お花畑理論
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ガイカク・ヒクメが去った後。
隔離病棟内にいる有力者は会議室に集結していた。
種族や国家、年齢や健康状態も大いに異なっている。
彼らは健康問題という共通の問題を解決するべく集まった者たちであった。
そして最初に口を開いたのは、人間の男性である。
小さい孫が生まれていても不思議ではない年齢の男性であり、権力者としては脂の乗っている時期といっていいだろう。
彼は率先して『所感』をのべた。
「正直に言うが、私は外科医療というものを舐めていた。これだけの権力者と医療従事者がそろっているのだから、ガイカク・ヒクメ卿の医療技術が普及するのも遠くない、とな。しかし実際に見て納得した。アレは向こう十年は普及しないだろう」
彼は先ほどの外科手術を実際に見ていた。
ガイカクが実際にやって見せることもあったし、他の医者が指導を受けながら手術をするところも見た。
何より、エルフへの外科医療も見た。
『これぐらいの早さで終わらせないと死にますからね』
ガイカクの外科医療はまさに職人技であった。
他の外科医と比べれば天と地ほどの差があった。
単に早いとか手術痕が残らないとかではなく、それだけの手並みがなければエルフの外科医療は成功しないという事である。
なるほど、エルフの外科医療が途中で禁止されたわけである。
あの域でようやく成功圏に入るのならば、それまでに築き上げられる『失敗』はどれだけなのか想像もできない。
人間に鰓呼吸を教えるぐらい無理というのではない。
才能ある若手を百人集めて世界大会の優勝を狙うぐらいの無理であった。
不可能ではないが、時間と予算を費やしても成功は確約されそうにない。
「あらためて思ったが、ヒクメ卿は人間じゃないな。人間に似ている別種のトップエリートだ。人間の何十倍もの寿命があるとか、技術力があるとか、学習能力があるとか、そういう種族だ。我等が彼のマネをするよりも、彼と同種のエリートを引っ張ってくる方が現実的に思える」
種族差や個体差が大きい世界だからこそ、彼の言葉は常識的であった。
一方でその顔は『それはもう無理だったんだよな』というあきらめがある。
「まあもっとも、彼の過去については各国の諜報機関が全力で調査をして、空振りをしたばかりだ。それを今からやるのも無駄としか言いようがない。対症療法的だが、現実的な話をしよう」
「おっしゃる通りです!」
激憤して同調したのはエルフの医者、それも老齢の男性であった。
この隔離病棟建設や研修を受けるエルフの選抜にもっとも尽力したうちのひとりであった。
「我等エルフが諦めていた外科医療を習得する好機を、よりにもよって危険薬物を密売している輩によって中断されるとは! 許すまじ、薬物密売組織! 奴らのような者たちのせいで、医療魔導の発展は何度も何度も妨害されてきたのだ!」
彼だけではなく、多くの医療従事者が殺意をたぎらせていた。
よくあることだからこそ許しがたい。
目先の利益のために薬物を密売する者たちのせいで、どれだけの薬品が違法になってきたことか。
そのせいで救える命が救われなかったり、無駄に薬が高額になったり、薬品開発への投資が減ったのだ。
直接的に被害を受けてきた者たちだからこそ、怒りは根深い。
だがその怒りは、今この場にいる全員が共有しているものだ。
悲しいことに、医療従事者が怒っただけでは問題は解決しない。
しかし今は大商人や政治家や軍人、諜報機関の有力者が国境を越えて集まっている。
自分や家族の健康という切実な利害が一致している今ならば、手を取り合うことが可能であった。
「ヒクメ卿の医療倫理はわりとまともだ。少なくとも、過去に医療技術を取引材料にしたことはない。だからこそ我等は彼から手腕を引き出すことに苦労している……であれば、彼の仕事を減らす方向で動くしかないな」
「回りくどいことは止めましょう。要するに違法薬物密売組織を一斉摘発するという、なんの後ろめたくもない活動を実行するだけなのですから」
「おっしゃる通り。そもそも今回の法改正を思えば、我らが薬物の密売を強く取り締まることに何の異常性もない。如何にこの国の騎士団が特権を持つとはいえ、外国には関係ありませぬからなあ」
みんなが仲よくすれば世界は平和になるのに。
医療分野の発展のために違法薬物を取り締まるという、わりとまともな理由によって机上の空論が達成されようとしていた。
※
隔離病棟の外にて。
分厚い壁のすぐそばに立つのは、トップエリートオーガのシェルハーと、トップエリート獣人ハンガーレであった。
すでに第一線を退いていた二人であったが、今の眼光は現役時代そのものであった。
普段の優しくも凛々しい雰囲気はどこにもなく、典型的なオーガ、典型的な獣人。
暴力性がにじみ出る表情をしていた。
彼女らの前に現れたのはアルテミス。
正騎士の服装ではなく、ダークエルフとしての正装であった。
「お二人とも、お待たせしました。これから実行部隊の元へ案内します。でも……レオレイちゃんのそばにいなくていいの?」
途中まで事務的に話していたが、最後は私的な話になっていた。
