21 愛する人へ1
メリーベルとフィリップスが、ローレンス伯爵に連れ去られた後、エルはどうして良いかわからずにしばらく狼狽えた。
少しの間の後、とにかく事情を知るヘレナに助けを請おうと、エルは走ってヘレナの部屋に向かった。
エルがヘレナの部屋の前に着くと、扉が開けっ放しになっており、その前に人だかりができていた。エルは異様な雰囲気に目を見開く。すると、部屋から武装した男たちの後ろを歩くヘレナの姿があった。
「ヘレナ様!!」
人混みを無我夢中でかき分けて、エルはヘレナのそばに向かった。ヘレナを連れて歩く男はエルを見て怪訝そうな顔をした。
「ヘレナ様、この者はお知り合いですか」
「私の侍女です」
ヘレナは、そう凛とした態度で答えた。男はエルの方を見ると、ならお前もついてこい、と顎でエルに指図した。エルは困惑しながらヘレナを見た。エルと目を合わせたヘレナは、恐ろしいほどいつも通りの穏やかな笑顔を見せた。
「大丈夫よ。あなたが何かをされるわけじゃない。私の付き添いをするだけ」
「ヘレナ様…」
武装した男たちに連行されるヘレナ、という異様な光景にエルは恐怖から唇が震える。男は、早くしろ、とエルに怒鳴りつける。ヘレナはエルの手を引くと、さあ、と言って歩き出した。エルは震える足を動かして、ヘレナとともに歩いた。
「おとなしく彼らの言うことを聞いて。あなたは何もすることはない。私の後ろで立っていたらいい」
「ヘレナ様、これはいったい…」
エルはヘレナの腕にしがみつく。メリーベルとフィリップスが連れ去られたことと、ヘレナが今連行されていることに関係があるのだろうか。ローレンス伯爵は、メリーベルとフィリップスの事情を知っていそうな様子だったから、今からそれを糾弾されるのだろうか。あの双子に関わっていたヘレナも、今から事情を聞かれるのだろうか。考えても考えてもわからずに、エルはさらに不安になる。そんなエルの手を、ヘレナは優しく包む。エルは、ヘレナの方を見つめる。ヘレナはこんな時でも、落ち着いた笑顔をエルに見せる。
「大丈夫よ。あなたは何もされない。されたとしても必ず私が守る」
「…ヘレナ様…」
エルがそう呟いた時、男たちの足が止まった。この城の中でも一際大きな会議室の扉の前で、男はヘレナの方を振り向いた。
「こちらです、ヘレナ様」
男はそう言うと扉を開けた。エルは、底に広がる光景にまた足がすくむ。
大きな会議室には、ラインハルトとエドワード、そしてアランの3人の王子の姿があった。他にも、3大派閥の長である、レッド侯爵とハリソン公爵の姿があった。そして、ヴェルドやクリスタル侯爵といった、重鎮たちも座っている。
彼らと向き合うように、メリーベルとフィリップスが立たされていた。どうやら、先にこの2人が事情を聞かれていたらしい。
エルは、こんな状況でも背中をまっすぐと立てて、冷静な様子で佇む2人を見つめる。
「ローレンス伯爵、ヘレナ様をお連れしました」
男は、メリーベルとフィリップスのそばに立って何やら質問をしていたらしいローレンス伯爵にそう告げた。ローレンス伯爵は、小さく頷くと、2人に一度席に座るように促した。
2人は大人しく用意されていた椅子に座った。ヘレナは2人が椅子に座ったのを見ると、先ほどまで2人が立っていたところに向かった。エルもヘレナに続いて歩いた。そして、ヘレナの一歩後ろで立った。神妙な顔つきをした、錚々たる面々を前にして、エルは足がすくむ。一方、矢面に立たされているヘレナはひどく落ち着いた様子でいた。
「ヘレナ様、先ほどまでハーン侯爵家の二人から話を聞いておりました。次はヘレナ様からお話を伺いたい」
嫌に丁寧な口調でローレンス伯爵は話し始めた。ヘレナはローレンス伯爵の方を見て、ええどんなことでも、と頷いた。ローレンス伯爵は、一切怯えないヘレナに怪訝そうな顔をした後、軽く咳払いをした。
「…この2人が性別を偽り、メリーベル・ハーンは、フィリップス・ハーンとして王国軍に、そして、フィリップス・ハーンはメリーベル・ハーンとしてヘレナ様の侍女として務めていたことはご存知でしたかな?」
「はい、もちろん」
