ⅩⅥ 対竜攻防戦
熱線が砦を焼き尽くす――その直前、大地が急激に隆起し、巨大な防壁となって防いだ。熱波に叩き付けられ、傍にいた兵士達が悲鳴を上げる。
何が起きたのか、それを理解しようとする思考は、轟音と巻き上がる煙によって打ち消される。だが、その暴力的な一撃には、背筋の凍るような懐かしさがあった。
レヴィ・メルビレイは竜人の出だ。竜の血なんてものは四分の一も継いでいるか、怪しいものだ。それでもこの攻撃が竜によるものであるという確信があった。魂の底から響くように聞こえる竜の咆哮。
「ごふっ」
喉から吐血する音に、レヴィは我に返る。彼女の前方、隆起した大地の前に彼女の師であるモロス・アガメムノンが膝を突いていた。彼の右腕に持っているのは巨大な戦槌だ。左手には無数の文字が刻まれた杭。
四大魔法の内、大地を操る術を持つルーン文字の刻まれた物だ。レヴィが駆け寄ると、モロスは片手を上げて止め、その手を熱線が来た方向へと指した。
「私に構うな、熱線を防いだ今が好機だ」
レヴィのすぐ後ろで誰かが駆ける。ヘレン・ワーグナーだ。その後ろからエフィルミア、ペルゼィック、セレーネが続く。騎馬隊とゴーレムの一隊がその後ろから続いて、竜へと向かって行く。
空をアリエス王国の魔道部隊が翔ける。
――今の攻撃を見て、怖気づかないなんて……。
驚いている場合ではない。自分も後に続かなければ。レヴィは尾をバネにして跳んだ。竜が三体、内二体は真っ黒な空を円を描くように飛んでいた。巨大な一体は今しがた熱線を放ったばかりなのだろう。体から熱が煙のように上がっていた。
竜は喉に魔力を溜める袋を持つ。
他の二体が熱線を続けざまに放った。飛び出したヘレンが大斧を回転させて一発を弾いた。もう一発は騎馬隊を穿ち、その後ろのゴーレムを二体貫いた。
「奴に時間を稼がせるな! 一気に距離を詰めるんだ!!」
一瞬、勢いの止まった騎馬隊を鼓舞するように辺りに声が響いた。イズル・ヴォルゴールだ。会議の際――ヘレンが寝始めた頃――に、敵が奇襲を仕掛けてきた時の動きも決めていた。全軍が集結したこの機に、人間側を一網打尽にする可能性、それを捨てず、いつでも反撃に出れるようにしていた。
こちらを逃さず、大打撃を与えるのであれば、ヒュドラもしくはそれに準じる切り札――竜が攻め込んでくるだろうと見ていた。想定外だったのは、その竜の壮絶な一撃。
モロスが庇わなければ、砦は一瞬にして瓦解し、反撃するどころではなかっただろう。
「一頭でも厄介なのに、三頭も……」
敵は上空から攻撃を仕掛けてくる。接近した騎馬隊からの矢、空から魔道部隊の魔法が竜を襲うも、まともに傷を与えられていない。そもそも命中しないし、当たっても強靭な鱗に当たって弾かれるばかりだ。
竜の鱗は魔法への耐性を持ち、物理的も硬い。
――竜に対処するには直接刃を身体に叩き込むしかないだろう。
イズルはそう言っていた。彼は魔物の知識に富んでいた。竜退治の歴史の書を元に、対策を示した。それを聞くのは、レヴィにとっては複雑な気持ちだった。歴史の中で退治された竜の中で一体何頭が悪さをした竜なのだろうか、と。中には何も危害を加えていないのに退治された者もいるのではないか。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。レヴィはそう自分に言い聞かせる。
先頭を行くヘレンが竜目掛けて跳躍した。凄まじい脚力だが、上空の竜には一歩及ばない。が、彼女はそこまで計算済みだったようで、左手に持った鍵縄を投げつけた。それは竜の脚に巻き付き、縛り上げる。ピンと張った縄、ヘレンの身体が振り子のように竜の背後、その頭上を一瞬で取る。
竜が慌てて旋回して、回避しようとした時には、ヘレンは最初の鍵縄は手放していた。二本目の鍵縄が竜の首を絞め、一気に距離を縮める。そうして鱗と鱗の間、甲冑の継ぎ目を狙うように、大斧を振り降ろした。
鮮血が噴き出し、激痛に竜がのたうち回る。暴れ馬を抑えるように、ヘレンは平然と竜に跨っていた。再度、竜の首に大斧を叩きつける。
相方の竜が見かねたのか、口を開いた。喉の奥に光が走るのを見て、レヴィは傍にいたエフィルミアに向かって叫んだ。
「エフィルミア! アタシをあいつのとこまで飛ばして! 岩石みたいに!」
エフィルミアの拳にはガントレットが装着されていた。魔法等いらないくらいの馬鹿力なんだと作戦会議では――その時、ヘレンは寝ていた――自虐気味に語っていた。
――もしもドラゴンさんが上から来るなら、下から岩石をぶつけたりして撃ち落とせるかも?
