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24 宿屋の主人の手紙2

エルは、アランとヴェルドとともに、アランの出した使いが戻ってくるのを待った。すると、夜中に使いの者が、顔から血を流したルーナを連れて戻ってきた。

どうやら、ダニエル男爵から殺されそうになり、既のところで屋敷から逃げ出したところを、アランが送った使いに保護され、そしてそのまま城へ連れてこられたようだった。


医者がアランの部屋に来て、ルーナの傷を手当てした。左目を大きく切られており、傷に包帯を巻かれた後も痛々しさは隠せなかった。


「いったいどうしてこんなこと…」


エルはルーナに尋ねた。前々から気性の荒い叔父だったけれど、こんなことまでするとは、とエルは動揺していた。ルーナはペンを取り出すと、文字を書いた。


「(文字を読めるようになっただろうと、問い詰められた)」


エルは、ルーナの文字を読んだあと、ルーナの方を見た。ルーナはまた文字を書いた。


「(喋れない、文字が読めない、だから生かしてやっていた、と言われた)」


アランは、口元に手を当てて少し考えたあと、ルーナの方を見た。


「…君が話せないのは、病気が原因だったか?」


アランの質問に、ルーナは少し戸惑ったあと、頭を横に振った。そして、文字を書いた。


「(母親から薬を飲まされて、それから話せなくなった。両親が自殺する直前のことだった)」


ルーナの文字に、エルは息を呑んだ。アランはまた少し考えた後、ルーナに向けて話しかけた。


「…君の父親の手紙はあるか」


ルーナはアランの言葉に頷くと、ポケットからしわくちゃになった紙を取り出した。アランは、読んでもかまわないか、と尋ねて、ルーナが頷くと、その手紙を受け取って目を通した。


「何と書いてある」


ベッドで横たわるヴェルドが尋ねた。アランは一通り読んだあと、ルーナの方を見た。ルーナはこくこくと頷いた。アランは手紙に目を落とすと、ゆっくり読み始めた。


「…愛するルーナへ。この手紙を君が読む頃には、私もマーサもこの世にはいないだろう。君は世間から殺人犯の娘だと後ろ指をさされていないだろうか。それが気がかりで仕方がない。けれど、こんな結末にしかできない私を、どうか許してほしい。この宿屋は昔から、多額の借金をしていた。そんな中で、あの悲惨な火事が起きた。そのすぐ後に、借金を今すぐ全額返せと取り立てられた。借金を返す当てがなくなった私は、待ってほしいと許しを請うた。そうしたら、領主様がやってきて、この火事の犯人として名乗り出るのなら、借金を帳消しにすることを約束された。断れば家族の命が危なかった。だから、それを飲むしかなかった。そうしたら今、ダニエル卿がやってきて、私とマーサに、事件の責を負って命を断てと迫ってきた。もう時間がない。けれど君だけは守りたい。だから毒薬によって君の声を奪う選択をした」


ルーナは、黙って手紙の内容を聞いていた。アランは、手紙を読み続けた。


「君は文字を読めない。そして声もなくなった。そのおかげで命は助かりそうだ。だからどうか、生き延びてほしい。もしもいつかこの手紙を読める日が来たのなら、君のお父さんとお母さんは決してあの宿屋に火をつけたわけではないのだと、君だけにはわかっていてほしい。だからどうか、」


