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寝坊助姫、異世界から来たりし魔王を討伐しに行く  作者: 瞬々
EPⅥ かつては輝かしかった神話の影で――
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ⅩⅤ 悪竜共の宴

 ヘレン達のいる砦に飛竜が火を放つより少し前。キャンサー帝国の北東に位置する海峡は、風が渦巻き、雷轟らいごうは激しく、波は荒れ狂っていた。まるで自然が何者かの意志によって動いているかのように、ここは常に嵐に見舞われている。


 その嵐の中心地に岩場に翼を畳んだ竜の王が鎮座し、岩場の近くの海には『海の老人』と称される老いた竜が座していた。


 そんな二人の前にいたのは人間の身体に竜の尾、そして――9つの竜の首を髪のように靡かせている少女――ヒュドラ。


 彼女こそがヒュドラ。父であるテュポン、母のエキドナを失い、1人で魔王軍の内の竜の軍勢を率いている。その姿はさながら、王女、控えている飛竜は家老、海竜は軍師として若き姫を支えているように見える。


「人間達が……、砦に集まっているみたい」


 ヒュドラの言葉には生気が感じられなかった。すると頭から髪のように生えていた首が一本、持ち上がり、竜の顔が怒鳴る。


「我が父と母の仇っ、殺せ!! 皆殺しにせよっ!!」


 もう一方の頭も持ち上がって喚いた。


「失った同志の魂が奴らの血を欲しているのじゃ!!」 

「やれ! 潰せ!! 奴らの首を捩じ切――」


 ヒュドラの手が腰にあった剣を取り、一瞬にしてその二頭を斬り捨てた。その顔からはいかなる感情の小波すら感じられない。ただ、一言。


「うるさい」

 

 首が落ち、冷たい沈黙が流れる。それを破ったのは飛竜の咆哮のような声だ。


「あの人形使いの魔人は討たれたようじゃの。所詮は数だけ、人間共を疲弊させ、士気を奪う――回りくどく、小賢しい手」


「指示したのは私――竜王サルコテア、貴様は先の戦いで何体の竜を失った? アラム、アルジンツァン、アウラール……」


 落ちた竜の名を凍り付くような名前で呼ぶ。彼らに対する情けも憐憫も併せ持っていないその声音は、未だ生きている配下の竜王、サルコテアにすら向けられていた。


 竜の巨体が震えて、その鱗が逆立った。竜王からすれば、敢え無く討ち死にした人形遣いを見下すヒュドラに同調するつもりだったのだろうが、彼女の矛先を自身に向ける形になってしまった。


「人形遣いの喪失は痛手ですが、当初の想定通り、アリエス、ジェミニの軍は南の砦に集結致しました。彼らを殲滅するつもりであれば……今が好機じゃと」


 海に体の半分を鎮めている竜――ネレウスが進言した。魚のような体に、真っ白な髭を持った老人のような竜で、サルコテアとは対照的に、穏やかで、魔王軍には似つかわしくない性分の持ち主だった。だが、それもその筈、彼は魔王軍に属していながら、他の二体と違い、魔物モンスターと化していない純粋なドラゴンだった。


「歯切れが悪いのぉ、ジジィ。貴様もさっさと憎しみの業火に身を焦がし、魔王軍に恭順すべきじゃろう!」


 人やそれに準ずる種族の者、あるいは聖獣と呼ばれる高い知能を持った獣は、負の感情――身を焦がす程の強い憎悪、嫉妬、恐れ、邪な思いが、闇となり、その身をも喰らって、変化する。


 魔王の手によらない魔人や魔物はこうして生まれる。ヒュドラ達、竜の勢力は人間との争いの中で堕ち、魔王軍へと加わった。


「儂はただただ悲しい。そなたが言う憎しみの業火も……我の中では滾ることがない……ただ、儂が忠誠を誓った竜神テュポン様とエキドナ様、お二人が遺されたヒュドラ様が望む限り、従うまでよ」 


「ネレウス、お前は海を下れ。目に入った船は全て海の藻屑とするのだ」


 ネレウスの真摯な姿勢にもヒュドラは無反応だった。ただただ、命令を下すのみ。ネレウスは哀し気な瞳を向け、それから彼女が命じた通りに、海へと入って行った。ヒュドラは天を仰ぐ。


 彼女の意志が、望みが、どこにあるのか、配下となった竜達にも分からない。


「お前も……生き残りを連れ、南の砦を焼き尽くせ」


 その昏い瞳の奥で妖しい青色の光が渦巻いた。


「誰一人として逃すな」



 島にいた竜が一体残らず出ていき、1人となったヒュドラは物思いに耽っていた。といっても彼女には『思考出来る程』の記憶も、感情も持ち合わせていない。


 ヒュドラが生まれたのは数百年前、テュポンとエキドナがまだ、魔人となる『前』の事だった。エキドナの腹の中に命を宿した頃に、母エキドナが魔人となった。その頃、多くの同胞ドラゴンが人間の手で討たれ、その鱗や牙は高額で取引されたのだという。また竜人の多くは奴隷にされた。


 非業の死を遂げた多くの無念は、竜人の姫の魂に惹かれ、一つとなり彼女の一部となった。そうして、ヒュドラは誕生した。


 頭の中には常に憎悪の声が渦巻いている。それは彼女の第二、第三の頭となって吹き出て、耳元で直接囁いてくる。それが、彼女には煩わしい。その声を黙らせる為に、彼女は戦うのだ。


 目につく人間を皆殺しに、その血で大地を満たすことで、彼らの渇きも癒えるだろうかと信じて。


「……それでも満足しなかったら?」


 ヒュドラは誰もいないのに一人呟いた。


「その時は更に多くの血を求めればいいさ」


 虚空に道化師の声が響いた。ヒュドラの疑問の声に常に答え続けてきた魔――人ロキの声。彼はヒュドラが知りたい事になんでも答えてくれた。


「大丈夫、君には母君自らが生み、遺してくれた魔物の群団が残っている」


 海中で蠢く魑魅魍魎ちみもうりょう共。それは今か今かと血を求めている。


「いいかい、攻め込むタイミングを見誤ってはいけない。あの力ばかりで無能なドラゴン共が大地を掃討した後、疲弊した英雄共を母君の子どもらの餌にしてやろう」


 さぞ人間達にとっては屈辱、亡霊共も溜飲が下がることだろうと、ロキは囁く。ヒュドラの口元が僅かに緩んだ。


「そうしよう」

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