第四十一話 考察
『同盟……ですか?』
愛美が小さく聞き返した。
三滝は腕を組み、冨樫を見据えた。
『俺たちに、何かメリットはあるのか?』
冨樫は、その場にいる全員を見渡した。
『金銭的なメリットはありません。ただ、これから起こるかもしれないトラブルを回避できる可能性はあります』
『トラブルって何だ?』
冨樫は真剣な表情で話し始めた。
『先日の蒲田キャバレーで起きた射殺事件です。
海竜組の若頭が射殺されました。そのわずか10分前まで、国優党の一ノ瀬拓馬議員と、その秘書が現場にいたんです。
さらに、同席していた四葉重工業の役員二人も射殺されています。
しかし、この事件に関する情報は規制され、世間にはほとんど公表されていません。加納瑞穂の件も、事件性なしとして処理される可能性があります』
『それじゃあ……何のために警察があるんだよ!』
三滝が不満をぶつけた。
冨樫は苦い表情を浮かべた。
『残念ながら、今の警察は国家権力の一部にすぎません。内部にいる私自身が、そう感じているんです』
『冨樫さんよ……アンタ、いったい何がしたいんだ?』
冨樫は一度うつむき、それから顔を上げた。
『皆さんも、今回の事件と無関係ではいられないと思います。
海竜組は、円さんと弓弦君を狙っている可能性が高い。逆恨みでしょうね……。農園の放火も、海竜組の仕業だと私は考えています』
『だったら、警察がやめさせてくれよ。分かってんならよ!』
三滝が声を荒らげた。
『簡単にはいきません。警察内部にも海竜組とつながっている者がいます。下手に動けば、こちらの命が危ない』
『警察の中まで腐ってるってことか……』
三滝は吐き捨てるように言った。
冨樫は小さくうなずき、話を続けた。
『それから、もう一つ問題があります』
冨樫の視線が、弓弦へと向けられた。
『キャバレー襲撃事件で亡くなったのは、三人です。四葉重工業の役員二人は、それぞれ三発の銃弾を受けていました。事件後に押収した拳銃の装填残数と、現場に残された薬莢の数も一致しています』
冨樫は、少し間を置いた。
『ところが、海竜組の若頭、菅原夢久が持っていた拳銃は、一発しか発射されていない。薬莢も一個だけです』
弓弦は黙って話を聞いていた。
『菅原が撃った弾は、円さんと弓弦君には当たっていない。そして、菅原自身は撃たれて死亡している』
冨樫は、二人の顔を交互に見た。
『つまり、菅原を撃った薬莢と、菅原が撃った銃弾が、現場から見つかっていないんです』
室内に沈黙が流れた。
冨樫は円に近づいた。
『円さん。どういうことなのか、説明していただけますか?』
弓弦が、すかさず二人の間に入った。
「僕たちに分かるはずないですよね?」
『……ですよね』
冨樫は困ったように息を吐いた。
『それが問題なんです。海竜組は、あの状況に納得していません。警察も説明できず、今も検証を繰り返しています』
すると、さっきが口を挟んだ。
『菅原が撃った銃弾は、空砲だったんじゃないですか? それで、菅原を撃った銃弾の薬莢は、撃った本人が拾って持ち帰ったとか……』
冨樫の表情が変わった。
『あなたは……? どなたでしたっけ?』
『私は出雲さっき。弓弦君と同棲してるの』
「ちょっと、さつき! 誤解されるようなこと言うなよ……。すみません、本当に。ただ、一緒に暮らしているだけです」
円が小さくつぶやいた。
『それを同棲って言うんでしょ……』
弓弦は返す言葉がなかった。
『なるほど……さつきさん、ですね。』
冨樫は少し考え込んだ。
『確かに、その可能性はあります。空砲だったのなら、弾丸が見つからないことにも説明がつく。薬莢についても、誰かが持ち去ったのなら……』
さっきは、何も言わずにニコリと微笑んだ。
冨樫は改めて円に向き直った。
「円さん。撃たれたあの日、あなたの後ろに誰かいましたか?」
円は弓弦を見た。
そして、ゆっくりと目線を外した。
「あの日のことは……よく覚えていません。弓弦君が撃たれたと思って、倒れないように支えたことくらいしか……」
冨樫は小さくため息をついた。
「すみません。私も監視カメラの映像を何度も確認しました。現場の状況は理解しています。
ただ、海竜組は、あなたか弓弦君が菅原を撃ったのではないかと疑っています」
「そんなわけねーだろ!」
三滝が声を上げた。
「こいつらは高校生だぞ。どうやって拳銃を手に入れるんだよ!」
「分かっています!」
冨樫も、思わず声を強めた。
「お二人が撃ったとは、私も考えていません。ですが、海竜組の怒りは、確実にお二人へ向かい始めています」
弓弦は、ふと思い出したように尋ねた。
「冨樫さん。一ノ瀬剛を知っていますか?」
冨樫は、すぐにうなずいた。
「加納瑞穂を追い詰めた張本人ですね。一ノ瀬拓馬議員の長男です」
「だったら、その一ノ瀬剛って奴を事情聴取すればいいじゃねえか」
三滝が口を挟んだ。
弓弦も続けた。
「そうですよ。僕と社長は、今日の午後、瑞穂さんと話をしました。そのとき、本人が言っていたんです。一ノ瀬剛に追い詰められているって……」
冨樫は、静かに首を振った。
「そんな簡単な話ではないんです。相手は国会議員の息子です。それに、警察内部にも問題がある。今の警察を、全面的に信用することはできません」
そのとき、さっきが再び口を開いた。
「だったら、合法的に進めなければいいんじゃない?」
冨樫が、さっきをにらんだ。
「……どういう意味だ?」
さっきは表情一つ変えずに言った。
「一ノ瀬剛を誘拐してしまえばいいじゃないか」
「馬鹿、馬鹿! 何言ってんだよ……!」
弓弦は慌ててさっきを制した。
「すみません……本当に。こいつ、時々とんでもないことを言うんです」
しかし、冨樫は怒るでもなく、腕を組んで考え込んでいた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「さつきさん……でしたよね?」
冨樫は、真剣な表情でさっきを見た。
「なかなかクレイジーなアイデアですが……」
一瞬、言葉を切った。
「……無くはないですね」
弓弦は、思わず冨樫の顔を見つめた…




