20 その双子は1
恒例になってきたお茶会が終わり、エルは、ネル、エミリー、メリーベルとともにそれぞれの目的地に到着するまで一緒に歩いていた。なんとなくエルはネルと隣を歩くことになり、エルはぎこちなくなる。前のヴェルドとの一件から、ネルとはその時の話に不自然なほどお互い触れず、どこかエルは彼女に対してぎくしゃくしてしまう。
そんなエルに気づいてか、それとも気づいていないのか、わからない様子でネルはエルの隣から離れてエミリーの傍に向かった。
「そういえば、シェリーのところはまだ、第三王子との結婚を諦めてないんだな」
ちょくちょく城に来たって話を聞くけど、とネルが話す。エミリーは、あらそうなの、と特に気にもとめない様子で言った。
「使用人たちからしたら、シェリー以外のあんたらと結婚してもらったほうが有難そうだけどな」
ネルは、何かを聞き出そうとしているのかシェリーの話題を続ける。エルは、ネルの背中を見つめながら表情が硬くなる。
お城に来たシェリーの応対をした使用人たちは大抵、例の火傷事件からシェリーを恐れており、そしてシェリーもアランのいない場では高圧的な態度でいるのだという。そんな話を耳にする度に、エルは心の中で、そんな方じゃなかったはずなのに…、と困惑する。
エミリーはネルの言葉に、何を言ってるのよ、と呆れたような顔をした。
「決定権は殿下の方。で、私は断られた。この話はもうすでに終わってるのよ」
「フィリップスと先日また出かけたらしいな」
メリーベルにそう言われて、エミリーは顔を赤くして、えっ!と声を上げた。
「い、いい、行ってないわよ!お城でお会いしたときに少しお話してるだけよ!おでかけは一度だけ!」
「へー、思ったより仲良くやってるんだ」
メリーベルはエミリーを見て口角を上げる。頬を赤くしたエミリーが、恨めしそうにメリーベルを睨んだ。
「…あなた、もしかしてカマをかけたのね?」
「フィリップスはそういう話を言いふらさないからな。エミリーなら言いそうだと思って」
「…」
エミリーは悔しそうに唇を噛んだあと、はあ、とため息をついた。
「…でもフィリップス様、私のことは眼中にないみたい。とっても優しいけれど、…それだけ」
「まあ…、そういう奴さ」
メリーベルの言葉に、エミリーは、もう!と怒る。
「アドバイスとかしなさいよ!双子の姉なんでしょ?弟の考えてることくらいわからないの?!というか、あのハロルドとか言う男は何?!毎回毎回邪魔してきて、どういうつもりなの?!あなたなんとかしてよ!!」
「…無茶ばかり言うな」
メリーベルが呆れた顔をする。エミリーは、もうっ!ともどかしそうに怒る。
するとエミリーの隣にいたネルが、遠くの方を見て、あっ、と声をもらした。エミリーは怒った顔のまま、なによ!とネルのほうを見た。すると、そこにはフィリップスがいた。
エミリーは、急におとなしくなり、ふ、フィリップス様…、と声をもらした。フィリップスはこちらへ慌てた様子でやってくると、やあ、とみんなに挨拶をした。
メリーベルはフィリップスの方を見て、どうした、と聞いた。フィリップスは困ったような顔をした後、兄さんが来る、と言った。メリーベルはその言葉を聞いて少し目を丸くしたあと、目を伏せた。フィリップスはメリーベルを見つめて口を開いた。
「1週間ほど城に滞在するらしい。…私は軍の方をしばらく休むよ。メリーベルは?」
「…困ったな。リズが辞めたばかりで新しい侍女がまだ見つかってないから、僕以外に代わりが……」
メリーベルは腕を組んで悩む。しかしすぐに、あっ、と声を漏らすと、エルの方を見た。
「エリィ、そういえば少し前にエドワード殿下の侍女をしてたな」
エルは、えっ、と声を漏らした後、真剣な顔をしたメリーベルを見つめた。エルは、彼女の言わんとしていることを察して、え、え…、と動揺する。
「あっ、あの私…」
「頼む。僕たちの兄が城にいる短い間だけ、ヘレナ様の侍女を代わってくれ。メイド長には話しておく」
