表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/95

19 侯爵と使用人は相容れない2

マシューと別れたあと、エルは自分の仕事に戻った。

久しぶりにした掃除に、なんだかやっとここに帰ってきた、という気持ちにエルはなって、どこか安心した。


もう今日の仕事は終わろうかという時間になった頃、エルは掃除をするネルを見つけた。エルは他に誰もいないことを確認すると、ネルに近づいた。ネルはエルに気がつくと、おう、と呟いた。


「どうした?」

「…良いニュースと悪いニュースがあるの、どっちから聞きたい?」

「…なんだよその導入は」


ネルが呆れた顔をしたが、エルの顔は非常に暗かったため、ため息をついたあと、じゃあ良い方、と言った。


「良い方、は、お見合いはなしになりそうです。ここから追い出されずに済みそう」

「へえ、またなんで?」

「ロゼ様に何度かお見合いの話を相談してたでしょ?だからエドワード殿下のお耳にも入ったの。そうしたらお世話係の代理をしてた縁もあって、エドワード殿下が直接お見合いを勧めた相手に話してくれるらしいの」

「ほー。ま、殿下に言われたらしゃあないか」


ネルは納得したあと、…で、と嫌そうにエルの方を見た。エルは目を伏せて、じつは…、と呟く。


「シェリー様に、顔を、見られてしまったの…」

「……」


ネルは、はあ…、と深いため息をついた。


「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ここまでとはな…」

「…ごめんなさい…」

「…もういっそ見合いのお断りをするのなんてやめて、結婚して城から出たほうがましなんじゃね?」

「でっ、でも私、まだネルたちと離れたくないわ!」

「だからあんたは馬鹿なんだよ。死んだらそもそもお茶会だってできねえからな?」


ネルに突っ込まれて、エルは言葉を失う。ネルはまたため息をついた時、エルの背後を見て、あ…と声をもらした。エルはネルの視線の先を振り返った。するとそこには、ヴェルドの姿があった。


「ヴェルド…様」


エルが声を漏らすと、ヴェルドは腕を組んで小さくため息をついた。


「…まさかお前が、エドワード殿下まで味方につけるとはな」


ヴェルドは忌々しそうにエルを見た。そんなヴェルドを見て、エルは、アランに頼んでもエドワードに頼んでも、彼の神経を逆なですることには変わらなかったことに今更気がつく。エルは、あの…、と恐る恐るヴェルドに話しかける。


「つまりお見合いは…」

「…断るしかないだろ。殿下に直々に呼び出されてしまったら」


ヴェルドが憎そうにエルを睨む。エルは怯みつつも、これで結婚もしなくてすむし、お城も出なくてよくなったことに安堵する。

ヴェルドはエルをもう一度睨んだ後、次はネルを一瞥した。


「…こいつが、お前の正体を知る人間か」


ヴェルドは2人に近づいてそう言った。ネルはヴェルドを冷ややかな目で睨み返した。エルは何とか取り繕おうと、いえ、彼女は…、と口を開いた。しかしネルは、そうだよ、と即答した。


「そんであんたが、この女を火事から助けた貴族ってわけね」


ネルはそうヴェルドに言い放った。ヴェルドはネルのほうをじっと見つめた。


「…お前は何者だ。なぜこの事件を追うんだ」

「あんたこそ、犯人知ってんならさっさと教えてくんないかな?」

「…お前に教える義理はない。お遊びの探偵ごっこをしてると、命を失うぞ」

「…とりあえず、あんたから聞かれたことに答えるよ。私はあの火事で家族をすべて失った人間の1人だ。だからこの事件の真相を探っている。さあこっちは答えてやったんだ。あんたもこっちの質問に答えてもらえるか」


