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20 その双子は5

次の日、エルはヘレナの部屋へ行く前にメリーベルの元へ向かった。部屋にはフィリップスもいた。どうやら、彼らの兄がお城から出ていくまではフィリップスは体調不良ということになっているため、ハロルドなどほかの騎士たちの追求から逃れるために、メリーベルの部屋に身を隠していたらしい。


「どうしたんだ、朝から」


メリーベルはエルの訪問に驚きながら言った。エルは、朝から申し訳ありません、と頭を下げた。


「その…メリーベル様に教えていただきたいことが」

「僕に?」

「その…クッキーの作り方を…」


エルの言葉が予想外だったのか、メリーベルは目を丸くした。エルは、よければなんですが、と続けた。


「ずっと、美味しいなって、どうやって作っていらっしゃるんだろう、って思ってて…、メリーベル様とお別れする前に、教えていただけたら…」


エルがおずおずと頼むと、メリーベルはゆっくり微笑んで、少し待っていてくれ、と言うと紙とペンを取り出して、クッキーのレシピを書き始めた。

フィリップスはメリーベルを待つエルの隣に座ると、エリィはお菓子を作るんだ、と尋ねた。


「は、はい、昔…」

「実家がレストランだから、料理はよくするんだね」


フィリップスがそう納得する。エルは、貴族だった頃の話だとは言えずに苦笑いを漏らすしかない。

エルはフィリップスの横顔を見つめて、前に彼が自分と会ったことがあると言っていたことを思い出す。エルが彼の記憶がなかったのはおそらく、彼が女性の姿の頃に会ったからだったのだろうか、と考える。


「…あの、フィリップス様にもお伺いしてもいいですか?」

「うん、私に答えられることなら」

「その…エル・ダニエル…私に似ているというエルという人とは、どこで出会ったんですか?」

「エルと?」


フィリップスは少し目を丸くした。そして、そうだな…、と懐かしそうに窓の外を見た。


「引きこもっていた私は、無理矢理兄に舞踏会に連れ出されたんだ。着慣れないドレスをきて、女性らしくしなくてはいけないこの空気が苦しくて、外のバルコニーに逃げ出したんだ。周りは皆馴染んで楽しそうに笑っているのに私だけ異質なんだと思わされて更に苦しかった。そうしたら、エル・ダニエルが、大丈夫ですか、って声をかけてくれたんだ。顔色がひどく悪いからって」


フィリップスはそう言って少しだけ口元を緩めた。


「社交界に疎い私は、彼女が誰かわからなかった。ただ、…私に大丈夫なのか尋ねた彼女の顔も真っ青で、ああ、あそこが息苦しい人は私以外にもいたんだって、ひどく安心したことを覚えている。彼女自身も恐らく、あの場からはじき出されたんだと思って、勝手に親近感を抱いてた。心配してもらったお礼を伝えようとしたら、中からアラン殿下が彼女を迎えに来たから驚いたよ。彼女が私でも名前を聞いたことがあるあの、エル・ダニエルだったんだって」


フィリップスの言葉に、エルは苦笑いを浮かべる。フィリップスはエルの方を見た。


「心配してもらったお礼を、いつか必ず伝えなくてはと思っていた。その時に、こんな舞踏会つまらないねって彼女と共感しあえたりできないだろうか、なんて画策したりもしていた。…でも彼女はあの火事で亡くなった。結局あの日のお礼は言えずじまいだった」

「…そうだったんですか」


エルは、もしかしたらフィリップスと貴族の頃の自分が仲良くなっていたかもしれない世界線に、なんだか不思議な気持ちになる。フィリップスはエルの方を見て、どうして知りたかったの?と尋ねた。エルは小さく微笑んだ。


「…私に似ているエル・ダニエルってどんな人なのかって、そう思って」


エルの言葉にフィリップスは小さく笑って、耳が痛くなるほど言われただろう、と言った。エルは、苦笑いを返す。その時にエルは、エル・ダニエルという貴族の女性が、昔よりももっと、エリィとして生きる自分と乖離していることに気がつく。自分のはずなのに、他人のように思ってしまう、不思議な感覚だった。


「はい、これがレシピ」


メリーベルがそう言って紙を差し出した。エルは、ありがとうございます、と言ってそれを受け取る。レシピを見つめながら、こんな風に作っていらしたんだ…、と呟くエルを、メリーベルはじっと見つめる。


