9―1.閑話:約一名大変面倒な者がおります
わたくしはベリル。
クラリッサ・アルドン様の一介のメイドでございます。
クラリッサ様は『ベリルみたいのを忍者っていうんじゃないかな』と、わけのわからない事をおっしゃいます。
ニンジャとは何でしょう。
そのクラリッサ様でございますが、お屋敷にて遅めの昼食をお取りになった後、自室にお戻りになられて、すぐに眠ってしまわれました。
お疲れでございましたからね。
仕方がありません。
毎晩、宿を取っておりましたが、夜は遅くまで、朝は早くと長距離大型魔道車を乗り継いで参りました。
わたくしも多少疲れを感じております。
けれども、旦那様に呼び出されたので行かないわけには参りません。
面倒です。
正直行きたくないです。
しかし、シビれを切らした旦那様に喧嘩を売られても、今の身体の状態では対等に戦えないでしょう。
ふぅ、と一息つき、他の侍従にクラリッサ様をお願いし、部屋を出ました。
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「ベリル。待ちくたびれたぞ。
さあ、虫の報告をしてもらおうか」
旦那様の執務室に入ったとたん、これです。
旦那様は、肘を執務机に置き、両手を軽く目と鼻の間くらいで緩く組み、こちらを睨みつけています。
──また、クラリッサ様に教わった妙な仕草をしていらっしゃいます。
もう戻りたいと思いましたが、こちらが口を開くのを待っていますので、大きめに息を吸い込んで話し出します。
「……虫は、予定より30分ほど遅延して魔道学院を出発した、わたくし達の後方100から500の距離を常に保ち、徒歩あるいは小型魔道車で追走。それを隣接ダルク領テトランまで実行。領界にて魔道車が制止した為、足止め。アルドン領に無許可だと判明後、テトラン警備部が出動し連行されるのを目撃。魔道列車出発まで警戒、尾行は確認できず。以上です」
いちいち蒸し返されるのが面倒ですので、一気に報告してしまいます。
どうせ全部聞き取れてますし。
「ハーッハッハッハッハ!
念のため王家の者を通さない魔道具を仕込んでおいて正解だったな!虫め、今ごろ大結界に異常があったと勘違いして慌てふためいているだろう!」
「はぁ、左様でございますか」
「ハーッハッハッハッハ!!
聞くがよい、この完璧な"虫弾き結界☆小結界にとても似魔道具"を、街道全部に設置してやったのだ!これで虫は我が領地に入れまい!」
「はぁ、左様でございますか」
「ハーッハッハッハッハ!!!
そうとも!この魔道具は、王家とその他をどう判別しているか小結界を解析し、しかも領界に上手く重ねるか沿わせるか合わせるか、研究に研究を重ねた物なのだ!そう、私とカティの愛の結晶なのだ!」
「はぁ、左様でございますか」
──突っ込みたくありませんけど、惚気まで出てきてます。そろそろ逃げてもいいですか。
「ーって!左様左様それしか言えんのかっ!」
「左様でごさいますね」
「それはもういい!虫について他の情報は無いのか!」
「ございません。あれば報告しております」
「ぐぬぅぅぅ……無いのか。ならば下がると良い!」
「畏まりました」
高笑いしながら立ち上がって、力説ごとに妙に腕を上げたり握りこぶしを作りながら、上に上に上がって行って、今は机の上で仁王立ちしております。
あとで奥様に怒られると良いです。
こういうところを目撃する度、クラリッサ様の旦那様を総評した言葉が思い浮かびます。
【超絶イケメンの究極無駄遣い】
さすがクラリッサ様です。
"どんぴしゃ"でございます。
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「ベリル、終わったのね?」
執務室の扉を閉め、少し進んだ先に奥様が待っていらっしゃいました。
元々、奥様に報告をと思ってましたので、声をかけて頂いて良かったです。
「はい。お待たせ致しました」
「あらら。相当絡まれたわね。お疲れさま」
「……奥様も、ご一緒して頂ければと思いますが」
「いやよ〜。もう同じこと何度も聞いてるもの。あと、たまに発散させてあげないとね。わたくしの前では甘えるだけで、奇声や大声なんて出さないし。知っているでしょう?」
「知っておりますが、やられる方の身にもなって下さい」
「ん〜……あなたとの勝負に、あの人がずーっと勝てるなら収まるでしょうけど。あなた、負けるのイヤでしょう?」
──ぐっ……。痛いところを。
わたくし、実は負けず嫌いなのでございます。
旦那様は大規模な魔法が得意で、それこそ殲滅ですとか、大人数を相手にするのは得意ですが、個人戦になると隙が生まれます。
奥様を、当時はお嬢様でしたが、お守りする為に対抗した時に気づいたのですが。
そこで良い勝負をしてしまい、わたくしが勝ってしまってからは、定期的にケンカを売られております。
現在でも勝負は五分五分といったところでしょうか。
「出来ないなら、現状維持ね。この先は、わたくしの部屋で話しましょう。お茶を入れるわ」
奥様の私室に入り、着席するよう仰られたため、いつも奥様がお茶をするために使っているテーブルにつきました。
「さぁ、どうぞ」
侍従でありながら主人の1人である奥様に、お茶を入れて頂くのは恐縮ですが、頂きます。
「ありがとうございます。
……………とても美味しいです」
「今回のも自身作なのよ〜。クラリッサが育てている植物で、ちょっと良いの見つけてね」
奥様は魔道具作成の天才と呼ばれる御方ですが、実際は考察や実験を繰り返し行う、努力の人です。
