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21 愛する人へ3

アランから離れた後、エルは時間もなく、そして当てもないのにメリーベルとフィリップスが幽閉されている建物のそばまでやってきた。建物を見上げて、エルはどうしたらいいのかわからずに立ち尽くす。


「…あなた」


声をかけられて、振り向くとエミリーがいた。エルは目を丸くしたあと、走ってエミリーのそばに駆け寄った。そして、彼女の腕をしがみつくようにつかんだ。


「お願いします、お願いします、どうか助けてください…!メリーベル様とフィリップス様に会いたいんです…!ヘレナ様から預かった手紙がここにあります。それを渡せたら、何かが変わるかもしれないから…だから…!」


エルはそう、エミリーに必死に訴えた。エミリーは表情をこわばらせると、エルから目をそらすように目を伏せた。断られる、と察したエルは、ゆっくり肩を落とした。


「…ハリソン公爵もお怒りでしたものね、…そう、ですよね…」


エルはそうか細い声を漏らした。エミリーはそんなエルに、お父様のことは関係ないわ、と言った。エルは、それじゃあ…、とエミリーを縋るように見た。しかしエミリーは、暗い声で話し始めた。


「…これ以上あの人たちに肩入れするのはおやめなさい」


エミリーはそう言うと、エルの手を優しく払った。エルは呆然とエミリーを見た。


「…ラインハルト王子もエドワード王子も、このことは重く見てる。周りの貴族たちも厳罰を望んでいる。ハーン侯爵家の責任は重く問われるでしょうし、彼らは家から追い出されることでしょう。彼らの処遇はもう決まったようなものよ。あなたもだまされていた側なのよ。もう彼らに関わるのはやめなさい」

「……」


エルは、エミリーの瞳を見つめる。エミリーの諦めた表情に、エルは唇をかみしめる。


「…でも、好きだから…」


エルはそう声をこぼす。エミリーは、え、と呟く。


「それでも私は、メリーベル様とフィリップス様のことが好きだから。男だとか女だとか、そういうことは問題じゃなくって、…いいえ、本当は大事なことかもしれない、でも私は、…私はただ、優しいあのお2人が、こんな私と仲良くしてくれたあのお2人が、好きだから、大好きだから、だから助けたい…自分にできることがあるのなら、何かをしたいんです…!」


エルはそう、涙をこらえてエミリーに訴える。エミリーはエルの目を見つめて、目を丸くする。


「…エミリー様は、…許せませんか?」

「……」


エミリーは目を伏せる。そして、私は…、と呟く。エミリーは目に涙をためながら、唇を強く噛むと、ああもうっ!!とエルをきっと睨みつけた。


「許せなかったら、こんなところに来ないわよ!!」


エミリーは、そう眉をひそめて怒った。大きな瞳から涙をこぼし、私は、私は…、と唇を震わせた。


「…許せなかったら、これであの人を諦められたら、どんなによかったかって、ずっと、ずっと悩んで……」

 

エミリーは、手で涙をぬぐった。エルは、エミリー様…、と呟いた。

エミリーはエルの腕を掴むと、いくわよ!と歩き出した。エルは、はい!と返事をすると、エミリーと一緒に歩き出した。















ハリソン公爵家の令嬢が、双子の部屋の前にいる兵士に話せば、簡単に部屋にはいることができた。

2人の部屋は殺風景で、ベッドが2つと、小さなテーブルと椅子があるだけだった。


「…エリィに、エミリー…」


椅子に座って窓の外を見ていたメリーベルが、驚いたような顔をした。メリーベルの隣に座っていたフィリップスも、突然の訪問客に驚いた顔をしていた。エルは、メリーベル様、フィリップス様…、と言って2人に近づいた。そして、メリーベルに、ヘレナから預かった手紙を渡した。

メリーベルは一度エルの目を見ると、手紙を開けた。一通り読んだ後、顔をしかめて、手紙を閉じた。エルは、メリーベルの目を見て、彼女がどうするのかを緊張した気持ちで待った。しかしメリーベルは、眉をひそめて頭を振った。


「…断る、とヘレナ様に伝えてもらえるか」

「えっ…」


エルは目を丸くした。フィリップスはメリーベルの方を見た。メリーベルは暗い顔で、全部ヘレナ様の指示だったと証言しろって書いてある、と呟いた。フィリップスは神妙な顔をして、そうか…、と呟いた。

