18 あの日の花束を君へ
ロゼの結婚式は、クリスタル侯爵家の屋敷にて行われた。エルとネルはその日、来賓としてはもちろん参加できないので、式のお手伝いとしてやってきた。ネルは、何か情報収集はできないかと静かに張り切って式場内を散策していた。エルはといえば、そんなネルに付いていく暇なくどんどん他の式場の使用人から仕事を頼まれて、忙しなく動き回っていた。
すると、1人の使用人から、新婦の控室に来てほしいと頼まれた。急いで向かうと、そこにはウェディングドレスに着替えたロゼがいた。エルは、ロゼの美しい姿に息を呑んだ。ロゼはエルに気がつくと、振り向いて微笑んだ。
「エリィ、今日はありがとう」
「いえ、あの、本日はおめでとうございます、ロゼ様。とってもお美しいです…!」
エルの言葉に、ロゼは微笑んで、ありがとう、と言った。エルはゆっくりとロゼの隣に向かった。椅子に座ったロゼは、エルを見上げて今一度微笑んだ。エルもそんなロゼにつられて口元を緩める。
「ネルも呼んだのだけれど、一体どこで何をしているのかしら」
「あ、あはは…」
もう、と少し呆れたようにため息をつくロゼに、エルは苦笑いをもらす。
ロゼは鏡に映った自分を見て笑顔をつくってみせたあと、少しだけ目を伏せて、悲しそうに微笑んだ。エルはそんなロゼに気がつくと、ロゼ様?と声をかけた。ロゼは鏡越しにエルを見ると、ぱっと表情を明るくした。
「なんでもないのよ。朝から準備をして、少し疲れただけよ。だめね、今から本番なのに!」
「……」
エルはしゃがみ込んで、座るロゼと目線を合わせた。そして、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。ロゼはそんなエルを見て、無理やり笑っていた顔を止めて、ゆっくり目を伏せた。
「…お父様がね、婚約前に私におっしゃったの」
「はい」
「もう少し、エドワード殿下からの求婚を待っていてもいいんだぞって」
「……」
エルは少しだけ目を丸くした。お父様は、昔から私がエドワード殿下を好きだったことを知っていたから、と呟く。
「でもね、お城を去る日にあの人に会ってわかったのよ。私が好きだったあの人はもういないんだって。みんなの言う通り、偏屈で冷たくて…そんな人に、あの人はなってしまったの。もう私のことなんて、なんとも思っていない」
「…ロゼ様」
「それに、いつまでも行き遅れの娘だって周りから言われるのにもうんざりして、疲れきっていたから。これでよかったのよ、これで」
ロゼは自分に言い聞かせるようにそう言うと、ごめんなさい、とエルに謝った。
「こんなこと、あなたに聞かせてしまって」
「あっ、いえ、…、結婚前に、女性は不安になることがあるって…」
「あら、私も聞いたことあるわ。まさか私がそうなるなんて」
ロゼはそう言うといつものように笑った。エルは、どうしていいかわからずに、少しだけ口元を緩めてみせる。
「(…エドワード殿下のことを、お伝えしたほうがいい…いや、もうしないほうが…)」
エルはまた、その堂々巡りに陥る。悶々と考えこんでいると、式場の使用人が、式の準備が整ったと、ロゼを呼びに来た。ロゼは頷くと、立ち上がった。使用人がロゼのドレスを整えて、歩き出す準備を始める。
「それじゃあ、行ってくるわ。また式場でね」
ロゼはそう微笑むと歩き始めた。エルは、はい、と頷くと、その背中を見送る。
「(…見送って…良かったのだろうか…)」
エルは遠くなるロゼの背中にまた悶々と考える。今更言うことではない、と止める自分と、誤解したままで良いのかと咎める自分が頭のなかで戦う。エルが考え込む間に、ロゼはもう姿を消してしまった。
式場では、素晴らしい式が執り行われた。大勢の人の前で、ロゼとロゼの結婚相手、クリフ・ブラウンとの違いのキスが見届けられた。たくさんの人たちのお祝いの拍手や笑顔の中、ロゼは幸せそうにほほ笑んでおり、エルは式場の後ろで控えながら、やはり言わなくてよかったんだと安堵した。
