第四十話 同盟
三滝社長からの電話を受けた弓弦は、その場に膝をついた。
「えっ……? 昼間はあんなに元気だったのに、どうして……」
『急に容態が悪化したらしい。今から病院に行くが……一緒に行くか?』
「はい! 行きます。今、紀子おばさんの家に、さつきと一緒にいます」
『わかった。迎えに行くから、待ってろ』
電話が切れた。
ゆずるは、しばらく動けなかった。
昼間、瑞穂はベッドに座り、普通に話していた。笑顔さえ見せていたのだ。
それなのに、どうして……。
「どうしたんだ、ゆずる。急に暗い顔をして」
さっきが、不思議そうに顔をのぞき込んだ。
「今日、会った人が亡くなったみたいなんだ。何だか実感が湧かなくて……普通に話してたのに、まさか亡くなるなんて……」
『弓弦が馬鹿だから、死んでしまったんだよ。きっと』
「はあ?」
『会ったときのオーラは、どの程度赤かったんだ? 会ってから数時間で死んだんだろ。赤鬼レベルで真っ赤だったはずだぞ』
「それが……普通だったんだよ。赤いオーラなんて、見えなかった」
さっきの表情から、ふざけた笑みが消えた。
『……それが、どういう意味かわかるか?』
ゆずるは、少し考えて答えた。
「寿命じゃなくて、死んだ……?」
『そう。事故か、誰かに殺されたか……だな』
「殺されたって……。警備の警察官もついていたのに、どうやって殺すんだよ」
ゆずるは、もう一度、昼間の瑞穂を思い出した。
だが、やはり赤いオーラは見えなかった。
自然に訪れる死ではなかったのかもしれない。
そう考えると、胸の奥に冷たいものが広がった。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
『おーい! ゆずる! 行くぞー!』
三滝の声が聞こえた。
「はーい!」
ゆずるは玄関へ走った。
さっきも後ろからついてくる。
『さつきも行くのか?』
三滝が尋ねた。
「駄目だよ、さつきは。警察もたくさん来ていると思うから、見つかったらどうするんだよ」
『そうだな……。さつきは、やめといた方がよさそうだ』
三滝も、さすがに心配そうだった。
すると、さっきが口を開いた。
『マスクとメガネで顔を隠して、メイクすれば結構別人になれると思うけど?』
その言葉に、紀子が後ろから顔を出した。
『大丈夫よ~。私がさつきちゃんにメイクを教えたから。かわいいのよ~、さつきちゃん』
「もういいから……。さつきは待っててよ」
ゆずるは困ったように言った。
すると、さっきがゆずるの耳元に顔を寄せた。
『ゆずる。私がいた方が、死神の能力を有効に使えるかもしれないよ』
ゆずるは考え込んだ。
確かに、自分は死神の能力について、まだ知らないことが多い。
さっきがそばにいれば、何か新しいことがわかるかもしれない。
それに、まどかや愛美、三滝たちを守れる可能性があるのなら……。
「……わかったよ。一緒に行こう。そのかわり、ちゃんとメイクしてね」
『OK! 任せておいて! メイク道具を取ってくる』
「さつき! 車で待ってるよ!」
ゆずるが靴を履いていると、さっきが紀子に声をかけた。
『おばさま、メイク道具借りるね! 明日返しま~す!』
そう言って道具を持ち、車の後部座席に乗り込んだ。
三滝は、心配そうにさっきを見た。
『オイオイ……本当に大丈夫なのか? 警察だっているんだぞ』
『任せて! メイクするから大丈夫よ!』
さっきは楽しそうに化粧を始めた。
ゆずるは三滝に言った。
「信じましょう」
三滝は苦笑いしながら、車を走らせた。
「ゆずる、山王病院って言ってたな?」
「はい、そうです」
〜 山王病院
すでに、まどかと愛美は到着していた。
二人は医師から瑞穂の死について説明を受けていた。
瑞穂は両親が行方不明になっていたため、身元引受人として愛美が対応していたのだ。
三滝とゆずるが病院に着いた頃には、医師からの説明も終わり、関係者が一つの病室に集められていた。
遠藤愛美。
遠藤円。
三滝練児。
大崎弓弦。
出雲殺気。
そして、警視庁捜査一課の刑事、冨樫界。
冨樫は一同を見渡し、静かに口を開いた。
「皆さん、お集まりいただき、申し訳ありません。本日、加納瑞穂さんがお亡くなりになりました。大変お忙しいところ恐縮ですが、どうしてもお話ししておきたいことがありまして……」
三滝が、すぐに口を挟んだ。
「加納瑞穂の死因は何なんだ?」
冨樫は落ち着いた口調で答えた。
「現時点では、薬物の過剰摂取による心筋梗塞が疑われています。ただ、詳しい死因については、まだ確認が必要です」
一同の表情が曇った。
冨樫は、さらに言葉を続けた。
「ただ……不審な点がいくつかあります」
ゆずるは、さっきの説明を思い出していた。
瑞穂には、赤いオーラが見えなかった。
自然に訪れる死ではないとすれば、何者かが関与している可能性がある。
ゆずるは、隣にいるさっきを見た。
化粧をしたさっきは、いつもとは別人のようだった。少し昔のホステスを思わせる濃いメイクだが、もともとの美しさが際立っている。
口元はマスクで隠れているものの、その目元は目を引いた。
さっきが、ゆずるを見て微笑んだ。
ゆずるは、思わず視線をそらした。
そのとき、まどかが尋ねた。
「瑞穂には会えないんですか?」
「今は、少し難しい状況です。ただ、今日はここにいる皆さんに、ご協力をお願いしたくてお集まりいただきました」
三滝が眉をひそめた。
「何だよ……協力って」
冨樫は、一同を見渡した。
「実は私は、警察内部にも、今回の事件に関係している人間がいるのではないかと疑っています」
その言葉に、全員が息をのんだ。
三滝は少し考えてから尋ねた。
「それは……今回の瑞穂の死が他殺の可能性があって、その犯人が警察の人間だって言いたいのか?」
「いえ、そこまで断定しているわけではありません。あくまで、その可能性があるということです」
冨樫は、一度言葉を切った。
「だからこそ、今は私一人で、皆さんとお話ししています」
三滝は周囲を見渡し、冨樫に視線を戻した。
「説明してくれ。それを聞いてから、アンタを信じるかどうか判断させてもらう」
冨樫は軽く頭を下げた。
「当然だと思います」
そして、静かに続けた。
「実は……この部屋は、加納瑞穂さんが入院していた病室ではありません。隣の病室です」
「……えっ?」
一同が驚きの声を上げた。
「部屋の造りも、ベッドの配置も同じです。私がここにご案内したので、瑞穂さんがいた病室だと思われたでしょう」
冨樫は、室内を見渡した。
「なぜ隣の病室を使ったのか。それは、瑞穂さんの病室で盗聴器が見つかったからです。それも、複数……」
「盗聴器だって?」
三滝が声を上げた。
「誰が仕掛けたのかは、まだわかりません。ですが、病室での会話が誰かに聞かれていた可能性があります」
冨樫は、一同の反応を確かめるように間を置いた。
「そこで私は、盗聴器には手をつけず、隣の病室を使うことにしました。そして、隠しカメラを設置しました。仕掛けた人間が、いずれ回収に来る可能性があると考えたからです」
ゆずるは、思わず尋ねた。
「それで……僕たちに何をしろと言うんですか?」
冨樫は、ゆずるをまっすぐに見つめた。
「私と同盟を結びませんか?」
病室に、重い沈黙が流れた。