アルテミスの気遣いに対して、シェルハーとハンガーレは首を横に振るだけである。
「そばにいてあげてほしいというのなら、それはお門違いだ。今は病院の先生たちに診てもらっているから、私たちにできることは何もない……今までと一緒だ」
「そばにいるだけで力になる、という事は否定しないつもりよ。でも今はそれが当てはまらない、それだけのこと」
二人にとってレオレイは娘であったが、病気で苦しむ彼女に親として何ができたのか。
この病院に入れるまでの間、無力感を味わい続けてきた。
何かができるというのなら、何でもする覚悟であった。
「そういう貴方はいいのかしら。背任行為でなくて?」
「筋書きはできていますので、ご安心を。それに私たちの担当は『アオテング』ではないですから。私がやった背任行為は、アオテングについての調査を奇術騎士団が請け負ったことを漏らした、という一点だけですので」
「十分背任行為さ。だがいい……違法薬物の売買は根絶する!」
三人の怒れる女騎士たちは、自主的に非合法な正義を成そうと歩き出していた。
※
とあるスラムの、秘密の地下室にて。
二人の人間の男性が、ろうそくの明かりと共に商談をしていた。
片方は裏組織の元締めであり、もう片方は木っ端役人であった。
違法薬物を売買する側と取り締まる側の談合であった。
「今週は六人も『生贄』を出してくれて助かったよ。最近は薬物の売買への引き締めが強くてね、『ノルマ』も多くなって困っているんだ」
「なあに、債務者にいい仕事があると言って、廃棄手前の粗悪な『幸せになれる薬』を持たせて歩かせただけのことだ。さほどの労力でもない。どちらかといえば、この街へ運ぶためのルートの方が苦労している。ここに関してはお前が見逃してくれているが、道中はそれも難しくてなあ」
「どうやら世間は、私と違って勤勉であるらしいな。いいことだ」
「どの口が」
「はははははは!」
木っ端役人の前には、かなりの量の金貨が山積みになっていた。
彼の年収から考えれば破格の額であり、それが贈賄であることは明らかであった。
「それにしても、バカの気持ちはわからないな。健康被害が出るとわかっていて、なぜクスリなど買うのやら。どう考えてもクスリよりもカネの方が価値があるだろうに、なぜ交換する?」
「それがわかっていないからバカなのさ」
「なるほど」
笑い合う二人。
彼らは自然と顔を上の方へ向けていた。
ロウソクだけが光源の、地下室の天井。
そこには顔を隠しているダークエルフが張り付いていた。
「な……!?」
「侵入者だ! お前たち、早く来い!」
「無駄だ。抵抗せず縄につけ」
音もなく着地したダークエルフの女性は、その手に石器のナイフを握っていた。
金属よりも鋭く軽い、暗殺用の武器であった。
「お前たちのずさんな『生贄』を調べたところ、全員がお前の組織から借金をしていたことが分かった。そこから調べればすぐだったぞ」
「ふ、ふん! お前はしょせんダークエルフだろうが! トップエリートだったとしても、目の前にいれば怖くもなんともない! すぐに私の部下が駆けつけてくる!」
「……お、おお! 上の方では音がしているな! すぐに来るぞ! 命が惜しかったらおとなしくしていろ!」
二人は牽制しながら時間を稼ぐ。
もちろん彼女を生かして帰す気は無い。
贈賄の現場を見られた以上、口封じするほかなかった。
「言っておくが、私の部下には従軍経験者もいる。そのうち一人はエリートヒューマンだ。ダークエルフが勝てる相手ではないぞ?」
「そうだそうだ、だからおとなしくしていろ……お前の部下はまだ来ないのか!?」
「すぐ来る! ドアの前に来ているだろう?!」
ずずん。
とても重い足音とともに、地下室のドアが開いた。
大量の男たちがなだれ込んでくる。
文字通りの意味で、ごみのように放り込まれてきた。
もちろん自主的ではない。
ドアの枠よりもはるかに大きいオーガの女が、闘争心をむき出しにしながら放り込んできたのだ。
「な、あ……うう、うう……この、威圧感、トップエリートオーガ……なぜ私たちのような小者を取り締まる!?」
「……そ、そうか! お前たち、アオテングについて調査しているな?! あいにくだが我等の扱っているクスリはアオテングではない! だ、だが……だが! アオテングを扱っている組織について多少だが知っている! どうだ、アオテングの情報が欲しいのなら、司法取引を……」
「何か勘違いしているな。我らはアオテングの調査をしているわけではない。違法薬物の売買を取り締まっているだけだ。他の薬物売買について知っていることがあれば吐かせるが、だからといって無罪放免も減刑もない」
薬物売買をしている者への義憤により、このトップエリートオーガに慈悲は一かけらもなかった。
問答無用とばかりに二人の首根っこを掴むと、子猫のようにそのまま持ち上げる。
「ぐぇっ!」
「おっうっ!」
当然ながら、成人男性が首根っこを掴まれて持ち上げられると、体重が首にかかって大変に負担である。
ほぼ首吊りのような状態で、二人はそのまま屋外へ連れ出されていった。
(この家の外にも仲間はいる……助けは来る! ここはスラム街だ。大規模なガサ入れはない……何とかなるはずだ!)
