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24 宿屋の主人の手紙1

アランとヴェルドの話を聞いたその日の夜、エルは一睡もできなかった。

朝日が窓から差し込んでようやく、エルは重たい体をソファーから起こした。そして、扉を開けて書斎を出て、ヴェルドの眠る寝室に向かった。


ヴェルドはベッドで眠っていた。そのそばにあるソファーで、アランも眠りについていた。エルは2人を静かに見つめた後、寝室の扉を閉めようとした。すると、目を覚ましたヴェルドが、エルの方を見た。エルはヴェルドと目が合うと頭を下げた。


「あの…よかったです、無事で、…その、本当に、助けていただいて…」

「どこが無事だ、どこが。こんな状況ではしばらく寝たきりだ。仕事もできやしない」

「……」


エルは、ネチネチと嫌味を言う彼になぜか少し安心しながら、ゆっくり彼のそばに向かった。

なぜ彼が自分を助けたのか、昨晩の二人の会話で何となく察したエルは、どんな顔で彼を見たらいいのか分からずに戸惑った。けれど、お礼はちゃんと伝えなくてはと思い、エルは改めて頭を下げた。


「本当に…ありがとうございました」

「……」


ヴェルドは機嫌悪そうにエルから視線をそらして窓の外を見た。エルは頭を恐る恐る上げて、ヴェルドの横顔を見た。


「…火事の件、調べることになるぞ」

「……」


エルは神妙な顔つきでヴェルドを見た。ヴェルドは、ちらりとソファーで眠るアランを見た後、お前の友人に伝えたほうがいいんじゃないか、と言った。エルは、…はい、と頷いた。


「…あれ…」


すると、アランが眠たそうにまぶたを開けた。そして、エルの姿を見ると少し目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。


「…おはよう。具合はどうだ」

「…あの、良くなりました。その、ありがとうございました」


エルはアランに頭を下げた。アランはゆっくり起き上がると、エルを見上げて少しだけ安心したように微笑んだ。そんなアランを見つめて少しだけ目を伏せたヴェルドは、それで、と口を開いた。


「調べる当てはあるのか?俺の証言だけでは証拠にならんぞ」


ヴェルドの言葉を聞いて、アランはエルをちらりと見た後、ヴェルドに、おい、と声をかけた。


「この話は、2人の時に話そう」

「こいつも無関係じゃない。あの事件の後処理みたいに殺されそうになったんだ」


ヴェルドにそう言われて、アランは、それはそうだが…、と少し納得いかなさそうに眉をひそめる。ヴェルドは、それに、と続けた。


「こいつの友人が、あの火事で家族を亡くしたらしい。そういうわけで、こいつはまったくの無関係じゃない。話に入れてやれ」


アランは少し黙った後、小さくため息をついた。そして、口元に手を当てて少し考えた。


「…とりあえずパーク卿のあたりの調査を入れてみるか。兄さんたちもたぶん協力してくれるはずだ」

「ラインハルト殿下とエドワード殿下が?」


ヴェルドが少し怪訝そうな顔をした後、何か納得したのか、ああ…、と呟いた。


「2人とも、俺とパーク卿の娘が結婚するのを止めたいだろうし、喜んで協力してくれそうだ」


アランは苦笑いを浮かべる。王になりたいラインハルトと、パーク派が力を持つことを嫌がるエドワードは、この事件の解明には乗り気になるだろう、という算段らしい、とエルは察する。

エルは、2人を交互に見た後、あの…、と口を開いた。


「…前に教会で会った、その、ルーナ様…ダニエル卿の奥様が、……その火事の宿屋の娘さんらしいんです」


エルの話を聞いて、アランとヴェルドは同時にエルの方を見た。エルは目を伏せて話を続けた。


「彼女、父は火事なんか起こしてないって…信じてほしいって……。次会うときに、彼女の父が彼女に残した手紙を持ってきてくださるって、約束しました。私に、その手紙を読む手伝いをしてほしいからって」

「……」


アランはエルの言葉に、腕を組んで考え込んだ後、ヴェルドの方を見た。


「…それなら、早めにこちらから彼女を迎えに行ったほうがいいな」

「そうだな。すぐに使いを出そう」


ヴェルドはそう言って体を起こそうとしたが、傷口に激痛が走ったのか顔をゆがめた。アランはそんなヴェルドの肩を押してベッドに寝かせると、俺が準備する、と言って、部屋から出ていってしまった。


