スーパー背任大作戦
本作は犯罪を助長する意図は一切ありません。
薬は用法用量を守って、正しく使用しましょう。
違法とされる先端医療を研究するための隔離病棟。
ここは手術室が観覧しやすいようになっているほか、博物館のように多くの先端医療器具や、先端薬物の精製施設を見学できる通路などがある。
この施設が軌道に乗れば、多くの学生が見学に訪れるのだろう。
しかし現在は、ガイカク・ヒクメが多くの重鎮と共に見学をしている。
本日予定されていた患者への外科手術が終わったので、隔離病棟内を案内していたのだ。
「ふぅむ……」
ガイカクが途中で足を止めたのは、見学用通路内のケースに展示されている外科医療用の金属器具であった。
メスなどをはじめとした危険な道具が、怪しくも精緻な光を放っている。
確かに興味をそそられるだろうが、ガイカクからすればよく見ている物のはずだ。
なんなら彼が使っているものと大差がないはずである。
なぜ凝視しているのか周囲の重鎮たちは慌てていた。
「ヒクメ卿、その医療器具がどうしたのですかな?」
「いえ、そんなに緊張しないでください。大したことではないのです」
(貴方が凝視しているので、不安になるのです! 大したことではないとしてもはっきりおっしゃってください!)
「なぜこの医療器具には、風車などの気球のパーツが彫られているのでしょうか?」
メスの柄などのように、邪魔にならない場所に精緻な絵が浅く刻まれている。
その腕自体は大したものだが、なぜ医療器具に風車などの絵が彫られているのかわからない。
先ほども手術中に疑問を覚えたが、今もわからないので気になっているのだ。
「それはその……」
(なんで言いよどむんだよ。気になるから教えてくれよ)
今度はガイカクがもやもやする番であった。
柄が気になる程度の質問だったのに、なぜ言いよどまれるのかわからない。
顔を見ると、本当に言いたくなさそうである。
「医療器具が大量に必要になったので、ドワーフの工房に依頼を出したのです。幸いドワーフの工房も暇なところがあったので、生産自体は問題なかったのですが……」
【これは奇術騎士団に納めている道具と同じだな。ってことは、ガイカク・ヒクメに外科医療の協力を要請する気だな!? そんなことをしたら、気球の発展が止まるかもしれないじゃねえか!】
「彼らがその、自分の看板商品を入れると言い出しまして……」
【でも仕事だから手を抜けねえ。それに使い道を聞いても教えてもらえるわけがねえ。それじゃあせめて、気球のパーツを描くか。それで旦那に気球のことを少しでも思い出してもらえれば……】
後世にも続く『医療器具に気球のパーツが描いてある風習』は、これが発端だったのである。
「……なるほど、そういう理由ですか」
ガイカクはなんとなく悟っていた。
この時点でドワーフたちの思いは届いたと言っていいだろう。
届いただけでは、彼が今後気球をまじめに研究するかは別の話だが。
「これは失礼をしました。それでは次の……」
「おい、コラ、ガイカク!」
順路を行こうとしたガイカクに、突如として同僚が現れた。豪傑騎士団団長、ヘーラである。
多くの警備員を押しのける姿は、一流のラガーマンと言えなくもない。
病院内でラガーマンをするべきではないが、そんなことを聞く相手ではない。
「なんだお前か」
「なんだじゃねえよ! なんでお前はここで遊んでるんだ! さっさと他の奴の面倒も見ろよ!」
「臨床試験なんだから、俺がずいずい手術をしていっても意味がないんだが……お前にわかるように言うとだな、あ~~……俺以外の奴が疲れているから、明日以降に回してるんだよ。俺一人じゃ手術できないしな」
「ちっ! そういうことか!」
ガイカクのファインプレー。
彼も精神的余裕があるので、オーガにわかるよう説明できるのだ。
ヘーラもまた先ほどの手術をちらっとだけ見ていたので、一人で無理なことは把握していた。
仕方ないと諦めて受け入れる。
(納得したなら帰ってくれ! 頼むから!)