(私は役人だ! 公務員だ! 上司にも覚えがいい! 捕まったとしても言い訳は利く……!)
二人はもがきながらも脳内で助かる道を想像していた。
二人はまだ絶望していなかったのである。
だが外に出たとき、そのぼやけた眼で信じられないものを見た。
合戦さながらに大量の兵士たちがスラムの道を行進しているのである。
そのうえ、陣頭で指揮を執っているのは雲の上の大臣たちであった。
(マジモンの軍隊が?!)
(私の上司の、その上の上の上の……もう駄目だ!)
地下にいたのでわからなかったが、想像をはるかに超えるパワーがこのスラムの地に投入されていた。
犯罪の温床であり治安が悪すぎるスラムを、表社会の軍が蹂躙し消毒しようとしている。
「薬物の臭いを覚えた警察犬を投入しており、すでに多くの危険薬物が押収されております」
「販売ルートも抑え、誰が消費しているのかももうじきわかるかと」
「うむ、この調子で頼む。どれだけの人員と予算を使ってもかまわん。この国から危険薬物の売買を根絶するのだ!」
何もやましいことがないので、この国の患部へメスを入れていく有力者たちであった。
※
ーーーラグランジェ山脈。
その麓にはとある硬度の水源があり、独特の植生が形成されている。
魔導的にはそうした意味を持つ土地であるが、社会的には複数の国家が領有権を主張する緊迫した場所でもある。
そのため一つの国が兵を進行させようとすると他の国も動く構図になっており、結果どの国も手出しがしにくくなっていた。
いろいろな意味で特別な土地に、とある犯罪組織が一大違法薬物生産ラインを構築していたのである。
「処分されるはずだった古い時代の薬品製造法の本を見つけたときは、ここまでのシノギになるとは思っていなかった。まさかクスリの原料になる草の産地が、こんなに都合のいい土地になっているとはなあ」
原材料となる植物の畑、加工工場、出荷。
それらを管理する首謀者は、己の成果物を眺めながら悦に浸っていた。
現在の彼は金貨を持ち歩いているわけではないが、着ている服や小物類は目玉が飛び出るような高級品である。
成金趣味ともいえるが、それは彼の成功を表していた。
「古いクスリの分、捜査はしにくい。その上この土地で栽培されているとわかっても、情勢的に面倒な土地だから手が出せまい。それにムリヤリ進行してきたのなら、別の国へとんずらすればいいだけのことだ。退路も完ぺきとは、本当にいい土地だぜ」
犯罪拠点としての神立地であることを、彼は高らかに謳っていた。
仮に噂の騎士団長がこの産地を突き止めても、彼自身が重要人物だからこそ踏み込むこともできないはずだった。
このままずっと濡れ手に粟の商売ができると彼は踏んでいたのだが……。
「大変です、工場長!」
「俺のことは総帥と呼べと言ったはずだ!」
「そんなことより、物見櫓にいる見張りから、兵が進行してきたって報告が!」
「……思ったよりずいぶん早いな。仕方ねえ、ここが引き際だ。兵士共が来てない方向へバラバラに逃げるぞ。金目のもんは、お前たちも持てるだけ持っていいぞ」
「そ、それが……全方位から、大量の兵士がきてて……逃げ場がないです」
「……たかが、違法薬物の製造工場ごときのために、お友達でもない国々がお手々つないで輪になって摘発にきたってのか!? そんなバカな! そんな話があってたまるか! どんな三流脚本だよ!」
全世界が薬物撲滅のために動いている。
おとぎ話のような展開になっていることを、工場長は受け入れかねるのだった。
今回は短くて申し訳ありません。