ネルの答えに、ヴェルドは目を丸くした。しかしすぐに目を伏せて黙り込んだ。ネルは軽く舌打ちをしたあと、ふん、と鼻で笑った。


「何をそんな頑なに犯人を隠すんだ?あんたはどの派閥にも属してないはずだ。もしかして誰かから脅されてんのか?」

「……」

「…それとも、第3王子の婚約者候補の中に犯人がいるから、だから言いたくないのか?」


ネルは舐めるような視線をヴェルドに送った。ヴェルドはネルをきつく睨んだ。ネルはそんなヴェルドに口元に笑みを浮かべるが、目は一切笑っていなかった。


「ただでさえあんな状況の王子が、奇跡的に婚約者を選べたときに、その選んだ結婚相手の家が主犯だったら、その家とは結婚するわけにいかねえもんな。だって、第3王子の前の婚約者を殺した犯人なんだもんな。3大派閥の誰かと第3王子が結婚すれば、次の国王になれるかもしれないのに、そのチャンスがなくなるかもしれねえからな。第3王子が国王になったら、あんたにとってはそれはそれはうまい話だよな。あんたは第3王子とは旧知の仲だ。重役に取り立ててもらえるに決まってるもんなあ。第3王子に国王になってもらいたければ、あの火事なんかに足を引っ張られたくないよなあ?あんなのどうだっていい事件だもんなあ、お前にとっては。邪魔でどうでもいい貴族の女一人と、平民がたった十数人焼け死んだ゛だけ゛の事件だもんなあ、貴族様よ」


ネルはヴェルドにそう、絡みつくような言い方で話しかけた。彼がこれまで犯人をかばい続けていたのは、アランを国王にしたいがためだったのだと今更察して、エルは息を呑んだ。

ヴェルドはネルを睨みつけ続けたあと、小さく息を吐いた。そして、王都に流れる大きな川を知っているか、と尋ねた。ネルは怪訝そうに、ああ?と声を上げた、


「その川は、レグラス家領まで続く、様々な物資が行き交う大きな川だ。レグラス家領は永らく小さく貧しい町だったが、俺の曽祖父がこの川を活用して、商いが盛んな、豊かな町に変えたんだ」


ヴェルドはそう、誇らしそうに言う。ネルは、だからなんだ、と冷たく返した。ヴェルドは空を見上げた。


「俺の祖父も、父も、曽祖父の意思を継いで、町を豊かにしようとずっと苦心してきた。二言目には民のため民のためと、そういう人たちだった。…戦争にだって必ずいつも強い意志を持って、民のために命を賭して国を守ってきた。此度の戦争も、父は召集される前に自ら志願して参加した。そして、民のために命を落とした。名誉の戦死だ。そのおかげでこの国に、自分の町に住む民たちを守ったのだから。俺も彼らの意志を継いでいくつもりだ」


ヴェルドはそう、空を見上げていった。ネルは苛立ちを隠せない表情でヴェルドを睨みつけた。


「…近年、周辺の国々では、他国と戦争する動きが盛んだ。この国の中でも様々な意見がある。エドワード殿下のように、戦争を許さないという立場もあれば、革新派のように、どんどん攻め入り国を豊かにしようという立場もある。…どちらがこの国のためかは、俺にはわからない。でも、これからもっと世界は混沌としていくということはわかる。この国が、そんな中でも生きながらえるためには、素晴らしい王が必要だ。…アランのような、そんな王が。アランは頭がいい、戦の知識もセンスもある。そしてなにより、人を引きつける力がある。他の二人の兄では駄目だ、アランでなくては」


ヴェルドはそう言うと小さく歯を噛み締めた。


「…アランが、あの火事の犯人の家を婚約者に選んだとしても、俺は何も言わない。そのまま結婚を進めるように支持する。アランが国王になるために、あの事件なんて取るに足らないものだからだ」


