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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅥ かつては輝かしかった神話の影で――
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ⅩⅨ 秘密は墓まで

 アリエス王国とジェミニ評議界共和国は進軍を取りやめた。竜が放った攻撃は英雄モロス・アガメムノンの手で防がれた為、被害は最小限で収まった。だが、兵士達の動揺は大きかった。


 戦いの中で末端の兵士の中には脱走が相次ぎ、残った者も及び腰になっている。士気を維持できないまま、人間の恐怖を糧とする魔王軍と相対することは危険だった。


 その為、アリエス王国軍ガルディアン・ド・レキリーブル騎士団率いるユーゴ・レーヴは竜王を討ち取った事を味方へと大々的に喧伝した。


 魔王軍やその配下が生み出した生まれながらの魔物は討ち取ると身体が灰燼に帰すが、竜王は魔物に堕ちる前の元の竜の身体があった。それは灰燼に帰す事無く残っている。その首を投石器に繋いで数十人の兵士が引きずって砦へと持ち帰った。


「見よ、竜王は我らが手によって討ち取られた!」


 普段穏やかなユーゴが大声で味方にそう宣伝して廻る。誰が討ち取ったのかは、言わない。それを今回の功労者たるレヴィが不快に思うのではないかとイズルは心配したが、当の本人はそれどころではなかったようだ。


「イズル! 師匠が、師匠が大変な事になってるの!」


 浮足立つ自分の騎士団を落ち着かせる間もなく、イズルはレヴィの尾にグルグル巻きにされてさらわれた。砦内にある一室のベッドの上にモロスはいた。その傍には膝を突いて彼に献身している女性が一人。


 ドタバタと騒がしく入室してくるレヴィとイズル達に、彼女は「しー」とそっと指を立てて咎めた。


「す、すみません!」とその場で姿勢を正すレヴィ。尾から解放されたイズルは受け身も取れず床に落ちた。


「いたた……、レヴィ、少し落ち着こうか? 後、俺は医者じゃないからね?」


 ソフィーを助けた事がレヴィの頭にはあるのだろう。以前、ヘレンにも医者みたいだと言われた事があるが、あくまでもイズルが専門とするのは神聖魔法だ。その魔法が自然や人体の知識を必要とするというだけだ。


「あなたがイズル様ですね……ソフィーを救って頂いた。わたくしはアイリーンと申します。そこで寝てるモロスの妻」


 モロスの傍にいた女性、アイリーンはそう言ってイズルの手を取って立たせる。黒髪で細身の身体で黒い修道服を身にまとい、どことなく儚い感じのある人だった。彼女を救ったのは自分の力だけではない。イズルはその感謝を素直には受け取れなかった。


「あれは、チュチーリアの協力なくては助けることは出来なかったので、その――俺だけが賞賛されるのは違います」


「あらあら、謙虚なのね……というよりも、頑固?」


 ふふっと微笑む彼女に、イズルは頬をかいて視線を逸らした。隣で「いや、そんなことよりも!」って叫ぶレヴィに鼓膜が揺さぶられる。どうどうと、アイリーンは勇み足のレヴィを抑えた。


「モロスなら大丈夫よ」


 アイリーンがバン!と胸の辺りを一叩きすると、モロスの身体がボンっと跳ね上がる。恨めしそうな声が口から漏れる。


「……なんだ、客か」

「あなたを死なせまいとカワイイお弟子さんが駆けつけてくれたわよ」


 それを聞いてモロスは緩慢な動きで起き上がる。マスクの無いその顔はげっそりとやせ細ったように見えたが、少なくとも今すぐに生死の危機に瀕しているわけではなさそうだ。


「すみません、騒々しくて」と、イズルはあちこち痛い体を労わりながら立ち上がった。隣でレヴィは顔を真っ赤にしていた。そんな彼女をイズルは笑わなかった。この戦いで彼女が何度命が尽きるその瞬間を目にしたか、想像するに難くない。


 ソフィーの件は例外だったに過ぎない。ここで戦いが続く限り、命は失われ続ける。モロスにしても、命に別状はないと本人と妻は話すが、イズルはそれを信じていない。大地を隆起させ、竜が放った一撃を相殺させるなど、常人に出来ることではない。


 イズルは武術については達人には及ばないものの、その力の根源が魔法と同じマナである事を知っている。そのマナとは霊力――平たく言えばその者の生命力を消費する。熟練した使い手はその消費を抑えて戦うことができるし、休息を取ることでマナも自然と回復する。


 だが、一部の……禁じられている技は武術、魔法を問わず存在する。使い手の命すら削り、繰り出される想像を絶する技。魔法であれば天変地異を引き起こし、人間の理解が及ばない超常現象すら引き起こすのだが、武術はよりシンプルだ。