披露宴にて、エルはクリスタル侯爵家の使用人たちに混じって食事の配膳等で忙しなく動いていた。
華やかな格好をして会話に花を咲かせる貴族たちを見て、昔は自分もあちら側だったのかと思うと不思議な気持ちがした。眩しい彼らを見ながら、過去を思い出してどこか胸の奥が苦しいような気持ちになる。
「あらエリィ!」
声がして、そちらを見ると、ドレスに身を包んだマリアと、その隣にはエミリーがいた。エルは、こんにちは、と頭を下げた。マリアはエルのそばに駆け寄ると、いつものようにエルの手を握った。普段からスキンシップの多い彼女だけれど、まさかここでも通常通りで彼女がいることにエルはどきりとした。しかしマリアは当然のようにエルにぴたりとくっついて話を始めた。
「素敵な式だったわねえ、エリィ」
「え、ええとっても…」
「…ちょっと、ここはいつものお茶会じゃないのよ。使用人とあなたが馴れ馴れしくしていては変なふうに見られるわよ」
エミリーがマリアにそう注意する。マリアは、あら、としかしエルからは1ミリも離れずにエミリーを見た。
「ごめんなさい、なんだか自然に体が動いてしまって…」
「…いいから離れなさいってば」
エミリーがマリアの腕を引いてエルから距離を取らせた。マリアは、あら、と少しとぼけながら頬に手を当てた。エルは苦笑いを漏らしながら2人を見た。
2人とも結婚式に参列するためにドレスアップしており、それが2人の美しさをさらに引き立てていた。エルはつい、そんな2人に見惚れる。2人に目線を奪われるのはエルだけではないらしく、周りの若い貴族の子息も、2人の方に視線を送る者がたくさんいた。しかし、アラン殿下の婚約者候補である手前、話しかける猛者はなかなか現れなかった。
エミリーは、ふう、と息をついてどこか楽しそうに口元を緩める。
「殿下の婚約者候補ってだけで声をかけられなくなるから、そこだけは本当に有難いわ」
エミリーは、おかげでスイーツが楽しめるわ、と嬉しそうに呟く。彼女が普段からどれだけ気を使わされているのかが伺えて、エルは何とも言えない気持ちになる。そして、結婚すれば周りから何も言われなくなる、と言っていたロゼの言葉を思い出して、エルは何とも言えない気持ちになる。
「(…結婚は好きな人とするものじゃない。家のためにするもの。…わかってはいるけれど…)」
エルは、ロゼのことを思って胸が痛くなる。やはり、ロゼにエドワードのことを伝えなくてもよかったのか。そう葛藤するけれど、クリフの隣で幸せそうに微笑んでいたロゼや、祝福する周りの人たちを見たら、やはり言うべきではない、と思い直す。エルはずっと、そんな考えを繰り返している。
「…エリィ、なにかあった?」
マリアは、またエルに近づいて自分の腕をエルの腕に絡めた。エルは驚いてマリアの方を見て、い、いえなにも…、と微笑んでごまかした。エミリーはため息をついて、隙あらばこのお人は…、と呆れたような顔をした。
「あなたねえ、周りの目も考えたら…」
「お前、来てたんだったな」
声がして、顔を上げるとそこにはエドワードと、その隣にアランがいた。エルは2人に頭を下げる。エミリーとマリアも上品にお辞儀をした。エドワードはエルと一緒にいるエミリーとマリアを見て目を丸くした。
「…それで、お前はこのお二方と知り合いなのか?」
エドワードが少し驚いたように尋ねた。エルが、何と答えていいのか困っていると、はい、お友達なんです、とマリアが即答した。エドワードは、どういう流れでだ…、と困惑している。
「…まあいい。アラン、せっかくお二人に会えたんだ。あっちで会話でも…」
エドワードがそうアランに勧める。エルは、前にエドワードがパーク家の令嬢とは結婚させたくなさそうなことを言っていたのを思い出して、彼があからさまにこの2人のどちらかとの結婚を望んでいるのを感じた。