ヴェルドはそう言うと、苦しそうに眉をひそめた。

エルは一度呼吸をして、それから、なぜ、と返した。


「なぜ…なぜそんなことを容認できるんですか?たくさんの罪のない人たちの命を奪った人ですよ?」

「民を守るためだ」


ヴェルドは、エルの言葉に被せるようにそう言った。


「アランが国王になれば、民を、この国を守ることにつながる。それは今を生きる人たちも、未来を生きる人たちにも恩恵がある。…それに比べたら、あの火事は小さな犠牲だ」


ヴェルドはそう、自分に言い聞かせるように言った。エルは、どこか苦しそうなヴェルドを見つめる。ネルは唇をかみしめると、ヴェルドを睨みつけた。


「小さな犠牲だなんて、私の前でよく言えたな」


ネルはそう言うとヴェルドに掴みかかろうとした。エルは慌ててネルに抱きついて止めた。


「だめ、だめよネル!」

「離せ!」

「落ち着いて…!手を出しては駄目!!」


エルは必死にネルに抱きついて、彼女を引き止めた。ネルはエルに抑えられて、しばらくの間のあと諦めて、エルを軽く押して距離をとった。エルは足元をふらつかせたあと、振り向いてヴェルドを見上げた。


昔から、彼とはお互いいがみ合っていたとエルは思い出す。貴族だった頃、ヴェルドみたいに直接嫌悪感を出しはしないものの、エルは彼から遠ざかり、なるべく接しないようにしてきた。

だから未だに、彼が自分をあの火事から助けたことを信じられない。理由も分からない。

ふとエルは、あの日の教会でのヴェルドを思い出した。


「…ならなぜ、ダニエル家領地にある私のお墓に来たんですか?一度じゃない、何度も」


エルはそう、以前疑問に思ったことを問うた。ネルはエルの言葉に、え、と声をもらした。ヴェルドはエルの言葉に目を丸くした。エルは、ヴェルドの目を見た。


「あなたは私へのお参りに来ていたんじゃない。そこに眠る、火事の被害者に祈りをささげているんじゃないんですか?ダニエル家領だけじゃなく、他の被害者の方々のもとへも行っているんじゃないんですか?小さな犠牲だなんて、本当に思っているんですか?」

「………お前に何がわかる」


ヴェルドは、そう苦しそうに声を出した。そしてもう一度、お前なんかに何が…、と繰り返した。エルは、そんなヴェルドを見つめる。ヴェルドはエルから目をそらすと、足早に歩き始めた。

ネルは、そんなヴェルドに舌打ちをした。エルは恐る恐るネルを見上げる。


「ネル…」

「……でも、前よりさらに確信した。犯人はパークだ」


ネルは乱れた髪を荒々しく直してそう言った。エルは、え、と声をもらした。


「あの3つの派閥のなかで、第3王子を国王にしようとおもえば、革新派がいちばん手堅い。あいつは第3王子が革新派の令嬢と結婚することを望んでて、だから火事のことを深掘りされたくないんだ」

「……」

「…あいつは、火事が起きると知ってて見過ごした。あんたが死んで、別の婚約者が第3王子のもとにくることを望んであの火事の陰謀を知ってて止めなかったんだ」

「それは…」

「わかってんのか?あいつは、お前が死ぬのを望んでたんだ。第三王子を国王にするために、お前には死んでほしかったんだ」


ネルはエルにそう睨みつけた。エルはうろたえて目を泳がせる。


「あんなやつを私から庇うなんて馬鹿だろ」


ネルはそう吐き捨てる。エルは慌てて、それは違う、と言い返す。


「ヴェルドを庇ったんじゃない、あなたが彼に手を挙げて、何かの罪に問われないようによ!上級貴族と平民との間にこんなことがあったら、あなただけが悪くされるに決まってる!」

「それでもな、殴らなきゃいけないときがある」

「でも…、私はあなたに悪者になってほしくない」


エルはネルの両手をつかむ。そして、ネルをまっすぐに見上げた。


「この世界のルールの正攻法で、犯人を探しましょう。それからずれたら悪者にされる。パーク侯爵は強大な力をもつ貴族よ。しっかりした証拠を探して、追い詰めるのよ、もちろん2人で」

「……」


ネルは唇をかみしめると、目を伏せた。そして、頭を冷やしてくる、と言うと、エルの手を乱暴に振り払って歩き始めた。エルはその背中を見つめた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