アランはここで読むのをやめた。そして、手紙から顔をあげて、ここで終わっている、と言った。

ルーナは瞳に涙をためて、ぽつりぽつりと頬に伝わせた。そして、手でその涙をぬぐった。


「…つまり、あの宿屋の主人は、火事の犯人の濡れ衣を着せられていた、と」


ヴェルドはそう言った。そして、あの宿ある町の領主…、と考え込んだ。


「…ガブリエル子爵…は、パーク派の人間だな。恐らくパーク卿からの命令だな」

「その辺りを調査したらなにか出てくるかもしれない」


アランはそう言うと、兄さんたちに相談してみるか、と言った後、息を吐いて腕を組んだ。


「…それにしても、この事件にダニエル卿まで関わっているなんて…」


アランは苦々しい顔で眉をひそめた。


「…あの日、生家へ帰るというところから、全て仕組まれていたということだったのか…」


アランはそう言うと額に手を当てて黙り込んだ。ヴェルドは、考えても仕方ないぞ、と声をかけた。


「とにかく君は、ラインハルト殿下とエドワード殿下に協力を仰ぐんだ。早急にこの件にかかわった奴らを尋問にかけて、この件を終わらせるんだ」


ヴェルドは、しっかりしろ、とアランに声をかけた。アランはヴェルドの方を見て、…そうだな、と言うと部屋から出た。

ヴェルドは、ルーナの方を見てため息をついた。


「…外部にこの事件のことを漏らすことのできない存在だからこそ、命を助けられていたというわけか。…結局、ダニエル卿の妻にさせられて、監視させられていたわけだが」


ヴェルドの言葉に、ルーナは表情を曇らせる。エルは、ルーナの傷跡を見て、目を伏せる。


「……私が、文字を教えてしまったから……」


エルがそう罪悪感から声を漏らすと、ルーナがエルの手を握った。そして、エルの目を見つめたあと、文字を書き始めた。


「(あなたのおかげで、手紙が読めた。手紙がきっかけでこの事件が明らかになれば、私は自由になれる。それになにより、私があなたに出会えた)」


エルはルーナの文字を読み終わると、ルーナの目を見た。ルーナは微笑むと、エルに抱きついた。エルはルーナを抱きしめ返しながら、…はい、と頷いた。









アランが2人の兄にこの一件を話せば、2人とも快く調査の手伝いをしてくれることになった。

3人の王子が調査を進めさせれば話はどんどん進み、様々な証拠も見つかり、この事件に関わったガブリエル子爵と、ダニエル男爵が尋問にかけられることとなった。


しかし、主犯だと睨んでいたパーク侯爵の証拠は見つからなかった。配下の貴族たちにすべてをやらせ、自分には足がつかないように用意周到にしていたのだろう、彼を尋問にかけられるような証拠はなく、今回の件で彼は不問ということになりそうだと、ヴェルドからエルは告げられた。


ただ、証拠はなくとも、パーク派の貴族が第三王子の前婚約者が死亡した火事の事件に深く関わっていたことが尋問で認められれば、パーク家の令嬢とアランとの結婚は白紙にせざるを得なくなるだろう、ということだった。


そして、城内で起きたヴェルドへの刺傷事件についても、パーク侯爵が関与した証拠は見つからず、その上、調査が始まってすぐに刺した男の死体だけが見つかった。

アランは、ヴェルドのことを思って調査を進めることを望んだが、ヴェルド本人がこれ以上は無駄だとそれを拒否したため、ここでその事件は幕引きとなった。






そして、明日が尋問の日となった。夕方、エルはアランの部屋の書斎の窓から外を眺めていた。エルは身の安全のために、ヴェルドはこの事件の話し合いのために、この件が収まるまではアランの部屋に身を寄せることになっていた。

マイクはエルがアランの部屋にいることにぐちぐち言っていたが、ヴェルドが、俺が見張っておく、と言ったおかげで、多少彼の溜飲は下がったようだった。


エルは窓の外に、掃除をするネルの姿を見つけた。エルは、ネルが気が付かないか窓から試行錯誤してみたが、彼女は気付きそうになかった。エルは、いてもたってもいられずに、こっそりアランの部屋から抜け出した。


ネルのいる場所に向かうと、ネルはエルの姿を見て目を丸くした。


「あんた…底なしのバカだな。なんで自分が身を隠してるのかわかってんのか?」


ネルは心底呆れたようなため息をついた。エルは、だ、だって…、と苦笑いを漏らした。


「明日が尋問の日だって思ったら…あなたと話がしたくって」


エルは、ネルと直接話せたのがうれしくて、心が余計に浮足立った。ネルはため息をまたついたあと、とりあえず隠れなって、といって植木の陰にエルを引っ張った。よく見るとここは、ネルがよく情報収集していた会議室のそばだった。

エルは、しゃがみこんだまま、隣りにいるネルを見た。


「…とうとう明日、事件のことが明らかになるのね」

「…まあ、主犯は裁けないようだけどな」


ネルはそう言って空を見上げた。エルは、それは…そうね、と目を伏せた。


「でも、パーク侯爵もこの件でかなり力を失うし、何も報いを受けないわけじゃない。それにこの件が故意の火事だってわかれば、また調査が進む。ヴェルドが、ネルの妹さんの件も調査するようにしてくれるって、そう言ってた」