「…明日、僕たちはここを立つことにした」

「えっ、えっ…?」


エルは動揺して肩を震わせた。メリーベルはエルの目を見て小さく微笑んだ。


「この城でお世話になった人に話したら、次の行き先の話もつけてくれた」

「…お世話になった人?」

「ああ、とっても。…僕たちの入れ替わりの手助けをしてくれていた人だ」


そう言って、メリーベルは悲しそうに笑う。エルはそんなメリーベルを見つめて肩を落とす。


「そんな、明日だなんて急すぎます……」

「…仕方ないんだ。僕たちみたいな中途半端な人間は、この世界で生きていくのが難しいんだ」


メリーベルの言葉に、何度も町から弾かれたというエメラルドの言葉をエルは思い出す。


「エリィには申し訳ないけど、ヘレナ様の新しい侍女が見つかるまで代理を頼むよ」

「それは全く構いません、構いませんけど……」


エルは、2人がいなくなることがさみしくて眉を下げる。メリーベルはそんなエルを見つめて目を細めた。


「ヘレナ様のために作りたいって言えば、焼き菓子はだいたいいつでも厨房で作らせてもらえるから、また作ってみなよ」

「……」


エルは、メリーベルからもらったクッキーのレシピを胸に当てる。そして、メリーベルを見つめた。


「…メリーベル様からいただいたレシピと本、大切にします。忘れません、絶対に、絶対に」


エルがそう言うと、メリーベルは優しい声で、うん、と頷いた。











メリーベルとフィリップスと別れて、エルはヘレナの元へ向かった。どこか浮かない気持ちでヘレナの着替えや朝食の給仕を行った。

食後のお茶を準備していたら、ヘレナがエルの方を見た。


「…メリーベルとフィリップスから聞いたんですってね」

「え?」


エルはお茶をいれる手を止めた。ソファーに腰掛けたヘレナは、まあ、こちらにいらっしゃいな、とエルを呼んだ。エルはわけがわからないまま、呼ばれるがままヘレナのそばへ向かい、ヘレナの向かい側に座った。


「メリーベルとフィリップスのことよ。昨日、メリーベルから聞いたわ」

「えっと……」


エルは狼狽える。ヘレナは微笑むと、窓の外を見た。


「…さみしくなるわね」


ヘレナはそう呟く。エルはその横顔を見つめて、ゆっくり口を開く。


「……あの、もしかして」

「なあに?」

「メリーベル様とフィリップス様がお世話になったって言っていたのは……」


エルの言葉に、ヘレナは目を丸くしたあと微笑んだ。


「大したことはしていないわ。ただ……」


ヘレナは目を伏せて、そして悲しそうに微笑む。


「…あの二人がここに初めてきた日に、私はたまたま出くわしたのよ。2人とも何かを言い合っていた。話を聞いてみたら、どうやら2人は双子の兄と妹で、騎士団に入りたいのは妹で、侍女になりたいのは兄だっていうの。そんなの無理だって、いつかばれてしまうって兄は怖気づいていて、妹はきっとなんとかなるって言っていた。妹の方は親に内緒で剣の腕を磨いていて、兄も親に隠していたけれど家事や裁縫が好きだというの。…不思議よね、2人ともしたいことがあるのに、世間はそれを許さないなんて。私それが悔しくて、つい手を貸してしまったの。兄は私の侍女になればいいって。…自分のしたいことを自由にしている2人を見ているのが、私は幸せだった」


ヘレナはそう言って目を伏せた。エルはたまらずに、私のせいなんです、と声を上げた。


「私が勝手に部屋に入ったから、だから…」

「…それは違うわ、エリィ。隠していたのは私たちの方よ。…永久に隠し通せるだなんて、あの二人も思ってないわ。もちろん私も。いつかこんな日が来ることはわかっていたこと」

「…でも…」


エルは言葉に詰まって唇をかみしめた。ヘレナはそんなエルを優しく見つめた。


「エリィ、あなたメリーベルと仲良くしていたんでしょう?明日の朝にはここを出てしまうみたいよ。何かやり残したことはない?」

「…」


エルはヘレナの瞳を見つめる。そして、胸ポケットにしまったクッキーのレシピに手を当てる。


「…クッキーの作り方を教えていただいたんです。メリーベル様がいつも焼いてくださった」

「ええ」

「それがうまく焼けるか…、一度作ったものを召し上がっていただきたい…です」

「まあ、それは良いわね」


ヘレナはそう微笑むと、厨房に行ってらっしゃいな、とエルに言った。










エルは急いで厨房に向かった。その途中、曲がり角で誰かにぶつかった。謝ってから顔を上げると、ハロルドがいた。エルは、あっ、と声をもらした。


「も、申し訳ありませんでした…」


エルは改めて深々と頭を下げた。ハロルドは忌々しそうに舌打ちすると、エルとぶつかった場所を嫌そうに払った。エルは頭を下げ続けてハロルドが去るのを待った。するとハロルドが、おい、とエルに声をかけた。


