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20 その双子は4

フィリップスがバスルームから出てくるまで、エルとエミリーは重苦しい空気の中黙り込んでいた。

服を着たフィリップスが暗い顔で出てくると、エミリーはばっと顔を伏せた。フィリップスはエミリーを見るとつらそうに眉をひそめた。


「…隠し事をしていて、申し訳なかった」


フィリップスはそう告げた。エミリーはフィリップスの方は見られないまま、震える唇を開いた。


「フィリップス様が実は女性だった…ということ、…なんですか…?」


エミリーはそう恐る恐る尋ねた。フィリップスはエミリーの方を見て、ゆるく唇を噛んだ。エルは、辛そうなフィリップスを見て咄嗟に、あの!と声を上げた。


「フィリップス様が言いたくないのなら、無理に言っていただく必要は…」 

「…」


フィリップスはエルの方を見て、目を伏せた。一度深呼吸をした後、ゆっくり口を開いた。


「…私の本当の名前は、メリーベルという。…双子の兄のフィリップスと入れ替わって、この城で生活していたんだ」

「…どうして、そんなことを?」


エミリーの質問に、フィリップスは少しのあいだ黙った。小さく息を吐くと、ゆっくり話し始めた。


「…幼い頃からずっと、世間の言う女性として生きていくことが私には辛かった。美しく見た目を整えさせられて、大人しい所作を求められて、…年ごろになれば、結婚相手を探す男やその親から見定められるような目で見られることが、とても耐えられなかった。それよりも私は、兄がなるように求められていた騎士のように、勇ましく戦うほうに憧れていた。私は家事にも裁縫にも才能がなくて叱られて、女性らしい所作も上手くできなくて親や長男からいつも責められていた。いつの間にか外にも出られなくなって、ずっと部屋に引きこもっていた。それに怒った兄が、私を城へ、侍女として奉公しにいくように決めた。絶望していた私だったけれど、同時期に王国軍へ入ることになっていた、私と同じ悩みを抱えた双子の兄と入れ替わるということを考えたんだ。私もフィリップスもお互いほとんど社交の場には出ていなかったから、私たちのことを知る人は城にほとんどいなかったし、辺境伯の兄とはたまにしか会わなくて済むから、時々こうやって身を潜めて兄から逃げれば騙しきれると思っていたんだ」


フィリップスはそう言うと、エミリーの方を見た。目を伏せたままのエミリーは少しだけ肩を震わせた。


「…すまない、エミリー。貴女の気持ちを知りながら騙してしまったことを、心から謝罪する」

「………」


エミリーは震える片手を震えるもう片方の手で押さえつけながら、何も言わずに部屋から飛び出してしまった。エルは慌ててエミリーを追いかけようとしたが、エミリーの背中はすぐに見えなくなってしまった。


「……」


エルはどうしたらいいのかわからないまま立ち尽くす。少しの間狼狽えていると後ろから、エリィ?と、声をかけられた。振り向くと廊下を歩いてこちらへくるメリーベルがいた。


「どうしたんだ、一体」


メリーベルはエルの方に近づいて顔を覗き込んだ。エルはメリーベルと目が合うと、…め、メリーベル様…、と困惑した顔を見せた。メリーベルはエルの異変を察すると、部屋の扉を開けた。そして、部屋の中にいたフィリップスのほうを見た。何かを察したメリーベルは深く息を吐くと、エルの方を見て、とりあえず中に入ってくれ、と声をかけた。









「…エリィとエミリーに、とうとう知られてしまったというわけか」


メリーベルの言葉に、フィリップスは、…すまない、と謝った。メリーベルはそんなフィリップスに、いや、僕の方も不用意だった、と頭を振った。エルは、あの、勝手に部屋に入ってしまった私たちが…、と頭を下げた。フィリップスはそんなエルを見て頭を横に振る。


「私の返事がなかったから心配してくれただけだろう。エリィもエミリーも何も悪くない」

「でも、」

「悪いのは、騙していた私たちの方だ。変に気にしないでくれ」


フィリップスはそう静かに言う。エルはそんなフィリップスを見て胸が苦しくなる。メリーベルはエルを見ると、すまなかった、と謝った。


「女だと偽って君と接していたこと、本当に申し訳ない」

「いえ、それは何も」


エルはそう、何でもないように頭を振る。あっさりとしたエルに、メリーベルとフィリップスはきょとんとする。


「…責めないのか?」


メリーベルが驚きながら尋ねる。エルは逆にメリーベルの質問に驚かされながら、責める?と目を丸くした。


「そんなことしません。私にはお二人を責める理由なんてありません」


エルがそう当然のように答えると、メリーベルもフィリップスも面食らったような顔をする。そんな二人をみつめながら、普通ならもっと受け入れがたいことなのだろうか、とエルは心の中で考える。

メリーベルはエルを少しの間見つめた後、悲しそうに眉をひそめながら口元を小さく緩めた。 


「……ありがとう」


そう言ったメリーベルがあんまりにも心許なくて、エルはついメリーベルの両手を自分の両手で包んだ。メリーベルはエルを見つめると、少しだけ唇を噛んだ。


「…僕たちはじきにここを去るよ」


メリーベルはそう言うと、真っ直ぐにエルを見つめた。エルは目を丸くして言葉を失った。フィリップスは、そうだね、と同調した。


「実家から遠い領地の、騎士団に入ることにしようか。城でヘレナ様の侍女として働いていたから、兄さんの受け入れ先もあるだろう」


フィリップスの言葉にメリーベルは頷く。エルは動揺しながら、ま、まってください、と言った。


「わ、私、誰にも言いません。エミリー様だって、こんなことを言いふらすようなお方ではありません。そんな、ここから去るなんて…」


エルがそう言うと、メリーベルがエルの目を見て、…だめだ、と言った。


「君たちにそんな意図がなくても、こういうことは不思議と、一度外へ漏れるとどんどん広がっていくものなんだ」

「でも、お二人がいなくなってしまうなんて、私、悲しいです、さみしいです」


エルは喉の奥が震えた。胸は息ができないほど締め付けられて苦しい。

するとメリーベルは、エルの両手を包んだ。エルはメリーベルの瞳を見つめた。


「…僕はずっと、友達を作れなかった。男にもなれず女にもなれず中途半端で、それでも、こんな身として生きていく以上は、それは当然のことだと思っていた。…それでもエリィ、君と出会って、好きな本の話を誰かとできて、そこから波及して他の人たちとも仲良くなれて、…幸福だった。孤独で良いなんてのは僕のただの強がりで、本当はずっと、誰かを探していたんだ。君といた日々は身に余るほど幸せだった、ありがとう、エリィ」


メリーベルの言葉に、エルはとうとう目から涙をこぼした。


「私もずっと、友だちがほとんどいなくて…」


エルはしゃくり上げる。そんなエルをメリーベルは真っ直ぐに見つめる。


「メリーベル様がお声をかけてくださったから…、優しくしてくださったから…」


メリーベルと過ごした日々がエルの頭の中で巡る。思い出される自分とメリーベルは全部笑っている顔なのに、今は辛くて苦しくて涙が止まらなかった。

メリーベルはハンカチを取り出すとエルの涙をぬぐった。エルは涙越しにメリーベルの優しい瞳を見つめる。雨が振り続く音が、静かにこの部屋に響き続けた。


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