エルは静かにこの場を去ろうとマリアの腕からするりと抜けようとした。しかし、マリアはエルの腕を逃さなかった。マリアは頬に手を当てて、まあ、と微笑んだ。
「殿下さえよろしければ、お話いたしましょう」
「あ、あのマリア様、私仕事が…」
エルがそう言うと、空いたエルの腕をエミリーがつかんだ。
「あちらのテラス席が空いていますから、そちらに向かいます?」
「(…エミリー様まで…!)」
なぜ自分まで連行される流れなんだとエルが困惑していると、アランが、いや、と頭を振った。
「…俺は以前、失礼にも婚約をお断りした身だ。遠慮させてもらう」
アランはそういうと、軽く会釈をしてどこかへ歩き出した。エドワードが、おい、とアランに声をかけたあと、小さくため息をついた。そして、失敬する、と言うと3人の前から去った。
「殿下がそうおっしゃるのなら仕方がないわよね」
マリアはそう、安心したように微笑む。エミリーも、そうよね、と安堵のため息をつきながら言う。エルは、そんな2人に苦笑いを漏らすしかなかった。
「でも、本人は結婚しないっておっしゃっているけれど、」
マリアが、遠くなるアランの背中を見つめながら呟く。アランはどんどん周りから話しかけられて、娘の紹介をされているようだった。エミリーは小さく息をつく。
「周りがほっておくわけないわよね。もう以前みたいな様子から治ったんだもの。ほっておく理由がないわ」
「王子というだけでなく、文武両道、容姿端麗、しかも前の戦争では大戦果を挙げられたんだものね。本人にその気がなくても、周りがなんとしてでも彼と自分の家の娘とを結婚させたがるわ」
マリアは他人事のように気の毒がる。エルがどうしていいかわからなくなっていると、披露宴の会場にロゼとクリフが入ってきた。カラードレスに替えたロゼに、周りがどよめく。エミリーとマリアは、一目見ようと彼女の方に向かう。エルも向かおうとしたけれど、自分の仕事を思い出し、またあとで、と二人に声をかけると、厨房に向かった。
厨房へ食事を取りに行きそれを並べたり、空になったお皿やグラスを下げたりと、エルは忙しくしていた。すると、厨房と披露宴会場の間にある中庭のベンチにぽつんとひとりで座るエドワードの背中が見えた。エルはワインの入ったグラスを乗せたトレーを持ちながら、一度立ち止まった。そして、深呼吸をしてから、ゆっくり歩き始めて、エドワードの傍に向かった。
「…殿下」
声をかけると、エドワードは顔を上げた。そして、ああお前か、と言うとエルから目をそらした。
「…アランは困ったやつだ。結婚のことに頑固になっている。今日だって何度も声をかけられても、断ってしまっていた」
「……殿下、」
「なんだ」
「……ロゼ様には、もうお会いになられましたか?」
エルの言葉に、エドワードはエルの方を見て口を噤んだ。そして、ふいとエルから顔を背けた。エルはしゃがみこむと、エドワードと目線を合わせた。エドワードはエルと目を合わせると少し目を丸くした。エルはエドワードの眼鏡の奥の瞳をまっすぐに見つめる。
「…ロゼ様は今日、クリフ様とご結婚されました。この式が終われば、もうこれまでのように殿下とはお会いになれないでしょう。最後にお伝えし忘れていることはありませんか?」
「……何もない」
「…」
「今の俺に言えることなんて、何もない」
エドワードは、そう呟く。エルはそんなエドワードを見つめて、殿下、と優しく呼びかけた。
「殿下は今日、なぜここにいらしたのですか?招待されていても、お断りだってできたはずです」
「……」
「ロゼ様の幸せそうなお顔を、一目見にいらしたのではないですか?」
エルの言葉に、エドワードは目を大きく開いた。エルはそんなエドワードに優しく微笑んだ。
「大切な方の未来を、幸せを、殿下が祈っていらっしゃることをお伝えください。伝えられなくなってからではもう、何もかもが遅い。殿下は、まだ間に合うのですから」
「……」