「フィリップスを見なかったか」

「え?」

「あいつ、体調不良と言ったきり、騎士団員の宿舎から消えた。かと思ったら急に、明日にはあいつが城を去るとか周りがぬかしやがる。どういうことか問いただそうにも居場所がわからない」


ハロルドは苛立ちを隠せない様子で言う。エルはそんなハロルドを見上げて、わかりません、と頭を横に振った。ハロルドはそう答えたエルを一瞥すると、さっさと歩いて行ってしまった。


「(…ハロルド、フィリップス様がお好きだったのに、別れてしまうんだ…)」


エルはこのすれ違いに流石に彼を哀れに思えたけれど、しかしすぐに、これまで彼から言われてきた言葉を思い出してそんな気持ちは消え去った。エルはハロルドの背中を見送らずに、さっさと厨房に向かった。










メリーベルからもらったレシピ通りに、エルはクッキーを焼き上げた。久しぶりのお菓子作りに困惑したが、なんとか作り終えることができた。

エルはそれをかごにいれると、慌ててメリーベルの宿舎に向かった。すると、人気のない中庭に、誰かが倒れているのが見えた。


「あっ…」


エルは目を丸くしてその人物に近づいた。それは、シェリーだった。エルは慌ててしゃがみ込み、シェリーの肩を優しく叩いた。シェリーは顔を青くして、小さくうなされている。

エルは困惑しながらも、彼女を下に置いておくわけにいかず、噴水の縁まで抱き上げると、そこに寝かせた。エルは彼女のそばに座ると、自分の腿の上に彼女の頭を乗せた。病的なほど青白くなっている彼女の額を優しくエルはなでた。


「(…何にうなされているんだろう…)」


エルは、会うたびに顔色の悪い彼女を思う。前にマシューが、彼女は父親からプレッシャーをかけられていると言っていた。おそらく、アランと必ず結婚するように言われているのだろう。しかし、アランは結婚しないと宣言してしまった。その板挟みに彼女は苦しめられているのだろうか。

エルが心配そうに彼女を見つめていると、ゆっくり瞼をあけた彼女の瞳と目が合った。シェリーはかすれた声で、え、と呟いた。


「あの…その、お加減はいかがですか?」


エルは恐る恐る尋ねた。シェリーははっとすると、慌てて起き上がった。しかしめまいがしたのか、額に手を当てて顔を伏せた。エルは、だ、大丈夫ですか…?と彼女の背中を支えた。シェリーはエルの方を見た。


「…あなた……」

「も、申し訳ありません、地面に倒れていらっしゃったので…」

「……」


シェリーはエルを見ると、さっと視線をそらした。エルは、シェリーを支えていた手をゆっくり離した。その時、エルは遠くにアランとマイクの姿を見かけた。


「あっ…」


エルは、シェリーを介抱してもらうために助けを呼ぼうかと頭に浮かんだ。しかしすぐに、自分を殺したかもしれない家の人間とアランを引き寄せるのはいかがかものかと考え込む。


「(…でもきっと、彼女は何も知らない。父親がしたこと…)」


エルは、アランのことを好きだった彼女を思い出して、彼女自身が悪くないのならやはり手伝うべきかと考える。しかしふと、あの日の辛そうな彼女の横顔を思い出して、そもそも本当に彼女はアランが好きだったのだろうかという疑問が浮かぶ。エルは、何が正しいのか、どうしたらいいのかわからずにただただ混乱した。

シェリーは遠くにいるアランに気がつくと、さっとエルに顔を埋めて隠した。エルは驚きながら彼女の背中をさすった。


「あ…あの、体調がよろしくないのなら、とりあえずマイクさんに頼んで、どこか落ち着けるところへ連れて行ってもらったほうが…」


エルは悩んでいたものの、体調の悪そうな彼女をやはり放ってはおけず、そんな提案をした。しかしシェリーは、エルの胸に顔を埋めながら頭を横に振った。


「だめ…取り繕えない…今は無理、無理よ…」


シェリーは、どこか切羽詰まった、悲痛な声を絞り出した。エルは困惑しながら彼女の背中をさする。すると、エルにだけ気がついたらしいマイクが、はっとしたあと、顔を嫌そうにしかめると、殿下あちらへ、とアランが気がつく前に、彼をこちらへ寄らせないように誘導した。アランの姿が見えなくなると、エルは、どこかへ行かれたそうです、とシェリーに小声でささやく。シェリーは震える指でエルの服の裾をつかむと、ゆっくりと顔を上げて、エルの顔を見上げた。彼女の顔色が真っ青で、エルは不安そうに彼女の瞳を見つめた。


