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23 侯爵と王子様1

アランに運ばれて、ヴェルドはアランの部屋にきた。城の医者が呼ばれて、懸命な治療が行われた。


ヴェルドが治療されている間、エルはアランの部屋の書斎にいた。扉の外が騒がしいのを聞きながら、エルは床に膝を抱えて座って、うずくまっていた。

ふとした瞬間に、先ほどの出来事がフラッシュバックした。自分を刺そうとする男、刺されたヴェルド、止まらない血、冷たくなっていくヴェルド。もしもこのまま、彼が目をさまさなかったとしたら。自分を庇ったせいで、彼が死んでしまったとしたら。

エルははっと息を呑んだあと、また膝に顔を埋めた。深呼吸を何度も繰り返して自分の気持ちを落ち着かせようとしながら、エルはヴェルドの無事を祈ることしかできなかった。








どれほど時間が経っただろうか、エルはぼんやりと薄暗くなった窓の外を見た。すると、書斎の扉がノックされた。返事をすると、アランが入ってきた。アランは、床に座り込むエルを見て、少し辛そうに眉をひそめた。


「…とりあえず、治療は終わった。一命は取り留めた、けれど後はヴェルドの体力と気力次第…ということだった」

「……そうですか…」


エルは、ヴェルドの命がつながったことにとりあえず安堵した。アランはすっかり狼狽するエルを見て眉をひそめたあと、まずは着替えだな、と言った。


「着替えはもうすぐマイクが持ってくる。そうしたら部屋の風呂を使ってくれ」

「……」


エルは、アランにそう言われて、ヴェルドの血がついたままの自分の格好を見た。その瞬間、またさっきの光景を思い出して、心臓がいきなり速い鼓動を打ち始めた。エルは口元を両手で覆い、肩で息をした。

アランはエルのそばでしゃがむと、エルの背中を擦った。エルは息を切らしながら、額から汗がにじむのを感じた。 


「…とりあえず、今日はここに泊まるといい」


アランはエルにそう諭した。エルは返事をする余裕がなく、ただただ荒い呼吸を繰り返した。アランはそんなエルを見つめて背中をさすっていた。


「殿下、これは一体……」


エルの着替えを持ってやってきたマイクが、顔を青くしてアランとエルのいる部屋を覗いた。アランはマイクを見上げて、黙って顔を横に振った。マイクはエルの姿に嫌そうな顔を一瞬したものの、通常ではないエルの様子を見てさすがに気の毒に思ったのか、え、エリィさん…、と声をかけた。


「とにかく着替えてください。立てますか?」


マイクはエルの肩を支えてエルを立たせた。エルはされるがままふらふらと立ち上がり、マイクに連れられて浴室に向かった。








浴室で体を洗って、エルはマイクの持ってきた服に着替えた。エルはしばらく呆然と、髪から滴り落ちる水滴を眺めていた。


「一体何があったのか、エリィさんに聞きましょう」


浴室の扉から、そんなマイクの声が聞こえた。


「ヴェルド様がお城で刺されるなんて、とんでもない事態です。早く犯人を探さないと…」

「わかっている。わかっているが、あの状況の彼女に聞けないだろう」


アランはそうマイクをたしなめる。マイクは、でも…、と何か言いたげに口籠る。


「とりあえず俺は、兄さんたちに話してくる。ここに彼女の分の食事と、それと何か寝具も持ってきてくれ」


アランはそうマイクに言いつけた。するとマイクは、えっ!と嫌そうな声を漏らした。


「まさか殿下、エリィさんをここに泊める気じゃありませんよね?!」

「仕方ないだろ。彼女には書斎を使わせて、俺は寝室にいるヴェルドの傍にいるから、変な心配はするな」


アランはマイクに有無を言わせない口調で、頼んだぞ、と言い残すと部屋から出た。マイクは、納得いかなさそうにぶつぶつ何かをつぶやいた後、部屋から出た。


エルは、2人が出ていった後、浴室から部屋に出た。濡れた髪のまま、ゆっくり部屋を歩いた。そして、寝室に眠るヴェルドのそばに来た。ヴェルドは静かに横たわっていた。青白いその顔をエルは見つめる。


「…なぜ、私を助けたの…」


エルはそう呟く。あんなに邪険にして、嫌って、憎んでいたのに、それなのになぜ2度も彼は自分を助けたのか。ましてや自身の体を張ってまで。

エルは、わけがわからなくて頭痛がした。エルはそのままヴェルドの眠るベッドのそばでうずくまり、両ひざに顔を埋めた。するとまた、ヴェルドが刺された瞬間がフラッシュバックして、エルは身震いをさせた後、目を固くつむった。






「こんなところにいたのか」


声がして、はっと顔を上げたら、部屋に戻ってきたらしいアランが寝室の扉のそばで立ったままエルを見下ろしていた。エルはアランから目をそらすと、申し訳ありません、と力なく謝った。


「…勝手に、寝室に入ったりして…」

「それはいいから。夕飯にしよう」


アランはそうエルに優しく話しかけた。エルは、食事が喉を通りそうになく、ごめんなさい、と頭を振った。


「なら、もう今日は休むといい」


アランはエルのそばでかがんで、エルと目を合わせた。エルは視線を落とすと、はい、と頷くと、よろめきながら立ち上がった。すると、夕飯の食事を並べていたらしいマイクが、扉から顔をのぞかせた。


「エリィさん、ヴェルド様を刺した犯人の顔に、見覚えはありませんか?どんな人物でしたか?男?女?何歳くらい?」


マイクはそう、エルに問い詰めた。エルは、マイクの質問に言葉を詰まらせた。

ヴェルドを刺した犯人は、パーク氏の命令による犯行だということは明らかだけれど、でもそれを言っても良いのかエルにはわからなかった。

あれほどアランを国王にすることに執心していたヴェルドにとって、パーク侯爵がヴェルドを刺した主犯だと知られることはよくないだろうことは、エルにわかっていた。この罪が問われたら、アランとシェリーとの結婚が予定通り進められるかわからなくなるからだ。

返事に困るエルの前にアランがマイクからかばうように立った。


「もう少し落ち着いてからにしろと言っただろ」


アランはそうマイクを咎めた。マイクは、だって…、と納得いかなさそうに呟く。アランはエルの方を見て、今日はもう寝たほうがいい、と促した。エルはぎこちなく頷くと、アランの書斎に向かった。

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