エルはメリーベルを見て、でも…、と言った。


「ヘレナ様にきっとお考えが…」

「一人で罪をかぶって、この話を終わらせる気だよ」


メリーベルが暗い顔で言った。エルは、どうしていいかわからずに口をつぐむ。

エミリーは、メリーベルの方を見て、お待ちなさい、と声をかけた。


「ヘレナ様は同盟国の姫君よ。悪いようにはされない。…それよりあなたたちよ。家を追い出されて、平民として暮らすことになるわよ?家にだってペナルティが課される。…ヘレナ様のご厚意に甘えた方が…」

「それはできない」


メリーベルは、そうはっきりと言った。エミリーは口を噤んだあと、…もうっ!!ともどかしそうにメリーベルに怒った。

フィリップスはメリーベルを見ると、口元を小さく緩めた。


「…平民になっても、…まあなんとか暮らしていけるさ」

「無理よ!そんなのできっこない!!」


エミリーはそう声を荒げる。


「これまで貴族として暮らしてきたのに、今更平民になんかなれっこないわよ!!どうやって暮らしていくの?!そんなことしたら…野垂れ死んでしまう…!!」


エミリーはそうフィリップスに声を上げる。フィリップスはそんなエミリーを見つめる。エミリーはフィリップスと目を合わせると、息を呑んで目を伏せた。


「…ありがとう、エミリー。こんな私に会いに来てくれて」


フィリップスはそう、優しくエミリーに話しかけた。エミリーは目を伏せて固まる。フィリップスはそんなエミリーを優しい目で見つめる。


「…私はずっと、死にたかったんだ」


フィリップスの言葉に、エミリーは顔を上げた。フィリップスはエミリーの目を見て少しだけ微笑んだ。


「こんな身体に生まれて、苦しくて。…だから兄と入れ替わって騎士になって、そこで戦死がしたかった。名誉の死なら、すこしでもこんな自分に、生まれた価値ができると思ったから」

「…」


エミリーは瞳を揺らしてフィリップスを見つめる。フィリップスは、でも、と続けた。


「エミリーが私を好きだと言ってくれて、あなた自身のことを私に教えてくれて、私のことを知ろうとしてくれて、…こんな風に人に好かれて、そして自分も人を好きになって、そうしてこの世界で生きていけたなら、それはきっととても素敵なことだったんだろうなって、…そう憧れた。これまでのこと、本当にすまなかった。でもありがとうエミリー。…どうか私のことを忘れてほしい」


フィリップスの言葉に、エミリーは唇を震わせる。眉をひそめて、エミリーは顔を伏せた。

この部屋に重く静かな時間がしばらく流れた時、扉の開く音がした。なんと、ハロルドがこの部屋にやってきたのだ。 

フィリップスは、ハロルド…、と彼の名前を呼んだ。ハロルドは部屋を見回すと、なんだか賑やかだな、と厭味ったらしく言った。メリーベルは、怪訝そうに眉をひそめると、ハロルドの方を一瞥した。


「…何の用だ」

「おやおやメリーベル、いやフィリップスだったか?生意気な態度のお前の結末が、平民落ちだと聞いて笑いが止まらないぜ」


ハロルドはそう笑いながらメリーベルに言い放った。メリーベルは、もう相手にするのをやめたのか、ハロルドから視線を外した。ハロルドはメリーベルの態度を自分に屈服したのだと理解したのか満足そうに笑った。


「ヘレナ妃も、馬鹿なことをしたな。お前たちに肩入れしたせいでラインハルト殿下とは離縁させられるんだろ?殿下は早速新しい結婚相手を楽しそうに探しているらしいぜ。まあ、子供の産めない王妃なんて、何の価値があるのかわからんからな。まあ、お似合いの結末だな」


