22 元令嬢の初恋の成れの果て1
国王の葬儀は国家総出で行われた。お城は一定の期間国民にも開かれて、平民たちも弔問に訪れることを許していた。そのため、毎日たくさんの人が後ろへ訪れた。争いを好まず、平和を守った優しい国王は、民から広く愛されていたことを表していた。
国王の葬儀が終わりしばらくしてから、エルは本当に久しぶりに教会を訪れた。すっかり冬となった季節に、外は寒く、エルは凍える思いでなんとか教会にたどり着いた。
エルはいつものように、彼の国へ行ったミシェルの幸せを祈った。
父親である国王の葬儀にも、彼女は帰ってこなかった。体調不良だそうだけれど、エルは何があったのかと不安になる。しかし、彼女がどうしているのかを知るすべなどエルは持っていなかった。
お祈りを終えて中庭に出ると、そこになんとルーナがいた。エルは久しぶりに会えたことがうれしくて、ルーナに駆け寄った。
ルーナはエルの姿に気がつくと、目をまるくしてエルに抱きついた。エルもルーナを抱きしめ返す。
ルーナはエルから離れると、紙に何か文字を書いた。エルはそれを読んで、少し動揺した。
「(もう来てくれないのかと思った)」
ルーナの不安を、エルは慌てて頭を振って否定した。エルは、これまで自分がなかなか休みを取れなかった事情を彼女に説明した。ルーナはエルの話を聞くと安心したように息をついた。
「ごめんなさい、なかなかここに来られなくて」
エルは、説明を終えた後もまた改めて彼女に謝った。ルーナは、頭を振って小さく口元を緩めた。
「(あなたまで、私の前からいなくなってしまうのかと思った)」
ルーナの言葉に、エルは表情を強張らせた。彼女の過去に何かあったのだろうか、エルは詳しくは分からないけれど、彼女にも抱えるものがあるのだと知り胸が痛くなる。
「不安にさせて、ごめんなさい」
エルは、ルーナの手を握り謝る。ルーナは、エルに触れられた手を見つめてしばし考え込んだ。エルは、ルーナの不穏な様子に胸騒ぎがした。
しばらくの間のあと、ルーナは意を決した顔でエルを見上げた。そして、紙に文字を書いた。
「(今まであなたに言えなかったことがある)」
エルは、その文字を読んでから、ゆっくりルーナの目を見た。そして、口には出さずに紙に文字を書いた。
「(言いたくないことは言わなくてもいい)」
エルは文字を書き終えると、ルーナの目を見て微笑んだ。ルーナはそんなエルの目を見つめて唇を緩く噛んだ後、また文字を書いた。
「(あなたになら、打ち明けられる。私の父親の手紙を読む手伝いをしてほしい)」
ルーナの文字に、エルは、もちろん、と当然のように答えた。ルーナはそんなエルに真剣な眼差しを向けたあと、どこか緊張した様子で文字を書いた。エルは、ルーナの書いた文字に心臓が大きく脈打った。
「(私の父親は、数年前に火事が起きた宿の主人)」
エルは、ルーナの目を見た。ルーナはエルの反応をうかがって、どこかおびえた様子でいた。
「(みんな、私の父親が犯人だという。でもそれはちがう。私の父親はそんなことしない)」
ルーナは、エルの表情を見つめる。どうやら、あの火事の犯人の娘である自分に対して、エルがどんな反応をするのか不安がっているようだった。エルは、動揺しながらも真っ直ぐにルーナを見つめた。ルーナはまた文字を書いた。
「(父親が、死ぬ前に私へ書いた手紙がある。それを読む手伝いをしてほしい。知りたい。パパがどんな手紙を私に残してくれたのか)」
ルーナはそう書き終えるとエルの方を見た。エルは、心臓の鼓動が速く脈打つのを感じた。
この手紙に、もしもあの火事の真相が書いてあったとしたら。そうしたら、この事件の解決への大きな一歩になるかもしれない。エルはルーナの目を見つめて、もちろん、と頷いた。ルーナは安心したように微笑むと、次会うときに手紙を持ってくる、とエルに告げた。
ルーナと別れて、エルはネルのもとへ走った。早くこの朗報をネルに伝えたかったからだ。ルーナの父親の手紙にこの事件の犯人について書いてあるかもしれない。そうしたら、大きな証拠となるにちがいない。そうすれば犯人の究明の手がかりとなり、ネルと約束した、妹をネルの家に帰すことが叶うかもしれない。
お城へ戻り、ネルを探して歩いていたら、前方から歩いていた令嬢に、あら、と声をかけられた。顔を上げて声の主を見ると、リズがいた。
「あっ…お、お久しぶりです…」
エルはリズに頭を下げた。彼女に会うのは久しぶりだった。
リズは怪訝そうに眉をひそめたあと、小さく息をついた。
「…ほんと、とんでもないことがあったみたいね。ヘレナ様も素晴らしい方だと思っていたのにあんなことをするなんて…」
リズは頬に手を当てて悲しそうに眉をひそめた。エルは何も言えずに黙り込む。リズは、それよりあの男よ、と憤慨する。
「女の格好をして女のふりをするなんて、本当に信じられないわ。あの男のこと、前から少し気に食わなかったけど、私の勘は正しかったのよ!」
リズはそう言って嫌そうに唇を尖らせる。エルは、ただただ黙って彼女の言葉を聞き流すしかなかった。
リズは黙り込むエルを一瞥すると、あなたもよ、と吐き捨てた。
「ヘレナ様の知り合いと顔が似てるかどうかしらないけど、平民のくせにずうずうしい態度で。ほんとうに嫌いよ、あなた。お父様に言いつけておくから」
リズは、そう言ってエルが怯えるかどうかの反応を楽しそうに伺った。しかしエルは無表情で黙り込んでいた。そんなエルを見てリズはまた不機嫌そうに眉をひそめると、さようなら永遠に、と言い捨てると、エルを置いて去っていった。
リズから離れてネルの担当している掃除の場所へ向かうと、エルはネルがヴェルドと何かを話している姿を見かけた。予想外の光景に、エルは咄嗟に足を止めた。
「ね、ネル…?」
そう声を漏らすと、エルに気がついたネルが、ああ、と声をもらした。ヴェルドはネルと話すのをやめて、エルの方を見た。エルは訝しげに2人を見た。
「…一体2人が、何を話していたの?」
「建設的な話だ」
ヴェルドがそう答えた。エルは怪訝そうにヴェルドを見上げたあと、建設的な話?と首を傾げた。エルは、ヴェルドの事が信用ならなくて、咄嗟にネルの方を見た。
「ねえネル、一体あなたたち、なんの話をしていたの?」
「…」
ネルはエルから目をそらした。エルは、ネルの不可解な態度に胸騒ぎがした。するとヴェルドが、おい、とエルに話しかけた。エルはネルの異変に動揺しながら、気が気じゃないままヴェルドを見た。ヴェルドはいつもの冷たい、憎しみすら伝わるような目で、エルの方をじっと見据えていた。
「お前、俺と結婚しろ」