それがお茶にも行きつき、何かお茶に出来る植物がないかと探し出し、美味しい淹れ方を研究するまで至ってしまいました。
実際に市井に売り出したものもございます。
そして今のように、新しく美味しいお茶が出来ると、ご家族や親しい者に振る舞って下さいます。
──きっと、こちらが奥様の息抜きなのですね。
「さて、本題に入りましょうか」
「……旦那様には、聞かせたくない話ですね」
さらりと奥様の自室内を見渡しました。
奥様の部屋は、かなり防備がしっかりしております。旦那様が魔法や魔道具で強固に守っているからです。
その強固なものに更にもう一枚、薄く壁に沿わせるように消音と防音の結界が張ってあります。
わたくしは今まで何度も見ているので、張ってあるかを見分けるのは簡単なのです。
「そう。ジェシーが聞いたら、何を起こすのか本当に分からないもの。初めての事だし、ね」
「そうですね……ご自分が昔起こした事は棚に上げて、暴走する予感しかしません」
旦那様の、奥様への暴走口説き攻撃は大変なものでございました。
当事を思い出したくもないです。
「クラリスは、アレクシス殿下の事をどう感じているの?あの子の様子を見る限り、嫌がってはいないみたいだけど」
「さすが母でありますね。まだ家族だけの時間を取っていないというのに、わかりますか」
──そう。"虫"とはアレクシス王子殿下の事です。
旦那様に"王子"や"殿下"、ましてや名前を口に出すと、とても面倒な事になるのです。
先程の報告は旦那様に合わせていましたが。
「クラリスの顔を見ればね。悩みなんてなさそうだったもの。覗いたらスピスピ寝ていましたし。
……だからこそ、あの子の心が何処まで動いているのか、あなたの感じた事を聞きたいわ」
──言うか、言わまいか。
少しの間、迷いました。ですが、これからの事を考えれば、伝えなければなりません。
「……お察しの通り、クラリッサ様は殿下に惹かれている様子です。自覚は全くございませんが」
「ふぅ〜……、やはりそうなのね」
「確実だと分かったのは3日前のお茶会の時でございまして。以降は移動となり、旦那様のお言い付けで尾行している殿下に気を回さなければならず。クラリッサ様に気付かれずに通信するという状況も作れませんでした。申し訳ございません」
「そこは、旦那様に気付かれず、でしょう。あの人が何処に盗聴を仕掛けているか、わたくしでも全部は把握してないもの。今この時が最速の報告でした」
旦那様には困ったものです。
奥様に嫌われたくないから、少々手加減してるだけであって、本当は全部知り尽くしたいと考える人です。
奥様が怒る箇所を避けて、奥様が訪れる可能性がある所を盗聴しまくっています。
クラリッサ様のお部屋は奥様の怒りが振り注ぐ場所なので、現在は安心なのですが。
私室の盗聴も、普段はされても許していますが、こうやって魔道具で防がれている間は『聞かれたくない女性同士の繊細な話』をしているのだと、旦那様にやらないと約束させているそうです。
──まぁ、我慢出来なくて盗聴してしまって、奥様が大激怒。奥様の行方が1ヶ月間全く分からなくなる事件もありましたけど。
「まだ恋まで発展していないから平常通りなのね。……あの様子では、進展も遅そうだけど」
「そうなのです。移動中も殿下に頂いたお菓子を食べ終わるまでは変な状態でしたが、その後は全くの通常通りでした」
「あらら……ちょっと殿下に同情するわ。あちらはクラリスの事ばかり考えているでしょうに。クラリスはスピスピ寝てるんですもの。ふふ。
……では、次ね。
アレクシス殿下は、ベリルから見てどのように感じたの?近況報告ではジェシーも一緒ですから、省いた部分もあるのでしょう?」
もちろん、旦那様へは主観のみを報告しております。
報告は双方の姿が映る状態の魔道具で行います。旦那様と奥様が隣あっている状態で、主観以外など話せるわけがございません。
ヘタをすると旦那様が魔道学院に乗り込んできてしまいます。
「王子殿下は、あの2人のお子様とは思えない程、とても良い印象の方です。あのクラリッサ様が直接対面しても警戒していない様子であった事が証拠になるかと」
「そう……。
クラリスの感は精度が良いですから、無意識に心を許しているのでしょう。
…………良い子で、良かったと思うわ」
「奥様……」
昔、王家と色々な事がありました。
次世代には伝播させまいと、飲み込んでいらっしゃるのでしょう。
「さぁ、これ以上は考えません!暗くなりますからね!せっかくクラリスが帰ってきたのです!楽しい事を考えましょう!」
「はい、奥様。クラリッサ様のお友達が1週間後にいらっしゃいます。その件のお話をしましょう」
「いえ、ベリル。それは後日でいいわ。
それより、旦那様がうるさく言ってきたら困るでしょう?今から明後日までの2日間は、短いですが休暇とします。休みなさい、命令です」
──さすが奥様です。わたくしの疲れも見抜いていらっしゃいます。
「畏まりました」
静かに、奥様の私室を後にしました。
お父様とベリルの戦いは、周りは『またやってる』という反応で、日常茶飯時です。
ただし、ケンカではなく戦闘訓練と思われてます。
あと。
元々、ベリルは他国のスパイでした。
あっさりお母様に見破られ、かつ強さに惚れ込んで無理矢理侍従になりました。
その後ちゃんと結婚したりして
クラリッサが産まれた時、クラリッサ付きになりました。
このエピソードを入れる機会があるか分からないので、ここでこぼれ話と言うことで。