「ああ、聞いた。あいつ、良いやつなのか悪いやつなのかよくわからんな」


ネルはそう言い放った。エルは、そんな彼女に小さく笑ったあと、じっとネルの横顔を見つめた。


「…ねえネル、この件が済んだらあなた、どうするの?お城にいつづけるの?」

「ああ…どっかいくよ。この事件が解決したらこんなとこにいる理由もないし」

「なら!…なら、私と一緒に、港町に来ない?」


エルはおずおずとネルに尋ねた。ネルは、はあ?と素っ頓狂な声を上げた。エルは慌てて、ほら、と言った。


「この件の調査が進んだら、私の遺体が宙ぶらりんになっちゃうでしょ?そうしたらなんとなく顔が同じ私が怪しくなるじゃない?だから私も、尋問が済んだらすぐ港町に帰ろうと思ってるの。だから、…妹さんの件が済んだらあなたもここを去るのなら…その、一緒にこれから生活しない?って、その…誘ってるの……」

「……」


ネルは驚いた顔でエルを見つめた。エルは、いいと思わない?と続けた。


「前にみんなでしてたみたいな豪華なお茶会はできないけれど、でも、時々2人でお茶とクッキーを食べたり、毎日他愛のない話をして笑ったり…。それに、海がきれいでね、とってもいいところなの!だから…」


返事をしないネルに、話し続けていたエルがとうとう口ごもると、ネルは、ふっ、と吹き出した。エルは、笑うネルを呆然と見つめた。ネルは笑ったままエルの方を見た。


「あんたってほんとうに、お気楽だな」

「わ、…悪かったわね…」

「…まあ、考えとくよ」


ネルはそう言って空を見上げた。エルはそんなネルの横顔を見つめて、じわじわ口元を緩めると、前向きにお願いね、と彼女の腕を揺すった。ネルは、はいはい、と軽くあしらうようにエルに言った。そんなネルに、エルはまた笑った。


「本当に…どいつもこいつも馬鹿ばかりだ……

!」


急に、会議室からパーク侯爵の怒鳴り声が聞こえた。エルとネルは話すのをぴたりとやめた。


「いてもしょうがない貴族と平民どもが死んだだけの事件で私の野望がついえる?あり得ない…そんなことあってはならない…!」


パーク侯爵は激昂した様子で机を勢いよく叩いた。傍にいたローレンス伯爵が、お、落ち着いてください…、と窘めた。


「パーク卿は何の罪にも問われません。ガブリエル卿とダニエル卿が罪をかぶってこの件は手打ちです」

「しかし私の娘と王子との結婚は白紙になった!それでは意味がないのだ!!」


パーク侯爵は苛立った様子で呻いた。


「私を排除したら国益を損なう!周りの国々は戦争を起こす流れになっているというのに、それに乗り損ねてはこの国は弱くなる一方だ!私の娘を第三王子の妃にして、私をこの国の中枢にいさせることこそが、今の、そして未来の国民のためになるのだ!エドワードといい、それが全く分かっとらんやつらばかりだ!!あの邪魔な婚約者を消したことを、周りは感謝するべきなのだ!!それを何の役にも立たん平民を巻き添えにしただけでこんなに大ごとにされて…!!」


パーク侯爵が、壁や机に当たっている音が聞こえた。それをおびえながらローレンス伯爵がなだめている声が聞こえる。

エルは、恐る恐るネルの方を見た。


「…犯人とは認められなくても、彼はそれなりの制裁は受けている…だから、これが最善……よね?」


エルは確かめるようにネルに尋ねた。ネルは無表情で空を見上げたまま、そうだな、と心ここにあらずの様子で返した。

エルはネルが心配で、何かを言いかけたけれど、ネルは、そろそろあんた、戻ったほうがいいよ、と言って立ち上がった。そして、ネルはエルを見下ろした。


「送っていく。ほら行くよ」

「ね、ねえネル…。妹さんが帰ってくるのがあなたの本当の望み…よね?」


なぜかエルは咄嗟にそんなことを、不安な気持ちでそう尋ねた。ネルはエルを見つめたあと、不自然なほど自然な笑顔で微笑んだ。


「そうだよ」


ネルはあっさりとそう言うと、ほらはやく行くぞ、とエルをせかした。エルはネルの返事に少し安心して、うん、と言うと立ち上がった。


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