エドワードは一度目を伏せた。そして、小さく息を吐いたあと、空を見上げた。中庭には花が咲いており、その花の周りには蝶々が舞っている。エドワードはそれを遠くから見つめながら、ゆっくり立ち上がった。エルはそんなエドワードを見上げて微笑む。
すると、会場の方からどよめきが聞こえてきた。エルとエドワードは会場の方を見て、急いでそちらへ向かった。
エルとエドワードが披露宴会場に向かうと、一箇所に人だかりができていた。その中心には、ロゼとクリフ、そして、見知らぬ若い女性がいた。クリフとその女性は手を取り合っており、それに向かい合うロゼは呆然とした顔をしている。
「…なんだ、一体、何事だ…」
エドワードがそう呟く。すると、クリフの、すまないロゼ、という声が聞こえた。
「僕はやっぱり、シャルロッテのことが忘れられないんだ……、この結婚、取り消してほしい」
クリフはそう言うと、シャルロッテと呼ばれた女性を胸に抱いた。シャルロッテはクリフに頬ずりをして、クリフ様…、と恍惚の表情を浮かべている。エルは、わけがわからずにその状況を見つめる。すると、周りがざわざわと騒ぎ始めた。
「突然あのご令嬢が入ってきて…」
「あのお二人、婚約が決まったあともずっとお付き合いされていたみたいよ」
「まあ、行き遅れのご令嬢は誰だって嫌だよな」
「ああ、ロゼ嬢、なんて惨めなの。ああはなりたくないわ」
そう口々に言うと、冷ややかに笑う者や、この状況をどうしていいかわからず困惑する者など、その場は異様な空気に包まれた。
ロゼは動揺からか立っていられず、そのまま座り込んでしまった。すると、ヘレナが慌ててやってきて、ロゼの肩を抱いた。怒りの表情のクリスタル侯爵がやってきて、これはどういうことか、とクリフに問い詰めた。ブラウン子爵とその妻がやってきて、この2人もわけがわかっていない様子で顔を見合わせている。
「…ちょっと来い」
エドワードは、エルを呼ぶと、群衆をかき分けて輪の中心に向かった。エルはわけがわからないまま、グラスの乗ったトレーを持って、エドワードがかき分けた後を追いかけた。
エドワードが現れると、周りはさらにどよめいた。エルは、自分に注目がいっているわけではないとはいえ、萎縮して、顔が見えないように俯いた。すると、茫然自失の表情を浮かべるロゼが見えて、エルは、ロゼ様…、と彼女の傍にしゃがむ。エドワードはロゼの前を通り過ぎて、クリフとシャルロッテの前に立った。
「おい、よこせ」
エドワードはクリフ達の方を見たままエルに呼びかけた。エルはわけがわからないまま立ち上がり、エドワードの傍に向かった。すると、エドワードはエルの持つトレーからグラスを一つ取ると、クリフとシャルロッテにその中身をぶちまけた。赤いワインが2人にかかり、赤く染まる。2人は呆然とエドワードを見つめる。エドワードは2人を睨みつける。
「俺はな、ロゼが笑顔でいるところを見にわざわざここまで来たんだ!なんなんだお前らは!!とっとと去らんか!!!」
第二王子にそう怒鳴られて、ブラウン子爵夫妻は縮みあがる。まだ若いクリフとシャルロッテはまだ状況が分かっていないようで、ぽかんとしながら、ワインでベタつく顔を腕で拭っている。そんな2人の頭を夫妻が抑えて、エドワードに向けて勢いよく下げさせた。
「で、殿下、この度は愚息が大変申し訳ありません!!どうか、どうかお許しを…!」
「どうでもいい。今すぐにこの場から去れ。二度とその面を俺に見せるな」
エドワードにそう凄まれると、クリフとシャルロッテの頭を押さえた夫妻はすっかり縮こまり、逃げるように去っていった。
「と、とりあえずロゼ、こっちへ…。エリィ、手伝ってくれるかしら」
「は、はい…」
エルはロゼの肩をささえながら、会場から控え室へ逃げ込んだ。
ヘレナは呆然とするロゼの背中を擦っていた。エルは水を運んだりしたが、ロゼは一点を見つめながら固まるだけだった。エルが不安そうに見つめていると、ロゼははっとして肩を震わせた。
