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25 元商人の娘の望み1

ようやく、尋問の日がやってきた。

招集されたガブリエル子爵とダニエル男爵は火事への関与をを否定したものの、集められた証拠や、3人の王子たちの厳しい目もあり、火事の罪を問われることとなった。ガブリエル子爵とダニエル男爵は、領地と爵位の取り上げという重い処分がくだされることになった。


そして、予想されていた通り、パーク派とそれに近しい貴族の犯行ということもあり、パーク家の令嬢とアランの婚約は取り消しとなった。




ヴェルドとともにアランの部屋で待っていたエルのもとに、ヴェルドの使者がやってきて、尋問の結果を告げられた。エルは、ネルにも伝えなくては、と思うと、ヴェルドが止める声も聞かずに、アランの部屋から飛び出した。






ネルを探してお城の中を走り回っていると、人気のない中庭の噴水の縁に、シェリーが静かに座っているのが見えた。エルは、彼女の姿に足が止まった。そして咄嗟に、物陰に身を隠した。


「(…そうか、事件が明るみになったということは…)」


エルは、喜びの気持ちから一転、シェリーの気持ちを思うと胸が痛んだ。彼女はずっとアランが好きで、その思いがようやく実りそうだったのに、父親の件でそれが白紙になってしまったのだ。


「(…私がこの事件を暴かなければよかった?)」


エルは彼女を思うと胸が痛み、そんなことが頭に浮かぶが、それではネルの妹が帰ってこない、ということをすぐに思い出して、何とも言えない気持ちになる。

昨日パーク侯爵が言っていたように、彼が権力を握ったほうがこの国は栄えていたのかもしれない。けれど、たくさんの人の命を自分の権力のためにないがしろにした彼を肯定するのは正しいとは言いたくない。エルは、もう何が正しいか分からずに眉をひそめる。


シェリーの前に、マシューがやってきた。マシューは、やあ、とシェリーに声をかけた。シェリーはどこか気の抜けた様子で空を見上げた。


「…アラン殿下と結婚するために、今日まで頑張ってきたのに……」


シェリーはそう呟く。エルは、そんな彼女の言葉にまた胸が痛む。お城を去ろうとしていたあの日、幸せな彼女にあんなに醜い嫉妬をしていたのに、自分のことなのにエルは自分の気持ちがわからなくなった。


「ああ、知ってる」


マシューはそう返す。シェリーは空を見上げたまま、ぼんやりと息を吐いた。


「あなたも、お父様が主犯だってそう思ってるんでしょう?」

「どうだろうね。まあ、証拠がないからさ」

「…私、知ってたのよ、火事のこと。事件が起きる前からずっと」


シェリーはそう呟くと、ぽつりと涙を一粒頬にこぼした。


「お父様が、エル・ダニエルを殺そうとしてるって、私わかってた。でも、エルお姉様に教えなかった。…私は結局、好きな人よりも父親に逆らえないの。昔からそうよ」


そう言うと、シェリーはさらに涙を零した。苦しそうに嗚咽を漏らしながら、両手であふれ出る涙をぬぐった。


「だから私、せめて自分にできることをって、アラン殿下の気を引いたのよ。見た目も性格も、誰よりも可愛くなって、頑張ったのよ。私のことをアラン殿下が好きになれば、エルお姉様は助かるからって…」


マシューは、黙ってシェリーの方を見ていた。シェリーは、うっ、うっ、と声を漏らしながら、また涙をぬぐった。


「あの男が、私のことを好きになればよかったのよ。他の男達みたいに。そうしていたら、エルお姉様は死ななかった…!」


わあああっ、とシェリーはとうとう泣き崩れた。エルは、シェリーの泣き声を、どこか遠い人の話のように聞いていた。

マシューは、じっとシェリーを見下ろした。


「それは間違っている。アランは悪くないよ、ちっとも」


マシューはそう言った。そんなマシューを、顔を上げたシェリーが睨んだ。


「それならなに?私が悪いというの?守れなかった私が…!」

「もちろん君も悪くない。悪いのはガブリエル子爵とダニエル男爵。今回の尋問でそう決まった」

「…そういう話をしていないのよ、私は!」


シェリーは苛立った様子でマシューを睨んだ。そんなシェリーを、冷静な目でマシューは見つめていた。


「そんなことを言い出したら、みんな悪いよ。エルなんか居なくなればいいと思ってた奴らも、アランを自分の都合の良いように使おうとした奴らも、他にもたくさん、みんな悪いってことになる」

「…だから、私はそんな話がしたいんじゃない!!」


シェリーは声を荒げた。そして、大粒の涙をこぼしながら、ボロボロの顔で叫んだ。


「なんでこんな終わりなの?!こんな結末になるのなら、どうして…何のためにエルお姉様は死んだのよ…ねえ…!私は…何のために…今日まで…自分を削ってまで……こんなこと………っ」