周囲の兵士達は冗談だろと思っていただろうが、あの時イズルが全く笑わなかったのをレヴィは見逃さなかった。
迷うことなくエフィルミアの手元へと跳ぶ、左右のガントレットで足場を作り、彼女はレヴィを上空へと打ち上げた。
虚を突かれた竜が大きく目を見開く中、甲羅の左右にある楕円状の盾、そこから上下に分かれて飛び出た巨大な鋏が竜の口を封じた。
「撃たせるかぁっ!!」
限界の握力で鋏の根元の機構が軋んで潰れる。喉の奥で生まれた発射寸前の魔力が行き場を失い、体内で暴れる。
体の中は外の鱗程、堅牢ではない。喉が破裂し、鼻孔から煙が噴き出し、身体の熱を逃がす役目もあるのであろう首元の鱗からも火花が散った。レヴィの方も掴んだ鋏が熱で溶けて、使い物にならなくなっていた。
見ると、片方の竜も、首と胴体が分かれながら大地へと落ちていく。
竜を二体とも倒した。さて、最後は――と、思ったその時だった。空が焦げると錯覚する程の光、目が眩まんばかりの熱。先程の二頭の竜の比にならない程の熱線が、空間を切り裂き、再度砦に向かう。
モロスが決死の想いで築いた防壁は二度目の熱線で遂に溶け、崩れ落ちた。
「貴様、竜人の娘か」
巨大な竜――恐らく老齢で二頭の竜の親分なのだろう――が語り掛ける。この竜が何を問いたいのか、レヴィには手に取るようにわかる。
「どうして、人の味方をするのか……? 聞きたいんでしょ」
蟹の鋏は竜を倒すのに役立ったが、背中の甲羅はもはや邪魔だ。脱ぎ落すと、畳まれていた竜特有の翼が左右に広がる。三又槍を正面に構える。これで空中へと飛ぶことはできるが、ヘレンのように竜の鱗の継ぎ目を狙うような離れ業が出来る自信は無い。
竜の親玉が相手となれば尚の事だ。
「我は竜王――サルコテア。人間共を滅ぼし、亡き英雄達への手向けとせん。娘、貴様もそれに加わるのだ」
竜王サルコテアはあろうことか、空から降りて大地に立ち、その巨大な爪で兵士達を薙ぎ払い始めた。頭からの突進が、ヘレンを構えた武器ごと吹き飛ばし、後ろから迫ったエフィルミアを尾で払い落した。
「やめろっ!」
レヴィがなりふり構わず三又槍を構え、サルコテア目掛けて突っ込む。ハエを払うように振られた爪を飛び上がって躱し、突きで瞳を狙う。が、その直球過ぎる動きは首を軽く動かすだけで躱した。もう片方の腕が顔面を叩いて、レヴィを大地に叩き落とす。
「竜人に、エルフ――成程、人間の口車に乗せられたといったところか?」
サルコテアは薄ら笑いを浮かべて尾を上下させる。その下でエフィルミアの呻くような声が聞こえる。レヴィは衝撃で舌を噛んだ。口の中に溜まった血を吹き、得物を支えに立ち上がる。手足が痺れるように痛い。
「人間の得意技だ。甘言で惑わし、引き入れ、そして裏切る。古来、多くの竜が人間――地位ある者どもに裏切られてきた。同じ道を歩むのは同族として、忍びない」
もしかすると、この竜王は真剣に話しているのかもしれない。竜は長寿の種族だ。過去、人間がその稀少性が高く、堅牢な鱗を目当てに竜を狩り、竜人を奴隷にした歴史を知っているのだろう。その長い経験が人間の価値観を固めてしまった。
「アンタが会った人間はそうかもね……。もしかしたらアタシが会った人間の中にも同族はいるのかも」
けれど、彼女は知っている。種族等気にすることなく接してくれた友達を。命を預けてもいいと思える程の仲間を。彼であれば、信じてもいいだろうと思える師匠を。
「けど、父さん母さんが魔王軍に殺され、アタシが孤児になった時、助けてくれたのは人間だった。アンタは家族の仇の側に与してる」
「愚かな両親を持ったな」
竜王の――サルコテアの声音が変わった。彼女を迎え入れようという偽りの温かみが、冷え込んだ殺意へと。
「人間側に与し、竜の寄る辺となった魔王軍と敵対するとは」
巨大な爪が眼前に迫る。痛みは無かった。何も無い空間に出現した魔法陣、そこから召喚された巨大な腕が竜の腕とぶつかり合い、拮抗する。
「間に合ったぁ!」
聞き馴染んだその声に、レヴィは振り返る。ゴーレムの義手と義足を持った修道女。レヴィの幼少の頃からの幼馴染。その後ろには困った顔のチュチーリアもいた。
「……ったく、生きてるかー? 竜人娘」
ぶっきらぼうな物言いだ。ソフィーの無理に付き合ってここまで連れてこられたのだと、言いたげだった。だが、レヴィは彼女が見た目や態度程、冷たい人間ではないことを知っている。
「……これではっきりしたでしょ」
レヴィはゆっくりと立ち上がり、トライデントを竜王に突きつけた。それは袂を分ける決意の表れ。
「アンタは種族を取った。アタシは――友達を取る」