「ゆ、夢!?結婚相手が昔の女と手をつないで、私に結婚を白紙にしてくれって言う夢を…見ていた……」
ロゼはそう呟きながら脱力した。ヘレナはロゼの背中をさすりながら、ロゼしっかり…、と声をかけた。
「…とりあえず、この式を中断するように話をつけてくるわ。ロゼのことをお願いね」
ヘレナはそうエリィに言いつけると部屋から出た。エルは、少しずつ意識がはっきりしてきたのか、震え出すロゼの前にしゃがみ込み、彼女の手を両手で包んだ。
「ロゼ様…」
「え、エリィ…私……」
ロゼは声を震わせる。そして、少しずつ目に涙をにじませて、自虐的に笑った。
「…周りに笑われたくないからって結婚を望んだら、こんなことになっちゃって…こんなの一生笑われるわ……」
「ろ、ロゼ様…」
「私…わたし…」
ロゼは眉をひそめて、涙をこぼした。エルは慌ててロゼを抱きしめた。ロゼはエルの胸のなかで、声を押し殺して泣いた。エルはどうしようもなくて、彼女を抱きしめ続けた。
すると、扉がノックされた。ヘレナだろうか、と思いながらエルは、はい、と返事をした。すると、エドワードがやってきた。ロゼは顔を上げると目を丸くした。
「え、エドワード殿下…」
「…ロゼ」
エドワードに名前を呼ばれて、泣いていたロゼは気まずそうに顔を伏せた。エルは彼女の涙をふこうと、ハンカチを取りに行くために彼女から離れた。すると、先ほどエルがいた場所にエドワードが立った。
「…何か言いたいことでも?いい見せ物だった?あなたにとっては丁度いい式の余興だったかしら」
ロゼは顔を俯けてそんな軽口を言った。エドワードはそれには何も答えずに、ロゼの前に片膝をついて、彼女と視線を合わせた。ロゼはそんなエドワードに目を丸くした。
「…君に、花束を渡したことがあるのを、覚えているか」
エドワードの問いに、ロゼはきょとんとしながら、え、ええ…、と頷いた。エドワードは一度目を伏せた。
「あの日君を泣かせてしまってから俺は、君と、人とどう接したらいいのかわからなくなっていた。君の泣いた顔が、好きな女性を泣かせてしまったことが、あんまりにもショッキングだったからだ」
エドワードの言葉に、ロゼは息を呑む。エドワードは真っ直ぐにロゼを見つめる。
「俺はあの日から、君に本当の気持ちを言えずにいる。あの日の失敗が尾を引いて、俺は、君を失いかけた。でも今、最後のチャンスが与えられたのなら、俺は君に伝えたいことがある」
エドワードは一度小さく深呼吸をして。ロゼは呆然とエドワードを見つめる。
「…こんなときになってようやくこの申し出ができること、本当に情けなく思う。自分でも稚拙で、あんまりにもお粗末だとわかっている。もっと早く言えばよかったのに、言えなかった自分がいた。いや、言えたのに言おうとしなかった、という表現が部分的に正しいのかもしれない。しかし、俺は俺なりに、」
「…前置きがあんまりにも長すぎないかしら」
ロゼが少し呆れたように言う。エドワードは気まずそうに咳払いをすると、俺は、と言った。
「俺は君のことを愛している。もうずっと、ずっと前からだ。どうか俺と、結婚してくれないだろうか」
エドワードはそう言い切ると、少しずつ頬を赤くした。ロゼはエドワードの言葉に表情を輝かせる。そして、ゆっくりと微笑んだ。
「私もずっと、ずっと前からあなたのことを待っていました」
「…で、ロゼは第二王子と結婚、ねえ」
式から数日経ち、いつものようにお城で掃除をしながら、ネルはそんなことを呟く。エルは嬉しそうに微笑む。
「本当に幸せそうだった、ロゼ様。なんだか私、あれが本来の結婚って思ったわ!」
「へえへえ、夢見がちな話はもう結構だから」
ネルは面倒くさそうにエルをあしらう。エルは笑いながら、空を見上げた。
「…私も、もし結婚するのならそうなりたいな」
エルはそう呟く。ネルはそんなエルを横目で見る。
「夢見がちさんは寓話の王子様を待ち続けるわけね」
「待たないわよ、そんな人がいたらいいなってだけ。いなければいないで支障ない。だって私にはもう、大切な人がたくさんいるから」
