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19 侯爵と使用人は相容れない1

エドワードとロゼの結婚式が終わり数日経った頃、ようやくエドワードの新しい執事が見つかった。こうして無事に、エルはヘレナの部屋担当兼掃除仕事に戻れることになった。


世話係代理最後の日、エルが挨拶に向かうと、エドワードはロゼと仲良く向かい合ってお茶をしていた。ロゼはエルの姿を見ると、あら、と微笑んだ。


「エリィ、今日でエドワード殿下のお世話係代理は最後だったかしら」

「はい。お世話になりました」


エルが頭を下げると、やあね、あなたはお世話をしたほうでしょ、とロゼが笑った。

エドワードは軽く咳払いをすると、小さな小さな声で、世話になった、と言った。エルは、最初の頃より随分素直になったエドワードに目を丸くしたあと、ロゼがいるからだと気がついて小さく微笑んだ。


「これからヘレナ様のお部屋担当に戻るんだったかしら?」


ロゼに尋ねられて、はい、とエルは頷く。ロゼは、そうなのね、と呟く。


「ヘレナ様の侍女をしてたリズ、結婚相手が決まったらしいわ。じきに侍女もやめてしまうでしょうね」

「そ、そうなんですか…」


エルは、あの怖いリズがいなくなることに一安心する。そんなエルを見ながら、そういえば、とロゼはエルの方を見た。


「あなたも結婚するんじゃなかった?」

「そうなのか?」


エドワードが少し驚いたように言った。エルは苦笑いを漏らして、で、できればお断りしたいのですが…、と呟く。そんなエルを見て、なんだ、とエドワードが口を開く。


「断りたいなら断ればいいだろ」

「あら、そんな容易くできるものじゃないわよ。縁談を持ってきた人の面子もあるし」

「まあ…、でも、嫌なら断ればいい」


エドワードがそうエルに言う。エルは苦笑いを漏らすしかない。そんなエルをじっと見ていたロゼは、何かを思い出したように、あっ!と声を漏らした。


「そういえばあなたのお見合いの相手って、ヴェルドの紹介だったわよね」

「ヴェルドの?」


エドワードがまた驚いたような顔をする。ロゼは、そうなのよ、とエドワードの方を見る。


「彼、アラン殿下の婚約者だったエル・ダニエルのことが昔から嫌いだったらしく、顔が似てるエリィのことを虐めてるのよ!あの人、私怨で彼女のことをここから追い出そうとしてるんだから!」


ロゼがそうエドワードに告げ口をした。エドワードは腕を組んで小さく息をついた。


「…そういえば、そんなこともあったな…」


エドワードは過去を思い出しながら少し困ったような顔をした。そして、わかった、とエルの方を見て言った。


「俺からヴェルドに話してやろう」


エドワードの申し出に、エルは、えっ!と声を漏らした。


「よ、よろしいんですか?」

「お前には色々と世話になった。…それに」


エドワードはエルの顔を見ると、懐かしそうに、そして少しだけ悲しそうに笑った。


「…弟の婚約者に似ているから、だから特別にだ」


エドワードの言葉に、エルは、え…、と息をもらす。ロゼは、あら、とエドワードの方を見て微笑んだ。


「あなたはエルのことを可愛がっていらしたの?」

「…あの頃のエルといるときのアランを見ていたから、嫁のこともちゃんと目をかけてやろうとは思っていた」


エドワードの思いがけない本音にエルは、自分に対して彼が、本当はそんなことを思っていたんだと驚く。

エドワードかは、とにかくこの件は俺に任せておけ、と頼りがいのある様子で言ってもらえたので、エルはそのお言葉に甘えることにした。

エルが2人に頭を下げて部屋を出ようとした時、エドワードが新しく来た執事に、レグラス卿を呼んでこい、と申し付ける声が聞こえたため、この話は想像するよりも早急に解決しそうだとエルは驚きながらも安堵した。










エドワードの部屋から出て、エルは自分の仕事へ向かった。すると、ベンチに座るシェリーの姿が見えて、エルは咄嗟に身を隠した。さすがに彼女は自分の顔を覚えているだろうし、パーク家があの火事の犯人だという線が濃い以上、エルは彼女に顔を見せるわけにはいかなかった。

エルは、引き返そうとそっとシェリーの様子をうかがった。シェリーは、白い肌をさらに真っ白に、むしろ青くしていた。エルは、あ…、と小さく声をもらした。


昔、初めて彼女と会った時も、彼女はあんな顔色をしていた。アランがお城に戻る直前くらいの頃、シェリーは父親に言われたと言ってアランの別荘に来たことがある。周りがアランに新しい婚約者をという声が上がり始めたころで、シェリーもその声に押されて会いにこさせられたのだろうというのは、幼い頃のエルにはよく分かっていなかった。