「……そうだ」


エルは、自分の側に置いておいたかごを持つと、シェリーに見せた。シェリーは少し驚いた様子でその中身を見つめた。


「よろしかったらどうぞ召し上がってください。甘い食べものは元気が出ますから」


エルはそう言ってシェリーに勧めた。シェリーは揺れる瞳でエルを見つめると、ゆっくりとかごからクッキーを1枚取った。そして、口に運んだ。


「…美味しい……」


シェリーはどこか呆然とした様子で言った。エルは口元を綻ばせて、よかった、と心から言った。シェリーはゆっくり咀嚼した後飲み込んで、じっとエルを見つめた。エルはその視線に狼狽えながら、あの…、と呟く。シェリーは目を伏せて、でも、と呟いた。


「…期待してたのと違った」

「期待?」

「…もっと不格好で、美味しくないのを想像していたから」


シェリーはそう、どこかがっかりしたように言う。エルは、彼女の言わんとすることの意味が分からずに困惑する。


「あれ、シェリーとエリィだ!」


明るい声がして、顔を上げるとマシューが手を振っていた。シェリーは、げ、と声を漏らすと、不機嫌そうにマシューの方を見た。そんなシェリーにマシューは、やあやあご挨拶だなぁ、と笑う。シェリーは嫌そうにマシューを見つめてため息をついた。


「あなた、いつも能天気すぎるのよ」


マシューに対して冷たいシェリーに、エルは、こんな塩対応なんだ、と少し驚く。マシューは、ひどいなあ、と笑う。


「君が暗すぎるんだよ。今日もお父様に言われてここへ?アランには会えたの?」

「……静かにしてよ、頭が痛いんだから」


シェリーはそういうと、マシューから逃れるように立ち上がった。しかし、立ちくらみがしたのか足元をふらつかせた。エルは慌ててシェリーをささえる。シェリーもエルの腕をつかむと、呼吸を繰り返してエルのそばで自分が落ち着くのを待った。マシューはそんなシェリーを見つめて、小さく息をつく。


「あんまり良い子でいすぎるともたないよ?人生長いんだから」

「…」


シェリーはマシューの方を怪訝そうに見る。マシューはそんなシェリーに微笑み返す。シェリーはマシューから視線をそらす。


「…絶対に私は、アラン殿下と結婚しなくてはだめなの。そうでなくては全部全部、無駄になるもの」


シェリーはそう呟く。腕を掴む手に力がこもるシェリーに、エルは少し驚く。マシューは一度エルの方を見た後、真っ直ぐにシェリーを見つめた。


「…君にとって良いように進むことを祈っておくよ」

「…それはどうも」


シェリーはそう言うと、失礼、と言ってエルから離れて歩き出した。エルはシェリーのその背中を心配そうに見つめる。マシューは小さく息をついた後、エルの方を見て人懐っこく笑った。


「ねー、気が強くって恐ろしいでしょう?エリィも虐められちゃわないようにね」


マシューはそう言うと、ばいばい、と手を振って歩いて行った。エルは彼に頭を下げた後、また心配そうにシェリーの方を見つめる。


「(…何かに追われているような、責め立てられているような、そんな様子だった…)」


エルは小さく息を吐くと、メリーベルの元へ向かうために再び歩き始めた。












メリーベルのいる宿舎の前に行くと、門のところでエミリーが立ちつくしているのが見えた。エルは駆け寄って、エミリー様、と声をかけた。エミリーは肩を揺らした後エルの方を見た。


