第三十七話 死期
「まどか……どういうこと? しばらくウチで面倒を見てほしいって……」
愛美は困惑した表情で、まどかの隣に座る瑞穂を見つめた。
瑞穂は、申し訳なさそうに頭を下げている。
「すみません……私……」
話し始めたものの、言葉に詰まってしまう。
そんな瑞穂を見て、まどかが口を開いた。
「ほっとけなくて……お願い!」
愛美は小さく息を吐き、瑞穂に向き直った。
「それは……ただ、瑞穂さん。もう少し事情を説明してくれる? ご両親はどうしたの?」
瑞穂は、力なく首を横に振った。
「わかりません……。たぶん、もう……」
「どうして、ヤクザに追いかけられることになったの?」
愛美の問いに、瑞穂はゆっくりと顔を上げた。
「元々は……私が馬鹿だったんです。一ノ瀬剛って、わかる? まどかちゃん」
「ああ……あいつね」
まどかは、思い当たる節があるように頷いた。
「あいつに言い寄られてたんだけど、私は相手にせず無視してた。無理でしょ、あんな暴力野郎。何をやっても、親が政治家だから先生たちもびびって何もしてくれない。高校内のあだ名が『ラフキング』……裸の王様ってわけ。あいつは最低な奴だった」
「無視してれば……駄目だったの?」
瑞穂が尋ねると、まどかは首を横に振った。
「そんなの無理だよ……」
瑞穂は、うつむいたまま話を続けた。
「ウチのお父さん……一ノ瀬に根回しされて、会社をクビになってしまって……。再就職先も、ことごとく先回りされて……。お父さんは半分、鬱状態になって、行方不明に……。お母さんも同じように姿を消したんです」
「そんな……政治家って、そんな権限があるの?」
まどかも信じられないという表情で聞き返した。
「わからない……。でも、一ノ瀬にそう言われたんです」
瑞穂の声は、次第に小さくなっていった。
そのときだった。
「……あれ? 瑞穂、何だか左目が痙攣してるわよ」
まどかが、瑞穂の顔をのぞき込んだ。
「ごめん……まどか……ちゃん……。ああっ……!」
突然、瑞穂が頭を抱えて苦しみ始めた。
「瑞穂ちゃん! 大丈夫? どうしたの!」
愛美が慌てて駆け寄り、倒れそうになる瑞穂の身体を支えた。
「クスリ……」
瑞穂が、かすれた声でつぶやいた。
目の焦点が合わず、身体が激しく震えている。
「瑞穂ちゃん!」
瑞穂の口元から白い泡があふれた。
「私を殺せ……早く……殺せ……」
うわ言のように、同じ言葉を繰り返す。
「まどか! 救急車! 早く呼んで!」
愛美の声が響いた。
まどかは瑞穂の身体を支えながら、袖をまくり上げた。
「……やっぱり」
その腕に残る痕を見て、まどかの表情が険しくなった。
「愛美さん、冨樫界って刑事さんに相談しましょう。多分、何とかしてくれる」
「……わかったわ。私から連絡してみる」
愛美は、苦しむ瑞穂を見つめながら、急いでスマートフォンを取り出した。
瑞穂は、まだかすれた声で繰り返していた。
「……私を殺せ……」
その言葉が、部屋の中に重く響いていた。
〜弓弦の家〜
「ゆずる。そろそろ、死神についてわかってきたようだな……」
さつきが、弓弦に声を掛けた。
「死神の魂について、僕に説明していないことがあるんじゃないか? さつき」
さつきは、少しだけ微笑んだ。
「やっと気づいたか……ゆずる」
「さつきは、死神の魂は無敵だって言ったよね。僕に向けられた刃は、その刃を振り下ろした者に返る……」
「それは説明してあったな」
さつきは、いつもの席に腰を下ろした。
「ああ。実際に経験したよ。無敵の力を……。でも、死神の力よりも気になっていることがあるんだ」
「何だ?」
「僕の目に見える、あの赤い光は何なんだよ?」
さつきは、弓弦の顔を見つめた。
「それは死神の目だ。赤い光に覆われた人間は、死期が近い」
「死期……?」
「遠藤明生を見たときにも、見えただろう?」
「確かに見えたよ。でも、あれが死神の能力だなんて思わないだろ、普通」
「そうかもな。説明されたところで、よくわからないだろうと思った。だから説明しなかったんだ」
弓弦は、少し考え込んでから尋ねた。
「この赤い光は、消せるのか?」
「運命は変えられるのか、ということか?」
「そういうことだ。こないだの発砲事件で死んだヤクザ……あいつは赤く光っていなかったんだ。つまり、死期が突然訪れたってことだろ? だったら、死ぬはずじゃなかったってことなのか?」
さつきは、静かに首を横に振った。
「寿命と事故は別なんだ」
「別……?」
「病気は、死期を覚悟する時間がある。その分、恐怖と向き合う時間も長い。事故や自殺は突然だ。後悔する暇さえないまま、命を落とすこともある」
「わかるよ……」
弓弦は、以前の自分を思い出していた。
あの屋上で、死ぬことしか考えられなかった自分を。
「突然の死を迎えた者の中には、未練を残して成仏できず、魂がさまよい続ける者もいる」
さつきの言葉を、弓弦は黙って聞いていた。
やがて、弓弦はさつきの顔を見つめた。
「……さつきが、少し赤く光っているのは……一年くらいで死ぬってことだよね?」
さつきは、いつもの調子で答えた。
「そうだ。私より早く死ぬ人間は、私より赤い色が濃い。比較すれば、わかりやすいだろ?」
弓弦は、さつきの身体を包む赤い光を見つめた。
死期が近い人間がわかる。
けれど、それが見えたからといって、その人を救えるとは限らない。
自分には、いったい何ができるのだろうか……。
弓弦は、まだ答えを見つけられずにいた。