 相手を圧倒する事。極限まで高められた一撃を相手よりも先に叩きこむ事。


 モロスはその一撃を地面に叩きこみ、大地を隆起させたのだという。


「……私の命等、安いものだ。そんなことよりもお前はやるべきことが」


 ばしーんとアイリーンがモロスの頭を叩き、その言葉を遮る。


「そんなに早死にしたいなら、私が殺してあげる」


 モロスはそのまま動かなくなった。


「ししょーー!!?」

「心配ないわよー。この人も言ってたでしょ? 自分の命なんて安いって」

「怖い」


 自分の姉の事を思い出して、イズルの背筋に寒気が走る。間違いない、彼女は失言に対して本人が謝るまで絶対に許さないタイプの女性だ。ニコニコと笑う彼女の笑顔に潜む闇に、その圧に、イズルはたじろいだ。


「あ、あの、本当に命を大事にして欲しいというか、師匠はなんでそんなに自暴自棄なの?」

「…………私は、我々はこの国に負い目がある。守護神を、やむを得ないとはいえ殺した事を、勇者ソムヌスは悔いていた」


 勇者ソムヌス――その名は彼が遺した数えきれない程の功績と同じくらい悪名と共に語られてきた。魔王に堕ちた英雄として。その傍にいたモロスの話には興味があったが、ヘレンはきっと聞きたがらないだろうな、とイズルはふと思った。


 堕ちる前の彼についてはその誠実さと分け隔てなく民への優しさを持っていたと語られる一方、魔王軍を滅ぼす為であれば手段を択ばない冷徹さもあったとされる。


 伝聞等、当てにはならない。百人と接すれば、その印象も百通りある。悪意を持ってあるいは好感故に本人の本来とは違う人間性が語られることだってある。


 そして、誠実さと冷徹さが一人の人間の中に同時に存在することもまたありうる話だ。


「あのさずっとはぐらかされてたから、ちゃーんと聞きたかったんだけどさ、師匠は爺さん……守護者カルキノスと話した事ある?」

「私はただ聞いていただけだ。ソムヌスは……彼を説得しようとしたが、聞き入れられなかった。ヒュドラを親友だと、彼女は竜の末裔であり、人の手で殺してはならない、と。だが、あの娘は人を殺し過ぎた。見過ごすことはできなかった。同時に、カルキノスもまた手加減のできる相手ではなかった」


 結果、カルキノスは死に、ヒュドラは生き延びた。悲劇という他無い。だが、この話にはまだ裏があると、モロスは続けた。


「戦いの最中、カルキノスは語った。ヒュドラの生い立ちについてだ。あの娘の母であるエキドナは百年以上も前から存在する竜人で、それが魔人に堕ちたのは竜王テュポンと子を為した直後の事なのだ、と」


「……それはつまり」


 娘であるヒュドラは魔に堕ちてない竜人のままなのか、それとも生まれながらにして魔に堕ちていたのか……? そんなこと考えた事も無かったが、魔に堕ちた者が子を宿した母だった場合、その子どももまた魔人となるのか。


「その先の事を聞くことなく、ソムヌスはカルキノスをヒュドラと共に斬り伏せた。聞けば、迷いが生まれたからだ。ヒュドラが魔人なのか、それともそうではないのか、その謎諸共葬り去ろうとした」


「それが……正しかったよ……だって今も大勢殺し続けてるんだから」

「レヴィ、なんでだろうな。俺にはそれが本心であるように聞こえない。本当のところ、君はカルキノスのその先の言葉を聞きたかったんじゃないか?」


 レヴィがカルキノスの事を話した際に、「爺ちゃん」と呼んだのをイズルは聞き逃さなかった。カルキノスがソムヌスに討たれたのは十数年程前。レヴィの年を聞いたわけではないが、彼女がまだ幼い頃にカルキノスと知り合っていたとしても不思議ではない。


「その……カルキノスの爺さんは、あたしがまだちっちゃい頃、よく話相手になってくれたんだ。人間の子どもはソフィー以外は皆、怖がって近づかなかったし、親が近づけさせたがんなかったし」


 レヴィも、ヒュドラも竜人の子だ。これは単なる偶然だろうか? イズルはこの奇妙な縁を解き明かしたい衝動に駆られる。悪い癖だ、と自分でも思う。今ではないだろう、と。だが。


「ねぇ、カルキノスが本当のところ、どんなことを考えていたか、ヒュドラが何者なのか、知りたくはないか?」

「そら……知りたいなら、知りたいけど……」

「……私は止めるつもりはない。そんな資格も無いからな」


 レヴィが気まずそうに師匠であるモロスの方を見ると、彼は静かにそう答えた。


 情報があれば、ヒュドラを倒すきっかけにもなるかもしれない。だが、情報とは得になるものばかりではない。知らない方が良いこともあるのだ。勇者ソムヌスはそのリスクを恐れてカルキノスを倒した。イズルもその場にいたら同じ決断をしたかもしれない。


 だが、今は。戦いと戦いの間であるこの僅かな休息の間であれば。


「でも、今更どうやって知るんだ? まさか、死んだヤツと話をするとか言い出すつもりじゃないだろうね?」

「そのまさか、だよ」

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