ハロルドはそう嘲笑しながら言った。メリーベルは、ヘレナのことを悪く言われたことが許せないのか、ハロルドを睨みつけた。


「口を慎め。そもそもヘレナ様は僕たちのことに何も関係ない」

「お前の方こそ口を慎めよ。お前はもう平民に落とされるんだ。貴族様への口の利き方を教えてやろうか?」


ハロルドはそう、メリーベルに凄んだ。メリーベルはハロルドからは目を逸らさず睨み返す。

フィリップスは、メリーベルの肩を叩き、もう相手にするな、と言った。メリーベルは小さく息を吐くと、ハロルドから目線を外した。

ハロルドはフィリップスの方を見て、余裕のある顔で、おい、と呼びかけた。フィリップスは眉をひそめてハロルドを見た。


「…なんだ、ハロルド」

「ハーン侯爵家も、このままじゃただでは済まないらしいな。お前らのせいで名家がどえらい目に遭ったな」

「…」


ハロルドの言葉に、フィリップスは表情を曇らせる。そんなフィリップスを見て、ハロルドは口元を緩める。


「それに、お前ら双子は平民として野に放たれるんだ。つまりそれは、死ねと言われたのと同然だな」

「……なんとか生きていくつもりさ」


そう返すフィリップスに、ハロルドは馬鹿にしたように笑う。


「生きていく?んなことできるわえねえだろ。平民として、貴族だったお前らが生きていけるわけない。平民かどんな暮らしをしているのか知っているのか?藁の上で寝て、今日食うものさえない生活だ。耐えられるのか?」

「…」


ハロルドの煽りに、フィリップスは黙る。ハロルドはそんなフィリップスを見て、ふん、と鼻で笑う。


「俺は優しいからな、哀れなお前たちに救済案を持ってきてやった」


ハロルドはそう、フィリップスを見下した目で見てで言った。


「お前を俺の愛人にしてやる」


ハロルドの言葉に、エミリーとメリーベルは息を呑んだ。ハロルドはフィリップスにゆっくり近づくと、高圧的な目線を送った。フィリップスはただじっとハロルドを見つめていた。


「平民たちの中に放り込まれるよりずっと良い生活をさせてやるよ。お前の兄も使用人として使ってやる。無価値なお前らにはもったいないくらい良い話だろ」

「……」


フィリップスは黙ってハロルドを見つめる。ハロルドは、そんなフィリップスを鼻で笑った。


「強がるな、俺に助けを請いてみろ。貴族のお前らが平民として生きられるか?これからお前らは平民の下で働かされるんだぞ?そいつらにへこへこ頭を下げられるか?」

「できる」


メリーベルはハロルドを睨みつけた。ハロルドはそんなメリーベルに、口で言うのは易いがな、と嫌な笑みを浮かべた。

ハロルドはまたフィリップスを見て、おい、と声をかけた。


「お前だけじゃない、兄も助けてやると言っているんだ。感謝しろ」

「……」


フィリップスはメリーベルの方を見た後、少しずつ力なく目を伏せた。フィリップスは震える唇で、私は…、と声をもらした。


「……いい加減になさい!!!」


すると突然、怒りに震えるエミリーが怒鳴った。その場にいた4人が一斉にエミリーを見た。眉を強く潜めたエミリーは、ずんずんと歩くと、肩を落としていたフィリップスの前に立った。


「さっきから黙って聞いていればあなた、もういい加減にして!!」


エミリーはそう、改めてフィリップスに声を荒げた。フィリップスは呆然とエミリーを見た。


「生まれた価値ってなに?それは誰が決めるの?本当に必要なものなの?あなたが死ぬ必要があるほど大切なものなの?」

「…エミリー…」


フィリップスが声を漏らす。エミリーは、唇を震わせながらも、フィリップスの両手を自分の手で包んだ。


「死ぬことで価値なんか探さないで。そんなことをするくらいなら、私のために生きてみてよ!男らしくだとか女らしくだとか、男なのにとか女なのにとか、そんなことはもうどうだっていいの!私は、あなたという人間を好きになったの!心の底からあなたのことが、大好きだから!」