医療界の重鎮たちの願いは……。
「で、なんで、お前以外に手術できる医者がいないんだよ。ここ病院だろ?」
「それは……ああ、いや、お前は豪傑騎士団で、そもそも戦場以外に出ない『ある意味普通の騎士団』だったな。それじゃあ知らないのも当然だ。道すがら説明してやるよ」
ガイカクが順路を案内し始めた。
自分の薬物生産施設と同じなので、場所を知っていれば案内は可能であった。
重鎮たちもガイカクが乗り気なので、彼についていくのであった。
迂闊に刺激すると病院内で暴れとんでもないことになるので、爆弾を解体するような心持である。
「できるだけ簡単に言うとだな。手術に必要な薬や技術は、悪いように使えるんだよ。苦しんで死ぬとか、死ぬに死ねないよう苦しめるとかな」
「そんなのをケガ人に使って平気なのか?」
「適量ならな。料理と同じだ。いくら上等な塩でも、ぶっかけまくったら肉の味がしなくなるだろ」
「へ~」
「だからヤバい薬ってのは、法律で作らないようにしているとか、監視されている施設でしか作らないようになったんだ。俺はそういう法律は無視しているがな」
(今更ながらすごい話だ。そういうのはせめて、政府の施設でやってほしいものだ)
(そもそもチョッキュウ・ド・マンナカ氏こそがそういう人物だったはずだな。であればヒクメ卿はその技術の継承者かも知れん……)
(それでも彼自身が今は政府の研究機関に所属していないのだから、どのみち無意味では?)
ガイカクは順路の途中、薬品の精製施設を見下ろす場所にたどり着いた。
「この場所で作っている薬品だが……ほら、あの、特に……遠眼だと何をやっているのかわからない、すげえたくさんの道具で生成している一角があるだろう」
「ああ、特にややこしいところだな」
「あそこで作っている薬は『フェナナ』というんだが、特に厄介でな。あの薬は使用量次第で中毒性が高く……まあ、使用者を病気にするんだ。薬が欲しくて欲しくてたまらなくなってバカになって最終的に死ぬ」
「なんだその頭の悪い病気は」
「俺もそう思う」
(我らもそう思います)
薬の用法用量を守る人だけになったら、どれだけいいことか。
医療従事者たちは心から思っていた。
「何が厄介って、あの薬の原材料が、割とどこにでも生えている草なんだ」
「なんだそりゃ。じゃあ作り放題じゃねえか」
「そうだよ。だから厄介なんだ。一旦精製施設ができれば、そこらへんの草から薬を作れるわけだからな。原材料の畑とかが必要ないから、販売ルートを探るのが難しくなる」
「え、お前って薬の販売ルートを探すのが得意なんじゃなかったか?」
「その俺でも難しいんだよ。だからこの薬は、今まで生産が固く禁じられてきたんだ。生成するための施設さえ同様だった」
「へ~~……そういう使い方のできない薬ならよかったのになあ」
「それはそうだ。魔導士としては、そういう副作用のない薬の精製をしたいんだが……薬効の高い薬ってのは、副作用が強くなるのが常だ。そもそもフェナナ自体が、別の薬の代替として期待されていたんだ」
「……だいたいわかったから、それでいい」
「そうか。わかってくれたなら何よりだ。あとはそれを覚えていてくれたらありがたい」
「で、俺の持ち込んだ患者の治療はどうなるんだ?」
「お前がどうしてもって言うんなら、明日にでも『新人医者の試験』として手術させてもいいぞ」
「お前がやれよ」
「臨床試験だって言ってるだろうが。それに俺だって暇じゃない。騎士団としての仕事が来たら手術の約束は無視せざるを得ないぞ?」
話し込む二人に対して、重鎮たちは緊張が解けていた。
どうにか当人同士で解決したので、手を出さなくてもよくなったからだ。
(周囲も言っているが、ヒクメ卿は騎士団長としては真面目だ。ティストリア閣下から命令を受ければそれを最優先でこなす。だからこそ我等とエルフと周辺諸国は全面協力し、騎士団が暇になるよう動いている!)
(仮に犯罪などが発生しても、他の騎士団に対応してもらうことになっている。水晶騎士団もこの状況なら積極的に参加してくれるだろうしな! ティストリア閣下も、無理にヒクメ卿へ任務を任せることはあるまい!)
(奇術騎士団でなければ解決できない任務などそうそうないだろうしな! 過去に何度かは起きたらしいけども!)
