20 その双子は3
シェリーのいた場所から離れた後、エルはしばらくお城の中庭を散策していたけれど、じきに雨が振り始めたので、屋根の下に避難した。どんよりした空を見上げながら、嫌な天気だなと心の中で呟く。
すると、雨かよ…、という嫌そうな声が背後から聞こえた。振り向くと、空を見上げるハロルドの姿があった。
「あ…」
ついエルが声を漏らすと、ハロルドは振り向いて、エルの姿を確認すると怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ、田舎娘か」
ハロルドはそう言うとそっぽを向いてまた空を見上げた。エルは、この男と関わる気もそんなになかったので、頭を軽く下げると何も言わずにその場を去ろうとした。
「…おい、使用人のくせに黙って去るな」
ハロルドはそう言ってエルを呼び止めた。エルは、慌てて立ち止まると頭を下げて失礼いたしました、と謝った。謝りながら、私に一体どんなひと言をかけてほしいのか、ハロルドの意図が分からずにエルは困惑した。ハロルドはそんなエルを一瞥すると、またエルから視線をそらした。そして、一息つくと言いにくそうに口を開いた。
「…フィリップスを見てないか?」
ハロルドはそう尋ねた。エルは、フィリップス様ですか…、と呟いた。
「存じ上げません、申し訳ありません」
「あっそ」
ハロルドはそう言うと歩き始めた。エルは怪訝そうにその背中を見送った。すると背後から、あらエリィ、とエミリーから声をかけられた。エルは振り返り、エミリー様、と頭を下げた。
「ごきげんよう。雨なんて嫌ね」
エミリーは憂鬱そうに空を見上げた。エルは、本当ですね、と苦笑いを漏らした。
「エミリー様はどちらにご用ですか?」
「私は、」
「フィリップスか?」
歩いていったはずのハロルドが、不機嫌そうな顔で戻ってきた。エルは怪訝そうにハロルドを見つめた。エミリーはハロルドを見ると、つんとした顔でハロルドからそっぽを向いた。
「あなたに関係のないことではなくって?」
「…友人にしつこく迫るご令嬢がいたら心配もするだろ」
エミリーはそう言ったハロルドを見上げてにらみつける。ハロルドも負けじと睨み返す。ハロルドとエミリーが火花を散らしあっている状況に、エルは困惑する。
ハロルドがフィリップスのことを好きかもしれないというエルの予測が正しければ、2人は恋敵なのだ。そう思うとエルはさらにどう二人を落ち着かせたらいいのかわからずに困ってしまった。
エルはとりあえず、ま、まあまあ…、とぎこちなく仲裁に入った。
「エミリー様、落ち着いて…。ハロルド様も…」
「落ち着いてなんていられないわよ!この男、事あるごとにネチネチネチネチ私の邪魔をしてきて、一体何を考えているのよ!」
エミリーが、きーっ!とハロルドに威嚇をする。ハロルドは、ふんっ、と鼻で笑う。
「言ってるだろ。友人として、しつこい令嬢を追い払ってやってるんだよ」
「友人なら、恋愛する気のないという友人の新しい出会いを応援してもよいのではなくって?!それを邪魔するのはどういうこと?!」
エミリーがそう言い返すと、ハロルドは返答に詰まった。エミリーはそんなハロルドを見て、あなた何を動揺しているの?と問い詰めた。ハロルドは少し狼狽えた様子で、そんなわけないだろ、と声を裏返らせた。エミリーは訝しそうにハロルドを見た。ハロルドの気持ちを何となく察しているエルは、言葉に詰まるハロルドを助けようかと思ったけれど、これまで彼から受けた仕打ちからそんなことをする気が起こらずに静観することにした。
エミリーは、とにかく急いでいるので失礼、とハロルドに言い放つと、彼を置いて歩き出してしまった。エルは慌ててエミリーの後を追いかけた。
「ここまでハロルドと喧嘩しておいて何ですけれど、私今日はフィリップス様ではなくてメリーベルに会いに来ましたの」
ハロルドから遠く離れたところまで来ると、エミリーはそう言った。エルは、そ、そうなんですか…、と苦笑いをした。エミリーはポシェットをカバンから取り出すと、前にお借りしていた化粧品を返しに、と言った。
「メリーベルに前聞いたら、しばらく部屋に籠ってるって言ってましたから、宿舎に向かおうかと。あなたもいらっしゃる?」
「あ…、しばらくお会いできてないし、私もご一緒させてください」
「もちろん」
エミリーはそう言って口元を緩めたあと、窓の外を見つめて、にしても、いつまで降るのかしら…、とため息をついた。
雨の中、エルとエミリーは侍女たちの住む宿舎に向かった。エミリーは傘をさしていたにも関わらず濡れてしまった前髪を指で直しながら、ああもう…、とぶつくさ呟いた。
エルたちはメリーベルの部屋に向かい扉をノックした。しかし、返事はなかった。あら?とエミリーは首を傾げながらドアノブをひねると、どうやら鍵は開いているようだった。エミリーは、メリーベル、いませんの?と声をかけながら扉を開けた。部屋は、人のいたような形跡はあるものの、姿は見えなかった。おかしいわね…、とエミリーが呟きながら部屋を見渡していると、バスルームからシャワーの音が聞こえてきた。
「なんだ、そこにいましたの?」
エミリーはそう言うと、バスルームの扉に向かって、メリーベル?そこにいますの?と声をかけた。しかし返事はない。なんだか様子がおかしいとお互いが思ったのか、エルとエミリーは顔を見合わせた。
「メリーベル?メリーベル?!」
エミリーはそう扉をノックした。しかし返事がなく、開けますわよ!と言うと扉を開けた。
バスルームは湯気に満ちていた。シャワーは流れ続けており、その少し奥にあるバスタブには人影が見えた。エルとエミリーは慌ててその人影に近づいた。
「あっ…!」
エミリーはその人物を見て目元を両手で隠した。そこにいたのは、フィリップスだった。湯船につかって、壁に頭を持たれかけさせて、寝息を立てていた。どうやら、深い眠りについているようだった。
「な…、なぜフィリップス様が…」
エミリーは目元を隠しながら、そう言った。エルは、とりあえず、起こさないと…、と言ってフィリップスの肩に触れた。
「フィリップス様、そのまま寝ては危ない……」
エルはフィリップスの肩を揺らした時に、何かの違和感を感じた。湯船につかるその体に、男性にはあるはずのない胸の膨らみが見えた気がしたからだ。
「え…」
エルは、咄嗟にフィリップスから手を離した。エミリーは、どうかいたしましたの…、と指の隙間からこちらをのぞいた。その時、彼女もフィリップスの異変に気がついたようで、硬直した。
「……ん…」
フィリップスは眉をひそめると、ゆっくりまぶたを開けた。そして、エルとエミリーに気がつくと、目をまるくして、そして両手で自分の胸を覆った。バスタブからお湯がはねて、エルの頬に垂れる。エルは次第に冷たくなっていくその滴に、急に動揺して混乱していた頭が動き始める。
「……フィリップス様……」
震える声でエミリーが呟く。フィリップスは苦しそうに、バスタブにはられたお湯に視線を落としたまま眉をひそめた。
「……すまない……」
フィリップスのその謝罪が、今2人が見た物をすべて肯定した。暫くの間、流れ続けるシャワーの音だけが、バスルームに響き渡り続けた。




