲みました。
わたくしの、その様子は悟られてしまったのでしょう。
ジェサイア様に結論を求められました。
「さて。ナターリエ・エルライン。
ここまでの情報を与え、自分の能力を披露した今。今後どのように振る舞うのか聞こうか」
「我が領地を継ぎ、領主となります」
迷うことなく、伝えました。
「あら、魔道具技師になりたいと言ってなかったかしら」
カトリーナ様が頬に指を当て、問われました。
──確かに、事件が起こるまでは、そう思ってました。
我が領地は、借金こそありませんが財政はカツカツです。弟妹も下に4人おります。
ですから、高収入の魔導庁に就職したかったのです。
しかし───。
「アレクシス王子殿下とクラリッサ様の御代を支える為には、一人でも味方が必要かと。発言力を高めるには領主の地位が一番と考えます」
「へえ〜、ちゃんと理解してるじゃないか」
──正解、でした。
良かった、と少しだけ目を閉じ、開くとカトリーナ様に自領の事を問われました。
「女性が領主になるのは、簡単ではないわ。貴女のお祖母様、あの"智慧の至宝"と呼ばれた、あの方でさえ領主は継げませんでした。貴女も、父親は弟を後継にしようと動いているのではなくて?」
「…………その通りです」
わたくしのお祖母様は、他国から留学してきた者で、その能力から是非にと、女性ながら宰相室に入ったそうです。
しかし、その知恵を振るうのは長くは続きませんでした。
当時の王、先々代の王ですが、次々と改革していくお祖母様が、段々と目障りになっていったらしいのです。
そこで自分の友……領地が天災で荒れ果て、自らも賭け事に手を出し、莫大な借金を抱えたお祖父様へ、無理矢理嫁がされました。
自分の友の名誉も守り、目障りな者を遠ざけられると言う、そんな身勝手な王命による結婚でした。
身勝手な結婚にも関わらず、お祖母様は、その才覚で領地を立て直して行きました。
お祖父様は、子が出来ると屋敷には近寄らなくなったそうです。
身勝手な事ばかりしていたので、天罰が下ったのでしょう。お父様が王学を卒業した次の年に、女性に刺されて亡くなりました。
世間向けには、事故死と発表して。
領主を継いだお父様は、お祖父様ほどは酷くありませんが、領主としては足りませんでした。何かあってもお祖母様が助けてくれるだろうと、ほとんど何もしませんでした。
それを危惧していたのでしょう。
わたくしはお祖母様に才覚を見込まれ、教育されました。
いつも『貴女が一人目の孫で良かった』と言っていました。その頃から、既に自分の身体の事を察知していたのでしょう。
お祖母様は、一年ほど前に亡くなりました。
そこからが大変でした。
領地の事が何も分からないと言うお父様とお母様。
わたくしは、未成年でありながら、執務に励み、領地内を走り回るという生活になりました。
しかし、わたくしにはお祖母様と一つ、約束事がございました。
【能力は自分の為に使う事】
お祖母様の、悲願だったのかもしれません。
家族と領地の為だけに、自分の能力を使うのは間違っていると思い、離れる決心をしました。
金銭を多少家族に援助はしても、領地にいてはいけない。
そう思い、魔道具技師を目指すことにしたのです。
しかし、今回。
アルドン侯爵夫妻に能力が知れてしまいました。
いえ、知られたからではありません。
わたくしは、
友だちのため、
いえ……わたくし自身が、
友と肩を並べたいのです。
それには、高い地位が必要です。
「父には、わたくしが卒業後すぐに領主を退いてもらいます。
入学後も執務をわたくしに送り付けてきているのです。その事実と少しの後押しがあれば、領主の座につくのは簡単かと思われます」
「ふーん、その"少し"の後押しを僕にして欲しいって事?」
ジェサイア様の言葉は嫌そうに聞こえますが、顔は口角を上げて『正解』と書いてあるように見えます。
「お願いしたいところでございますが、無理ならばアレクシス王子殿下の戴冠を待ちます」
「いや、してあげるよ。
虫の戴冠なんて待ってられないからね。これから頼みたいことも沢山ある事だし」
ひくっ
失礼ながら、口角が片方ひくつきました。
何をさせる気でしょう。
想像は出来ますが、今は言いません。
先んじて動けと言われると厄介だからです。
聞いておきたい話が、まだ少しございましたので、切り出す事にします。
「もう一つ、伺っても宜しいでしょうか」
「何だ」
ジェサイア様は、先ほどの返答に気分が良いのでしょうか。まだ質問をさせて頂けるようです。
「わたくしが今ここに来なければ、どうなっていたのかを教えて貰えて頂けませんか」
そう言うと、ジェサイア様もカトリーナ様も同じく目を細めました。
こちらの質問も、正解、だったようです。
「卒業後は、アルドンで永久就職だね」
「結婚はして貰う予定でした。貴女の能力を引き継ぐ子が必要でしょうから。それと、エルライン領とは関係を完全に切られたでしょう」
──事実上の、軟禁ですか。
「君の能力は、悪用されれば領地どころか国さえ滅ぶだろう?ここで守られて、必要な時だけ知恵を貸して貰う、そんな所かな」
ジェサイア様の言う通りです。
わたくし、能力について自覚はございます。
お祖母様を遠ざけた先々代王は、何かしらの感が働いたのでしょう。このままでは、自分の地位が脅かされるかも、と。
お祖母様は、わたくしを守ろうと情操教育を沢山してくれていました。
──決して、自ら悪意の方へ行かないように。
「………聞かせて頂き、ありがとうございました」
「へえ、もう良いの?」
「充分でございます。……これからの事を話し合うのは、今ではないと思われますので」
「あら〜。本当に優秀だわ。期待していますよ、"智慧の至宝"の後継者さん」
カトリーナ様はいつものおどけた様子に戻ったように見えましたが、やはり最後まで気が抜けません。
「では、クラリッサ様達が戻る前に、お暇させて頂こうと思います」
「ああ」
「これかも、励みなさいね」
そうして、執務室から退室させて頂きました。
==============
わたくし、これからは逃げません。
お祖母様の出来なかった、自分の為に、自分の意思で力を振るうこと。
アレクシス王子とクラリスを応援するために。
王家と何かしらの因縁があるアンネ様を助ける為に。
武力一辺倒のフィンを補う為に。
わたくし、わたくしの意思で全部やりたいのです。
わたくしの、この能力。
お祖母様から受け継いだ、この力。
この【読み解く知恵】の力で。
前に、進んでみせます───。
結局、真犯人である子爵は小物すぎて出すチャンスを逃しました。スミマセン。
一応、会食に来ていて、ジェサイアとカトリーナの様子を伺っていました。なんの変わりも無かったので、計画は完璧に進んでいると思っていました。
それなのに、完璧に考えられていた予定時間前に急に捕縛され、牢に入れられて終わりです。あらら。
あと一つ。
ナッティも言ってますが、クラリッサやベリルが着けられていた魔道具は、子爵が作った物を模倣して、お母様が作り直した物でした。でも実物を見ていないので、言及を避けました。
しかもクラリッサがつけていた方は、実は時限で効果が消えると言う、隠し機能が付いてました。クラリッサが魔力吸収の陣だけを焼き切って早めに動ける様になったのも、お母様としては誤算でした。あらら。
そんなこぼれ話もありました。
この番外編で、このお話しは完結とさせて頂きます。
アレクシスの視点や聖女の役割など、気になる話もあると思うのですが、別の機会に、と言う事で。
では、また!