部屋でアランと話があった父親から、先に部屋を出るように言われたシェリーは、顔色悪そうに中庭のベンチに座って父親を待っていた。いつものようにアランの元へ来たエルは、そのシェリーの姿を見て心配そうに声をかけた。すると彼女は言った。父親からの要望に、自分がうまく応えられるのか不安だったのだと。エルは、顔を真っ青にしてか細い声しかだせない彼女を心配して、アランのために焼いてきたクッキーを彼女に差し出した。彼女はそれを両手で受け取ると、あどけない表情で、おいしい、と微笑んだ。その顔を今になってもエルは、忘れられないでいる。


それからしばらくして、彼女がアランに好意を抱いているのだという話をエルは風の噂で聞いた。確かに彼女は、社交界の場で嬉しそうにアランに話しかけていた。周りからよく、シェリーのほうがお似合いなのにと陰口をエルは叩かれた。

それでもエルは、シェリー本人から嫌味を言われたり、傷つけられたりすることはなかった。取り巻きを使ったシェリーがアランをつれて行ってしまうこともあったけれど、彼女自身はエルのことを、エルお姉様エルお姉様と、人懐こく慕ってきた。だからエルは、彼女のことを悪い子だとは決して思っていなかった。


「(それなのに、彼女は使用人の手にわざとお湯をかけた…)」

「あっれ、エリィ!なにやってんのさ、こんなとこで」


背後から大きな声を出されて、エルは、驚いて飛び上がってしまった。振り向くとマシューが話しかけてきていた。

そのとき、シェリーがこちらを見たのに気がついて、エルは背筋が凍った。

マシューは、あれ、シェリーじゃん!と彼女に大きく手を振った。


「どうしたの?アランに会いに来た?やあやあご苦労だね、アランはもう結婚しないって宣言してるのにさ」


マシューはベンチに座るシェリーのそばに向かった。シェリーはゆっくりと立ち上がると、その場を去ろうとしているエルに近づいた。


「…エルお姉様…?」


エルはゆっくり振り向いて、そして、いえ…、と頭を振った。シェリーはまっすぐにエルを見つめ続ける。エルはその視線に耐えられずに目をそらす。


「違うよ、彼女はエリィ。似てるけど別人だよ。僕も最初はびっくりしたけどさ、でもよく見ると違うよ。ねえほら、髪の長さとかさ」


マシューがシェリーに近づいてそう話す。シェリーはそんなマシューなど気にもとめずにエルの顔を凝視する。ヴェルドの、下手に嗅ぎ回ると殺されるぞ、という言葉が脳裏に浮かび、自分のやらかしたことの大きさがじわじわと身にしみた。


「…別人?…本当に…?」


シェリーは半信半疑でそうエルに尋ねた。エルは恐る恐る頷いた。


「あの…よく、聞かれます。でも別人です。私は、港町で育ちました……」

「……そう」 


シェリーは目を伏せた。エルは、そばで見るとさらに顔色の悪い彼女につい、あのっ、と声をかけた。


「その、…顔色が悪いようで…あの…心配…、で……」


エルはそう言ったあと、差し出がましいことを申し訳ありません、と頭を下げた。シェリーはしばらく黙ったあと、…やめて、と呟いた。エルは顔を上げて、え、と声をもらした。


「…あの人と同じ顔で、私に優しくしないで」


シェリーはそう言ってエルを睨見つけると、踵を返して去っていった。その背中を、エルは呆然と見つめる。


「ああ、気にしないでエリィ。シェリーって人懐っこく思われがちだけど、かなり気難しいんだ」


マシューがエルにそう言って笑った。エルは、あの、とマシューのほうを見た。


「その、シェリー様とお知り合いなんですか?」

「シェリーと?うん、幼なじみ」

「幼なじみ…」

「昔っから結構気がつよいよ。女の子らしくって可愛い、なんて周りからは人気あったけどさ、僕からしたら信じらんないよ。あんな怖い女の子見たことない」


マシューがそう笑った。エルは、えっ、と声をもらした。マシューは遠くなるシェリーの背中を見つめて、でもさ、と呟いた。


「彼女も色々抱えてるんだよ。父親から色々要求されてさ、それに応えようと必死になってる。一生懸命頑張ってはいるんだ。アランがもうあんな調子だから余計に父親に詰められてるんじゃないかな」


マシューはそう言うと小さく息をつく。彼女の顔色が悪かったのはそのせいか、とエルは心の中で呟く。


「で、あんなとこに隠れてエリィは何をしてたの?」

「あっ、ご、ゴミが落ちてて…」

「そうなんだ!仕事熱心でいいことだねっ」


マシューはそう言って快活に笑うと、あっ、もう会議始まっちゃう!ばいばい!と手を振って去っていった。

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