エルはそう言って微笑む。ネルは黙った後、それじゃあ、と言った。
「やっばあのお見合いは断るわけね」
「それは…そうよ、断るつもり」
「へー、もったいない気もするけど。たんまり金がありそうなのにさ」
「もう、またそんなこと言って…。前も言ったけど、お金のことは二の次三の次なの、私にとっては!…まあ、無理やり押し付けられてたお見合いだし、そもそも全然乗り気じゃなかっ、」
「ちょい、ちょい待ち」
突然ネルに止められて、何事かとエルは彼女の方を見た。彼女の指さす方を見ると、なんとアランが少し遠くの方からこちらを見ていた。エルは、先ほどしていた話を思い出して、口元を手で隠した。ネルは、しーらね、と言いながら、目にも留まらぬ速さでこの場を去ってしまった。
エルは顔を青くしながら、向かい側に立つアランを見つめた。アランは小さく息をついたあと、エルのそばにゆっくり近づいた。
「…なんとなく、変だとは思っていたんだ。君は、誰かに無理に結婚させられようとしていたんだな」
「いえ、あの、私は…」
「大方、ヴェルドかマイクか…。すまなかった、彼らには俺の方から言っておく」
アランはそうエルに謝ると、暗い表情で歩き始めた。エルは、ま、待ってください!とアランの前に立ちはだかった。
「お見合いは無理やり、ですけれど私、…殿下が前を向くためには、私が…エル…さんと似ている私がここから居なくなったほうがいいのかもって…。だから強ち彼らの一方的な押し付けというわけではなくって…」
「……」
アランはエルの目を見た後、額に手を当てて重いため息をついた。そして、…君をエルと重ねていることは申し訳なく思っている、と口を開いた。
「…でも、もう俺のせいで、君を巻き込みたくない。君には自由に生きていてほしいんだ」
アランはそう言うと、目を伏せた。エルはそんなアランに言葉を失う。
アランはエルの目を見ると、それに、と続けた。
「それに俺はもう、他の誰とも結婚しない。君がここにいようがいまいが関係ない。もう決めたことだ」
「…殿下、」
「俺がヴェルドとマイクに言ってくるよ」
アランは、君が城を無理矢理追い出されるようなことにはしない、と言うと、また歩き出そうとした。エルは、またそんなアランをとめる。
「ま、待ってください!殿下から言っていただくと、またヴェルド…様が怒るような気がして…」
またエルを庇っているとヴェルドが憤慨するのが頭に浮かんで、エルは背筋が震える。アランは、そうは言っても、とエルの方を見た。
「他にどうするんだ?」
「……」
エルは考え込む。いい考えが何も浮かばずに、エルはさらにうーんと考え込む。アランはじっとそんなエルを見つめる。
エルは考えに考えたあと、アランのほうを見上げた、
「…何も浮かびません」
エルの言葉にアランは目を丸くする。そして、ちいさくふきだして、なんだそれは、と笑った。その笑顔に、エルはゆっくりとつられて笑った。アランとこんな風にまた笑い合えてうれしい気持ちと、もう本当に自分は必要ないのだと思い知らされて悲しい気持ちになる。
「…とりあえず、一度考えてみます」
エルはそう意気込むと、アランに頭を下げた。アランはどことなく心配そうにエルを見て、思い浮かばなければ俺に声をかけてくれ、と言った。エルはアランを見て、はい、と言って笑った。
「…君は、面白い顔だな」
アランにまたそういわれて、エルは固まる。エルは、ええと…、と苦笑いをもらす。
「それは喜んでいいのか、どうなのか…」
「言っておいてなんだが、すまない、どうなんだろうか…。でも、…不思議なほどずっと見ていられる」
アランにそんなことを言われて、エルは目を丸くする。アランは自分の言ったことを、あとから理解したのか、気まずそうな顔をしたあと、それじゃあ、と言って歩き始めた。
エルはその背中を見つめながら、また胸の奥が痛むのを感じた。




