第三十四話 回想
『好きです』
弓弦は、耳を疑った。…
まさか…自分の事を好きだと言ってくれる人が現れるなんて…涙が出るほど嬉しかった。
「緑ちゃん…」
弓弦は言いかけて言葉を飲み込んだ。
説明出来ない感情は、押さえきれない喜びと、大きな波で押し寄せる後悔と言う念が悲しみとなった。
『ゆずる君…返事はしないで。』
「えっ?…」
『私…かわいいわけじゃないし、ゆずる君と過ごした時間も短いから、今すぐ私の事を好きになってなんて言わない。…』
…
緑は笑って
『ただ、私はゆずる君の事が好きだから…富士市に自分の事を好きでいてくれる緑って女の子がいたな〜って、覚えてて…、じゃないと…私に勝ち目がないから…』
…
『それまで、友達になって下さい。私はもう二度と〝好き〟とは言わない。いつかゆずる君から好きと言ってもらえるまで…』
弓弦は少し微笑んで…
「ありがとう緑ちゃん…僕は人に好かれるなんて経験を今までした事がなかったから…自分も恋愛感情がよくわからない…、それでも、友達ができた事はとても嬉しいよ。」
『じゃあ…友達になってくれるの?』
「もちろんだよ…僕の短い人生に友達ができて良かった…」
『今までより、これからだよ!私もゆずる君に好きになってもらえるように頑張るよ!』
「そうだね…これからだ…。」
弓弦は考えていた…
人に好きだと思いを伝えられる日が、いつか自分にも来るんだろうか?…屋上から飛び降りる勇気は…勇気とは言わない、衝動だ。
緑ちゃんが与えてくれたチャンスは、余りにも純粋であり、勇敢だ…
頑張って生きてみよう…
残された人生を、素直に勇敢に…
今、僕にできる事はそれしかない。
緑を駅まで送り、家までの道のりは今まで見た事のない街を歩いているようだった…
この時、弓弦はまだ知らなかった。
自分が今、追いかけている雫の過去が、すでに何年も前から始まっていたことを…
〜 神田 常世神社 初詣
静岡大学4年の有村 忠志は、教育学部に通う学生だった。
4月から、教員として地元の小学校で働く事が決まり、わざわざ東京の常世神社まで祈願に訪れていた。
参拝に来ていた、山田 逸子と、出会ったのも、ちょうどこの頃だ。
忠志が、主祭神を祀っている社殿を回り
境内にあるいくつかの祠にも、一つずつ挨拶をして行った。
…その時、祠の横にうずくまる女性を見つけ声を掛けた。
『大丈夫ですか?』
女性は小さな声で、
『すみません…急にお腹が痛くなってしまって…』
と、辛そうな顔で答えた。
『僕にお手伝いできる事はありますか?』
と、優しく問いかけた。
『ありがとうございます…大丈夫です…すみません…』と、小さな声で答えた。
全然大丈夫そうじゃない…
忠志は、周りを見渡した。
『あっ…社務所、、』
忠志が、社務所に連絡しようと、その場を離れようとした時、
忠志のスラックスの裾を女性が掴んだ。
『えっ?…』
その時、女性の手は血で真っ赤に染まり…
力無く倒れた。
『大丈夫ですか…!誰か!!救急車!…救急車を呼んで下さい!!』
人が集まってくる、忠志は彼女を支えた、
お腹あたりから出血しているが、傷口は見えない…忠志は着ていた、シャツを脱いで丸めてお腹に当てがい止血しようとした。
女性は痛そうに顔をシカメてた…
忠志の白いシャツは赤く染まって行く…
程なくして、救急車が到着
忠志も一緒に救急車に乗せられた…
忠志もなぜ着いてきてしまったのかよくわからない…、病院に到着するとすぐに手術室に運び込まれた。手術室の前に座って待っていると、
看護師が近づいてきて、『身内の方ですか?』と、聞かれたが、〝違います〟とだけ伝えて待っていた。
結局…手術が終わったのは夜中の24時を回っていた…
そのまま、病室に運んで医師達は帰って行った…
〝待ってんだから…なんか言ってけよ…〟そんな気持ちでベンチに座り込んだ。
1人の看護師が、
『山田 逸子さんのお付きの方ですか?』
その名前が、運び込まれた彼女なのかも分からず…『はい…』と、うなずいた。
看護師はカルテのようなモノを見ながら、事務的な説明をして、帰って行った。
忠志が説明で理解できた事、
・刃渡15cm程度の鋭利な刃物で刺された
・キズは深いが、内臓の損傷は奇跡的に少ない
・命に別条は無い
・持っていた免許証から親族に連絡を試みたが繋がらなかった。
明日本人と話し、事件性があるなら警察に連絡するとの事で、どうにも気になって帰るに帰れない…。そのまま待合室のベンチで、夜を明かし…面会時間を待ち会いに行ってみた。
本人はベッドで横になっていた。
『あの〜、すみません…昨日常世神社でお会いした有村 忠志と言います。』
逸子は忠志の顔を見ると…
ハッとして…
『あっ…すみませんでした!!昨日は…私、ついズボンの裾を掴んでしまって…』
『いや〜、全然大丈夫です…僕は、
それよりも怪我は大丈夫ですか?…』
『すみません…おかげさまで大丈夫です、痛みはありますけど…』
『まあ…それは、そうでしょうね…』
『あっ…そう言えばシャツ、すみませんでした!止血に使ってしまって…弁償します。』
『イヤ、シャツはいいんです、あんなボロ…それよりも、ご家族には連絡付きましたか?』
『私は…両親共に亡くしていて…身内と呼べる人が居ないので…』
『そうでしたか…それはお寂しいですね、』
『忠志さんでしたっけ?…』
『あっ…ハイ、有村忠志です。』
逸子はベッド横にある、カバンに手を伸ばした。忠志はそれを見て、カバンを取り渡した。
『ありがとう、』
逸子はカバンに手を突っ込んで、何かを探し出した。
白い封筒…
『なんですか?それは…』
逸子は封筒から、一枚の紙を取り出した。
『コレを貰いに行ってたんです。常世神社に…』
忠志は微笑んで、
『あ〜、御朱印ですか?…』
逸子は首を横に振った。
『コレは、魔札と言って生命のお守り…結界みたいな意味合いのお札なんです。』
『はあ…魔札ですか…』
『忠志さんは、いろいろ聞かないんですね…お優しいのかしら、』
『はあ…臆病なだけですよ。』と、苦笑いする。
『私を刺したのは誰?…ですよね?聞きたい事は…』
忠志は唾をのんだ。
『あ〜、そうだね…、確かに気になってます。』
『私を刺したのは、死神よ。…』