エルはヴェルドと二人きりになった部屋で、なんとなく居心地が悪くて、寝室から出ようと歩き出した。すると、ヴェルドが、おい、と呼び止めた。エルは、ぎこちなく振り向いた。


「は、はい…」

「水をもってこい」

「あっ、はい」


エルは急いで部屋の中にある水差しを取りに行った。そして、ヴェルドのそばに戻り、彼のためにコップに水を注いだ。ヴェルドはそれを受け取ると、ゆっくり水を飲んだ。

エルはその横顔をじっと見つめた。すると、こちらを向いたヴェルドと目が合った。エルは驚いて肩を揺らした。ヴェルドは不機嫌そうにエルを睨んだ。


「一応言っておくが、俺はお前が今も昔も大嫌いだからな」

「…わかってます、そんなこと…」

「……」


ヴェルドはエルを今一度睨んだあと、窓の外を見た。そして、小さくため息をついた。


「…お前がいると、わかりやすく生き生きするな」

「……え?」

「2度も助けてやったんだ。俺の夢をあきらめてまで、だ。…まあ、お前が生きてよかったと思っているか知らんが、とにかく、事件解決のために尽力しろよ」


ヴェルドはそうエルに言い放った。エルはそんなヴェルドを見つめる。ヴェルドは怪訝そうな顔で、なんだ、とエルに言った。


「…生かしていただいてよかったって、…心から思っています。最初に助けていただだいたときから、ずっと。私があの町で大切に思える人たちと出会えたのも、ここで大好きな人たちに出会えたのも、その人たちとこれからも一緒にいられるのも、あなたのおかげだから。貴族から平民に落ちたこと、あなたからは惨めに見えるかもしれないけれど、でも私にとっては、かけがえのない人たちにたくさん出会えた、奇跡みたいな出来事だったから」


彼には、憎むに足るような様々な仕打ちを受けたけれど、けれど感謝の気持も持っていた。ひと言では言い切れない彼への感情に、エルは戸惑いながらもまた深い感謝の気持を込めて頭を下げた。


ヴェルドは不機嫌そうにエルを一瞥したあと、また窓の外を見た。


「…あの使用人にも、当初の予定とは違う方に話が動いたと伝えるべきだな」

「じゃあ、私、話してきます!」


エルはそう言って部屋から出ようとした。すると、馬鹿やめろ!とヴェルドが怒鳴った。エルが驚いて振り向くと、大きな声を出したからか、傷口を痛そうに押さえるヴェルドが見えた。


「あ、あの…」

「……お前、…刺されそうになったのを忘れたのか?不用心に出てくな…」


ヴェルドにそう言われて、…ご、ごめんなさい、と謝ると、エルはすごすごと先ほどいた立ち位置に戻った。ヴェルドは、呆れたような顔をしながら、痛む傷口に、ぜいぜいと辛そうな息を漏らしていた。










他の王子に話をして、協力を得られることになったアランが部屋に戻ってきた時、ヴェルドからネルにもこの話を伝えたいという申し出をした。

アランは使いを出してネルをアランの部屋に呼んだ。


ネルは事件を解決する方に話が向かったことにひどく驚いていた。他の二人の王子も加わり、今はルーナの手紙を待っているのだと知ると、へえ、とひと言つぶやいた。

アランとヴェルドが寝室で他にどこを調査するかの相談をし始めたので、エルはネルと書斎で二人きりになった。


「やっぱり、私たちだけの時とはスピード感が違うね」


ネルはそう呟く。エルはネルの横顔を見た。ネルは書斎にある窓を眺めて、いい景色の部屋にいるね、と言った。


「…平民の力はこんなもの…って、こと…かな?」


エルはおずおずと尋ねる。ネルは、ちらりとエルを見て、まあ、と背伸びをした。


「私はあんたとの探偵ごっこも楽しかったよ、わりとね」

「探偵゛ごっこ゛ね」


エルはネルの言葉に苦笑いを浮かべる。ネルは、くつくつと笑った。エルはそんな彼女の笑顔を隣で見上げて、つられるように笑う。


「これできっと、事件の真犯人がわかって、パーク侯爵や事件に関わった人たちがきちんと断罪されて、そして、あなたの妹さんが家族のもとに帰ってくる」

「そんなうまくいくかね」


ネルがそう、軽く笑う。エルは、できるわよ、と笑顔で返す。ネルはそんなエルを見つめて小さく口元を緩めると、また窓の外を見た。もうすぐ春が来る太陽の日差しが、暖かくふたりに窓から差し込んだ。



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