シェリーは声を枯らしながら泣き叫ぶ。マシューは、そんなシェリーを哀れむような目で見た。


「…君だって、都合よく消耗されたうちの一人だ。…しばらく休んだほうがいい」

「………」


シェリーは、歯を食いしばると、立ち上がってマシューの前から去った。マシューはシェリーの背中をしばらく見つめたあと、ため息をついて、そして歩き始めた。その時、エルはマシューと目が合った。


「わあ、エリィ!」


マシューは目を丸くしたあと、エルのそばに近寄った。エルは立ち上がって、頭を下げた。


「どうしたの、そんなところで」

「あっ…ごめんなさい、たまたま通りすがってしまって…盗み聞きをするような形になってしまって…」


エルはそう、暗い顔で謝った。マシューは笑顔で、やだなあ、と手を振って笑った。


「そんな、自分ごとみたいな顔して聞いちゃって!同じ顔だからって、感情移入しなくっていいんだよ?」

「……」


マシューの言葉に、エルは、は、はい…、と呟いた。マシューはエルを見つめてから、空を見上げた。


「…いい天気だね。もうすぐ春が来る」


マシューは、眩しそうにそう目を細める。エルは、マシューにつられて空を見上げて、そうですね…、と曖昧に返した。


「…さてと、そろそろ行かなくっちゃ。今回の件でまた忙しくなりそう」


マシューは、じゃあね、とエルに手を振ると去っていった。エルはマシューの背中にお辞儀した後、気持ちが重くなりすぎて、しばらく頭を上げられなかった。









頭も心も足取りも重いまま、エルはネルを探した。この結末の中でも、きっとネルだけは喜んでくれている。だからそんな彼女の顔が見たい。自分は間違っていなかったとそう思いたい。そんな虚ろな気持ちで、エルはネルだけを探し求めた。


歩き続ける中で、どんどん空を雲が覆った。そして、ぽつりぽつりと雨が振り始めた。嫌な天気だと思いながらも、エルはネルを必死で探した。


するとようやく、エルはネルを見つけた。中庭と廊下がつながる場所で、ネルは呆然と立ち尽くしていた。エルは安心から口元が緩んで、ネル…と彼女の名前を呼んだ。


するとネルは、どこかへ無心で走り出した。エルは目を丸くして、彼女の行く先を目で追った。

彼女は真っ直ぐに一人の男性に体当たりのような形でぶつかった。その男性は、パーク侯爵だった。ネルにぶつかられたパーク侯爵は、その場に倒れ込んだ。彼の胸には、短剣が刺さっていた。


周りにいた人たちから悲鳴が起こった。傍にいた貴族や従者が、パーク侯爵の周りに集まり、彼の状態を確認した。誰かが、死んでいる…、と声を漏らす。ネルは、そんな周りを見下ろした後、呆然と空を見上げた。


「お前…っ!」


パーク侯爵の従者が剣を取り出し、そして、躊躇なくネルの胸にそれを突き刺した。ネルは避けることもせずそれを受け入れた。そして、ネルもその場に倒れ込んだ。


「ネル…」


エルは、倒れた彼女に向かって走った。そして、地面に両膝をつけて、虚ろな目で空を見上げる彼女を覗き込んだ。彼女の胸からは血が流れ続けており、彼女の身体はだらんと力なく横たわっていた。