「…あなた」

「メリーベル様とフィリップス様のところへ行かれるんですか?」

「…」


エルの質問に、エミリーは目を伏せて黙り込む。エルはもう一歩エミリーに近づくと、彼女と視線を合わせた。


「私も、メリーベル様に会いに来たんです。一緒に行きませんか?」

「…」

「……明日、お二人はここを立たれるそうです。会えるのは、今日が最後かもしれません」


エルの言葉に、エミリーははっと息を呑んだ。震える唇をかみしめて、エミリーは眉をひそめた。エルはエミリーの手を両手で包んだ。


「行きましょう、ね?」


エルはそう言ってエミリーの手を軽く引いた。しかし、エミリーは動かない。エミリーはエルの手からか逃れると、頭を横に振った。


「…やっばり…やっぱり行けない」


エミリーは少しずつ目に涙をためて、頭を横に振る。エルは、エミリー様…、と声を漏らす。エミリーは、失礼、と言うとエルに背中を向けて去って行ってしまった。


「(…エミリー様…)」


エルは、どうしていいのかわからない気持ちでその背中を見つめる。好きになった相手が実は同性だったことに動揺して、彼女自身もどうしていいのかわからない様子だった。追いかけて引っ張ってでも彼女をフィリップスとあわせるべきなのだろうか、それとも、このまま二人の別れを見送ってもいいのだろうか。エルは正しいことが分からずに目を伏せるしかなかった。









エルは、浮かない気持ちのままメリーベルの部屋に向かった。部屋に着くと、エルは笑顔でメリーベルに会った。部屋の中に入れてもらい、エルはメリーベルとフィリップスに作ってきたクッキーを見せた。メリーベルはそれを見て喜ぶと、お茶を入れてくれた。


「うん、よくできてる」


メリーベルはクッキーを食べるとそう褒めた。エルはうれしくて、ありかとうございます、と言うと口元をほころばせた。フィリップスも、美味しいね、と笑った。エルは2人を見つめて、ゆっくり目を伏せた。


「…さっき、エミリー様にお会いしました。…ここに来ようか迷って、…結局、やめられたようでした」

「…」


エルの言葉に、フィリップスは表情を暗くする。エルは、フィリップスの方を見た。


「…混乱しているだけだと思うんです。きっとエミリー様は、」

「…早く、私のことなんか忘れてもらえたらいいと思う」


フィリップスはそう静かに言った。エルは言葉に詰まらせる。メリーベルはフィリップスの方を見つめる。


「…エミリーと話すのを、楽しそうにしてたじゃないか」

「…」


メリーベルの言葉に、今度はフィリップスが口を噤んだ。静かになる部屋に、エルは、もっと2人にはいい終わり方がなかったのかと考え込む。


すると、荒々しく扉がノックされた。メリーベルか客人を確認すると、そこにはリズの父であるローレンス伯爵と、その付き人たちがいた。全員恐ろしいほと粛々とした様子でいた。メリーベルは、彼らを冷静に見据えた。


「…何か?」

「メリーベル・ハーン、フィリップス・ハーン。早急に説明してもらおうか」


ローレンス伯爵は、そう冷たく言った。メリーベルは、何を、と返す。ローレンス伯爵は、じっとメリーベルを見下ろした。


「貴方達のした愚行のことだよ、…フィリップス・ハーン」


ローレンス伯爵は、そうメリーベルの目を見てはっきり言った。ローレンス伯爵は、次に部屋の奥にいたフィリップスを見て、聞いているかメリーベル・ハーン、と呼びかけた。メリーベルとフィリップスはお互い顔を見合わせた。

その時、付き人たちがメリーベルの腕を乱暴につかんだ。フィリップスが駆け寄り、メリーベルの腕をつかむ男を払った。すると今度は数人の男たちがフィリップスを囲み、腕や頭を乱暴につかむと彼を床に膝まづかせた。


「フィリップス!」


メリーベルが声を上げたとき、またメリーベルは別の男に後ろ手に組まれて、身動きが取れないようにされた。エルが駆け寄ろうとすると、こっちに来るな!とフィリップスがエルに声を上げた。

ローレンス伯爵は、じろりとエルを見た。


「…なんだ、この女は」

「…彼女は関係ない。ヘレナ様の侍女代理をしている。だから仕事の話をしていただけだ」


メリーベルがローレンス伯爵にそう訴える。ローレンスは、エルには大した興味を持たない様子で、メリーベルとフィリップスを連れて歩き出した。

エルは狼狽えながら、連行される2人の背中を見つめた。騒ぎに驚いた侍女たちが部屋から出てきて、ローレンス伯爵たちを見てざわざわと噂話を始める。


「どうしよう……どうしよう……」


エルは頭の中が真っ白になりながら呟く。誰か、誰か助けてくれないだろうかと懇願しても、周りにそんな人は誰もいない。エルは脈打つ鼓動を全身に感じながら、周りの音がどんどん聞こえなくなっていった。

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