「えっ…」
エルは困惑しつつも、エドワードの侍女代理を頼まれたときほどの嫌さはなかった。それに、メリーベルの頼みともあれば、断る理由もなかった。エルは、使用人の自分がこんな役を何度も請け負ってもいいのかと思いつつも、わかりました、と頷いた。
フィリップスは、そんなエルを見て、本当に助かるよ、と言った。エルは、フィリップスを見上げて、あの、と言った。
「お兄様がみえると、何か不都合があるんですか?」
「…」
「…」
エルの質問に、メリーベルとフィリップスは黙った。エルは、不思議に思いながら二人を交互に見た。するとフィリップスが、苦笑いを漏らした。
「…とても口うるさい兄なんだ。死んだ父さんに似て、男は男らしく、女は女らしくって、そればっかりで。父さんもそうだったけど、彼の考える道から少しでも外れると、ものすごく激昂するんだ。それが少し…面倒くさくてね」
フィリップスの言葉に、メリーベルが頷く。エルは、さらにわけがわからなくなり、混乱する。
「…あの、お二人のどこに、怒られる要素があるんでしょう…?」
エルはそう尋ねる。メリーベルは料理や裁縫が得意で家庭的で、フィリップスは騎士団で勇ましく戦で戦果を挙げている。彼らのどこに彼らの兄は不満があるというのか。
メリーベルは軽く咳払いをすると、まあ、と呟いた。
「色々あるんだ。とにかく頼む。後生だ」
エルはそうメリーベルに押し切られた。エルは、わかりました、と頷いた後、あっでも、と言葉を続けた。
「ヘレナ様のお許しは出るでしょうか?」
「ああ…ヘレナ様は了解くださるよ」
メリーベルはそう、当然のように言った。エルは、いいのだろうか、と思いつつも、確かにヘレナ様なら良いと言ってくれそうだと思い直した。
フィリップスとメリーベルは、少し作戦会議するか、と言い合うと、それじゃあ、とエルとネルとエミリーに別れを告げた。その背中を見つめながら、ネルは、あーあ、と意地悪くエルを見た。
「あんたまた、良いように使われちゃったね」
「良いの。それに、エドワード殿下の時よりずっと心穏やかだもの」
エルはそう呟く。すると、エミリーが呆然とフィリップスを見つめる横顔が見えた。
「…あまりお話ができなかったわ」
エミリーはそう、残念そうにつぶやく。エルはそんなエミリーを見つめて、なんだかお忙しそうでしたから仕方ありませんよ、となだめた。するとエミリーは、じっ、とエルの方を見た。
「あなた、使用人のくせに侍女を連続でさせられるなんて、災難ね」
「え、ええ、まあ…」
「…でもあなた、エドワード王子の侍女を短い間とは言えこなしたのよね?何者なのあなた?ほんとうにただの平民なの?」
エミリーは訝しげにエルを見る。エルは困惑しながら笑うしかなかった。その後ろで、ネルが必死に笑いをこらえていた。
こうして、エルの侍女生活が再び幕を明けた。
とはいえ、エドワードのときと比べて格段に仕事がしやすかった。元よりお部屋担当としてヘレナのそばで働いていただけではなく、ヘレナのその温厚な性格と、さらには口うるさい侍女のリズがもういないことで、エルは伸び伸びと仕事ができた。
ヘレナは侍女として接してみても変わらずに気さくで優しく、よく笑う素敵な女性だった。貴族だった頃の印象と何も変わらないヘレナのことを、エルはもっと好きになった。
ヘレナが家庭教師と別室で勉強をしている間、エルは一人でヘレナの部屋で待機していた。ヘレナが部屋に戻る頃に合わせてお茶の準備をしたらいいので、それまでは自由だった。
すると、部屋がノックされた。返事をすると、ラインハルトと彼の執事が入ってきた。エルは慌てて深々と頭を下げた。ラインハルトは、お?と部屋の周りを見回した。
「ヘレナはいないのか?」
「はい。家庭教師と別室でお勉強されております」
「そうか…」