ヘレナは淀みなく答えた。こちらの様子をうかがう貴族たちが、信じられない、というような顔をする。エルの後ろに座るメリーベルとフィリップスが、何かを言いたそうに息を呑む音が聞こえる。
ローレンス伯爵は、素直に答えたヘレナに意外そうな顔をした後、また軽く咳払いをした。
「ヘレナ様は、お認めになるのですか?恥ずかしくも神聖なる王国軍に女が潜り込み、さらには男が女として王妃のお世話をしていたことを、黙認していたのだと」
「黙認もなにも、私が2人に入れ替わるように命令したのです」
ヘレナの答えに、貴族たちはどよめいた。メリーベルは立ち上がり、それは違う、と声を発した。
「ヘレナ様はなにも知らなかった。僕たちを庇うために嘘をついている」
「今は貴方に質問していない。黙るように」
ローレンス伯爵がそうぴしゃりとメリーベルに言い放つ。メリーベルはもどかしそうに口元をゆがめながら、椅子に座った。
ヘレナは、真っ直ぐにローレンス伯爵を見つめて話を続けた。
「メリーベルは女性ですが、侍女としての力はなかった。代わりに、剣の腕が立ちました。一方フィリップスは、男性だけれどそこまで剣を上手く振れない。でも、素晴らしい侍女としての才能があった。世話をされる側としては、侍女としての才能がある方にお願いしたいのは当然のことでしょう。だから私は、2人に入れ替わるように言ったのです。私にそう命令されて断れる貴族の子女がおりますでしょうか。2人は私に言われて仕方なく従っていたのです」
「…侍女の才能があるとは言え、フィリップス・ハーンは男です。女しかいないと思っていた場に男が紛れ込んでいた事を知った他の侍女たちの気持ちは考えられませんでしたか」
レッド侯爵が、そう言葉を選びながらヘレナに尋ねた。ヘレナは、その時少しだけ眉を悲しそうにひそめた。
「フィリップスが決して不徳を致す人間ではないということを信じています。事実、彼が他の侍女たちを危険に晒すような行為は一切いたしませんでした。しかし、女だと思っていた人物が実は男だと知ったら、他の侍女たちは動揺したことでしょう。そこは深く謝罪致します」
ヘレナはそう答える。すると、エドワードが机を叩き、険しい顔でヘレナを睨みつけた。
「そういう以前の話をしとるんです!男が女の格好をして、女だと偽って女の仕事をする、そんなことが許されてはならんのです!ましてや国王の住まう城で!!」
エドワードは声を荒げてヘレナを責めた。ヘレナは、真っ直ぐにエドワードを見つめる。
ハリソン公爵は、深いため息をついてヘレナを見つめた。
「…恐れながらヘレナ様、王国軍は神聖なる王家に仕える者たちの集まりです。その中に男だと偽った女を紛れ込ませたのは、私にとっては如何ともしがたいことです。男が外で勇ましく戦い、女は静かに家を守る。それをこの国では尊いものとして守ってきた。それなのにこれは、それを根本から揺るがす事態です」
ハリソン公爵は、ヘレナをそう言って詰める。ヘレナは、何も答えずに、ただ凛とした様子で立っている。
エドワードは、苛立った様子で、おいアラン、と隣に座るアランに話しかけた。
「メリーベル・ハーンはそもそも、きちんと働けていたのか?非力な女が男たちに混ざって一体何ができるんだ?」
エドワードの問いに、アランは少し黙った。そして、アランは奥に座るフィリップスを見た。
「…メリーベル・ハーンは、非常に剣の腕が立つ優秀な騎士です。彼に敵う騎士は、王国軍にはいないでしょう」
アランの答えに、エドワードは思った回答が得られず苛立った顔を見せた。
すると、ラインハルトが口を開いた。
「…ヘレナ、本当に君が彼らを入れ替えさせたのか?」
ハロルドがヘレナを見つめてそう問うた。ヘレナは淀みなく、その通りです、と答えた。ハロルドは、その答えに深い深いため息をついた。
「…ヘレナと、フィリップス、メリーベルの3人の処遇は、また後日の聴取の後決定する」
ハロルドのその言葉で、この場は一旦終わることとなった。エルは、あの会議室からどうやって帰ったのか記憶がない。ただ覚えているのは、不気味なほどすっきりとした顔をするヘレナの横顔だけだった。