ガイカク・ヒクメから協力を得ている。
この状況ができるだけ長く続いてほしい。
医療従事者や政府はそう考えている。
そのために多くの手管を尽くしている。
とはいえ……。
やはり起きる時は起きるものだ。
「ヒクメ卿! 貴方へ来客です! その、ティストリア様がいらっしゃいました!」
医療従事者のひとりが、血相を変えて報告してきた。
報告したくないけど報告するしかない、という顔であった。
※
内科病棟の個室……と言っても、この隔離病棟ではすべての部屋が個室である。
その個室の一室に、トップエリートオーガのシェルハー、彼女の『妻』であるトップエリート獣人のハンガーレ、ルナとアルテミスがいた。
個室のベッドで寝ているのは、シェルハーとハンガーレの『娘』に当たる人間のレオレイである。
レオレイにはエルフの内科女医が注射で投薬をしており、その経過を観察していた。
「先生……これで娘は助かるんですか?」
「そうだといいのですが、はっきりとは言えません。なにせ私もこの薬を患者へ投与するのは初めてなのです。だからこその臨床試験ですが……申し訳ありません」
「いえ、私も気が急きすぎました。無理なことを聞いて、本当に、申し訳ない……」
薬の投与によって劇的に症状が改善し、いきなり全快復とはいかない。
投与されてもなお、レオレイの呼吸は荒いままであった。
病室内にいる騎士やそれに相当する女戦士たちも、なすすべがなかった。
専門外のことなので仕方ないが、戦場での万能感と比べて落差が大きすぎた。
「あの、先生。そのお薬って、どんな薬なんですか?」
「貴方もご存じだと思いますが、フェナナです」
「……え、ええ!? アレ!? アレって投与して平気なんですか!?」
「ルナ! 黙りなさい! ここは病院よ!」
ルナが素っ頓狂な大声を出し、アルテミスが慌てて黙らせる。
シェルハーとハンガーレは何が何だかわからない顔をしているが、エルフの女医はその驚きを否定しなかった。
「やはりご存じでしたか……フェナナは危険な薬として有名ですからね。騎士団であれば対応したこともあるでしょう」
「被害者を見たことがあるけど、酷かったよ?」
「はい。ですから、有用であっても製造や使用が禁止されているのです。本当に残念でしたが、今回はこうして限定的に使用や製造が許可されました。いいことですが、だからこそ緊張が必要なのです」
ルナがまじめに話をしているので、女医は少し安心していた。
ゴブリンであってもさすがは騎士団長。
話す内容や体験は真面目であった。
「仮にこの薬が外に漏れ出れば、この隔離病棟の解体も視野に入ります。それだけ危険なことなのです」
「であれば、この厳戒態勢も当然か。私がここに協力したいぐらいだが、それは邪魔なのだろうね」
シェルハーが申し訳なさそうな顔で女医を見る。
様々な制約の中で医療のために尽力している人へ協力したいが、実質何もできないのだ。
本当にもどかしいところである。
「そう思われるのであれば、ヒクメ卿がここでの医療協力へ専念できるように、騎士としてご活躍ください!」
女医は大声を出した。
これにはアルテミスもびっくりである。
「ヒクメ卿は騎士団長としても優秀で、ティストリア閣下からも信頼されており、任務を忠実にこなしているとか!」
騎士団長なのに騎士の任務がおまけのような扱いであったが、それは今さらであった。
「ヒクメ卿がそちらに手を割かれないようにするには、水晶騎士団の皆様にも頑張っていただく必要があるのです!」
「そういう事であれば……私たちの得意分野よね?」
「うん!」
アルテミスとルナは笑い合う。
自分たちにできることがあるというのは、気が楽になるものだ。
「シェルハー、ハンガーレ。貴方たちはここに残って。私たちは急な出動に備えておくわ」
「貴方たちはここに残っていていいよ! レオレイちゃんがよくなったら水晶騎士団に入ってね!」
「ありがとう……本当に、ありがとう。その時が来たら、最前線でこき使ってくれ」
「レオレイが戻ったら、雑兵のように酷使して構わないわ。それぐらいでなければ、私たちの気が済まないもの」
朗らかに一時の別れが始まろうとしていた、その時であった。
この隔離病棟に激震が走ったのである。
「た、大変です! 水晶騎士団の方はいらっしゃいますか!?」
大慌てで人間の看護師が走ってきた。
個室をノックもせずに入り、水晶騎士団の二人を呼んだ。
「い、い、いますけど、どうしたんですか!?」
「総騎士団長ティストリア閣下がいらっしゃり……ヒクメ卿へ任務を依頼なさっているんです!」
「さ、さっそくね! ヒクメ卿への任務は、私たち水晶騎士団が代わりに請け負うと伝えないと!」
「うん! それじゃあ私たちも……!」
請け負って個室から出ていく二人。
残された三人は、あらためて祈った。
どうか、ヒクメ卿でなければ解決できない任務でありませんように、と。
※
隔離病棟内の職員用食堂にて。
ガイカク・ヒクメとティストリアが向き合っていた。
そのすぐそばには、ルナとアルテミス、そしてヘーラも一緒にいる。
本来ならガイカクへの任務を聞くことは許されない。実際彼女ら以外は席を外してもらっている。
だが騎士団長である二人と正騎士であるアルテミスは、問題ないという事で許されていた。
「ヒクメ卿。戦場での任務が終わって早々ですが、貴方へ依頼があります」
(そういえば俺は戦場帰りだったな……)
(私たちもそうだったわね……)
「違法薬物フェナナによる中毒症状が原因で死んだと思われる被害者が現れました。違法薬物に関して精通している貴方に解決を依頼したいのです」
フェナナの話を聞いていたばかりのヘーラは顔色を変える。
「ティストリア様。そりゃ確か、材料がどこにでもあるから、どこで作っているのか調べるのが難しいって話じゃなかったか!?」
「ええ、その通りです。だからこそヒクメ卿に依頼したいのです」
「マジかあ……」
(ええええええ~~!?)