ラインハルトはそう呟く。お戻りになるまで待たれますか、と尋ねると、いやいい、とラインハルトは頭を振った。エルは、かしこまりました、と頭を下げると、元いた場所に戻った。
「…しかし殿下、今一度お考え直しください」
執事がそうラインハルトに話しかけた。ラインハルトは、少し神妙な顔をした。
「跡継ぎをうめないヘレナ様と、いつまで夫婦でいらっしゃるおつもりですか?」
執事の言葉に、エルは息が止まった。ラインハルトは額に手を当ててため息をついた。
「…そうは言っても、離婚なんかできるわけないだろ。同盟国の姫君を、何といってお返しできるんだ」
ラインハルトはそう言うと傍にあったソファーに座った。執事は、しかし殿下、とラインハルトに詰め寄った。
「このままでは、アラン殿下に次の国王の座を奪われてしまいます。パーク卿が自身のご令嬢との結婚を執拗に迫っています。ただでさえ今、貴族たちのアラン殿下への支持が強くなっているのに…」
「…アランは結婚しないさ。本人がそう言ってる」
「周りがそんなこと許しません!パーク卿だって、何としてでも娘を嫁がせる気でいます!」
「…」
ラインハルトは執事を横目で見ると、ため息をついた。
「そうは言っても、手段がない」
「愛人をお作りになられては?その女にうませて、ヘレナ様の実子としてお育てになられればいいのです」
「どうやって誤魔化すんだ。伝統派は煩いぞ。特に、ハリソン家なんかは必ず嗅ぎつけてくるにきまってる」
「…では、…では、ヘレナ様とアラン殿下が不貞関係にあるという噂を流しましょう。ヘレナ様を追い出す言い訳も立ちますし、アラン殿下の評判も下がる。まさに一石二鳥です」
「…今のアランに、そんなことをすることができると周りが信じるだろうか」
ラインハルトは深いため息をつく。すると、部屋の扉が開いて、ヘレナと家庭教師が入ってきた。ラインハルトは不気味なほど急に表情を明るくすると、ヘレナ!と声を上げた。ヘレナはソファーに座るラインハルトを見て、驚いたような顔をした。
「殿下、どうなされたのですか?」
「ヘレナに会いたくなったんだ」
「まあ…」
ヘレナは微笑むと、家庭教師の女性の方を見て、ごめんなさい、本のお話の続きはまた今度、と謝った。家庭教師は微笑ましそうに、はい、と頷くと部屋から出ていった。
ヘレナはエルの方を見ると、エリィ、と呼んだ。エルは、笑顔のヘレナにぎこちない表情しか返せなかった。
「お茶の準備をお願いできるかしら」
「…はい、かしこまりました」
エルはそう言うと部屋から出ようとした。するとラインハルトが、ん、と怪訝そうな顔をした。
「あれは使用人じゃないのか?」
「しばらくメリーベルがお休みなので、代わりに侍女をしてもらってるの。エリィと言います」
ヘレナは部屋から出ようとしたエルの腕を組むと、仲よさげに微笑んでラインハルトに見せた。エルは、深々と頭を下げた。ラインハルトは目を丸くしたあと、そ、そうか、と少し動揺した素振りを見せた。ただの使用人だと思って聞かれたくない話を堂々としてしまったが、侍女代理だと知り慌てているのだろう。
エルは居づらくて慌てて部屋から出た。すると、すぐに、ラインハルトの執事が追いかけてきて、おい、と鋭い声で呼び止めた。
エルは恐る恐る振り向いた。すると執事はきつくエルを睨んだ。
「…お前、さっきの話、…わかっているだろうな」
執事は脅すようにエルに言った。エルは動揺して固まる。執事は冷たい目でエルを見据えると、お前なんかここで消してやってもいいんだぞ、と言い放った。
エルは頭を左右に振ると、決して言いません、とか細い声で言った。
「こんなこととても、…言えません。ヘレナ様が傷つくだけですから」
エルがそう答えると、ならいい、と執事はエルのそばから離れた。エルは遠くなる彼の背中を見つめながら、自分の足が震えているのが分かった。自分が脅されたからではない。ヘレナが裏であんな扱いをラインハルトから受けていたのだという事実に、恐怖を感じたからだ。