「なんで…どうして…」


エルは、ネルの瞳を見つめながら震える唇で言葉を紡いだ。エルは目の奥から涙を零した。涙の雫が、雨に打たれるネルの頬に落ちた。


「言ったじゃない…、ここを出たら、一緒に暮らそうって…、他愛のない話をして、笑おうって…」


もうほとんど力の残っていない様子のネルは、エルの方に視線を移した。そして、馬鹿かよ…、と弱々しく吐き捨てた。


「……私は…あんたみたいに……お気楽には生きられない……」


ネルはそう言うと一度目を閉じて、そしてまたエルの顔を見上げた。そして、ゆっくりエルの頬に自分の手を伸ばした。彼女の瞳が真っ直ぐにエルをとらえる。


「……エ…ル……」


ネルの指先がエルの頬をかすった瞬間、ネルの腕はだらんと力なく落ちた。彼女は力なく目を閉じて、呼吸をやめた。エルは、ネルの頬を両手で包んだ。


「だめ、だめだよネル、死なないで、お願い、お願いだから…!」


エルは、冷たくなっていくネルに覆いかぶさるようにして彼女に縋った。ぬかるんだ地面も厭わず、地面に這って彼女に体を寄せて、エルは幼い子供のように声を上げて泣いた。

そんなエルを、パーク侯爵の従者が蹴飛ばした。エルは地面に倒れ込み、そして自分を蹴った相手を見上げた。


「邪魔だ」


従者はそう吐き捨てると、もう一人の従者と共にネルを乱雑に抱えて歩き出した。エルは無我夢中でネルを追いかけて、そして、ネルを連れて行ってしまう従者の足に縋った。


「やめて、お願い、ネルを連れて行かないで…!」

「なんだお前は」


従者はまたエルを無情にも蹴り飛ばした。エルは頬に鈍い痛みと、口のなかに血が広がるのを感じながらも、必死に従者の足に縋った。従者は面倒くさそうに舌打ちをした。


「これ以上邪魔するならお前も殺すぞ」


従者はそう言うと、ネルをもう一人の従者に預けて剣を取り出した。エルはそれでも彼の脚から離れなかった。騒動に駆けつけたほかの貴族たちが小さな悲鳴を上げるのがエルの耳に入った。


「やめなさい!!」


そんなロゼの声がした。しゃがんでエルの肩を抱き、従者を睨んだ。従者は、ロゼの登場に慌てて剣をしまい、深々と頭を下げた。ロゼはエルの体を引っ張り、従者の足から離れさせた。


「彼女は私の知り合いよ」


ロゼはそう毅然とした態度で言い放った。エルは、ロゼを安堵の気持ちで見上げた。


「早くその罪人を連れていきなさい」


ロゼは従者にそう指示した。エルは、自分の目の光が消えるのを感じた。

従者は、はい、と畏まって返事をすると、ネルを連れて行った。エルはよろよろと立ち上がり、ネルを追いかけようとした。しかし、ロゼがエルを抱きしめて止めた。


「やめなさい、もうこれ以上は」

「でも…でもネルが…」

「仕方がないじゃない、あんな蛮行を働いてしまったんだもの」


ロゼはエルの両肩を掴んで必死にそう説いた。エルは虚ろな目でロゼを見た。ロゼは眉をひそめて、悲しそうに口元をゆがめた。


「…あんな馬鹿なことをする子だったなんて…」


ロゼは目を伏せて、そう苦しそうに言った。ロゼの傍にロゼの侍女がやってきて、彼女に傘を差した。エルは雨に打たれながら呆然と立ち尽くしてロゼを見つめた。


「…ネルは…どうなるんでしょうか…」


エルの質問に、ロゼはまた眉をひそめた。


「わからない…、けれど、もうこのまま他の死んだ罪人と一緒に埋葬されておしまいじゃないかしら」

「そんな…そんなの駄目です…妹がもうすぐで帰ってくるのに…そこにネルがいないなんて…」


エルはそう言ってまたネルを追いかけようとした。ロゼはそんなエルをまた止めた。


「…何の話かはわからないけど、とにかく落ち着いて!」

「どうした、ロゼ」


エドワードの声がした。声の方を見ると、アランとラインハルト、そしてエドワードがこちらにやってきていた。ロゼは、殿下…、と声を漏らした。


「パーク侯爵が暴漢に刺されたと聞いてやってきたんだが」


ラインハルトがそう周りを確認しながら言った。ロゼが、はい、と頷いた。


「彼女の友人が刺しました。その友人はその場で刺し殺されて、それで今、彼女が混乱していて…」

「…アラン殿下…」


エルはロゼから離れて、アランのそばに向かった。そして、縋るような目で見上げた。


「お願いします、どうか、どうかネルを助けてください…!このままじゃ、彼女がどこかへ行ってしまう…!」


エルは必死の思いで頭を下げた。アランは、辛そうにエルを見下ろす。アランが何か言いかけた時、駄目だ駄目だ、とエドワードが、一蹴した。


「上流貴族を平民が刺殺した重大な事件だ。甘い判断などしては風紀が乱れる」

「そのとおりだ。大体なんだお前は、平民のくせに図々しい態度で」


ラインハルトはエルを怪訝な目で冷たく一瞥した。エドワードは呆れたようなため息をつくと、エルのほうを怪訝な目で見た。


「お前は、平民でも分別のある方だと思っていたんだがな」


エドワードはそう軽い失望のこもる声でエルに吐き捨てた。エルは呆然とエドワードを見つめる。雨が地面を叩きつける音が耳に響いて頭痛がする。


「(…分別って…なに…?誰か…教えて…)」


エルは深い息を吐くと、アランから距離を取り、そして力なく頭を項垂れた。

体中雨に打たれて、泥だらけで、蹴られた頬は赤く腫れて、口からは血が流れている痛々しいエルの姿に、ロゼがたまらずに彼女の手を引いた。


「ほら、一度落ち着いたところで手当てをしましょう。ね?」


ロゼは3人の王子に失礼いたします、と頭を下げると、エルの手を引いて足早に去った。エルは呆然とただロゼにされるがまま歩いた。



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