ルナとアルテミスはすっかり青ざめている。
なにせここでも製造し、投与されているのだ。
ここが疑われても仕方ない。
「あの、ティストリア様。一応お伺いしますが、この隔離施設から流れたと考えていらっしゃいますか?」
「可能性はありますが、専門家であるヒクメ卿の意見を伺いたいところです」
「そ、そうですよねえ……」
この任務をガイカクが引き受けた場合、長期的にガイカクが拘束されることになる。
それはそれで仕方ないことだが、この病院でトラブルが起きた場合、対処対応が大いに遅れてしまうだろう。
ヘーラですらこれに対応するのは難しいと思っていたところで、ガイカクがわずかに首を動かした。
「……犠牲者の遺体は保管してありますか?」
「もちろんです。この病院の本棟に保管してあります」
「それでは検死をさせていただけますか? まずはそこからです」
ガイカクはこの病院をまず出ようとしている。
しかし彼は、この段階ですでに何かを考えているようであった。
(お願いですから、ヒクメ卿の頭脳でなにもかもぱぱっと解決しますように!)
アルテミスは神に祈るしかなかった。
それはこの病院に勤める従事者と、さらに患者や家族の願いでもあった。
※
本棟の地下、遺体保管室にて。
ガイカクは防護をしたうえで検死作業を行い、部屋の外で待っていたティストリアたちへ状況を報告する。
その顔は想像が当たっていた、という風な顔であった。
「検死の結果ですが、フェナナじゃありませんね。同じような効果がある薬、アオテングです」
フェナナは原材料の確保こそ簡単だが、精製には非常に手間がかかる。
加工のための機材も特殊だし、一人前の魔導士でなければ製造は困難を極める。
それでも作ろうと思えば作れるのだが、現在はガイカクの活躍によって魔導士の需要が高まっている。
つまり大抵の魔導士が普通に就職できる環境だ。
魔導士とて普通に働いて給料がもらえるのならそれを選ぶ。
であれば、今いきなりフェナナが出回るのはおかしいと考えていた。
魔導士がいなくても作れる薬ではないか、と仮定していたのである。
「アオテングはフェナナと逆で、製造は簡単ですが原材料の確保が大変です。具体的には水の硬度が一定でなければ生産できないんです。よって、製造ルートの特定は比較的容易ですね。少なくとも隣の隔離施設では作っていなかったはず」
(本当に優秀だなあ、この人)
(水の硬度ってなんだ?)
(さあ? 美味しいのかな?)
水の硬度は美味しいのかと疑問を抱くヘーラとルナ。
なお水の硬度は本当に味と直結しているので、間違ってるとは言い切れない。
「水の硬度の調整は面倒ですから、密造している奴らがやっていると思えません。であればルートはいくつかに絞れますね。んんん……私の部下の休養が済み次第、対応させていただきます」
「さすがですね。それではあなたに一任します」
一拍空けて、アルテミスは内心で絶叫していた。
(一任されちゃってる~~!)
結局ガイカクが担当することになってしまった。
適材適所だし思ったよりも解決は早そうだが、これはこれで問題である。
少なくともしばらくの間、彼は隔離施設に関われないのだ。
できるだけ彼の拘束時間を減らすには……。
(情報を流して、ヒクメ卿が出発する前に大急ぎで解決して『すみません、こっちで解決しました』って連絡を入れさせるしかない……!)
水晶騎士団正騎士アルテミスは……騎士団の指揮系統の違反をするという問題行動に手を染めようとしていた。
ヒクメ卿ですらやらなかった背任行為が今始まる。
本日、コミカライズが更新されます。
よろしくお願いします。