エミリーはそう、フィリップスの目を見て真っ直ぐに伝えた。フィリップスは目を丸くして言葉を失った。エミリーは、今一度フィリップスの手を包む力を強めた。


「お父様に、あなたたちを家で雇えないかお話してくるわ」


エミリーの言葉に、ハロルドは、はあ?と笑った。


「ハリソン公爵が一番激怒してるじゃないか。こいつらを家に招き入れるわけないだろ」


ハロルドはそう嘲笑するが、エミリーはハロルドの方は見ずに、じっとフィリップスとメリーベルを見つめた。


「必ず、必ず説得してみせる。信じて。私があなたたちを守るから」


エミリーはそう言うと、早速お父様にお話をつけてくる、と言って部屋から出た。その背中を見ながら、ハロルドは鼻で笑った。


「あの剣幕のハリソン公爵が了解するわけないだろ。世間知らずのご令嬢は本当に誰も彼も頭が足らない」


ハリソンはそう嘲笑すると、またフィリップスの方を見た。


「あの提案はご令嬢の世迷い言だ。大人しく俺に頭を下げたらどうだ?愛人にしてくださいとな」


ハリソンはそうフィリップスに詰め寄った。フィリップスは冷めた目でハロルドを見据えた。ハロルドは、そんなフィリップスに言葉を詰まらせた。


「生憎、そうなるくらいなら死んだほうがましなんでね」


フィリップスの言葉に、ハロルドは眉をひそめる。


「お前だけの話じゃないぞ。お前の兄だって助けられるんだ」

「私の兄だって同じ事を言うさ。そうなるくらいなら死んだほうがましだってね」


フィリップスの言葉に、メリーベルは、そういうこと、と冷たくハロルドに言い放った。ハロルドは悔しそうに口を曲げると、荒々しく扉を開けて部屋から出ていった。

エルはそんなハロルドの背中を見つめて小さく深呼吸をした後、2人の方を見た。


「よ、よかったですね、エミリー様がそうおっしゃってくださったから…」

「まあ無理だろうな」


メリーベルの言葉に、フィリップスは苦笑いを浮かべて、まあそうだろうね、と言った。エルは、え、と声をもらした。


「あいつも言ってたが、ハリソン公爵が一番怒ってる。僕たちを助ける気なんかさらさらないさ」

「そ、そんな…」

「でも、エミリーがそう言ってくれたことが嬉しかった」


フィリップスはそう小さく微笑む。エルは不安そうに2人を見つめる。メリーベルは、とにかく、と続けた。


「ヘレナ様には手紙の件、断っておいてくれ」

「で、でも…」

「それと…本当にありがとうございました、あの時あなたに会えなかったら、僕はきっと死んでた、…って」


メリーベルはそう言って、少しだけ悲しそうに微笑んだ。エルはそんなメリーベルを見て息を呑む。フィリップスはメリーベルを見つめた後、目を伏せた。

エルは2人を見て、一度目を伏せた後、また2人を見つめて、あの、と声をもらした。


「その…私の実家に来るのはどうでしょう…?」


エルは2人に提案した。フィリップスとメリーベルは、え、と目を丸くした。


「エリィの実家…って、あの港町の食堂?」


フィリップスがそう驚きながら尋ねた。エルは、はい、と頷く。


「その、…藁の上では寝ないと言え、その、今みたいな暮らしはできないですけれど、でも、私の家族は親切ですし…怒りっぽくて声は大きいけど根は優しいですし、だから…」

「…ありかとう」


メリーベルはエルに近づくと、エルの両手を包んだ。エルはおずおずとメリーベルを見た。メリーベルは優しい目でエルを見つめた。


「でも、いきなり2人も人が増えたら困るだろう。…僕たちは大丈夫だから」

「…メリーベル様、」

「ありがとう、ありがとうエル。大好きだよ」


メリーベルはそういうとエルに微笑んだ。エルは震える唇をかみしめて、メリーベルを見つめた。










エルは結局、2人には会えたものの、ヘレナが望む結果は持ち帰れなかった。肩を落とすエルに、ヘレナは、仕方がないのよ、あなたが落ち込まないで、と慰めた。

エルは、自分の無力さにまた眠れない夜が続いた。








しかし、後日知らされたこの事件の結末は、想像していたよりは軽い処分で済んだ。

メリーベルとフィリップスがハーン侯爵家から出て身分を平民へ落とすこと、そして、ヘレナがラインハルトと離縁して母国へ帰らされることは変わらなかった。しかし、ハーン侯爵家へのお咎めは一切なかった。

さらに、メリーベルとフィリップスの身元は、ハリソン公爵家が引き受けることとなった。これは、エミリーがハリソン公爵に進言したこともあるが、それ以上に、国王陛下が先の戦争で力を尽くした騎士の処分に心を痛めたことで決まったようだった。


ヘレナが、2人の行き先が決まったことに心から安堵しており、エルはこの処分が想像よりも軽かったのだということを実感して、一緒に喜んだ。




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